従者の愛と葛藤の日々

紀村 紀壱

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閑話3 小隊長は嘆息する 3【閑話3終】

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「分かっていたんです、従者殿が甘い汁を啜るだけの使用人とは違い、正しく隊長を支えようとする人物であることを。頭では分かっているつもりだったのに私は無意識に隊長の相手からディテル氏は有り得ないと考え、シエン・ハンブルだと思い込んで、そのせいでこんな事に……」
「いやま、副長がそう思ったのも仕方がないと思いますよ、俺も知ったときは『そんなまさか』なんて思いましたもん」
「いいえ、思い込みなど無ければ気がつけたはずです。今考えてみれば隊長は従者殿について能力だけでは無くて人柄と言った事に言及してしましたし、そもそも家令の様な役割を与えていたことも将来の伴侶としてなら当然のことでした。ヒントは目の前に転がっていたのに私の目が曇っていなければ――」
「後から考えるからそう思えるだけですって」

 これ以上は飲ませては駄目だなと、モルトレントはサーフの目が逸らされた隙をみてグラスを酒の入っていない飲み物にすり替えつつ、ハンスが言っていた「自罰的」という言葉がどうやら的を射ていたようだと苦笑した。
 胸の内を吐露させるには苦労をするかと思ったが、意外にもそう時間がかからなかったのは思ったよりもサーフに気を許されているのか、それ程弱っていたのか。
 程よく酔いが回って、何時もより緩んだサーフの様子を見て「それにしても今回ルスターの件は大変でしたね」なんて水を向けると、サーフはぐぐっと眉間に皺を寄せ「私は貴族が嫌いなんです」と零して。
 それはそれは長い愚痴が始まったのだった。
 ところどころ酔っ払い特有の、脇道にそれる話を要約すると、貴族の四男坊として生まれ後継ぎ争いから早々に下りて家の外で生きていくことが決まっていたサーフの人生において、生家での環境というのはあまり良くないモノだったらしい。
 保身と私欲にまみれた使用人が多く。上は下を見下し利用して、盗みや苛めと言った小さないざこざが絶えず、長く居着く使用人は少なかった。その原因は雇い主、つまりは己の両親の監督が悪いからだった。嫌な言い方をすれば類は友を呼んだ結果だ。権利と義務が平等では無く、義務を果たさず権利を主張し、私腹を肥やす貴族だったとサーフは口の端を皮肉げに上げて零した。
 とくに父親と癒着の酷い家令が主の目を盗みやりたい放題しており、四男坊という立場から軽んじられたサーフはしばしば八つ当たりや失敗のなすり付けの被害を受けていたらしい。
 幸か不幸か、それなりの見目と頭を持っていたおかげで早々に生家に見切りをつけてエンブラント隊に入隊した以後はほぼ関わりを絶っているため、現在は特別被害にはあっていないのだが。
 自身も貴族でありながら、その生まれ育ちの経験からくる「貴族の使用人」に対しての忌避の念がサーフの中に深く根を張っていた。
 それ故、ルスターに対して当初過剰に警戒をしてしまった、と言う事だったのだが。

「公私は分け、偏見にまみれたクソみたいな采配だけはしまいと思っていたのに、私が偏った思考に捕らわれたばかりに隊長にもディテル氏にも多大なる迷惑をかけてしまって――」
「いやいや、悪いのは事を起こした方ですし、情報を漏らした人間でしょ」

 やはり、ここ最近のサーフは別にアルグの相手がルスターだったという事にショックを受けていた訳では無かったようだ。
 むしろ今回の事件の原因を自分が作ってしまった事と、それが嫌悪している実家での経験による物だという事で二重にダメージを受けているようで。
 下町育ちのモルトレントには分からないが、なまじっかまともな感性故の苦しみなのだろう。
 朱に交われば赤くなると言うが、それに抗ってきたサーフの苦労を思うと同情する。馴染んでしまった方が楽だ。だがこういう性格だからこそ上手くエンブラント隊の副長としてアルグを支えてるし回している。しかし今回は自責の念が悪い方向に強く働いているようだ。
 珍しく荒れた口調はそのままサーフの内面を表しているのだろうなと、モルトレントは頭を掻いた。フォローする言葉をかけてきたが、今のサーフにはあまり有効では無いようだ。むしろ庇えば庇うほど落ち込んで言っている様子に。

「少なくとも私が発端を担ったことには変わりありません……」
「あ゛~もう、アンタが原因ならそれはそれでいいです。でもそこから切り替えていきましょうや。アンタは副長でしょう? 最近、無駄に仕事を抱えこんでいるらしいですけど、そいつは本当に副長の仕事ですか?」
「……」
「やるなら、後悔より先を見据えて動くの方じゃないですか。隊長と従者さんに対して、外野が五月蠅くなったりするでしょうし。副長が二人に申し訳ないって思ってるんなら、それを支える方向で償ったりする方がいいじゃないですかね。その方がずっと建設的ですし貴方なら得意でしょう?」
「その通り、ですね……」

 これはもう、慰めるより叱咤激励した方がいいかと。
 真面目に顔を作って言えば、サーフはしばしモルトレントの言葉に目を瞬かせ。眉を下げ、少し泣きそうにも見える顔で微笑んで頷いた。

「俺に対するお礼は報償金アップでいいですよ」
「普段からそれくらい真面目に意見を述べてくださるならそれも出来るんですが」
「俺も歳なんで、常に勤勉たるのはなかなか難しい相談なんですよね」
「その言葉はディテル氏の爪の垢を煎じて飲んでから言っていただけますか」

 しおらしいサーフはもうお腹いっぱいとばかりに、おどけてみたら、つれない返事が返って苦笑する。しかしながらいつもの調子が戻って来たあたり思考も気分も浮き上がってきたようだ。

「あの、モルトレント小隊長」
「はい?」
「本日は有り難うございました、貴方の広い視野と、気遣いにはいつも助けられてます」
「……」

 急に堅苦しく名前を呼ばれ、どうしたのかと思えば、真面目にそんな言葉をかけられたものだから、つい目を見張ってしまった。
 そんなモルトレントの反応に、サーフは居心地を悪そうに目をそらして。

「少し、飲み過ぎた様です」

 恥ずかしげに、サーフはグラスをとって中身を煽る。
 それに「あ、マズい」とモルトレントは思ったが止めるのが遅かった。
 サーフが酔いを覚まそうとして水だと思って掴んだグラスは、モルトレントが先ほどサーフの手元の酒と入れ替えた物だ。
 つまりはサーフが水だと思って煽ったのはまんま酒だった、というわけで。
 モルトレントが危惧していた通り限界が近かったのだろう、勢いよく飲み干したサーフはグラスを置く動作そのままに流れるように見事テーブルへ突っ伏し、結果、モルトレントは頭を抱えた。

「あの~副長? サーフさん?」

 ちょっと揺すってみるが、サーフは眉間に皺を寄せ呻くばかりで見事に潰れている。
 もちろんこんな所にエンブラント副隊長を放置なんて出来るわけも無く、サーフを官舎まで運ばねばならない事実に、モルトレントは肩がもう重いように感じた。
 ちらりと、二階の宿を取ることも考えるが、月末の懐具合からは悩ましい問題だ。

「っ、重ぉ……」
「ジュタン小隊長」
「っ!?」

 サーフの腕を肩に回して、よっこいせと立ち上がる。
 昔はよく潰れた同僚やら部下やらをこうして運んだこともあったが、腰にぐうっと負担がかかる感覚に、鍛錬不足と身体の衰えが身にしみる。官舎までの道のりを考えると、洒落にならないな、とモルトレントが顔を引き攣らせた所で、ふっと肩の重みが消えてたたらを踏んだ。

「お疲れ様です、後は俺が」
「お前さん、なんでココに」
「スミマセン、頼んだ手前ちょっと気になって……邪魔にならないように離れて見てました」

 一体どこから現れたのか、ハンス・バロキーがするりとサーフをモルトレントから引き取って、ぺこりと頭を下げてそんな事をいう。

「色々押しつけてしまったので、このあとは俺が責任を持って副長の官舎に運びます」
「あ、うん、それは助かるけどね……」

 つけていたのか、会話を盗み聞きされていたのならあまり趣味が良くないな、と思うが。
 個室でもない酒場の一角と言う場所を選んだのはそもそもコチラの落ち度でもあるし、それだけ心配をしていたのだというハンスの心持ちが分からなくもないので、注意するか迷う。
 しかも今現在こうやって手を貸して貰えているのは有り難いのでますます言葉に窮した。

「あの、よかったらコレ、お子様にどうぞ」
「え? あ、コレってもしかしてこの前ダダ通りに出来たっていう菓子屋の? いいの?」
「貴重なご家庭の団らんの時間を奪って、ご迷惑をおかけしたので」
「いやいや、迷惑って訳じゃ。俺も副長のことは気になってたしね、いや、うん、わざわざありがとうね」

 そっと差し出された紙袋に首を傾げて、その外袋に印字された文字をみて目を見張る。
 ここの所、家の中でも、小隊長内の女性らがこぞって噂をしている物だから、モルトレントでも覚えてしまった、人気の菓子屋の名前だった。
 これはきっと娘も嫁さんも喜ぶだろうと、思わず想像して頬が緩んでしまう。

(なんとまぁ、気が利く――)

 モルトレントは先ほどまで悩んでいた懸念をすっかり解いて改めて思う。
 そういえば結構前に、サーフがアルグの従者の候補にハンスを推していた事をふと思い出して、確かにこの気の回し具合ならと納得をする。

「お前さん、ホント気が回るね。副長が隊長の従者に推してたのも納得だわ」
「そんな、サーフ副長だからなんですけどね」
「いやいや、その年で立派だよ立派」

 謙遜するハンスの肩をポンポンとモルトレントは叩く。

「でも良かったです、副長が別に隊長と従者さんとの関係に抵抗を持っていたわけじゃ無くて」
「それはホントにな。まったく、変なところで拗らせてるもんだから。ソコまで気を負わなくてもいいだろうに」
「普段は聡い人なのに、自分の事になると疎かだったりしますよね」
「まあそこはお前さんみたいな奴が支えていけばいいさ。年下だからって難しい時は俺も相談に乗るし」
「ええ、そうですね。なるべくは俺にも相談してくれたら良いんですけど」
「まあそうなったら俺も助かるな!」

 モルトレントの言葉にハンスはニコリと微笑み「それでは」と頭を下げるのをよろしく頼んだと見送って。
 さあ、ひと仕事終えたとモルトレントは伸びをして、コレで少しはサーフの心が軽くなってくれればと想いをはせながら家路へと足を向けた。

「……ん?」

 ふと、唐突に違和感を覚え、足を止めてモルトレントは振り返った。
 そこにはもうハンスとサーフの姿はない。モルトレントより若く、上背も筋肉もあるハンスは苦も無い様子でサーフを支えて行ってしまったのだから当然のことだ。
 だがしかし、なんだか胸騒ぎがする。
 あまりにも良いタイミングで、ポンポンとハンスの会話に流されてしまったような気がするのだ。
 そして先ほどのハンスとのやりとりに、妙な引っかかりを覚える。

 ――副長だからなんですけどね

 あの時は謙遜だと思った言葉が、よくよく考えると前後の会話と微妙に噛み合っていない。
 アレはどちらかというと謙遜では無く。

「……牽制? ………な、なんて……な?」

 頭に浮かんで思わず口にした言葉を、モルトレントは気のせいだと目を背けて。

(送り狼にしたとか、いやそんな、副長酔ってるし……ねぇ?)

 ハンスのことを、とても人の良い青年だと思っていたが、なんだか疑い始めるとどんどんと自信が無くなってくる。
 先ほどまで軽かった足並みをほんのちょっと重くしながら、モルトレントは「頼むから常識ある青年であってくれよな」とハンスに念を送りながらふたたび家路へと向き合った。




 翌日、モルトレントは恐る恐るサーフを訪ねて。
「その、お体は大丈夫ですかね?」という問いに「昨日はご迷惑とお恥ずかしい所をお見せしました。ほんの少し頭痛がしますが業務に支障はありません」と、言葉以上の意味は無さそうな様子で気恥ずかしそうなサーフにほっと胸をなで下ろす。
 心なしか、昨日よりも表情が晴れている様にも見えて(もう、大丈夫そうだ)と再認識して。
 しかし副長室を出たところで鉢合わせしたハンスに、一瞬、顔が引き攣ったのは致し方が無いところだろう。

「ジュタン小隊長」
「あ、うん、昨日はありがとうな。お菓子、ウチのがすごく喜んでたわ」
「それは良かったです。ジュダン小隊長は愛妻家で有名でしたので、末永く仲良くしていただけたらと」
「うん、俺は奥さんが大好きだからね。奥さん以外に一切興味ないからね」

 モルトレントの大袈裟すぎる言葉を、ハンスは不思議と思う様子も無く、意味が分かったと言うようにニコリと微笑む。
 それが、純粋な微笑みに見えなくなったのは全くもって勘弁していただきたいと。
 なんでこう俺は巻き込まれてんですかねと、モルトレントは嘆息するのだった。



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