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7話 ダシに使われた
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<ギィド視点>
「お前、また来ていたのか」
ウォルトのマスタールームを出たときから目にはいっていた姿。
傭兵ギルドに集まる人間には似つかわしくない、落ち着いた濃紺のサテンのワンピースを着た少女に、俺は半ば呆れながら声をかけた。
「ごきげんよう、ギィ」
「よくもまあ毎日毎日、飽きないな、ジル」
この45年間、一度もされたことがない「ごきげんよう」なんていう挨拶に、相変わらず背筋がもぞもぞとして心地が悪いと思いながら、俺は悪友であるジャグの養娘ジルと、その横に立つ青年の顔を見てもう一度ため息をついた。
「まったく、お前も朝早くから毎回ジルのお守りでご苦労だなルード」
「いえ、俺はギルドに来るついでですから」
半分、嫌味で言ったのだが。
ソレをわかっていながら、にっこりと人の良さそうな笑顔で受け流す男、ギルドの正所属員の、ルード・リングランドに舌打ちをする。表の仕事をメインでこなし、ギルドの中では珍しい好青年に分類される男だが、普段の物腰が穏やかな割に意外と図太いとこここのところジル絡みでちょくちょく話すようになってわかった。
……今度、ちょっとばかりきつい仕事でも振ってやろうか。
そんな打算を俺がしている横で。
「それじゃあ、ギィドさんが来たから俺はこれで。帰りはセレンさんと一緒なんですよね?」
「ええ、有難うルード、お仕事頑張ってね」
「ジルさんも」
まるで仕事に送り出される旦那と、それを見送る妻の様なやり取りだが。その間に実際はまったく甘やかなところがなく、純粋な友人という付き合いだから驚きだ。
俺の希望としてはこのままこの二人がくっついてくれれば今頭を悩ませている苦労の一つが多少は解決してくれる所なのだが。
「ではギィドさん、ジルさんを宜しくお願いします」
……俺に託されても困るんだがな。
すっかりここの所聞きなれてしまったやり取りをする二人を前に、心の中で愚痴をこぼしながら受付の椅子に腰掛ける。そしてその俺の横に、これまた当然というようにジルが椅子を引っ張ってきて、座る。
「今日もよろしくね、ギィ」
ニッコリと、ビロードのようなつややかな黒髪を揺らし、首を傾けて微笑む。
そんな彼女に俺は4年ぶりに再会してから、何度目になるかわからないため息を付いて。
「とりあえず、このファイルを仕分けてくれるか」
「はい」
本当は『帰れ』と言いたいところだが、言葉を飲み込んで、手持ちのファイルから一つを選んでジルに差し出す。
受け取る動作は何処から見ても育ちが良いお嬢様で、ちょっと脅せば、すぐにでも子うさぎのように震えて逃げ出しそうに見えるのだが。
俺は掲示板に貼られた、真新しいフリー依頼の張り紙に視線を投げた。そこには【人探し】という分類で、見知った顔の男の写し絵と共に良い値段の懸賞金が並んでいる。初めて見たときには思わず何の間違いだと目を疑った、その探し人は『ジャグ・グライン』ここ最近、姿を消している悪友の名だ。
そしてその懸賞金の出資者は、今俺の横で丁寧にファイルの中身をチェックしている、この少女……ジャグの義理の娘、ジル本人だった。
『必須条件:生け捕り。軽症は要検討。重症の場合は懸賞金の払い出し不可』
人探しの張り紙にしてはやや穏やかではない、そんな内容の依頼をジルがギルドに持ってきたのは一週間ほど前のことだ。
表面上は穏やかに微笑みつつ、しかしながら何処かぴりりとした空気を纏ったジルに会うまで。俺はあの日、一ヶ月前、女学院を卒業したジルとジャグはすっかり再会を果たしているものだと思っていた。だが、話を聞いてみるとなんとあの馬鹿は、俺に家に帰りたくないと駄々をこねてそれを無視された後、言葉通り本当にそのまま姿をくらまして、家に帰っていないというのだ。
……正確に言うなら、家に帰ってはいるそうなのだ。ただわざわざジルが家を開けている間に、机の上などに「仕事が長引いてなかなか帰れない」なんて白々しいにも程がある言い訳の書かれた手紙とお金を置いていくらしい。
そんなジャグにも、ジルは当初寛容に大人しく帰りを待っていた。一般市民からの出で女学院を4年間勤め上げた度量の持主だ。それくらいのことでは挫けるようなことはなく。何事も無いように1週間、2週間と待ち続けて。そして3週間たった彼女は行動を起こした。
早い話がジャグの仕事場、つまりはここ、傭兵ギルドに乗り込んできたのだ。
ジルがギルドの扉を開けた瞬間のことは今でもはっきりと覚えている。
あまりにも毛色が違う人間がやってきたことに、その場にいた者は誰もが露骨に不躾な視線をジルへ突き刺した。ある者は明らかに不快感をその顔に浮かべ、ある者は好色な目をむけ。普通の婦女子であればすぐにそのまま踵を返したであろうが、そんな無骨な男たちの間をジルは悠々と。昔は肩までしかなかった、今は腰までのびた黒髪をやわりとなびかせて、受付にまっすぐと歩み寄った。
『お久しぶりです、ギィドおじ様。突然で申し訳ないのですが、人探しをお願いしたいのと、それから私をギルドで働かせて欲しいのだけど、方法を教えていただけないかしら?』
ぞっとするほど穏やかで。なおかつ柔らかい少女と凛とした淑女の間の声音でそう尋ねた。
……今思うと、あれはジルの怒りが頂点に近い状態だったのではないかと思う。
本来、ギルドの依頼の方法も、ギルドで働きたいという要求も、俺の受付に申し出るというやり方では基本的に受け付けていない。俺の受付はあくまで仕事をもらいに来る傭兵たちに開かれているもので、依頼主は街に数あるギルドを取締まるギルド協会に依頼を出すものなのだ。そしてギルドという荒くれ共が集まる場所にいきなり一般人が働けるものではない。俺のようなギルド受付や、さらにバックヤードの事務をする人間はあまり知られていないが元傭兵かそのたぐいに関わりのある人間だった。
それなのに、だ。
「ねえ、ギィ。このフリーの依頼のファイリング方式だけど、レベル別だけじゃなくて種類別にもしておいたほうが良いと思うの、どうかしら?」
こちらが物思いに耽りながら、ひとつのファイルを片付けている間に、ジルは先程渡したファイルの中身をすっかりナンバリングから並べ替え、登録、仕分けを済ませて、いつの間にかフリー依頼が入ったファイルの整理に手を出していた。
ここ数日ですっかり受付の書類関係の処理をマスターしているジルは、一応臨時の受付補助という名目で、普通なら働けないはずのギルドで仕事をこなしていた。
……それが一体どうしてなのか、確かな話は俺には把握出来ていない。
しかし確実に言えるのはあの時ジルはすべて計算してギルドにやってきていたのだろうということだ。
始めからいくら顔見知りの俺の受付でも、自分の願いが聞き入れられないと分かっていたのだ。だから『無理だ』という俺の返事にもジルは顔色一つ変えること無く『それじゃあ、ギルドマスターにお会いしたいのだけれど、どうしたらいいかしら?』と尋ねた。
コレにも俺は『NO』と答える事しか出来ないのだが、その俺の言葉を塗りつぶすように『YES』と答える人物がいた。
誰か、というのはもう言うまでもないだろう。このギルドのマスターであるウォルト本人だった。ギルドに民間人の、しかも品格が違う少女が一人乗り込んできた、となれば話題にならないわけがなかった。俺がジルと二三言話している間に、すっかりこのことは事務方からウォルトの耳にまで届いていたらしく、興味を引かれたのであろう、後ろを振り返ればウォルトの他に普段はあまり顔を出さない裏方の面々までひょっこり事の成り行きを見に集まっている始末だった。
その後の展開は早いものだ。マスタールームに消えていったジルは、すっかり次の日にはバックヤードの面々と打ち解けていて。特にバックヤードを取締まっているセレン嬢、ウォルトの右腕であり「無血の女王」という物騒なあだ名をもつ彼女すら味方につけたジルに、ギルド側の立場から俺が口出しする隙は無くなっていたのだった。
そこまでされれば、この件について俺が干渉をすることは無い、と思わなくもないのだが。
やはり、一応悪友の義理の娘をこんな物騒なところにいつまでも通わせるのはどうかと(元を辿ればジャグが原因ではあるのだが)それなりに説得を試みているのだが、さっぱり効果はない。
少しは怖い目を見れば諦めるだろうかと、わざと見た目の厳ついのを2、3人選んでけしかけてみたのだが。
結果は間の悪いことに丁度現場を通りかかった事情を知らないルードが助けに入ってしまい、あえなく計画は失敗。
その後はジルの身を心配したルードやセレンを中心としたバックヤードの面々がジルのギルドの行き帰りに必ず付きそう通うという状態となって。ますますギルドはジルにとって居心地のよさを増すだけになってしまった。
手元のファイルにふと目を落とす。
そこには俺の字ではない、形の整った字が綺麗に整列している。
横で手際よく書類を片付けてゆくジルは、ジャグじゃないが本当にこんな場所にいるのはもったいない逸材だと思う。
4年前はまだあどけなさが残る普通の少女だったが、今はもう、昔を知っている俺でさえ育ちが違うのではないかと思うほどに淑女という単語を思い浮かべる様な成長を遂げていて。
逃げているジャグを卑怯だと思う反面、実際自分がその立場になればと考えると、奴の心境が少しだけ分かるような気がする。
「お前は……このままジャグが見つからなかったらどうするんだ?」
文字を書くにも迷い無く動くジルの指先をぼんやり眺めつつ、姿を見せない悪友に想いを馳せていたら、うっかりポロリと本音がこぼれて、しまった、と思う。
この話題は、この聴き方はさすがにまずいだろう。
内心大いに焦るがそんな俺の心配とは裏腹に、ジルが書類から上げた顔は、気分を害したふうでもなく、むしろ少し可笑しそうに微笑んだ。
「心配しないで、ギィ。これは私とジャグの、根気比べだから」
「根気比べ、か?」
「ええ、ジャグのことを私が諦めるの先か、ジャグが私から逃げるのを諦めるのが先か、根気比べをしているの」
「……その根気比べは、ずいぶんとお前に分が悪くないか」
「ジャグも、そう思っているようね」
俺にはどう考えても現状を見てジルに勝ち目はないと思えるのだが、ジルはそう思っていない様子で、視線を掲示板に貼られたジャグへと向ける。
「別に、あの依頼でジャグが捕まるなんて思ってはいないの、あれはただの私から彼への宣戦布告のつもりだから」
「なんだって……?」
「だって、本気で捕まえるつもりなら、懸賞金をもう少し……そう、あの3.5倍ぐらいにしなきゃ駄目でしょう? あの人はそれくらいじゃなきゃ捕まらないもの」
淡々と、まるで今日の夕飯の献立を考えるように述べられた内容は的を射ていて、俺は急に、横に座る少女の形をした生き物に警戒心を抱いた。
ジャグにかけられた懸賞金、その額はジャグを捕まえるなら確かに足りない。ジャグと己の実力を図れる人間ならあの値段で奴に挑むのはリスクが高いと判断するだろうし。金額だけで飛びつくような輩にジャグが捕まるようなことはないだろう。そんな微妙なラインで設定されている。それを俺は偶然だと……むしろ捕まえるつもりでの依頼だと思っていたから、まったく無駄なものだと、そう思っていたのだが。それが計算となると話は変わってくる。そして先程述べた、宣戦布告とはどういう意味なのだろうと、考えを巡らそうとした時。
「本当は秘密なのだけど、ギィは口がかたいから教えてあげる。私ね、本当は帰ってくるとき、ジャグにふられるんだと思っていたの。だって4年間離れろって言われて。その報奨が『受け入れる』んじゃなくて『考えてやる』なんだもの。ああ、これは私が我慢して帰ってきても、邪魔をされない4年間の間に誰かと結婚しちゃったりして理由を作るつもりなんだわ、って、そう思っていたの」
「なに……?」
不意にジルが目を伏せて。まるでため息をつく様に口からこぼした告白に、俺は思わず目を見張った。
何しろそれは初めて聞くジルの弱音で、しかも昔から彼女はジャグが自分を可愛がっていることに自信を持っていた。だからジャグに対して不満を持てど、不安など、感じていないのではないのだろうかと思っていたのだが。
「私が急にこんなことを言って驚いた?」
「まあ、正直。お前はもっとジャグに自分は愛されているもんだと自信があると思っていたな」
「……確かにジャグが、私を可愛い、愛しいと思っているには自信があるわよ? でもそれが父性愛かまたは保護欲から来たものだというのも知っているの。そこに恋愛感情が含まれてくれているかなんて、まだ私には見分けられないもの。ギィにはわかる?」
「さあ、俺はジャグじゃないから分からんな。……ただまあ、あれはお前が大事だからこそ、馬鹿みたいに逃げ回ってるんじゃないか」
「本当にジャグって馬鹿よね。駄目ならさっさと振ってくれたらいいのに、そんなことされたら、期待しちゃうわ。でもそういう彼のダメな所も好きなの」
ふっと笑うようにこぼされたため息は先程とは違って軽かった。ジルとジャグとの年齢の差はふたまわり以上開いているのに、それにもかかわらず話を聞いていると、ジルの方が年上で、ジャグの方が年下ではないかと錯覚を受けそうになる。
「でもちょっと怒っているのよ? いくらなんでも逃げ続けるのは反則だわ。だから、私はジャグが自分から出てくるのを待っているの。別に捕まえても良いのだけれど、それじゃあ私ばっかりが損をしているから――」
『捕まえてはあげないの』と、少しいたずらっぽく笑うジルの手元のファイルが閉じられる。話しながらまたひとつ、片付けてしまったらしい。
……まったく、女というのは奥深いものだと思いながら。
「4年前はまだまだ乳臭い子供だったのに、ずいぶんいい女になったもんだ」
「あらまあ、有難う」
俺の言葉を聞いてくすくすと笑うジルに、コレはもしかしたら本当に分が悪いのはジャグの方かもしれないと思う。
そして思っていた以上に覚悟と肝が座っていたこの淑女に、俺もやめろと言うのではなく、ほんの少しだけ協力をしてやるかと思って。
「ジル、ひとつ、教えておいてやる」
「なあに?」
「お前さんにはな、ここのところジャグが依頼してるだろう監視役が付いている。だからお前の行動は基本的にジャグに筒抜けだ」
「あら、知っているわ。今日の見張り役さんは髪の赤い、星の飾りをつけたブーツの人よね?」
長年の悪友を裏切って、とっておきの情報を教えてやったつもりだったが。
しかしながらそれをアッサリと受け流したジルに肩すかしを食うというか。少しばかりこの見た目は折れそうな少女を末恐ろしく感じつつ。
「知ってたのか」
「ギィ、女性の他人の視線に対する敏感さを侮るのは良くないわ。女性は常に人の視線を意識しているものなのよ?」
「…………………そういうものなのか」
「ええ、そういうものなの」
にっこり、と、笑みを絶やさないジルに本当にいろんな意味でいい女になったものだと、苦笑交じりに思う。
これは完全にジャグの分が悪いと、俺は心の中でこれから苦労しそうな悪友に両手を合わせた。
と、その時。
少し錆び付いたベルのカラリと乾いた音がして。
俺は反射的にギルドの入り口を見て、そして少し目をみはってしまった。
そこに立っていたのは、この人が少ない時間帯には来る人間としては珍しい、そして先程マスタールームで話に上がった男――
「シャルトー……………か?」
その姿を見て呼んだ名前は思わず、疑問形になった。
いや、見た目はあの毛皮屋と呼ばれるあだ名通り、相変わらずの毛皮を身につけて、髪型も顔も3週間前の記憶から変わったわけではないのだ。やってきたのはあの糞生意気なシャルトー本人だとわかるのだが。
しかしながらつい首を捻りたくなるのは、一重に奴の様子がおかしかったからだった。
いつもはズカズカと我が物顔でギルドの中へ、受付へ活歩して来る男が。だらりと入り口の扉に肩を預けたまま、ただぼんやりとこちらを見て、つっ立っていた。何か警戒をしてギルド内へ入って来ない、という様子ではない。明らかにただ気怠げに、立っているようにしか見えない。これはもしかして、ここ二週間やってこなかったのは体の調子でも壊していたのだろうか。
その様子に、ジルも初対面ながら違和感を覚えたらしく。
「ねえ、彼……シャルトーさん、なんだか具合が悪そうに見えるのだけど、大丈夫かしら?」
少しばかり不安気に俺を見上げて、そう聞いてくるジルにさてどうしたものかと思う。
奴の目的は仕事かそれとも俺の頭か。まあ、体調が悪いのに働かなければならないほど金に困っているようは見えない、かつ、普段のやりとりからおそらく後者だろう。そうなると、必然的にいつものようにやり合うことになるが……
ちらりと、ジルとそしてシャルトーを見比べて考える。
どうやら受付に歩み寄るシャルトーの、その足取りは怪しいもので、やりあえば勝てそうに見える。しかしながらジルの前でそんなことをやれば、体調がすぐれない相手になんて事をと、事情を知らないジルからは何かと非難を受けそうな気がしてならない。だからといってシャルトーとの関わりとか試闘のことをわざわざ話す気にもならない。
コレがただの小娘の小言だったら気にならないが、先程からのやり取りでジルへの認識を改めた今、少々気がかりだ。
ここは面倒だが、なんとか言いくるめて仮眠室にでも転がすのが得策か、そう考えたところで。
「ジル、裏に下がってろ」
「え?」
近づくシャルトーからふわりとかすかに漂って来た、酒と女と、そしてタチの悪い匂いに、俺は顔をしかめてジルにバックヤードへ引くように指示をだす。
別に、矢張りやり合おうと考えたわけじゃない。シャルトーが纏う、無駄に甘ったるくてそしてかいだ瞬間すっと鼻の奥に抜けるようなこの匂い。それの正体に思い当たる節があったのだ。このおかしなシャルトーの様子は体調が悪いとか、酒に酔っているといったものが原因ではない。酩酊性のあるドラックの所為――つまり、体調が悪いわけでは無く単純にこの馬鹿はドラックで半ば意識が浮ついているのだ。
「………よぉ。あんた相変わらず間抜けな面、だね?」
カウンターに片腕をついて、こちらを見下ろしながらのセリフは相変わらずの調子だが。その目はいつもの生意気な位の強い光が鈍くよどんで、正常とは言いづらい。
「悪いが、うちのギルドはドラック禁止だ。仕事が欲しいならそのラリった頭を覚ましてくるか、別のところにでも行くんだな」
横に座っているジルにもシャルトーが一体どんな状態かわかるように。それから半分、ドラックに手をだすようなアホな人間だったのかと少しばかりシャルトーに呆れながらそう言えば。
シャルトーの眉間に、不快そうにシワが寄った。
「はぁ? そんなの、やってるわけないでしょ」
「馬鹿かお前。そんなに匂いをプンプンさせて何がやってない、だ。言い訳ならもっとましなのを考えろ」
「匂い……? あ。ああこれか。これはちょっと……不可抗力で匂いが移っただけだ。ラリってないよ」
俺の指摘にシャルトーは一瞬首をひねり、すんっと少し自分の袖口を臭う。そこでどうやら俺が言っていることをやっと理解できたらしく、顔をしかめて忌々しげに否定する。その後、ぶつぶつと「ハズレな上に、ドラッグかよ、最悪だな……」とか「あの女、毛皮に匂いがついたら、落とし前付けさせてやる」とか。苛立を隠さずに呟きながら、身につけた毛皮を気にしているあたりはどうも演技しているようには見えない。
それに、思えばこの馬鹿がわざわざラリってることを隠そうなんてする性格でも無いところから、おそらくシャルトーが自主的にドラックに手を出したわけではない、ようだ、が。
「言い分はわかったが、少なくとも今のお前の状態は普通じゃねぇ。大人しく今日は帰れ」
それはそれ、これはこれ、だ。
少なくとも今現在、おぼつかない状態のこいつを黙って迎えてやる義理はない。今はダルそうにしているが、急に暴れられたら面倒だ。
ドラックにも色々あるが、少なくとも一連の緩慢な様子と匂いからシャルトーが酔っているドラックは五感を鈍らせるものだろうとほぼ確信的に目星付いていて。いくら普段の実力の差があるとはいえ。さすがに現状のシャルトーに負けるワケが無いとそれぐらいを推し量るぐらいの自信があった。
「………はっ! アンタもわかんない男だな、ラリってないって言ってるでしょ?」
「分かってねぇのはお前だろうが。ったく、叩き出される前にさっさと出てけ」
「叩き出す……? 面白いこと言うね、老いぼれのアンタに出来るもんならやってみなよ……?」
「お望みなら答えてやるよ」
お決まりのような売り言葉に買い言葉を投げつけて。
とりあえず己の状態を俺にたたき出されることで自覚させてやろうと立ち上がれば。
「ギィ、あんまり酷くしないであげて」
「……あ?」
この場にふさわしくないトーンの声がして、俺は驚いて横を見た。
そこには、先程とまったく変わらない位置にジルがいて。
「馬鹿っ! お前、下がれと言っただろう」
すっかり気配がなかったものだから、てっきり裏に引っ込んでいるものだと思い込んでいたのに。
この空気が読めていないのか。それともまさか動けないなんて事はないだろうと思いつつも、ついジルを叱り付ければ。
「ん、なにあんた、女連れ込んでんの? 受付の癖に良い身分だね」
当然のことながらそこにシャルトーが絡んでくる。
ああ、クソッ最悪だ。
どうもラリっている所為か、ジルの存在が視界に入っていなかったの様子だったのに、自分から注意を向けてしまった。
その意識をはずさせようとジルとシャルトーの間に体を半ば入れるようにして。
「こいつはただの臨時の受付だ。それよりもさっさと……」
叩き出してやる、と続くはずの言葉は唐突に動いたシャルトーへ対応するために消えた。
「キャッ!」
奴の腕が先程の緩慢な動きなど忘れさせるように伸び、俺の横をすり抜け、ジルの髪をひと房掴む。そのまま無造作に手を引き寄せるシャルトーに髪をひかれたジルは当然の如く悲鳴を上げて。
「シャルトーッ!!」
それ以上、この馬鹿が乱暴をしないよう、俺はとっさにジルの髪を掴んだシャルトーの腕を押さえた。
「てめえっ、なに考えてンだっ!! 離せッ!!」
「なに、ちょっと髪質見ただけでしょ。なんでそんな怒ってんの? あんたそういのが趣味なわけ?」
一体何がシャルトーの癇に障ったのか、不愉快そうに口をゆがめてシャルトーは俺とジルを見比べて嘲ってくる。
「……いいから、さっさとこの手を離せ」
シャルトーの挑発に、このまま空いた腹へでも一撃を喰らわせてやろうかと思うが、まずはジルの髪を解放するのが先かと、そのまま奴の腕を掴んだ手に力を込める。しかしシャルトーもシャルトーで、締められた腕など痛くも痒くもないという様子で俺からジルに視線を移すと。
「なあ、あんた。臨時の受付って、どうやってこのおっさん垂らし込んだの? 俺にも教えてヨ? あんた見た目大人しそうだけど清楚に見せかけて淫乱って、最近の娼婦ではやってる手管なの? でもまあ、このおっさん選ぶあたり結構趣味悪いけど」
「お前ッ……!」
最悪だ。最悪すぎる。
俺達のような種類の人間にすればシャルトーの揶揄はよくある侮辱の部類だが。しかしジルはいくら肝が据わっているとはいえ、ほんの1ヶ月前は育ちの良い温室のような場所で過ごしていたのだ。そんな相手に聞かせるには少し度がきついと、顔をしかめてジルを見れば、当の本人は案の定、呆然と言った面持ちシャルトーを見ていた。
「シャルトー、お前いい加減に……」
「おっと!」
こうなったら口を噤ませるために、つかんだ腕への力の込め方を変えた瞬間、俺の動きに気がついたのか、シャルトーはとっさにジルの髪を離し、俺の手も腕をひねって振りほどき、距離を取るよう後ろへ飛んだ。
が。
「テメェ、ジルになにしてやがる!!」
「なっ!?」
唐突な怒号。
そして、本来は大勢を立て直すために引いた筈の位置。しかしそこへ意識が薄かった背後から急襲にシャルトーも反応こそするが、避けることは叶わず。
「ガッ!」
まるでスローモーションのように。綺麗にシャルトーの体が横に吹っ飛んだ。
そして、奴の代わりにそこに立っているのは。
「…………ジャグ」
お前、一体何処から湧いてきた。
そういえばシャルトーに仕掛ける直前に入り口のあの錆びたベルの音を聞いた気がするが、と、ぼんやり思いつつ、突然のことであっけに取られたままの俺を尻目に。
「調子にのってんなよガキが! ジルをそのへんの女と一緒にすんじゃねぇ」
態勢を崩したままのシャルトーに、追い打ちをかけるようにドスドスとジャグが容赦なく殴り、そして蹴りをいれる。
普段であればこうは行かないだろうが、今は明らかに調子の落ちたシャルトーと、本気のジャグではそのやり取りの行方は考えるまでもなく。
しばし呆然と目の前のやり取りを傍観していたが、吹き飛ばされたままの状態で、ピクリとも動かなくなったシャルトーが完全に落ちているの事に気がついて。
「お、おいジャグ、そろそろそのへんで……」
「やっと捕まえたわ、ジャグ」
やめとけ、という言葉を遮ったのは、それはそれは嬉しそうな声。
そして、ジャグの背後から伸びた白い腕が、男の腰をしっかりと抱きしめていた。
「まったく、貴方はどれだけ待たせれば気がすむのかしら?」
「ジ、ジル…………」
ついさっきまで、滑らかに動いていたジャグの体が、まるで油が切れた機械のようにギシりと強張った。
一体いつの間に俺の横からジャグの背後に回りこんだのか。また激しくシャルトーへの攻撃を繰り出すその後ろ姿にどのような隙を見出して張り付いたのか。
理由を『偶然上手くいった』と考えるには少々無理がある。しかし『偶然』と考えなければ薄ら寒いものを覚えて。
「でも、わざわざ私のために、ちゃんと自分から出てきてくれたから許してあげる」
クスクスと、笑う声。その顔はジャグの背中に頬を寄せた形で俺からは見えないが、大層な笑みを、ただ単純に嬉しいというものだけではなく、複雑な色合いで浮かべているのだろうと思った。
「…………」
「俺は助けないぞ」
ジャグがギリギリと音がしそうな動きで首を回して、俺に視線を投げてくるが、その中に含んだ奴の考えをきっぱりと拒絶する。
逃げたいのなら、今そこで自分でジルの腕を振りほどけばいいのだ。いくらしっかりと回されているとはいえ、女の細腕だ。ジャグが本気を出せば外せないことはない。それに、いくら俺とシャルトーとのいざこざにジルが巻き込まれたとはいえ、我慢できずに出てきたのはお前の意志なのだと。
そう、目で返事を返せば。
「お、おまえ、そりゃねぇだろ……」
シャルトーへ対峙した時の剣幕は何処にいったのやら。ジャグは腰に巻きついた腕に抗えず、途方に暮れて眉を下げた情けない顔になったが、まあそんなものは無視だ。
「ジル、悪いがさっさとそのバカを持って帰ってくれるか。裏には俺から報告しておいてやる」
「まあ有難う、ギィ。お言葉に甘えて今日は此処で失礼させてもらうわ。それからシャルトーさんに宜しく、私のジャグがちょっとやりすぎちゃったから」
ジャグの腰から今度はその右腕へ、体の位置を流れるように移動させて、また両腕を逃さぬように絡みつかせながら。
小首をかしげてシャルトーを気遣う仕草は可愛らしいが、その一連の動作のムダの無さにどうもコレは一杯食わされていたなとため息を付いて。
当分、この二人……というか、ジルに関わるのは遠慮したいと思う。
「気にすんな、こっちの馬鹿も自業自得だから」
未練タラタラに恨みがましい視線を投げてくるジャグを追い払う気持ち半分、後はもうさっさと行ってくれという気持ち半分で手を振れば、ジルは心得たとばかりに頷いて。
「本当に色々と迷惑をかけてゴメンなさい、今度ちゃんとこの件のことは謝罪しに来るわね」
いや、出来ればもう来なくていいんだが。
そんな言葉をぐっと飲み込む。
心持ちジルに引きずられているように見えなくもないジャグの二人の姿がドアの向こう側へと消えるのを見届けて、俺は気持ちを切り替えるようにひとつ、息を付く。
「……………さて」
視線を斜め左、10時の方向へ向ければ、なかばこのままギルドの外へ放り出して置いてもいいかと思う姿。
だがまあ2週間前、倒れた俺を仮眠室へ運んだらしいという事を思い出して。コレで貸し借りなしにさせるか、そう自分に言い聞かせるように考えて、床に伸びた体躯へと足を向けたのだった。
「お前、また来ていたのか」
ウォルトのマスタールームを出たときから目にはいっていた姿。
傭兵ギルドに集まる人間には似つかわしくない、落ち着いた濃紺のサテンのワンピースを着た少女に、俺は半ば呆れながら声をかけた。
「ごきげんよう、ギィ」
「よくもまあ毎日毎日、飽きないな、ジル」
この45年間、一度もされたことがない「ごきげんよう」なんていう挨拶に、相変わらず背筋がもぞもぞとして心地が悪いと思いながら、俺は悪友であるジャグの養娘ジルと、その横に立つ青年の顔を見てもう一度ため息をついた。
「まったく、お前も朝早くから毎回ジルのお守りでご苦労だなルード」
「いえ、俺はギルドに来るついでですから」
半分、嫌味で言ったのだが。
ソレをわかっていながら、にっこりと人の良さそうな笑顔で受け流す男、ギルドの正所属員の、ルード・リングランドに舌打ちをする。表の仕事をメインでこなし、ギルドの中では珍しい好青年に分類される男だが、普段の物腰が穏やかな割に意外と図太いとこここのところジル絡みでちょくちょく話すようになってわかった。
……今度、ちょっとばかりきつい仕事でも振ってやろうか。
そんな打算を俺がしている横で。
「それじゃあ、ギィドさんが来たから俺はこれで。帰りはセレンさんと一緒なんですよね?」
「ええ、有難うルード、お仕事頑張ってね」
「ジルさんも」
まるで仕事に送り出される旦那と、それを見送る妻の様なやり取りだが。その間に実際はまったく甘やかなところがなく、純粋な友人という付き合いだから驚きだ。
俺の希望としてはこのままこの二人がくっついてくれれば今頭を悩ませている苦労の一つが多少は解決してくれる所なのだが。
「ではギィドさん、ジルさんを宜しくお願いします」
……俺に託されても困るんだがな。
すっかりここの所聞きなれてしまったやり取りをする二人を前に、心の中で愚痴をこぼしながら受付の椅子に腰掛ける。そしてその俺の横に、これまた当然というようにジルが椅子を引っ張ってきて、座る。
「今日もよろしくね、ギィ」
ニッコリと、ビロードのようなつややかな黒髪を揺らし、首を傾けて微笑む。
そんな彼女に俺は4年ぶりに再会してから、何度目になるかわからないため息を付いて。
「とりあえず、このファイルを仕分けてくれるか」
「はい」
本当は『帰れ』と言いたいところだが、言葉を飲み込んで、手持ちのファイルから一つを選んでジルに差し出す。
受け取る動作は何処から見ても育ちが良いお嬢様で、ちょっと脅せば、すぐにでも子うさぎのように震えて逃げ出しそうに見えるのだが。
俺は掲示板に貼られた、真新しいフリー依頼の張り紙に視線を投げた。そこには【人探し】という分類で、見知った顔の男の写し絵と共に良い値段の懸賞金が並んでいる。初めて見たときには思わず何の間違いだと目を疑った、その探し人は『ジャグ・グライン』ここ最近、姿を消している悪友の名だ。
そしてその懸賞金の出資者は、今俺の横で丁寧にファイルの中身をチェックしている、この少女……ジャグの義理の娘、ジル本人だった。
『必須条件:生け捕り。軽症は要検討。重症の場合は懸賞金の払い出し不可』
人探しの張り紙にしてはやや穏やかではない、そんな内容の依頼をジルがギルドに持ってきたのは一週間ほど前のことだ。
表面上は穏やかに微笑みつつ、しかしながら何処かぴりりとした空気を纏ったジルに会うまで。俺はあの日、一ヶ月前、女学院を卒業したジルとジャグはすっかり再会を果たしているものだと思っていた。だが、話を聞いてみるとなんとあの馬鹿は、俺に家に帰りたくないと駄々をこねてそれを無視された後、言葉通り本当にそのまま姿をくらまして、家に帰っていないというのだ。
……正確に言うなら、家に帰ってはいるそうなのだ。ただわざわざジルが家を開けている間に、机の上などに「仕事が長引いてなかなか帰れない」なんて白々しいにも程がある言い訳の書かれた手紙とお金を置いていくらしい。
そんなジャグにも、ジルは当初寛容に大人しく帰りを待っていた。一般市民からの出で女学院を4年間勤め上げた度量の持主だ。それくらいのことでは挫けるようなことはなく。何事も無いように1週間、2週間と待ち続けて。そして3週間たった彼女は行動を起こした。
早い話がジャグの仕事場、つまりはここ、傭兵ギルドに乗り込んできたのだ。
ジルがギルドの扉を開けた瞬間のことは今でもはっきりと覚えている。
あまりにも毛色が違う人間がやってきたことに、その場にいた者は誰もが露骨に不躾な視線をジルへ突き刺した。ある者は明らかに不快感をその顔に浮かべ、ある者は好色な目をむけ。普通の婦女子であればすぐにそのまま踵を返したであろうが、そんな無骨な男たちの間をジルは悠々と。昔は肩までしかなかった、今は腰までのびた黒髪をやわりとなびかせて、受付にまっすぐと歩み寄った。
『お久しぶりです、ギィドおじ様。突然で申し訳ないのですが、人探しをお願いしたいのと、それから私をギルドで働かせて欲しいのだけど、方法を教えていただけないかしら?』
ぞっとするほど穏やかで。なおかつ柔らかい少女と凛とした淑女の間の声音でそう尋ねた。
……今思うと、あれはジルの怒りが頂点に近い状態だったのではないかと思う。
本来、ギルドの依頼の方法も、ギルドで働きたいという要求も、俺の受付に申し出るというやり方では基本的に受け付けていない。俺の受付はあくまで仕事をもらいに来る傭兵たちに開かれているもので、依頼主は街に数あるギルドを取締まるギルド協会に依頼を出すものなのだ。そしてギルドという荒くれ共が集まる場所にいきなり一般人が働けるものではない。俺のようなギルド受付や、さらにバックヤードの事務をする人間はあまり知られていないが元傭兵かそのたぐいに関わりのある人間だった。
それなのに、だ。
「ねえ、ギィ。このフリーの依頼のファイリング方式だけど、レベル別だけじゃなくて種類別にもしておいたほうが良いと思うの、どうかしら?」
こちらが物思いに耽りながら、ひとつのファイルを片付けている間に、ジルは先程渡したファイルの中身をすっかりナンバリングから並べ替え、登録、仕分けを済ませて、いつの間にかフリー依頼が入ったファイルの整理に手を出していた。
ここ数日ですっかり受付の書類関係の処理をマスターしているジルは、一応臨時の受付補助という名目で、普通なら働けないはずのギルドで仕事をこなしていた。
……それが一体どうしてなのか、確かな話は俺には把握出来ていない。
しかし確実に言えるのはあの時ジルはすべて計算してギルドにやってきていたのだろうということだ。
始めからいくら顔見知りの俺の受付でも、自分の願いが聞き入れられないと分かっていたのだ。だから『無理だ』という俺の返事にもジルは顔色一つ変えること無く『それじゃあ、ギルドマスターにお会いしたいのだけれど、どうしたらいいかしら?』と尋ねた。
コレにも俺は『NO』と答える事しか出来ないのだが、その俺の言葉を塗りつぶすように『YES』と答える人物がいた。
誰か、というのはもう言うまでもないだろう。このギルドのマスターであるウォルト本人だった。ギルドに民間人の、しかも品格が違う少女が一人乗り込んできた、となれば話題にならないわけがなかった。俺がジルと二三言話している間に、すっかりこのことは事務方からウォルトの耳にまで届いていたらしく、興味を引かれたのであろう、後ろを振り返ればウォルトの他に普段はあまり顔を出さない裏方の面々までひょっこり事の成り行きを見に集まっている始末だった。
その後の展開は早いものだ。マスタールームに消えていったジルは、すっかり次の日にはバックヤードの面々と打ち解けていて。特にバックヤードを取締まっているセレン嬢、ウォルトの右腕であり「無血の女王」という物騒なあだ名をもつ彼女すら味方につけたジルに、ギルド側の立場から俺が口出しする隙は無くなっていたのだった。
そこまでされれば、この件について俺が干渉をすることは無い、と思わなくもないのだが。
やはり、一応悪友の義理の娘をこんな物騒なところにいつまでも通わせるのはどうかと(元を辿ればジャグが原因ではあるのだが)それなりに説得を試みているのだが、さっぱり効果はない。
少しは怖い目を見れば諦めるだろうかと、わざと見た目の厳ついのを2、3人選んでけしかけてみたのだが。
結果は間の悪いことに丁度現場を通りかかった事情を知らないルードが助けに入ってしまい、あえなく計画は失敗。
その後はジルの身を心配したルードやセレンを中心としたバックヤードの面々がジルのギルドの行き帰りに必ず付きそう通うという状態となって。ますますギルドはジルにとって居心地のよさを増すだけになってしまった。
手元のファイルにふと目を落とす。
そこには俺の字ではない、形の整った字が綺麗に整列している。
横で手際よく書類を片付けてゆくジルは、ジャグじゃないが本当にこんな場所にいるのはもったいない逸材だと思う。
4年前はまだあどけなさが残る普通の少女だったが、今はもう、昔を知っている俺でさえ育ちが違うのではないかと思うほどに淑女という単語を思い浮かべる様な成長を遂げていて。
逃げているジャグを卑怯だと思う反面、実際自分がその立場になればと考えると、奴の心境が少しだけ分かるような気がする。
「お前は……このままジャグが見つからなかったらどうするんだ?」
文字を書くにも迷い無く動くジルの指先をぼんやり眺めつつ、姿を見せない悪友に想いを馳せていたら、うっかりポロリと本音がこぼれて、しまった、と思う。
この話題は、この聴き方はさすがにまずいだろう。
内心大いに焦るがそんな俺の心配とは裏腹に、ジルが書類から上げた顔は、気分を害したふうでもなく、むしろ少し可笑しそうに微笑んだ。
「心配しないで、ギィ。これは私とジャグの、根気比べだから」
「根気比べ、か?」
「ええ、ジャグのことを私が諦めるの先か、ジャグが私から逃げるのを諦めるのが先か、根気比べをしているの」
「……その根気比べは、ずいぶんとお前に分が悪くないか」
「ジャグも、そう思っているようね」
俺にはどう考えても現状を見てジルに勝ち目はないと思えるのだが、ジルはそう思っていない様子で、視線を掲示板に貼られたジャグへと向ける。
「別に、あの依頼でジャグが捕まるなんて思ってはいないの、あれはただの私から彼への宣戦布告のつもりだから」
「なんだって……?」
「だって、本気で捕まえるつもりなら、懸賞金をもう少し……そう、あの3.5倍ぐらいにしなきゃ駄目でしょう? あの人はそれくらいじゃなきゃ捕まらないもの」
淡々と、まるで今日の夕飯の献立を考えるように述べられた内容は的を射ていて、俺は急に、横に座る少女の形をした生き物に警戒心を抱いた。
ジャグにかけられた懸賞金、その額はジャグを捕まえるなら確かに足りない。ジャグと己の実力を図れる人間ならあの値段で奴に挑むのはリスクが高いと判断するだろうし。金額だけで飛びつくような輩にジャグが捕まるようなことはないだろう。そんな微妙なラインで設定されている。それを俺は偶然だと……むしろ捕まえるつもりでの依頼だと思っていたから、まったく無駄なものだと、そう思っていたのだが。それが計算となると話は変わってくる。そして先程述べた、宣戦布告とはどういう意味なのだろうと、考えを巡らそうとした時。
「本当は秘密なのだけど、ギィは口がかたいから教えてあげる。私ね、本当は帰ってくるとき、ジャグにふられるんだと思っていたの。だって4年間離れろって言われて。その報奨が『受け入れる』んじゃなくて『考えてやる』なんだもの。ああ、これは私が我慢して帰ってきても、邪魔をされない4年間の間に誰かと結婚しちゃったりして理由を作るつもりなんだわ、って、そう思っていたの」
「なに……?」
不意にジルが目を伏せて。まるでため息をつく様に口からこぼした告白に、俺は思わず目を見張った。
何しろそれは初めて聞くジルの弱音で、しかも昔から彼女はジャグが自分を可愛がっていることに自信を持っていた。だからジャグに対して不満を持てど、不安など、感じていないのではないのだろうかと思っていたのだが。
「私が急にこんなことを言って驚いた?」
「まあ、正直。お前はもっとジャグに自分は愛されているもんだと自信があると思っていたな」
「……確かにジャグが、私を可愛い、愛しいと思っているには自信があるわよ? でもそれが父性愛かまたは保護欲から来たものだというのも知っているの。そこに恋愛感情が含まれてくれているかなんて、まだ私には見分けられないもの。ギィにはわかる?」
「さあ、俺はジャグじゃないから分からんな。……ただまあ、あれはお前が大事だからこそ、馬鹿みたいに逃げ回ってるんじゃないか」
「本当にジャグって馬鹿よね。駄目ならさっさと振ってくれたらいいのに、そんなことされたら、期待しちゃうわ。でもそういう彼のダメな所も好きなの」
ふっと笑うようにこぼされたため息は先程とは違って軽かった。ジルとジャグとの年齢の差はふたまわり以上開いているのに、それにもかかわらず話を聞いていると、ジルの方が年上で、ジャグの方が年下ではないかと錯覚を受けそうになる。
「でもちょっと怒っているのよ? いくらなんでも逃げ続けるのは反則だわ。だから、私はジャグが自分から出てくるのを待っているの。別に捕まえても良いのだけれど、それじゃあ私ばっかりが損をしているから――」
『捕まえてはあげないの』と、少しいたずらっぽく笑うジルの手元のファイルが閉じられる。話しながらまたひとつ、片付けてしまったらしい。
……まったく、女というのは奥深いものだと思いながら。
「4年前はまだまだ乳臭い子供だったのに、ずいぶんいい女になったもんだ」
「あらまあ、有難う」
俺の言葉を聞いてくすくすと笑うジルに、コレはもしかしたら本当に分が悪いのはジャグの方かもしれないと思う。
そして思っていた以上に覚悟と肝が座っていたこの淑女に、俺もやめろと言うのではなく、ほんの少しだけ協力をしてやるかと思って。
「ジル、ひとつ、教えておいてやる」
「なあに?」
「お前さんにはな、ここのところジャグが依頼してるだろう監視役が付いている。だからお前の行動は基本的にジャグに筒抜けだ」
「あら、知っているわ。今日の見張り役さんは髪の赤い、星の飾りをつけたブーツの人よね?」
長年の悪友を裏切って、とっておきの情報を教えてやったつもりだったが。
しかしながらそれをアッサリと受け流したジルに肩すかしを食うというか。少しばかりこの見た目は折れそうな少女を末恐ろしく感じつつ。
「知ってたのか」
「ギィ、女性の他人の視線に対する敏感さを侮るのは良くないわ。女性は常に人の視線を意識しているものなのよ?」
「…………………そういうものなのか」
「ええ、そういうものなの」
にっこり、と、笑みを絶やさないジルに本当にいろんな意味でいい女になったものだと、苦笑交じりに思う。
これは完全にジャグの分が悪いと、俺は心の中でこれから苦労しそうな悪友に両手を合わせた。
と、その時。
少し錆び付いたベルのカラリと乾いた音がして。
俺は反射的にギルドの入り口を見て、そして少し目をみはってしまった。
そこに立っていたのは、この人が少ない時間帯には来る人間としては珍しい、そして先程マスタールームで話に上がった男――
「シャルトー……………か?」
その姿を見て呼んだ名前は思わず、疑問形になった。
いや、見た目はあの毛皮屋と呼ばれるあだ名通り、相変わらずの毛皮を身につけて、髪型も顔も3週間前の記憶から変わったわけではないのだ。やってきたのはあの糞生意気なシャルトー本人だとわかるのだが。
しかしながらつい首を捻りたくなるのは、一重に奴の様子がおかしかったからだった。
いつもはズカズカと我が物顔でギルドの中へ、受付へ活歩して来る男が。だらりと入り口の扉に肩を預けたまま、ただぼんやりとこちらを見て、つっ立っていた。何か警戒をしてギルド内へ入って来ない、という様子ではない。明らかにただ気怠げに、立っているようにしか見えない。これはもしかして、ここ二週間やってこなかったのは体の調子でも壊していたのだろうか。
その様子に、ジルも初対面ながら違和感を覚えたらしく。
「ねえ、彼……シャルトーさん、なんだか具合が悪そうに見えるのだけど、大丈夫かしら?」
少しばかり不安気に俺を見上げて、そう聞いてくるジルにさてどうしたものかと思う。
奴の目的は仕事かそれとも俺の頭か。まあ、体調が悪いのに働かなければならないほど金に困っているようは見えない、かつ、普段のやりとりからおそらく後者だろう。そうなると、必然的にいつものようにやり合うことになるが……
ちらりと、ジルとそしてシャルトーを見比べて考える。
どうやら受付に歩み寄るシャルトーの、その足取りは怪しいもので、やりあえば勝てそうに見える。しかしながらジルの前でそんなことをやれば、体調がすぐれない相手になんて事をと、事情を知らないジルからは何かと非難を受けそうな気がしてならない。だからといってシャルトーとの関わりとか試闘のことをわざわざ話す気にもならない。
コレがただの小娘の小言だったら気にならないが、先程からのやり取りでジルへの認識を改めた今、少々気がかりだ。
ここは面倒だが、なんとか言いくるめて仮眠室にでも転がすのが得策か、そう考えたところで。
「ジル、裏に下がってろ」
「え?」
近づくシャルトーからふわりとかすかに漂って来た、酒と女と、そしてタチの悪い匂いに、俺は顔をしかめてジルにバックヤードへ引くように指示をだす。
別に、矢張りやり合おうと考えたわけじゃない。シャルトーが纏う、無駄に甘ったるくてそしてかいだ瞬間すっと鼻の奥に抜けるようなこの匂い。それの正体に思い当たる節があったのだ。このおかしなシャルトーの様子は体調が悪いとか、酒に酔っているといったものが原因ではない。酩酊性のあるドラックの所為――つまり、体調が悪いわけでは無く単純にこの馬鹿はドラックで半ば意識が浮ついているのだ。
「………よぉ。あんた相変わらず間抜けな面、だね?」
カウンターに片腕をついて、こちらを見下ろしながらのセリフは相変わらずの調子だが。その目はいつもの生意気な位の強い光が鈍くよどんで、正常とは言いづらい。
「悪いが、うちのギルドはドラック禁止だ。仕事が欲しいならそのラリった頭を覚ましてくるか、別のところにでも行くんだな」
横に座っているジルにもシャルトーが一体どんな状態かわかるように。それから半分、ドラックに手をだすようなアホな人間だったのかと少しばかりシャルトーに呆れながらそう言えば。
シャルトーの眉間に、不快そうにシワが寄った。
「はぁ? そんなの、やってるわけないでしょ」
「馬鹿かお前。そんなに匂いをプンプンさせて何がやってない、だ。言い訳ならもっとましなのを考えろ」
「匂い……? あ。ああこれか。これはちょっと……不可抗力で匂いが移っただけだ。ラリってないよ」
俺の指摘にシャルトーは一瞬首をひねり、すんっと少し自分の袖口を臭う。そこでどうやら俺が言っていることをやっと理解できたらしく、顔をしかめて忌々しげに否定する。その後、ぶつぶつと「ハズレな上に、ドラッグかよ、最悪だな……」とか「あの女、毛皮に匂いがついたら、落とし前付けさせてやる」とか。苛立を隠さずに呟きながら、身につけた毛皮を気にしているあたりはどうも演技しているようには見えない。
それに、思えばこの馬鹿がわざわざラリってることを隠そうなんてする性格でも無いところから、おそらくシャルトーが自主的にドラックに手を出したわけではない、ようだ、が。
「言い分はわかったが、少なくとも今のお前の状態は普通じゃねぇ。大人しく今日は帰れ」
それはそれ、これはこれ、だ。
少なくとも今現在、おぼつかない状態のこいつを黙って迎えてやる義理はない。今はダルそうにしているが、急に暴れられたら面倒だ。
ドラックにも色々あるが、少なくとも一連の緩慢な様子と匂いからシャルトーが酔っているドラックは五感を鈍らせるものだろうとほぼ確信的に目星付いていて。いくら普段の実力の差があるとはいえ。さすがに現状のシャルトーに負けるワケが無いとそれぐらいを推し量るぐらいの自信があった。
「………はっ! アンタもわかんない男だな、ラリってないって言ってるでしょ?」
「分かってねぇのはお前だろうが。ったく、叩き出される前にさっさと出てけ」
「叩き出す……? 面白いこと言うね、老いぼれのアンタに出来るもんならやってみなよ……?」
「お望みなら答えてやるよ」
お決まりのような売り言葉に買い言葉を投げつけて。
とりあえず己の状態を俺にたたき出されることで自覚させてやろうと立ち上がれば。
「ギィ、あんまり酷くしないであげて」
「……あ?」
この場にふさわしくないトーンの声がして、俺は驚いて横を見た。
そこには、先程とまったく変わらない位置にジルがいて。
「馬鹿っ! お前、下がれと言っただろう」
すっかり気配がなかったものだから、てっきり裏に引っ込んでいるものだと思い込んでいたのに。
この空気が読めていないのか。それともまさか動けないなんて事はないだろうと思いつつも、ついジルを叱り付ければ。
「ん、なにあんた、女連れ込んでんの? 受付の癖に良い身分だね」
当然のことながらそこにシャルトーが絡んでくる。
ああ、クソッ最悪だ。
どうもラリっている所為か、ジルの存在が視界に入っていなかったの様子だったのに、自分から注意を向けてしまった。
その意識をはずさせようとジルとシャルトーの間に体を半ば入れるようにして。
「こいつはただの臨時の受付だ。それよりもさっさと……」
叩き出してやる、と続くはずの言葉は唐突に動いたシャルトーへ対応するために消えた。
「キャッ!」
奴の腕が先程の緩慢な動きなど忘れさせるように伸び、俺の横をすり抜け、ジルの髪をひと房掴む。そのまま無造作に手を引き寄せるシャルトーに髪をひかれたジルは当然の如く悲鳴を上げて。
「シャルトーッ!!」
それ以上、この馬鹿が乱暴をしないよう、俺はとっさにジルの髪を掴んだシャルトーの腕を押さえた。
「てめえっ、なに考えてンだっ!! 離せッ!!」
「なに、ちょっと髪質見ただけでしょ。なんでそんな怒ってんの? あんたそういのが趣味なわけ?」
一体何がシャルトーの癇に障ったのか、不愉快そうに口をゆがめてシャルトーは俺とジルを見比べて嘲ってくる。
「……いいから、さっさとこの手を離せ」
シャルトーの挑発に、このまま空いた腹へでも一撃を喰らわせてやろうかと思うが、まずはジルの髪を解放するのが先かと、そのまま奴の腕を掴んだ手に力を込める。しかしシャルトーもシャルトーで、締められた腕など痛くも痒くもないという様子で俺からジルに視線を移すと。
「なあ、あんた。臨時の受付って、どうやってこのおっさん垂らし込んだの? 俺にも教えてヨ? あんた見た目大人しそうだけど清楚に見せかけて淫乱って、最近の娼婦ではやってる手管なの? でもまあ、このおっさん選ぶあたり結構趣味悪いけど」
「お前ッ……!」
最悪だ。最悪すぎる。
俺達のような種類の人間にすればシャルトーの揶揄はよくある侮辱の部類だが。しかしジルはいくら肝が据わっているとはいえ、ほんの1ヶ月前は育ちの良い温室のような場所で過ごしていたのだ。そんな相手に聞かせるには少し度がきついと、顔をしかめてジルを見れば、当の本人は案の定、呆然と言った面持ちシャルトーを見ていた。
「シャルトー、お前いい加減に……」
「おっと!」
こうなったら口を噤ませるために、つかんだ腕への力の込め方を変えた瞬間、俺の動きに気がついたのか、シャルトーはとっさにジルの髪を離し、俺の手も腕をひねって振りほどき、距離を取るよう後ろへ飛んだ。
が。
「テメェ、ジルになにしてやがる!!」
「なっ!?」
唐突な怒号。
そして、本来は大勢を立て直すために引いた筈の位置。しかしそこへ意識が薄かった背後から急襲にシャルトーも反応こそするが、避けることは叶わず。
「ガッ!」
まるでスローモーションのように。綺麗にシャルトーの体が横に吹っ飛んだ。
そして、奴の代わりにそこに立っているのは。
「…………ジャグ」
お前、一体何処から湧いてきた。
そういえばシャルトーに仕掛ける直前に入り口のあの錆びたベルの音を聞いた気がするが、と、ぼんやり思いつつ、突然のことであっけに取られたままの俺を尻目に。
「調子にのってんなよガキが! ジルをそのへんの女と一緒にすんじゃねぇ」
態勢を崩したままのシャルトーに、追い打ちをかけるようにドスドスとジャグが容赦なく殴り、そして蹴りをいれる。
普段であればこうは行かないだろうが、今は明らかに調子の落ちたシャルトーと、本気のジャグではそのやり取りの行方は考えるまでもなく。
しばし呆然と目の前のやり取りを傍観していたが、吹き飛ばされたままの状態で、ピクリとも動かなくなったシャルトーが完全に落ちているの事に気がついて。
「お、おいジャグ、そろそろそのへんで……」
「やっと捕まえたわ、ジャグ」
やめとけ、という言葉を遮ったのは、それはそれは嬉しそうな声。
そして、ジャグの背後から伸びた白い腕が、男の腰をしっかりと抱きしめていた。
「まったく、貴方はどれだけ待たせれば気がすむのかしら?」
「ジ、ジル…………」
ついさっきまで、滑らかに動いていたジャグの体が、まるで油が切れた機械のようにギシりと強張った。
一体いつの間に俺の横からジャグの背後に回りこんだのか。また激しくシャルトーへの攻撃を繰り出すその後ろ姿にどのような隙を見出して張り付いたのか。
理由を『偶然上手くいった』と考えるには少々無理がある。しかし『偶然』と考えなければ薄ら寒いものを覚えて。
「でも、わざわざ私のために、ちゃんと自分から出てきてくれたから許してあげる」
クスクスと、笑う声。その顔はジャグの背中に頬を寄せた形で俺からは見えないが、大層な笑みを、ただ単純に嬉しいというものだけではなく、複雑な色合いで浮かべているのだろうと思った。
「…………」
「俺は助けないぞ」
ジャグがギリギリと音がしそうな動きで首を回して、俺に視線を投げてくるが、その中に含んだ奴の考えをきっぱりと拒絶する。
逃げたいのなら、今そこで自分でジルの腕を振りほどけばいいのだ。いくらしっかりと回されているとはいえ、女の細腕だ。ジャグが本気を出せば外せないことはない。それに、いくら俺とシャルトーとのいざこざにジルが巻き込まれたとはいえ、我慢できずに出てきたのはお前の意志なのだと。
そう、目で返事を返せば。
「お、おまえ、そりゃねぇだろ……」
シャルトーへ対峙した時の剣幕は何処にいったのやら。ジャグは腰に巻きついた腕に抗えず、途方に暮れて眉を下げた情けない顔になったが、まあそんなものは無視だ。
「ジル、悪いがさっさとそのバカを持って帰ってくれるか。裏には俺から報告しておいてやる」
「まあ有難う、ギィ。お言葉に甘えて今日は此処で失礼させてもらうわ。それからシャルトーさんに宜しく、私のジャグがちょっとやりすぎちゃったから」
ジャグの腰から今度はその右腕へ、体の位置を流れるように移動させて、また両腕を逃さぬように絡みつかせながら。
小首をかしげてシャルトーを気遣う仕草は可愛らしいが、その一連の動作のムダの無さにどうもコレは一杯食わされていたなとため息を付いて。
当分、この二人……というか、ジルに関わるのは遠慮したいと思う。
「気にすんな、こっちの馬鹿も自業自得だから」
未練タラタラに恨みがましい視線を投げてくるジャグを追い払う気持ち半分、後はもうさっさと行ってくれという気持ち半分で手を振れば、ジルは心得たとばかりに頷いて。
「本当に色々と迷惑をかけてゴメンなさい、今度ちゃんとこの件のことは謝罪しに来るわね」
いや、出来ればもう来なくていいんだが。
そんな言葉をぐっと飲み込む。
心持ちジルに引きずられているように見えなくもないジャグの二人の姿がドアの向こう側へと消えるのを見届けて、俺は気持ちを切り替えるようにひとつ、息を付く。
「……………さて」
視線を斜め左、10時の方向へ向ければ、なかばこのままギルドの外へ放り出して置いてもいいかと思う姿。
だがまあ2週間前、倒れた俺を仮眠室へ運んだらしいという事を思い出して。コレで貸し借りなしにさせるか、そう自分に言い聞かせるように考えて、床に伸びた体躯へと足を向けたのだった。
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