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第一章 その結婚、皇帝陛下の勅命につき
7 ささやかな願い
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ランドルフはセラフィナを伴って玄関先に立ち、後ろを振り返った。
「では行ってくる。皆、留守を頼んだぞ」
そこにはアイゼンフート家で雇うすべての使用人が横一列に並んでおり、彼らは丁寧に腰を折ると、声をそろえて見送りの言葉を口にした。
「本日はどうぞごゆっくりお過ごしください。セラフィナ様、慣れないところへのお越しですから、旦那様とはぐれないようにお気をつけくださいませ」
「ええ、そうですね。気をつけます」
ディルクの過保護ぶりにも真面目に返事をするセラフィナに、ランドルフは微笑ましい思いがして苦笑を漏らす。
今日はセラフィナたっての希望でヴェーグラント博物館に赴くことになっていた。ランドルフはフロックコートにシルクハットを被り、セラフィナも動きやすそうなドレスを身にまとっている。
「ディルク、変に脅かすのはやめてもらいたいものだが」
「セラフィナ様がお可愛らしいので、この爺はつい心配性になってしまうのですよ。とはいえ、旦那様さえお側にいらっしゃれば何も心配ございますまい」
どうやらこの二週間のうちに、この姫君は彼らとの信頼関係を築き上げていたらしい。ディルクだけでなく、彼女を見る全員の目が優しかった。
「まったく……さあ、そろそろ参りましょう」
鷹揚に笑うディルクに苦笑を返すと、ランドルフはセラフィナを促して外に出た。馬車の出入り口に到着すると、彼女へ向かって手を差し出す。
「姫、どうぞお手を」
すると、それと分からないほどの短い逡巡の後、ほっそりとした手が重ねられた。
「ありがとう存じます」
セラフィナのこの様子は、出会って間もないランドルフにも疑問を抱かせるに至っていた。
この妖精姫はどうも、姫として扱われたり、かしずかれたりするのに慣れていないようなのである。
初対面の時、彼女は使用人にも丁寧な挨拶をした。昨日の夜ディルクやエルシーに聞いたところによれば、風呂にも一人で入るし、あらゆる介添も殆ど必要としないという。小さな望み——例えば好みの菓子を用意させるだとか、そういうことだが——すら口にすることはなく、この二週間彼女がしていたことといえば勉強のみ。
大国の王女であったとは思えぬ謹厳実直ぶりに、使用人達からすれば感心よりも心配が勝ったらしい。セラフィナ様は遠慮しておられるのではないかと嘆く二人に、ランドルフは自分から聞いてみるからと言い含めておいたのだった。
セラフィナを先に乗せてから、ランドルフも乗り込み彼女の向かいに腰を落とす。程なくしてゆっくりと馬車が動き出した。
席に着いてからしばらく、セラフィナは透き通るような瞳を伏せて何かを考え込んでいる様だった。しかしやがて意を決したように顔を上げると、驚くべき言葉を口にした。
「あの、アイゼンフート侯爵様。不躾ではございますが、一つお願いがあるのです」
まるで自らの思考を読まれたかのようなタイミングに、ランドルフは思わず目を見張る。
しかしようやく彼女が望みを口にするというのだ。これは必ず叶えてやらねばなるまいと、逸る胸の内を抑え力強く頷いた。
「ええ、何でも仰ると良い」
「まことでございますか? では……」
しかし、その願いは予想の遥か斜め上を行く物であった。
「実は、その……どうか姫という呼称はお止め頂きたいのです。できれば、改まった口調も」
「……は」
思わず間抜けな声を出してしまい、しまったと口を噤む。
いつも軍人然とした佇まいを崩さぬランドルフとしては、非常に珍しい失態だった。しかしまったく気にしていない様子でセラフィナは続ける。
「私は王位継承権もないような存在でしたので、あまりそう呼ばれることには慣れていないのです。それに、もう私は姫などではありませんから」
そう言って微笑んだその顔は、晴れ晴れとしているのは確かだったが、少し寂しそうにも見えた。
一体この人はどんな人生を歩んできたのだろうか。
姫君であったとは思えぬ慎ましい言動。今目の前にある複雑な笑顔に、自ら姫などとは呼ばないでほしいと告げるその心。そして、初めてアイゼンフートの屋敷に来て自室から外の景色を見たときのキラキラとした瞳。それらを思い返すと、もしや祖国ではあまり良い扱いをされなかったのではないかという想像が頭を過ぎった。
まだそうと決まったわけでもないが、せめて自分のような男に嫁ぐことになった心痛くらいは、和らげてやれればいいと思う。
「わかりました。これからは、貴女のことをセラフィナと……そう呼ばせてもらおう。それでいいかな」
そう言って静かに笑んだランドルフに、セラフィナは嬉しそうに顔を輝かせた。
「はい! ありがとうございます、アイゼンフート侯爵様」
「しかし、これでは不公平だな」
「不公平、ですか?」
「ああ、私だけ名前で呼んでいたのではおかしいだろう。だから、どうか貴女にも名前で呼んでもらいたい」
「え……!」
そんなことを言われるとは思ってもみなかった。そんな表情で固まってしまったセラフィナに、ランドルフは苦笑をこらえつつ言い募る。
「何なら貴女も敬語は要らないし、呼び捨てにしてもらっても構わないのだが」
「そんな、それはいくら何でも畏れ多いです……! それにこの喋り方は癖で」
「無理のない範囲でいいとは思うが、本来あなたの方が立場は上なのだ。これでは私が無礼を働いているようだろう?」
「そ、それは、確かに。かしこまりました。では……」
一声置いてからたっぷり一拍逡巡した後、ようやく彼女は蚊の鳴くような声を発した。
「ラ、ランドルフ、様……」
どうやらかなりの決心を必要としたらしく、セラフィナは気の毒な程真っ赤になって徐々に俯いていく。
最終的にはつむじしか見えなくなった彼女の、そのつむじすらも赤くした様子を見ていたランドルフは、ついに堪えきれずに吹き出してしまった。
急に声を上げて笑い出した凶悪面の軍人に、可憐な婚約者は物怖じしなかった。彼女はおずおずと顔を上げると、困惑しきりといった様子で首を傾げている。
「あの、なぜ笑っておられるのですか?」
「く、はは……いや、失礼。貴女が存外親しみやすい人だとわかって、嬉しかったのだ」
生真面目で礼儀正しいが、その美しさも相まって近付き難い。なんとなく彼女に感じていた壁が霧散していくのを心地良く感じながら、ランドルフはしばし必死に笑いを堪える羽目になった。
「では行ってくる。皆、留守を頼んだぞ」
そこにはアイゼンフート家で雇うすべての使用人が横一列に並んでおり、彼らは丁寧に腰を折ると、声をそろえて見送りの言葉を口にした。
「本日はどうぞごゆっくりお過ごしください。セラフィナ様、慣れないところへのお越しですから、旦那様とはぐれないようにお気をつけくださいませ」
「ええ、そうですね。気をつけます」
ディルクの過保護ぶりにも真面目に返事をするセラフィナに、ランドルフは微笑ましい思いがして苦笑を漏らす。
今日はセラフィナたっての希望でヴェーグラント博物館に赴くことになっていた。ランドルフはフロックコートにシルクハットを被り、セラフィナも動きやすそうなドレスを身にまとっている。
「ディルク、変に脅かすのはやめてもらいたいものだが」
「セラフィナ様がお可愛らしいので、この爺はつい心配性になってしまうのですよ。とはいえ、旦那様さえお側にいらっしゃれば何も心配ございますまい」
どうやらこの二週間のうちに、この姫君は彼らとの信頼関係を築き上げていたらしい。ディルクだけでなく、彼女を見る全員の目が優しかった。
「まったく……さあ、そろそろ参りましょう」
鷹揚に笑うディルクに苦笑を返すと、ランドルフはセラフィナを促して外に出た。馬車の出入り口に到着すると、彼女へ向かって手を差し出す。
「姫、どうぞお手を」
すると、それと分からないほどの短い逡巡の後、ほっそりとした手が重ねられた。
「ありがとう存じます」
セラフィナのこの様子は、出会って間もないランドルフにも疑問を抱かせるに至っていた。
この妖精姫はどうも、姫として扱われたり、かしずかれたりするのに慣れていないようなのである。
初対面の時、彼女は使用人にも丁寧な挨拶をした。昨日の夜ディルクやエルシーに聞いたところによれば、風呂にも一人で入るし、あらゆる介添も殆ど必要としないという。小さな望み——例えば好みの菓子を用意させるだとか、そういうことだが——すら口にすることはなく、この二週間彼女がしていたことといえば勉強のみ。
大国の王女であったとは思えぬ謹厳実直ぶりに、使用人達からすれば感心よりも心配が勝ったらしい。セラフィナ様は遠慮しておられるのではないかと嘆く二人に、ランドルフは自分から聞いてみるからと言い含めておいたのだった。
セラフィナを先に乗せてから、ランドルフも乗り込み彼女の向かいに腰を落とす。程なくしてゆっくりと馬車が動き出した。
席に着いてからしばらく、セラフィナは透き通るような瞳を伏せて何かを考え込んでいる様だった。しかしやがて意を決したように顔を上げると、驚くべき言葉を口にした。
「あの、アイゼンフート侯爵様。不躾ではございますが、一つお願いがあるのです」
まるで自らの思考を読まれたかのようなタイミングに、ランドルフは思わず目を見張る。
しかしようやく彼女が望みを口にするというのだ。これは必ず叶えてやらねばなるまいと、逸る胸の内を抑え力強く頷いた。
「ええ、何でも仰ると良い」
「まことでございますか? では……」
しかし、その願いは予想の遥か斜め上を行く物であった。
「実は、その……どうか姫という呼称はお止め頂きたいのです。できれば、改まった口調も」
「……は」
思わず間抜けな声を出してしまい、しまったと口を噤む。
いつも軍人然とした佇まいを崩さぬランドルフとしては、非常に珍しい失態だった。しかしまったく気にしていない様子でセラフィナは続ける。
「私は王位継承権もないような存在でしたので、あまりそう呼ばれることには慣れていないのです。それに、もう私は姫などではありませんから」
そう言って微笑んだその顔は、晴れ晴れとしているのは確かだったが、少し寂しそうにも見えた。
一体この人はどんな人生を歩んできたのだろうか。
姫君であったとは思えぬ慎ましい言動。今目の前にある複雑な笑顔に、自ら姫などとは呼ばないでほしいと告げるその心。そして、初めてアイゼンフートの屋敷に来て自室から外の景色を見たときのキラキラとした瞳。それらを思い返すと、もしや祖国ではあまり良い扱いをされなかったのではないかという想像が頭を過ぎった。
まだそうと決まったわけでもないが、せめて自分のような男に嫁ぐことになった心痛くらいは、和らげてやれればいいと思う。
「わかりました。これからは、貴女のことをセラフィナと……そう呼ばせてもらおう。それでいいかな」
そう言って静かに笑んだランドルフに、セラフィナは嬉しそうに顔を輝かせた。
「はい! ありがとうございます、アイゼンフート侯爵様」
「しかし、これでは不公平だな」
「不公平、ですか?」
「ああ、私だけ名前で呼んでいたのではおかしいだろう。だから、どうか貴女にも名前で呼んでもらいたい」
「え……!」
そんなことを言われるとは思ってもみなかった。そんな表情で固まってしまったセラフィナに、ランドルフは苦笑をこらえつつ言い募る。
「何なら貴女も敬語は要らないし、呼び捨てにしてもらっても構わないのだが」
「そんな、それはいくら何でも畏れ多いです……! それにこの喋り方は癖で」
「無理のない範囲でいいとは思うが、本来あなたの方が立場は上なのだ。これでは私が無礼を働いているようだろう?」
「そ、それは、確かに。かしこまりました。では……」
一声置いてからたっぷり一拍逡巡した後、ようやく彼女は蚊の鳴くような声を発した。
「ラ、ランドルフ、様……」
どうやらかなりの決心を必要としたらしく、セラフィナは気の毒な程真っ赤になって徐々に俯いていく。
最終的にはつむじしか見えなくなった彼女の、そのつむじすらも赤くした様子を見ていたランドルフは、ついに堪えきれずに吹き出してしまった。
急に声を上げて笑い出した凶悪面の軍人に、可憐な婚約者は物怖じしなかった。彼女はおずおずと顔を上げると、困惑しきりといった様子で首を傾げている。
「あの、なぜ笑っておられるのですか?」
「く、はは……いや、失礼。貴女が存外親しみやすい人だとわかって、嬉しかったのだ」
生真面目で礼儀正しいが、その美しさも相まって近付き難い。なんとなく彼女に感じていた壁が霧散していくのを心地良く感じながら、ランドルフはしばし必死に笑いを堪える羽目になった。
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