従者の愛と葛藤の日々

紀村 紀壱

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8話 眠れる獅子を起こすのは 7*

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「ルス、タ……ッ」
「っ!」

 身を寄せたアルグの身体が強ばる。切羽詰まった吐息がルスターの項を掠め、くすぐったさに思わず手元が僅かに狂った。
 その瞬間、手の中でアルグのペニスがびくんと震え、勢いよく吐き出される精液を慌てて片手で覆って受け止める。
 先ほど自分で抜いたと言っていた割には、手のひらを濡らすソレは滴るほどで。
 シーツに零れ落ちないようにと気を付けながら、サイドテーブルに準備されていたタオルを取り、白濁にまみれた手を拭う。

(な、なんと言いますか、処理が出来ていなかったとは言っていましたが、2回目でこの量とは普通なのでしょうか……)

 先ほどまでは、自分の手管に翻弄されるなかなか自分もやれば出来るのではと思っていたが。
 間近でアルグの達する様を見て、現状が今更、ルスターに実感として追いついてきた。
 そういえば初めて手で抜いた1回目も前回も、なんだかんだ己は一杯一杯でアルグの様子を観察する余裕など無かったせいか。改めて手に放たれたモノの自分とはいろんな意味で違う濃厚な欲・・・・の有様を目の当たりにして、急に気まずさが迫り上がってくる。

「すま、ない……」
「あ、いえ……うまく出来たようで良かったです」

 体力差や年齢差に思いをはせかけたというか、コレを己の胎に出されたのかとか、色々思うところが錯綜して、やや上の空になりかけたルスターの思考をアルグの謝罪が引き戻す。
 とりあえず、コレで少しは落ち着いて頂けたことだろう。
 そう思ってルスターは顔を上げ、呆気にとられた。

「俺も、ふれたい」
「え?」

 男とは一度抜いたらしばらくは落ち着く生き物ではなかっただろうか?
 普通は。少なくとも自分はそのはずだが、というルスターの予想を裏切って。
 見上げたアルグの、こめかみを強ばらせ耐えるように目元を引き攣らせ高揚した顔に。先ほど出されたばかりでは、と下を見れば、おかしな事に元気に腫れ上がった逸物がひくりと震えてソコにはあった。

「は?」
「ルスター」

 なんの見間違えかと、確かめる間もなく、アルグがぐっと身をルスターへと倒してくる。
 慌てて後ろに手をつこうとすれば腰の後ろと、頭の後ろに素早く手が回されてそれはそれはベッドの上とはいえ丁寧に押し倒されたが。
 腰からアルグの手がするりと落ちて膝頭をなぞり、スリーパーの裾から潜り込んで太ももを指先が撫ぜる。

「俺も、ほうしを」
「いえ、その必要は……」
「なかにふれたい」
(ナカとは、つまりはそういう……いえ、分かっていましたし、覚悟は決めていましたが……!)

 アルグは言葉では許しを求めつつも、その指先はじわりじわりと太ももを這い上がってくるのを感じながら、ルスターはグルグルと問いを反芻する。
 ここには、覚悟を決めて来たはずだ。しかしながら自分より一回り大きな体躯でのし掛かられてしまうと、やはり抗えぬ事ができぬ状態に抵抗感を覚えてしまうし、自分でも触れることを躊躇う場所への接触許可には戸惑いがあって、ルスターの呼吸は自然と浅く早くなる。

「だめか」

 アルグもまた、上がる息を少しでも落ち着かせようと細く吐く。
 ギラギラと獲物を見据えた瞳は捕食者のソレだ。
 しかし同時にユラユラと迷い子のように潤んで揺れている。圧倒的な立場にいながら、それでもただただ一言の許しを乞い、願っている。
 食いしばった口から苦しげに、さも辛くてたまらないといった様子で問われれば、ルスターが選べる返答は最終的に一つしか無い。

「……今宵は、アルグ様の望むままに」

 今日ばかりは存分に甘やかすと、腹に決めたのだ。己の羞恥と些細な抵抗感は今夜、この場から追い出してしまわねばなるまいと。
 続きを促すようにアルグの腕を撫ぜ、ルスターは微笑んだ。
 実際は上手く笑えているだろうかと思いながらのそれは、ルスターの心配の一欠片もなくアルグへ盛大に刺さって。

「っ……!」
「すまな、……!?」

 思わず、ルスターの太ももに這わせたアルグの手に力が入ってしまった。強く掴まれ僅かに走った痛みにルスターの足が跳ね、アルグは慌てて怪我をこさえていないかと裾をまくり上げ、その下の光景にアルグは動きを止めた。
 何故なら、本来そこには以前見た簡素な布地がルスターの下腹部を覆っているはずなのだ。
 しかしその存在が「無い」など、流石に想像はしていなくて。

「……」
「お、お見苦しい姿を……申し訳ありません」

 悩んだ末にどうせ脱がされるのだからと、変な方向で思い切りの良さを発揮して下着を履かない選択をした少し前の自分を、時間が戻ることなら止めたい、とルスターは思う。
 まさかこんな状態でバレて凝視されるなど、思ってもみなかった。言い訳をするなら少しばかり自分も混乱していたのだ、とわかるが時は既に遅い。

「あの、アルグ様……?」
「むりは、しない。むりはしない、やさしく、じゅうぶんに、けっして、きずつけない……」
「っ……」

 びたりと、スリーパーをめくり上げたまま固まったアルグの手から裾を取り返して股間を隠したいが、瞳孔が広がった真顔のアルグがぼそぼそと呟く内容に不穏さを感じて、ルスターは頬を引き攣らせた。
 流石のルスターとて、己の行動がアルグにどのような効果をもたらしているのか多少の自覚はある。そして否応にも現在アルグの理性が非常に危うい状態であるということは理解して。
 アルグが、年嵩の何の変哲も無い男の身体である己に欲情している事をルスターはもう十分に知っている。だが、自分のどのような行動がどうアルグに影響を与えるのか未だ分からなかった。
 嫌がるべきか、諫めるべきか、宥めるべきか、しかるべきか。
 迂闊な言動は避けたい。別に行為自体を拒否したい訳じゃないし、落ち込ませたくはないが、いかんせんなるべく理性的に無茶はしないで頂きたい。
 だが残念ながらこの状況での正解がルスターには分からない。

「ルスター、むりはしない。やさしくする」

 太ももを掴むアルグの手が震え、更に熱を持って湿ったような気がした。
 はあ、と籠もったアルグ吐息が肌を撫でる。
 良いか、と求める濡れたスカイブルーの瞳に、ルスターは頷いて選択した。

(極力、アルグさまに委ねましょう……)

 下手に刺激をしないよう、下手に傷つけないよう。
 そもそも積極的に動いたり、思い切るのが良くない気が、と過去を回想する。
 あまりに協力的で無いのはいささかどうなのかと思いもしないが、ある意味まだまだ自分たちはこの手のことには未熟なのだ。
 まずはアルグがどうしたいのかを測るのも必要だろう。把握して、それから自分が動けば良いのだ。


 ――と、決めて、委ねたその結果。





「あ゛……? ……ぅんっ、ぁ、ん、あっ、あ、あ……!」

 ぐちゅ、ぐぢゅ、と、湿った音が引っ切りに無しに部屋に響いている。
 一瞬、飛びかけた意識を取り戻して、ルスターは奇妙に引き攣れた嬌声が己の口から出ていることに気がついた。

「は……ルスター、………っく」
「お゛っ! だ、ぇ、です……揺らすの、だ…っん~~~~っ」

 うつ伏せにされたルスターの腹の下。腰を上げさせるために差し入れられた何重も積まれたクッションの一番上が水分を上手く吸収出来ずに、ルスターの肢体が揺れる度にぴちゃぴちゃと音を立てる。
 今朝、ルスターがシーツに皺一つなく綺麗にベッドメイキングしたアルグのベッドの上は、今やルスターも含めてしわくちゃにかき乱され酷い有様だった。
 アルグに身を任せる――言い換えればアルグの好きなようにさせた結果。
 ルスターは【アルグ基準】で、とても優しく抱かれることになった。痛みを与えることをしたくないと、筋肉弛緩効果のある潤滑剤ローションを惜しげもなく使われて、言葉通り身体は骨抜きになった。
 ろくに身体に力が入らない状態で、それはもう、アルグが大丈夫だと満足するまで十分な前戯を施されたのだ。胸を弄られ、なにも出ないと言うまでペニスも可愛がられ。後孔など、もう大丈夫だと泣きながら懇願しても「すまない」とアルグは謝りつつ念入りに解かされた。
 正直な話(アルグ様は私の尻を何か道具の手入れのように思っているのでは)などとルスターが疑うほど時間をかけて、丁寧に解されて。おかげでまだ2回目だというのに挿入はたいへんスムーズだった。
 アルグの体躯に見合う、しかしルスターの薄い尻には凶悪な、太い血管を走らせたいちもつが、弄くられてやや腫れた孔の中へぐぶぐぶと柔軟に飲み込まれてゆく。
 アルグのペニスを締めつけながら、それでも包み込むように広がるルスターのアナルにアルグは一仕事を終えたように感動して、ルスターは前立腺がカリで押しつぶされる感覚に震えた。
 十分注意しているが、依存症のようになっては困るからと、使用した潤滑剤には、誘淫剤のような特におかしな成分は入っていなかったはずなのに。くちゅ、くちゅと、やさしく揺すられるたびに前立腺の膨らみが擦られて、腰が溶けるように良い。あんな凶悪な、大きなモノが己の腹の中に収まっているなど信じられないのに、異物感や圧迫感よりもいつのまにかもっと刺激が欲しいというように腹がアルグのものをきゅうきゅうと締めつけている。
 嵐のように襲いかかる快感ではなく、どろっと根こそぎ思考をとかしてゆくような。

「う゛、ぅ~~……!」

 ぞろり、と大きく腰を引かれると、みっともない声が引きずり出されるような感覚がして、ルスターの足がシーツを引っ掻いた。

「ここに押しつけると、中がうねって……ルスター、気持ちいいのか?」
「う、くぅ、あ、あ、あ、そこっ、そこはっ……!」

 ルスターの尻にアルグの腰骨がつくほど腰を押しつけられる。あれほど無理だと思っていたアルグのペニスの全長はほぼ受け入れられ、奥の行き止まりをとんっと小突くようにアルグが腰を揺らすと、ルスターから子犬が鼻を鳴らすような声が出た。
 奥をこねられる度に頭の中がふわっと飛ぶような感覚がする。
 気持ちよくて、怖くて腰を逃がそうと引いても、己の漏らした精液でしとどに濡れたクッションへペニスを擦り付ける羽目になり、ルスターは余計にだた震えて身悶えるしかない。

「も、……お゛っ、ぅ~~」
「っ、……ふ、軽くイっているのか……? 可愛いな、もっとお前の良い所を教えてくれ」
「ゆす、っん、ぁ、ゆすら、なっ……」
「イったばかりのことを腰を回されるのが好きだろう?」
「ち、…っぁ~~~!」
「またイったな」

 びくん、と痙攣したルスターにアルグは挿入する動きを止めて、腰をゆるゆると回す。
 震える腹の中をぐるりと肉杭で撫でるように掻き回されて、ルスターはまた小さく絶頂に導かれた。喘ぐルスターはもはや普段の姿など見る影もなく髪は乱れ、溢れる涙も唾液も止めることが出来ない。ルスター自身に言わせれば、見苦しくて仕方がないそんな状況を、アルグは熱の籠もった瞳でうっとりと見つめる。

「お前が、気持ちよさそうで嬉しい」
「アル、グ、アルグ、さま。もう、もうじゅうぶん、じゅうぶんですっ……」

 もう、頭がおかしくなる。いやきっと半分おかしくなっている。
 そうでなければ、こんなにも抱かれて気持ちが良くなるはずがない。
 いい加減にしてもらわなければ。
 小休止というようにアルグの動きが緩んだこのタイミングを逃してなるものかと。呂律の回らない舌を必死に動かしルスターは訴える。

「そうか……?」
「はい。はい、もう、良いです。いっぱい、気持ちよくて、もうわたしを気持ちよくさせなくても大丈夫です」

 こてん、とまるで幼子のように尋ねる背後のアルグにルスターは深く考える事もできず、ただただこの甘く濃い責め苦から逃れたい一心で言葉を連ねた。
 もしももう少しだけルスターが冷静だったのなら、己の言葉とアルグの様子のマズさに気がついただろうが。
 残念ながらルスターも、そしてアルグもまた熱に浮かされていた。
 だから。

「それじゃあ、つぎは俺の番だな」
「……え?」

 愛おしそうにアルグがルスターの背を撫で、告げた言葉の意味を。
 その後、夜明けではなく夕暮れに染まる窓の外を見て目覚め、しみじみとルスターは思い知った。


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