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第二章 戴冠式の夜
24 おくりもの
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「セラフィナ、何か欲しいものはないのか?」
「いいえ、私は今で十分いただいております。お気遣いありがとうございます」
「……そうか。気になる店があったら言ってくれ」
本心からそう言ったのだが、セラフィナにはランドルフが肩を落としたように見えた。気のせいだろうか。
ブリストルはとても賑やかで楽しくて、セラフィナは更にこの街が好きになってしまった。
博物館は中心部から離れているし、前回はパレードで街を見て回るような状況では無かったので、目に映るもの全てが新鮮に見えて仕方がない。しかも隣を大好きな人が歩いていて過去の話までしてくれたとあっては、心はどこまでも浮き上がっていく。
「そういえば、腹は減っていないか。もう十二時を回っているが」
ランドルフが懐中時計を取り出して確認する。いつのまにそんな時間になっていたのか、楽しい時は過ぎ去るのが早い。
「そうですね。そう言われると、空いていますね」
「はは、何だそれは。では何か食べるか」
楽しすぎてそんなことはどうでも良くなっていたのだが、ランドルフはセラフィナの妙な言い回しが面白かったらしく、軽快な笑みを見せてくれた。
こうして笑顔を目にするたび、この人のことをもっと好きになってしまう気がする。
鼓動を早める心臓に手を当てたセラフィナは、ランドルフの後について歩くのだった。
ランドルフが選んだ店は、いかにも高級そうなレストランだった。恐縮しつつ入店すると、大勢の客が食事を楽しむ大ホールを抜け、なんと個室に通されてしまう。どうやら貴族のために用意された部屋のようで、レストラン自体初めてのセラフィナはその待遇に大いに緊張した。
しかし運ばれてきたスープに口をつけると、その美味しさに一瞬にして目を輝かせることとなる。丁寧に裏ごしされた枝豆のスープは滑らかな口当たりが絶品だ。
「美味しい。料理長の料理もとても美味しいですが、これも凄く美味しいですね。普段の味付けと違うような気がします。すこし甘いでしょうか?」
「これは首都の、中央部の味付けだな。うちのはアイゼンフート地方……東部の味付けで作らせている。確かにこちらの方が甘さは強い」
「そうだったのですね。地方によって味が違うとは、あまり考えたことがありませんでした。私にはどの味も新鮮で美味しいです」
「そうか、アルーディアで食べていたものと比べればどれも違う味か」
ランドルフは少し考え込むような仕草をして、スプーンを置いた。どうやらすでに完食してしまったらしく、実に上品に食べていたはずなのにと何時もながらその早さに驚く。
前に彼が言っていたことには、戦場で早く食べなければいけなかった頃の癖が抜けないらしく、いくらでも待つから気にしなくていいとのことだった。
「故郷の味が恋しくなったりはしないのか?」
とても気遣わしげに見つめられてしまい、セラフィナはそんなことはないと首を横に振った。やっぱり彼はとても優しい。なるべく心安らかに過ごせるよう、いつも気を遣ってくれているのだ。
「いいえ。私にとってアルーディアの宮殿料理は六年かけても馴染めるものではありませんでしたから」
「ああ、そうか。そうだったな」
「むしろ、離宮に暮らした頃、母と作った料理の方が懐かしいです」
「ほう。離宮では料理をしていたのか」
「正真正銘の二人暮らしですから。母はいつもハイルング料理を作ってくれて」
材料は何日かに一度運び込まれて、頼めば何でも手に入ったものだが、今思えばあれは父王の采配だったのだろう。母の作る料理は美味しかった。特にパウンドケーキなどは大好きだった。大体のことは教わったのに、今はもう料理をすることもなく——。
「そうです! 今度作ってみても良いでしょうか?」
「……作る? 貴女が、料理を?」
「はい。久しぶりに食べたくなってしまって。もしご迷惑でなければ」
召し上がってくださいませんか。そこまで言おうとしたところではたと口を噤む。ランドルフは金の瞳を僅かに見開いており、とてもはしたないことを言ったことに気が付いたのだ。
貴族の夫人は料理など絶対にしない。貴族にとって家事は召使いのもので、地位の低い仕事と考えられているのだ。幼い頃は全ての家事を行なっていたセラフィナはそのようには到底思えないのだが、今の発言が常識はずれなことは確かだった。
「それは楽しみだ。私の分も頼むよ」
それなのに、ランドルフは微笑んでそんなことを言う。今度はセラフィナが驚いていると、彼は怪訝そうに片眉を上げた。
「なんだ、私の分を作る気は無かったか?」
「いいえ! つくらせていただきます。ですから是非食べてください!」
勢い込んでそう伝えると、彼はとても楽しそうに笑うのだった。
食事を終えた二人は、先程は歩いていない通りに向けて出発した。
メインストリートに比べれば落ち着いているその通りは、どうやら服飾店が集まっているようだ。宮殿にいた頃耳にした店があったりして、ウィンドウショッピングだけで目に楽しい。
「貴女はどういった服装が好みなんだ?」
「好みですか? そうですね……」
そういえば今まで好みに従ってドレスを選ぶことはなかったように思う。離宮にいた頃は手に入った布で母と作っていたし、アルーディアの王宮では必要な分を買い与えられるだけだった。
ヴェーグラントに来てからは公式行事にも参加しなかったので必要すらなく、そうやって自らを着飾ることに縁のない生活を送ってきてしまったのだ。
「私はあまり服装には自信がありませんので」
それをランドルフに伝えることは何だかとても恥ずかしいことのように思えて、セラフィナは思わず自嘲した。
「では、色は? 好きな色くらいはあるだろう」
好きな色。それだったら、ある。
「青色が、好きです」
青は、母の色。ハイルング人の色。そして唯一ハイルング人らしさを受け継いだ部分である、己の瞳の色でもある。青を見ていると懐かしくなる。優しい気持ちになれる。セラフィナにとっては特別な色だ。
その一言だけで理由を察してくれたらしい彼は、とても優しい目をしてセラフィナを見つめた。
「青か。貴女によく似合う」
「そうでしょうか」
「ああ。どんな色も似合うと思うが、青が特別似合うな」
「……あ、ありがとう、ございます」
そんなことを言われてしまっては、頬が染まるのを止められない。セラフィナは誤魔化すために俯き、声がかすれないよう気をつけなければいけなかった。
ふと露天商が目に留まる。その店は女性用のアクセサリーなどを販売しているようだった。
その中に青のリボンを見つけて、今しがた話題に上っていたのもあってつい見つめてしまう。それは艶めいて美しく、厚みが立派で、いかにも好みの深い青色をしていた。ランドルフはそんなセラフィナの視線に気付いたようで、すぐに足を止める。
「おお、随分威厳のあるお貴族様だ。いらっしゃい! うちはお貴族様が使ってもでもおかしくないような、質がいいの扱ってるよ」
「ああ、少し見せてくれ」
ランドルフの顔を見て一瞬驚いた異国の女店主は、結局ほとんど動じていないのが流石であった。彼もまた挨拶を返してしまい、何やら一気に遠慮しにくい雰囲気が形成されている。
彼らはどう見てもセラフィナの反応を待っている様子だが、アクセサリーをねだるなんてことができるはずもなく、自分の視線一つで発生したとんでもない事態にただ慌ててることとなった。
「あの、私はそんな」
「おやおや、とびっきりの別嬪さんだねえ! 奥方にプレゼントをお探しかい?」
「ああ」
さらりと頷くとは一体……!
もはや二の句が告げなくなっているセラフィナに、追い打ちをかける事態が起こる。ランドルフが最初に目に留めたあのリボンを手に取り、事も無げに目の前に差し出して来たのだ。
「遠慮することはない。もしかしてこれではないか?」
どうしてわかるのか。胸中で悲鳴をあげている間にも、話はトントン拍子で進んでいく。
「おお! さすがお目が高い! それは上等の絹でできてるから、ツヤはバッチリだよ。目の色と相まってよくお似合いだ」
「ふむ、では頂こうか」
「まいどあり!」
早い、早すぎる。この速攻性が黒獅子将軍たる所以なのか。
セラフィナが絶句しているうちに店主はそのリボンを綺麗に包んでしまい、ランドルフも流れるように会計を済ませていた。
「ありがとう! 仲の良いお二人さん、また来てちょうだいよ!」
「店主、礼を言う」
そのリボンが絹というだけあって良い値段がしていたことに気付いたのは、既に店を出た後だった。我に帰ったセラフィナは、恐れ多すぎてもはや顔を青くしていた。
「これで良かったか?」
「ランドルフ様、どうして」
「なんだ違ったか? もう一度買い足しに行くか」
「ち、違いますあってます! あってますけれど、そういうことではなく! 勿体無いです、こんな……!」
セラフィナは結婚してもらった立場だ。ランドルフはそれこそ勿体無いくらいに良くしてくれるけれど、その優しさをそのまま受け取るのは憚られた。今だってこれ以上の事など望むべくもない程の幸せをもらっているのに。
「お守りの礼だ。あれに比べれば大したものではないが」
「え……」
「どうか受け取ってほしい。私は貴女が喜んでくれるならそれが一番嬉しいのだから」
ランドルフの優しい笑みに胸がいっぱいになって、セラフィナは何も言えなくなってしまった。
せめてとあのお守りを差し上げたのに、こうしてお礼など返されたら私には何も出来なくなってしまう。こんなにも良くしていただいているのに、これでは何もして差し上げられないではないか。本当にこの方は、一体どこまで優しくしたら気がすむのだろう。
ああけれど、嬉しい。自分のお荷物加減は重々承知してるのに、この浅ましい心がどうしようもないほど震えている。この人が好きだと涙をこぼしそうになるほどに。
しかし、セラフィナには自らのこの想いが、彼には負担になるだろうことはわかっていた。だから笑う。喜んでくれるなら嬉しいと言ってくれた、大好きな人のために。
「ありがとうございます、ランドルフ様。ありがとう、ございますっ……」
受け取ったリボンは、その嬉しさの分だけ重かった。精一杯の笑顔を浮かべたセラフィナは、大事に両手で包んだそれを胸にそっと抱きしめたのだった。
「いいえ、私は今で十分いただいております。お気遣いありがとうございます」
「……そうか。気になる店があったら言ってくれ」
本心からそう言ったのだが、セラフィナにはランドルフが肩を落としたように見えた。気のせいだろうか。
ブリストルはとても賑やかで楽しくて、セラフィナは更にこの街が好きになってしまった。
博物館は中心部から離れているし、前回はパレードで街を見て回るような状況では無かったので、目に映るもの全てが新鮮に見えて仕方がない。しかも隣を大好きな人が歩いていて過去の話までしてくれたとあっては、心はどこまでも浮き上がっていく。
「そういえば、腹は減っていないか。もう十二時を回っているが」
ランドルフが懐中時計を取り出して確認する。いつのまにそんな時間になっていたのか、楽しい時は過ぎ去るのが早い。
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楽しすぎてそんなことはどうでも良くなっていたのだが、ランドルフはセラフィナの妙な言い回しが面白かったらしく、軽快な笑みを見せてくれた。
こうして笑顔を目にするたび、この人のことをもっと好きになってしまう気がする。
鼓動を早める心臓に手を当てたセラフィナは、ランドルフの後について歩くのだった。
ランドルフが選んだ店は、いかにも高級そうなレストランだった。恐縮しつつ入店すると、大勢の客が食事を楽しむ大ホールを抜け、なんと個室に通されてしまう。どうやら貴族のために用意された部屋のようで、レストラン自体初めてのセラフィナはその待遇に大いに緊張した。
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「美味しい。料理長の料理もとても美味しいですが、これも凄く美味しいですね。普段の味付けと違うような気がします。すこし甘いでしょうか?」
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「そうか、アルーディアで食べていたものと比べればどれも違う味か」
ランドルフは少し考え込むような仕草をして、スプーンを置いた。どうやらすでに完食してしまったらしく、実に上品に食べていたはずなのにと何時もながらその早さに驚く。
前に彼が言っていたことには、戦場で早く食べなければいけなかった頃の癖が抜けないらしく、いくらでも待つから気にしなくていいとのことだった。
「故郷の味が恋しくなったりはしないのか?」
とても気遣わしげに見つめられてしまい、セラフィナはそんなことはないと首を横に振った。やっぱり彼はとても優しい。なるべく心安らかに過ごせるよう、いつも気を遣ってくれているのだ。
「いいえ。私にとってアルーディアの宮殿料理は六年かけても馴染めるものではありませんでしたから」
「ああ、そうか。そうだったな」
「むしろ、離宮に暮らした頃、母と作った料理の方が懐かしいです」
「ほう。離宮では料理をしていたのか」
「正真正銘の二人暮らしですから。母はいつもハイルング料理を作ってくれて」
材料は何日かに一度運び込まれて、頼めば何でも手に入ったものだが、今思えばあれは父王の采配だったのだろう。母の作る料理は美味しかった。特にパウンドケーキなどは大好きだった。大体のことは教わったのに、今はもう料理をすることもなく——。
「そうです! 今度作ってみても良いでしょうか?」
「……作る? 貴女が、料理を?」
「はい。久しぶりに食べたくなってしまって。もしご迷惑でなければ」
召し上がってくださいませんか。そこまで言おうとしたところではたと口を噤む。ランドルフは金の瞳を僅かに見開いており、とてもはしたないことを言ったことに気が付いたのだ。
貴族の夫人は料理など絶対にしない。貴族にとって家事は召使いのもので、地位の低い仕事と考えられているのだ。幼い頃は全ての家事を行なっていたセラフィナはそのようには到底思えないのだが、今の発言が常識はずれなことは確かだった。
「それは楽しみだ。私の分も頼むよ」
それなのに、ランドルフは微笑んでそんなことを言う。今度はセラフィナが驚いていると、彼は怪訝そうに片眉を上げた。
「なんだ、私の分を作る気は無かったか?」
「いいえ! つくらせていただきます。ですから是非食べてください!」
勢い込んでそう伝えると、彼はとても楽しそうに笑うのだった。
食事を終えた二人は、先程は歩いていない通りに向けて出発した。
メインストリートに比べれば落ち着いているその通りは、どうやら服飾店が集まっているようだ。宮殿にいた頃耳にした店があったりして、ウィンドウショッピングだけで目に楽しい。
「貴女はどういった服装が好みなんだ?」
「好みですか? そうですね……」
そういえば今まで好みに従ってドレスを選ぶことはなかったように思う。離宮にいた頃は手に入った布で母と作っていたし、アルーディアの王宮では必要な分を買い与えられるだけだった。
ヴェーグラントに来てからは公式行事にも参加しなかったので必要すらなく、そうやって自らを着飾ることに縁のない生活を送ってきてしまったのだ。
「私はあまり服装には自信がありませんので」
それをランドルフに伝えることは何だかとても恥ずかしいことのように思えて、セラフィナは思わず自嘲した。
「では、色は? 好きな色くらいはあるだろう」
好きな色。それだったら、ある。
「青色が、好きです」
青は、母の色。ハイルング人の色。そして唯一ハイルング人らしさを受け継いだ部分である、己の瞳の色でもある。青を見ていると懐かしくなる。優しい気持ちになれる。セラフィナにとっては特別な色だ。
その一言だけで理由を察してくれたらしい彼は、とても優しい目をしてセラフィナを見つめた。
「青か。貴女によく似合う」
「そうでしょうか」
「ああ。どんな色も似合うと思うが、青が特別似合うな」
「……あ、ありがとう、ございます」
そんなことを言われてしまっては、頬が染まるのを止められない。セラフィナは誤魔化すために俯き、声がかすれないよう気をつけなければいけなかった。
ふと露天商が目に留まる。その店は女性用のアクセサリーなどを販売しているようだった。
その中に青のリボンを見つけて、今しがた話題に上っていたのもあってつい見つめてしまう。それは艶めいて美しく、厚みが立派で、いかにも好みの深い青色をしていた。ランドルフはそんなセラフィナの視線に気付いたようで、すぐに足を止める。
「おお、随分威厳のあるお貴族様だ。いらっしゃい! うちはお貴族様が使ってもでもおかしくないような、質がいいの扱ってるよ」
「ああ、少し見せてくれ」
ランドルフの顔を見て一瞬驚いた異国の女店主は、結局ほとんど動じていないのが流石であった。彼もまた挨拶を返してしまい、何やら一気に遠慮しにくい雰囲気が形成されている。
彼らはどう見てもセラフィナの反応を待っている様子だが、アクセサリーをねだるなんてことができるはずもなく、自分の視線一つで発生したとんでもない事態にただ慌ててることとなった。
「あの、私はそんな」
「おやおや、とびっきりの別嬪さんだねえ! 奥方にプレゼントをお探しかい?」
「ああ」
さらりと頷くとは一体……!
もはや二の句が告げなくなっているセラフィナに、追い打ちをかける事態が起こる。ランドルフが最初に目に留めたあのリボンを手に取り、事も無げに目の前に差し出して来たのだ。
「遠慮することはない。もしかしてこれではないか?」
どうしてわかるのか。胸中で悲鳴をあげている間にも、話はトントン拍子で進んでいく。
「おお! さすがお目が高い! それは上等の絹でできてるから、ツヤはバッチリだよ。目の色と相まってよくお似合いだ」
「ふむ、では頂こうか」
「まいどあり!」
早い、早すぎる。この速攻性が黒獅子将軍たる所以なのか。
セラフィナが絶句しているうちに店主はそのリボンを綺麗に包んでしまい、ランドルフも流れるように会計を済ませていた。
「ありがとう! 仲の良いお二人さん、また来てちょうだいよ!」
「店主、礼を言う」
そのリボンが絹というだけあって良い値段がしていたことに気付いたのは、既に店を出た後だった。我に帰ったセラフィナは、恐れ多すぎてもはや顔を青くしていた。
「これで良かったか?」
「ランドルフ様、どうして」
「なんだ違ったか? もう一度買い足しに行くか」
「ち、違いますあってます! あってますけれど、そういうことではなく! 勿体無いです、こんな……!」
セラフィナは結婚してもらった立場だ。ランドルフはそれこそ勿体無いくらいに良くしてくれるけれど、その優しさをそのまま受け取るのは憚られた。今だってこれ以上の事など望むべくもない程の幸せをもらっているのに。
「お守りの礼だ。あれに比べれば大したものではないが」
「え……」
「どうか受け取ってほしい。私は貴女が喜んでくれるならそれが一番嬉しいのだから」
ランドルフの優しい笑みに胸がいっぱいになって、セラフィナは何も言えなくなってしまった。
せめてとあのお守りを差し上げたのに、こうしてお礼など返されたら私には何も出来なくなってしまう。こんなにも良くしていただいているのに、これでは何もして差し上げられないではないか。本当にこの方は、一体どこまで優しくしたら気がすむのだろう。
ああけれど、嬉しい。自分のお荷物加減は重々承知してるのに、この浅ましい心がどうしようもないほど震えている。この人が好きだと涙をこぼしそうになるほどに。
しかし、セラフィナには自らのこの想いが、彼には負担になるだろうことはわかっていた。だから笑う。喜んでくれるなら嬉しいと言ってくれた、大好きな人のために。
「ありがとうございます、ランドルフ様。ありがとう、ございますっ……」
受け取ったリボンは、その嬉しさの分だけ重かった。精一杯の笑顔を浮かべたセラフィナは、大事に両手で包んだそれを胸にそっと抱きしめたのだった。
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