村田君と佐々木さん

紀村 紀壱

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本編

後編*

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(…………やばい。ヤバイな、オイ)
 佐々木が浴室で立てる水音がかすかに響く部屋で。
 ベッドに腰掛けた状態で村田は一人、焦っていた。
 当初はいたって今までノーマルだった自分が、果たして四十半ばの小柄なところぐらいしか女性的だろうかと、無理やり思えなくもない程度の佐々木相手に勃つか勃たないかの心配をしていたのに。
 幸か不幸かそんな心配は必要なかった。
 杞憂だと、一笑できそうなくらいに。
 湯気で曇ったガラス窓越しの、ぼんやりとした佐々木の影を見て、すっかり準備万端になってしまっている分身に焦燥感を覚える。
 どうやら思った以上に、自分は佐々木の事が好きなようで。
 もっと余裕を持って向かい合えると思っていたのに。
 ほんのガラス一枚隔てた先で、佐々木が自分を受け入れる為に身を清めていると考えると、相手はおっさんなのに、と思いながら、どうしようもなく早く食らいつきたいという情欲が頭の中をぐるぐると駆け回っている。
 惚れた腫れたを、勝ち負けので計る話じゃないのはわかっているのだが。
 どうも己の状況に負けている気がして仕方がない。
 コレで実際裸を前にして萎えたら笑えるな、なんて思いながら、村田の視線はずっと曇った硝子の先に固定されたままだった。
 ふと、右足が。まるで物欲しげな心を体現するように貧乏ゆすりをしているのに気がついて、舌打ちをする。
 童貞でもないのに情けないと、揺れを止めるように膝をさすって。
(いっそのこと、このまま風呂場に乱入して食っちまうか……)
 そんなことをつらつらと頭に浮かべては、落ち着け、と自分に言い聞かせ。
 実際はそう長くない、フロから上がる佐々木を待つ時間が、ひどく長く感じる。
 だから。
 備え付けのタオル生地のバスローブを羽織った佐々木が浴室から顔をのぞかせた時、まさに自分が狼で、そして佐々木が羊だと笑えるような想像が頭に浮かんだ。
 獲物はひょこひょこと無防備に近づいてくる。
 まだ早い、まだ喰らいつくには距離がある。
 今か今かと狙いを定め、我慢をして――





「村田君、おまたせ……?」
 浴室を出て来ると、なんだかこちらを見たまま固まっている村田がいて。
 首をかしげて声をかけるが、黙ったまま視線を固定している様子に「もしかして幻滅したのかなぁ」なんてことを佐々木は思った。
 仕事柄か身なりを気にする村田は、程よく鍛たえて引き締まった体をしているのに比べて、肉がつきにくい体が幸いしてか中年太りこそしていないが、筋肉も落ちて貧弱な自分の体には、己でも少しため息がでる。
 自分でもそんなのだからきっと現実と想像のギャップに村田は衝撃を受けているのだろうと思った。
 初めてというのは誰しも夢を見る。
 さきほどああは言ったが、やっぱりやめておけば良かったかなと思いつつ、しかし此処は自分が年上な分、大人な対応をしなければと、佐々木は村田を慰めようと、かの肩に手を伸ばして。
 それがまさか、羊が狼に喉もとをさらしたようなものだと思いもせず。
「むらた――っ!?」
 もう一度呼びかけようとしたところで。
 腕を掴まれた。と、認識した佐々木は一瞬のうちにベッドの上に仰向けになって、天井とぼやけてよく見えない村田の顔を見た。
「っん、むぁ、っ!?」
 口がふさがったと思ったら、ずるりと生暖かいものが口内に滑り込んで来る。
 やわらかい舌が、ぬるりと上あごをなぞる。その瞬間、背筋にぞわぞわとえもいわれぬ物が這い上がった。
 ――いったい、なにが起こっているんだろう。
 唐突な始まりに、キスをされていると知覚することが出来ず、佐々木は半ばパニックになりながら伸ばした手で村田のバスローブを掴む。
「ふぁ、あっ!? む、村田君、ちょっと、ぅあっ!?」
 口が開放されたと思ったら、そのまま村田の舌が喉もとを舐めてくる。
 今まで感じたことがない感覚が喉を這って、思わずのけぞった。
 時折吸い付きながら、喉仏から鎖骨の間のくぼみを舐められる一方で、熱を帯びた手のひらに太ももを撫でられる。
 膝裏から外股へ、そして内股を、形を確かめるように手が滑る。内股の皮膚が薄いところにを擦られて、くすぐったさと、他人の皮膚が触れているという感覚にぞわりとした何かを感じたと思ったら、手が迷いもなくガウンをくぐって佐々木の中心を掴んだ。
「う、ぁ!? ま、まった……っ!!」
(いきなり、そんな)
 確かに男相手に快感を与えるならソコだろうとは思うけれど。
 急速すぎる展開に慌てて声が裏返ってしまう。
 村田の腕を止めようとするが、それよりも先にまだ反応していない竿をヤワヤワとしごかれて、息を詰めた。
 緩急をつけてしごかれながら、亀頭の先を親指がくにくにと遊ぶようにいじる。
 普段、自分がする動きとは違う、コントロールができない刺激に、固まったように動けない。
(どう、しよう、気持ち、い……っ)
 心の準備なんてさっぱり出来ていない状態で、強引に快楽が引きずり出されて、制止しようとした手は知らず知らずのうちに村田のガウンをつかむ。
「アンタ、誘ってんの」
「……っん、……え、ぇ?」
 歳を取ってからそんなに自慰もしなくなり、とくにここのところはご無沙汰だったのがいけなかった。
 久々の刺激に、早くも達しそうになってしまう。
 無意識に腰がゆれる。その動きを村田が目を細めて揶揄して、佐々木は年甲斐もなくはしたない己の所業に気がついて羞恥が湧き上がる。
(ちょ、ちょっとまって……っ)
 一旦制止を、と訴えようと視線をあげる。
 そうして捕らえた村田の顔を見て、うわぁ、と佐々木は思った。
 初めて見る顔だった。いつも涼やかな切れ目が、明らかに熱に浮かされて色をしている。
 例えるなら、ギラギラと。
 君、そんな顔ができたのか、と、驚きつつ。
 同じ性を持つ人間として、これは危険信号だと、とっさに身をよじって、村田の下から逃れようとするが。
「逃げんなって」
「っ!? いっ、っ!」
 先端から染み出した先走りを、村田の指がそのまま掬い取ると塗りこむようにぐりぐりと先の敏感な部分をいじめられて、体の力が抜けた。
 爪先が当たってチリリと走る痛みは、快感へと変換されて、背中を駆け上がってくる。
 馴染みの深い感覚がすぐそこまで迫っていることに危機感を覚えるが、攻め立てる手は一向に緩まることはなくて。
(――あ、もう……)
 耐えないと、と思ったのと、あの浮遊感にも似た波を感じたのはほぼ同時だった。
「………っ」
 止めることも出来ず痙攣する半身。ちかちかと閃光がまぶたの裏を走って、目の前が真っ白になる。
 我慢なんて一秒も持たなかったことに、佐々木は呆然と荒い息を吐きながら、村田を見ると。
「はっや。なに、俺の手そんなにヨカッタ?」
「む、らた君……」
 ぼやけて見えたのは、顔があまりにも近くにあるためか。楽しそうに口端の上がった村田の唇が、額に、鼻に触るのを感じながら、そう知覚して。
 しかしその思考は、また新たに襲ってくる刺激にすぐさま中断された。
「ちょ、ちょっと、村田君っ!?」
「んー?」
 下半身から聞こえるにゅちゅにゅちゅといやらしい音がさっきより大きさをましたのは己が放ったものが混ざった所為か。
 やわらかくなった筈の自身が再び熱を帯びて、痺れる様な感覚が背中を上ってくるのを感じながら、再始された愛撫の動きが激しくなる前にと、今度こそ村田の腕を掴んで制止をはかる。
「なに、佐々木さん」
「村田君、ちょっとまって。さっき達ったばかりだし、も、十分だから……ね?」
「でも、気持ちーだろ? ほらアンタの、もう勃ってきた」
「く、ぅっ……、い、いや……そう、だけど……ちょっと…っあ、っ!」
「あー、そっか。もっと違うとこも弄ってほしかった?」
「………え、えぇ?…………!……ち、ちが……っ!」
 言うが早いが、村田はそのまま佐々木の薄い胸へ顔を落とした。
 ぬるりと生暖かい舌が、乳首を包み込む。
 そんなこと、自分でしたことも、された事なくて、ちゅっと吸われて、初めてめての感覚にビクリと佐々木の体がはねた。
「な、なっ、なんで、そんなところっ!?」
「ん、なに佐々木さん、男でも乳首感じるの、知らない?」
「っ!」
 佐々木に見せ付けるように、村田は胸の尖りを舐める。
 ……村田が望むなら、好きな様にさせようと思っていた。自分が年上な分、色々な無理は受け入れてやらなくてはとは考えていたのだ。
 しかし正直なところ、もともとノーマルな村田がこんなに積極的に事を運ぶなんて思ってもいなくて。
(もっと、初めてって、いっぱいいっぱいじゃなかったっけ!?)
 自分の数少ない経験を思い出して、佐々木は情けないような、裏切られたような気分になりながら思う。たしか、自分の初めてのときはもっともたついて、胸一個触るだけで頭の中がそのことで一杯になっていた気がするのに。
 このペースは少しばかりでなく、大分、予想の範疇外だ。
「や、やっぱり、ま、待った」
 やっと村田に良い様にされている状況を認識することに追いついて。
 かぁっと佐々木は赤くなって、逃げるように身を反転させた。
 ひとまず落ち着いて、体制を整えなければ。
 そう思って、そのままベッドを這って村田の下から逃げようとするが。
「だから、あんた、誘ってんの?」
「うぁぃっ!?」
 よつんばいになった姿は村田にとって誘っている以外の何物でもなく。目の間に突き出される結果になった尻を、村田はむんずと掴かむと、何のためらいもなくバスローブをめくりあげた。
 まさかそんな事をされるなんて思いもしなかった佐々木は、人の目の前に無防備に尻をさらしている状況に、たまらず情けない悲鳴をあげた。
「うああああっ、や、やめなさいっ!」
 男同士ではソコを使うのだということはぼんやりわかっていたし、村田が抱かれたいじゃなくて抱きたいと言っていたから、さすがにそれなりの覚悟をしてはいたけれど。
 だからといって、こんな風にダイレクトに見られたりするとは思いもせず。
 めくられたバスローブを必死に下げようとするが、村田はそんな佐々木の姿を熱のこもった目でみおろしながら、後ろ手でにバスローブの裾を下ろそうとする佐々木の両腕をそのままがっしりと掴み、背中の後ろにまとめてあっさり片手で押さえつけた。
「なんで、ちゃんと綺麗にしてんじゃん」
「ひっ!?」
 ひだをそろりと撫でられて、ぎくりと体がこわばる。
「ほら、怖くねーから。痛くしねぇようにすっから、力抜けよ」
 その周辺をなぞるように撫でられながら言われるが、怖い痛いの前に、佐々木にはこの体勢と状況に、羞恥で一杯に頭を塗りつぶされた所為で言葉を理解する余裕がない。ただ、臀部を開くように掴まれた手を振り払いたくて、身をよじるが、結果的に腰を振るような動きに村田がごくりと喉を鳴らした。
「っ……えっろ、佐々木さん、アンタ、凶悪すぎ」
「っ!?」
 掠れた声が足元からささやかれて、ぬちっと、湿った音が響く。後ろを這う柔らかく暖かい感触に身を固める。
「う、あ、あ、ぁ!?」
(何、何、何、一体何を――!?)
 何をされているのか、理解するには佐々木の頭の容量を完全にオーバーしていた。
 くちくちと湿った音が表面を撫でていく。
 そしてわり開かれる肉の感覚。あらぬ所が広げられて外気が当たり、湿ったソコがひやりとして。
 まるで時が止まったかのように、どうしようもなく動けない。
 しかしふいに、背中にのしりと暖かな重みがかぶさってきたと思ったら、
「ほら、力抜けって」
 湿った声が、耳に吹き込まれて。佐々木は反射的に従ってしまった。その瞬間、
「っぁ!?」
 ずぬ。っと細い、何かが入ってきた。
「な、なに……!?」
 少しずつ前進しながら、そのまま中をさぐる動きと押し上げてくる不快にも取れる圧迫感。少しやわらかいようで硬くて細い異物がどんどん中へ入ってくる。
 それが、指だと気がついて、体が勝手にわなないて、思わず力が入った。
「流石に唾液だけじゃキツいか……やっぱ用意してて良かったな」
 頭の中は進入されたところの感覚に一杯一杯になりながら。
 ぽそりと呟かれた言葉に、何をとその心意を計ろうと村田の行動を探ると、村田はいつの間に置かれていたのだろう、サイドボードの上からプラスチックのボトルを取ると。
「!?」
「すぐにあったまっから」
 冷やりとした感覚が臀部を襲う。粘り気のあるローションが双璧の間を伝って、とろりと垂れたものが、ソコに届くのと同時に、佐々木の中から指が引き抜かれた。と息をついた瞬間。
「ふあぁ、ああっ!?」
 ずるりと、ぬめりけと質量を増やし、また挿入されて喉から声が押し出された。
 先ほどより本数を増やされたはずの指は、ローションの力を借りて、ぐちぐちゅと淫猥な音を立てて佐々木の中に潜り込んでくる。
「な、痛いか?」
「い、たくは、ないけど。無、無理。抜いて」
 村田の言葉に、震える様に左右に首を振る。痛みはない。ただどうしようもない圧迫感と異物感に上手く息が出来ない。
「まあ、痛くないだけ上出来か。ほら、ゆっくりでいいから息を吐いて力抜いて」
 抜いて欲しいといったはずなのに、指は更に奥へ入ってぐるりと中をかき混ぜられる。
 ゆっくりとしかし慎重に中を探る動きに、必死に佐々木も慣れようと浅く息を吐く。
「確か、この辺だと思うんだけどな……」
 違和感を耐えて、少しずつ力を抜くように努力する佐々木の中を探るりながら、村田がぽつりとこぼす。それが何のことを言っているのか、クッションにしがみ付きながら佐々木が考えようとしたとき、指がある一点に触れて、まるで脳髄に電流を流されたような刺激がはしった。
「いぁあぁっ!?」
「ん、あった。ここか」
「い、い、嫌だっ……、そ、そこ。やめ………あ、あ、あ、あ、ぁっ」
 まるでイク寸前のような激しい快楽。
 遠慮がちだった指の動きが佐々木の前立腺を見つけて、急にそこを攻め立てる動きに変わる。
 ぐりぐりと揉み潰されるように弄られて、佐々木の体が引付を起こしたようにしなる。
「すっげ、佐々木さんアンタ尻弄られて勃ってんの。な、わかる?」
 挿入の時には、不快感にすっかり萎えてしまった前が、半立ちになってダラダラと我慢汁をたらしているのを見て、村田が満足そうに笑った。
 自分の指が佐々木の中を探るたびに快楽を示すそこに、もっとその反応を引き出そうと、指の動きが激しくなってゆく。
「い、ひぃっ、も、もう、たの、む、から……」
 激しく抜き差しされる指がぐぷぐぷといやらしい音が引っ切り無しに生まれる。
 後ろだけで達することなどまだ出来ず、しかしながら強烈な快感にどうすればいいのかという思考すら奪われて。佐々木はただ助けを求めるように自分を追い詰める村田を必死に振り返った。
 しかしその視線は、ただいたずらに村田を煽るだけだったが。
「はっ、やべえ。わりぃ、佐々木さん。入れさせて」
 たまらない、といった様子で村田はそう言うと中を嬲っていた指を引き抜く。
 指の引き抜かれていく感覚にすら敏感に反応して震える佐々木の腰を村田はつかむと、臀部をわり開き、一気に佐々木の中に突き入れた。
「~~~~っ!!」
 脳天まで貫通してるような、衝撃と、指とは比べ物にならない質量。
 ローションでほぐされたお陰で柔軟に受け止めることが出来たが、それでも音にならない悲鳴が上がった。
「……っ、きっつ……」
 佐々木の耳元で村田が苦しげにこぼす。
 初めて分け入った佐々木の中は酷く自身を締め付けて、痛いほどだった。
 しかしそれ以上に。
「佐々木、さん……」
「んぅっ……!」
 指先が白くなるほど言葉もなくシーツを掴んだままの佐々木に、村田は手を伸ばす。
「息、ゆっくり。深呼吸してみ……」
「ふ、ぅ、はっ……ぁ」
 片手で佐々木の手を握り、もう一方の手で挿入で萎えたそこを、村田がゆるゆると緩やかな速度で扱く。すると、中がざわめく様に村田を誘惑したが、それを無視するように押し入った状態のまま、慰めるように佐々木を煽るのに専念する。
 本当は先ほどから痴態としかいえない佐々木の行動の所為で村田に余裕などはなくて。己を飲み込むように誘う中に今すぐぐちゃぐちゃになるほど腰を動かしたくてたまらない。
 しかしつい我慢ができずに早急に突き入れてしまったせいで苦しそうな様子の佐々木に、自分だけじゃ意味がないとはやる気持ちを抑えた。
「ん、きついか……?」
「……ぅ、……だ、だいぶ……大、丈夫……」
 今だ苦しそうな表情のまま、それでも頷くその姿に自分の熱がまた上がるのを村田は感じながら、少し強めに佐々木の自身を嬲る。
 そして完全に佐々木の雄が快感を示しているのを確認して、村田は佐々木に囁いた。
「………そろそろ、動いても、イイ?」
「ぁっ……む、村、田くっ……んっ………」
 ぶるりと、佐々木は村田の言葉に震える。
 囁きと一緒にいままで前を弄っていた手が止まって、行き場のない感覚が体の中に沸き起こる。
 押し入られたときの衝撃がまだ尾を引いて、村田の言葉に素直にうなずけない。
 しかし馴染みの快感に体は続きを求めていた。
「…………………ぅ、………ぃ」
「なに、佐々木さん、聞こえない」
 村田の言葉に視線を泳がせながら腰を引かせたまま答える佐々木に、村田はその言葉の意味を知りながらも聞き返す。
 ここでそれを曖昧なまま流すのは簡単だったが。
 でも、それだけじゃ意味がない。
 己のことを受け止めてくれるだけでも酷く幸せだとわかっているが、もっと。もっと、佐々木からも求めて欲しい。
「………っも、……ぅ、ごいて、いい、からっ……」
「っ……その顔、……反則」
 そう声を絞り上げながら見上げてくる顔に「ああ、焦らし過ぎた」と村田は後悔した。
 徐々に、なんて意識は湧き上がった熱に一瞬で蒸発して。
「ひぁぁ゛っ!?」
 自分より幾分細い佐々木の腰を掴んで引き寄せる。
 更に奥へ突き入れて、揺らすと仰け反って衝撃を耐える表情にすら欲情して。
「ごめん、佐々木さん………我慢、出来なそう」
「――っ!!」
 こぼした言葉に佐々木が引きつった顔をして何か訴えようとしたが。打ち付けた腰にその声はすぐにあえぎに変わって。

 後は、ただ――







「っ……、ぁ、っ」
「すっげ。ほら、気持ちいーんだろ」
 片足を抱えられて。
 半身をよじった体勢で奥までくわえ込まされて、そのまま揺さぶると中から溢れたものがぐちゅぐちゅといやらしい音を部屋に響かせる。
 ゆすぶられるままに、佐々木は目の前がチカチカと点滅しているような錯覚を覚える。
「っぅ……ぁ、……はっ……ぁっ」
 腰を打ち付けられるたびに、声が勝手に口から押し出されていく。
 さっきから間抜けな声ばかり上げてしまって、押さえたいと思っているのに、思考は吹き飛ばされたまま上手く働かない。
 このまま、落ちたい。しかし断続的に襲ってくる快感はギリギリのところで保たれたまま、超えられない。
 自身を受け入れたまま、萎えた様子もなくだらだらと白濁した精液交じりの先走りを漏らす佐々木に、村田は半ばうっとりとした様子で、だが容赦なく腰を揺すってくる。
「ぅあ……っぅ……ぁ」
 どれくらい、時間がたったんだろうか。
 奥を抉られるたびに、白く濁る意識と、浮遊する感覚のなかに投げ出されながら、佐々木は己の上に覆いかぶさる村田にそんなことを思った。
 若いときには経験たことがないくらい、下半身はまるで溶けたんじゃないかと思うほどどろどろで。
 明日、大丈夫なのかと初め浮かんでいた不安はもう考えないように頭の隅に追いやった。
 出し入れされるストロークが早まって、また波が襲ってくる。無駄だと知りながら抗議するように村田を見上げるととろりとした視線が、絡んだ。
「も、いきそ……」
 村田の言葉に、今日教え込まれたばかりの衝撃がまた来るのかと身構えて体が震える。
「っ、佐々木、さん」
「………………ん」
 名前を呼ばれて、村田の顔を見ると、ちゅっと軽い口付けが落ちて。
「おれ、超、幸せ……」
 そういって笑った村田の顔は、酷く生々しいことをしているというのに、まるで無邪気な子供のように見えた。
 しかし、一方では腰が引き寄せられて、また深く繋がって。
「く、……ぁっ!!」
 中で村田が震えたのを知覚するのと同時に、奥へ飛沫を叩きつけられて。
(も、無理……だ………)
 ぎりぎりのところでしがみついていた意識を。
 今度こそ、佐々木は完全に手放した。







 なんだか村田とつき合うようになって、今まであまり意識をしていなかった『モテル男の行動のありよう』というのを知った気がする、と、佐々木はぼんやりと目の前を流れる映画のスタッフロールを見ながら思った。
 頑張っても恋人にあまり恵まれなかった人生の中で、ぱっと見、自分のように必死なそぶりもないのに、もてる男というのはどうしてそんなにもてるだろうと思っていたが。
 最近そういう部類の人間が、好かれたい相手にする配慮や仕草を知って、……否、自分がされる立場になって、やたらと感心するの日々だった。
 たとえば、今。
 まだまだ眼前ではスタッフロールは流れ続けているが、薄暗い中をちらほら席を立つ人が現れはじめて、自分たちも、もう席を立たないのだろうかと横を伺おうとしたところで。
「今日、この後ウチにこねぇ?」
「…………」
 気がつけば肘掛に置いた手にいつの間にか村田の手が重ねられて、くすぐるように手の甲を親指で撫ぜられている。
 まるで内緒話をするかのように耳元にささやかれるハスキーな声を聞きながら、こういうことをスマートにこなしてしまうところがもてる男というものなのだろうと思う。
 自分が若くても、なかなかこれは真似出来ないなぁ、と妙なところで感心しつつ。
 幸い映画館の一番後ろの席は去っていく人から見向きもされないが、それでも普通というには近過ぎる接触に、佐々木は他人に見られやしないかと心配になる。
 しかし仕掛けてきた当の本人は飄々としたままで。
「…………まだ、痛む?」
 佐々木の沈黙をどう取ったのか。
 村田が伺うように言葉を重ねてきて、その言葉の意味にぎくりと佐々木は身を固めた。
 たずねられた内容は、今日会ってから頭の片隅で不安に思っていたことで。
 やっぱり、行ったらそうなるのだろうか。そうなるんだろうなぁ。と思いながら。
「………………だいぶ、痛みは治まったけど」
「そか、じゃあ、今夜……」
「む、無理。本当に、もう歳だから。今日は無理っ」
 続く言葉をさえぎって、ぶんぶんっと引きつった顔のまま首を振る。
 だが、そんな佐々木を村田はなだめるように肩を叩いて。
「大丈夫だって、慣れてくれば楽になるから。俺も今度は少し、抑えるようにするし」
 ――少しじゃなくて、ものすごく押さえて。
 そうい言いたくなるのをすんでのところで佐々木は飲み込んだ。
 初めて、村田とそういう行為込みの交際を始めて早一ヶ月。
 行為中も、何度無理だと思ったかわからないが、更に後の状態はそれはもう惨状と言っても良かったんじゃないかと思うくらいの、筋肉痛やあらぬところの痛みやその他諸々があって。その傷が癒えるまで、半分以上は彼の責任だが、村田は甲斐甲斐しく佐々木を世話して労わって辛抱強く待ってくれた。
 そして佐々木の体調が万全に戻った頃に、甘くささやくように「今度は軽めにするから」と言った村田の言葉を信じて前回も酷い目にあったのだ。
「とにかく、今日は、駄目だ」
「……………………」
 村田がまだまだやりたい盛りなのは痛いほどわかるのだが。
 しかしながらはいそうですかと割り切れるというと問題は別で。
 まあ、体の辛さについてはせっせと、どこからともなく情報を仕入れてきてはアフターフォローに余念がない村田の甲斐性もあってだいぶ改善はしてきていた。
 問題は行為そのもので、佐々木にとって村田と『する』のは精神的に辛いのだ。
 べつに嫌だとか気持ちわるとかじゃない。
 むしろ逆で、非常に村田との相性はよかったのだが、若さゆえの濃厚なセックスはコレまで恋人に恵まれなかった佐々木に色々とジェネレーションギャップを与えて。
 時には村田の行為と昔の自分の行為を重ね合わせ、過去の己の所業に非常に頭を掻き毟りたい様な気持ちにさせる。
 いうなれば村田の男っぷりに対しての嫉妬を抱いてしまっているのだ。
 しかしながら最終的にその村田が感情を向ける相手が実際のところ自分で。今時の若者特有なのか、ストレートにぶつけてくる愛情を一身に受けるのがとても気恥ずかしくて居たたまれないというのが本音だった。
 責める訳でもなくじっと佐々木を見つめていた村田は、佐々木の言葉にしばし沈黙すると、
「ん。じゃ、仕方ないな………でもさ、とりあえずしねーから、ウチにはこねぇ?」
 ぽん、と返事は聞かないまま、佐々木の肩を叩いて席から立ち上がる。
 それに慌てて佐々木も席を立って、思わず村田の表情を見ると。
「別に、出来ねえくらいで怒ってねーって」
 思わず顔を覗き込むように心配する佐々木に、村田は可笑しそうに笑った。
 そのなんとも余裕のある素振りに、年下に対して考えるのはなんとも情けないが、見習いたいと思う。
 映画館から出ると空は綺麗な茜色で、まだ、一日は余っている。
 なんとなく、このまま村田の家に行ってしまったらするつもりはなくても下手に意識してしまいそうで落ち着かなくて。
 だが、じゃあさようならだというのもなんだか寂しい気がする。
 さあどうしよう、と悩んだところで。
「……あ、そうだ村田君。良かったら、今日はウチに来ないかい? いいお酒があるんだ」
 ふと、自分のテリトリー内なら落ち着けるんじゃないかという思いと、先日出向先で見つけた日本酒を思い出して、名案だとばかりに口に出したら。
「いや、アンタんちだと、防音が………」
「…………防音?」
 あ、やべ。といった様子で村田が口を噤んだのを見て、思わず佐々木は一歩、村田から離れた。
 しないとか言いながら、する気だったのか。
「いや、今のは酔うとさ、俺騒いじまうから」
「君が酔って騒いだ所なんて見たことないけど」
 下手な言い訳に、突っ込みを入れると、素直に参ったと村田は肩をすくめた。
「りょーかい。佐々木さんちで飲もうか」
「本当に、今日は駄目だよ」
「はいはい」
 念を押すが、妙に軽い返事に疑惑はぬぐえないけれど。
 しかしながら、先ほどの余裕が実は違った事がなんとなく微笑ましくこっそりと笑って。
 村田の飄々としつつ意外と油断もすきもない所にはちょっと気をつけなきゃいけないと、たぶん意識しても無駄に終わるだろうとちょっと片隅で思いつつ心に留めてながら。
 佐々木のついたため息は、秋の空に軽く溶けていくのだった。


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