従者の愛と葛藤の日々

紀村 紀壱

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閑話3 小隊長は嘆息する 1

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ルスターが誘拐から救出され、そしてやんわりとアルグに軟禁(仮)されていた、その頃のエンブラント隊では。



(――何コレ地獄かな)

細々とした報告会は数あれど。
月に一度開かれるエンブラント隊の各小隊長および隊長、副長が一同にそろった定例会に流れる空気に、モルトレントは溜め息をかみ殺した。
普段は厳かというより、少しばかり気は引き締めるものの、よほどの事件なんかが無い限りは比較的穏やかで肩肘張る様な事は無いというのに。
モルトレントが会議室に入室した時の心境は「葬式でもしてますか」と尋ねたい気分だった。
そんなこの場の雰囲気が最悪になっている原因は分かっている。
上座の二人、隊長であるアルグの目が光無く暗く沈んで、頼りの副隊長の目も死んでいるのだ。
小隊長同士こっそりと視線を合わせて誰かどうにかしてくれという合図を送り合うが、相手が一人ならまだしもトップツーの二人相手では流石にお手上げだ。
表向き定例会はスムーズに進んでいく。良くも悪くも、エンブラント隊の警備範囲においては現在たいした事件は発生していないからだ。
むしろ問題は発生しているのは隊の中、厳密に言えば隊長であるアルグ、その人のに関わる事で。

(早いとこ、復活してくれませんかね従者さん……)

いつも以上に居心地の悪い会議室の椅子の上で身じろぎつつ。
モルトレントは約2週間程前に起きた事件について思いをはせた。




――ルスターが攫われた。

その一報を奇しくも最初に受け取ることになったモルトレントは、どうしてそんな事にという思いとこれから起きるだろう一騒動に目眩がしそうだった。
直ぐさま、ルスター拉致の尾行をしている隊員への応援を指示しながら、副長室へと走る。
緊急を意味する4回ノックに直ぐさまサーフの返事がして、入室と共にルスターの現状について報告を上げれば。

『すぐにそちらに向かう』

その場には居ないアルグの、ゾッとするほど押し殺した声が響いて思わず背筋がしゃんと伸びた。

「丁度、隊長と連絡を取っていたところで……従者殿が屋敷に居ないから、入れ違いに隊に戻って来てなっていないかと確認を」

緊急事項なら隊長の耳にも入れておいた方が良いと通信をつなげたままで、と説明をするサーフもアルグの初めて聞く声音に若干引き攣った顔をしていた。
隊長という立場か、アルグとて叱咤激励を飛ばす事もままある。だが今しがた聞いた声は過去に聞いたどれでもなく、声量もないのに本能に警告を呼びかけるような緊張を強いるモノだった。

「とりあえず、隊長が来るまでに第1、2小隊と第8小隊の招集を。各小隊から補助人員の選出もお願いします」
「声をかけてきます」

身内の誘拐とはいえ、あまりに異質な雰囲気に気圧されても、何時までも呆けてはいられない。
サーフは直ぐさま立て直して、モルトレントに指示を出す。
相手の目的がなんであれ、人命に関わる事件だ。
早期対応と解決は必須だろうと、現場に突撃するための精鋭部隊と情報を集めるための諜報部隊の動員を直ぐさま決定しながら、サーフの脳裏にチラリとある考えが掠める。

(こんな時期に、隊長の結婚に影を落とすような事件が起きるなんて――いや、だからこそ?)

サーフの頭に浮かんだ犯行の動機は偶然にも当たっていたが、今はいずれにせよ被害を最小に収める方が先だと、直ぐさま思考は切り替えられて。
そして――その後の展開は、まるで嵐のようだった。

「今から全権を副隊長、サーフにゆだねる」
「は!?」
「処分は追って聞く。俺も突入する」

不幸中の幸運が重なって。
誘拐犯の油断も拉致現場の目撃もあり、監禁場所の把握も、突入の手はずも、一晩のうちにトントン拍子で進み。
まさか既に誘拐の現場が押さえられているとデネット伯誘拐犯が思ってもいない今が一番、制圧が難しくないだろうと諜報部隊の情報から判断して。
突撃の指示をお願いしますとサーフが目線を送った、それに返したアルグの言葉にその場の全員が一瞬固まった。
それは、隊長ともあろう者がそんな無責任な行動をとるなどあってはならないことだ、という戸惑いもあるが。
それまで、ずっと感情を押し殺したように指示や報告を受け止めていたアルグが、その言葉を言い終わるや否や先陣を切って走り出すその勢いに飲まれたのだ。
誰かが止める声を上げようと口を開けた。だが誰も音に出さなかった。出来なかった。
鬼気迫る、と言う言葉がその場の人間の頭に浮かんだ。アルグから放たれる殺気に、制止の声をあげれば問答無用で切り捨てられそうだった。

「と、突入を! 各小隊は小隊長の指示に従ってください! 隊長については可能な範囲での補助で構いません!」

あんな状態の人間から指示を出されてもプレッシャーでパニックになるだろう。
そういった意味では全権をサーフへと譲る宣言をしたアルグの判断は正しかった。
顔を青ざめながらサーフが指示を飛ばす。今のアルグと連携など取れるはずもない。だれもが怖くて近寄りたくなかった。
本来なら、突然の体制変更に不満を抱くこともあるだろうが、この時ばかりはサーフを先頭に心が一つになった。

「金獅子の異名は伊達じゃ無かった」

この突入に参加した者の中の間では後にそんな言葉が囁かれた。
普段は隊長自ら先陣を切って現場に突入するなどよほどの事が無ければ有り得ない。それこそ戦場に出る時ならば個では無く隊として動かなければならない。
しかしその枷がない今回の突入ではアルグ個人としての動きが遺憾なく発揮され。
対個人としてアルグの障害となる者はいなかった。
突入の道中「手加減! 手加減してください隊長! 殺ったらまずいですから手加減!」と悲鳴のような声が飛び交うほどに、アルグは目の前に立ちはだかる者を容赦なくなぎ倒していく。
結果的に双方ともに死者0名という報告を上げた者は「奇跡的に」という言葉を足しかけて言葉を濁した程だ。
しかしながら無事にルスターを救出して。
多少の怪我と風邪の症状があるものの、命に別状は無いと言う事が分かり、コレで一安心だと思った翌日。
出勤してきたアルグの光の無い目を見て、エンブラント隊の隊員達はどうした事かと副隊長へ助けを求める様に視線をやると、そこには死んだ目をしたサーフがいた。
そして口を開いて言うことには。

「今回、救出した隊長の従者であるディテル氏は、アルグ様の婚約者だと言う事です。そのため今回の事件で隊長は非常に心を痛めていますが、騒がず、皆さんは通常通り業務に当たってください」

まるで機械的に淡々と紡がれる言葉の意味は分かるが内容が理解できずに、隊員は最終的に顔を見合わせて押し黙った。
そしてなんともいないタイミングでサーフの耳へ事実が伝わった事を知ったモルトレントは一人、胃を痛めて胸をさすったのだった。


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