従者の愛と葛藤の日々

紀村 紀壱

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8話 眠れる獅子を起こすのは 6*

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 アルグにのし掛かられると、正直なところ性的な部分以前に体格差や本人に自覚がないだろう威圧感のようなものに、ぐっと身がすくみ上がる心地がする。
 おそらくそれは本能的に力の差を感じ取っているからだろうし、実際に押さえつけられてしまえば、アルグにはその気が無いだろうが、押しやって相手がびくともしない、という経験はなかなかのモノで、思わず改めて女性や子供には優しくせねば、と考えるほどの衝撃だった。
 だからだろうか、どうしてもアルグとの閨事に及び腰になってしまったのだけれども――

「っ、は……ルス、ター……」
「もう少し強くても?」
「っぐ、ぅ……」

 アルグの熱を持った手が向かい合って座るルスターの肩を掴む。指が僅かに引き攣り、だがルスターに痛みを与える前にすぐに離される。その仕草に念のため尋ねれば、ゆるりと浅くうなずきが返ってくる。
 目を伏せ、息を詰めるアルグの様子を観察しながら、ルスターはアルグのペニスを擦る力をもう少
 しだけ強める。すると、くっと角度を増した手の中の熱杭に目を細めた。

(まさか、自分からこんなことをする日がくるとは……)

 もっと抵抗があると思っていたが、受け身であるよりは能動的に動く方が想像以上に気が軽い、とルスターは無意識に口の端をむず突かせながら思う。
 片手で竿を擦り上げながら、もう片方の手のひらで亀頭をくるりとさすれば、アルグの腰がヒクつき噛みしめた顎から、ふーっ、ふーっ、と荒く湿った息がルスターの頬を撫でた。
 自信にも身に覚えのある、あの腰の奥が浮わつくような快感が今、アルグを襲っているのだろう。

(自分にも同じモノがついていると、こういった点はわかりやすい)

 同じ性であれば、どこを刺激すれば感じるか当たりがつく。
 己の奉仕で、アルグがその太い首は紅くうっすらと汗を滲ませ感じている。
 もとよりルスターより体温が高いが、今は一段と寝間着代わりの薄いシャツの下の身体が熱を持って、寄り添って触れた所からジリジリと熱を移してくる。

「ん、っく、………っは……」
「気持ち良いですか」
「っ、……あぁ……」

 見上げて問うルスターに、眉間に皺を寄せながらアルグのアイスブルーの瞳がとろり、と溶けて見つめ返してくる。
 己が施した手管でその精悍な顔が快楽に烟る様は、主導権を握った立場で奉仕できる安心感と、僅かに身の底に疼くモノ・・・・がある。
 その正体からルスターは目をそらして、誤魔化すように息を密やかに細く吐き出し、そろそろ頃合いかと、アルグを追い立てる手を早めた。




 時間を少し巻き戻して。
 いざ覚悟を決めて寝台に乗り上げたルスターに対して、甘えさせてくれるか、と言いながらアルグは未だ心が揺れていた。
 何しろ、被害者でありながらケロリとしたルスターに対して、恐らく人生で初めてと言っても良いほどネガティブな思考に飲まれたアルグは、いつまでも情けない己の言動にルスターが呆れ、幻滅するのではとまで考え始めていた頃だったのだ。
 それゆえ改まった様子でお話が、と切り出したルスターに、とうとう引導を渡されるのかと思いきや。
 告げられたのは共寝の提案で。
 その気遣いと提案された内容に、どうしても浮かれてしまう己に恥じ入る。
 コレでは駄目だと戒めるが、それでも浅ましい期待を許しアルグの望む言葉を与えてくれるルスターに手を伸ばすのが止められない。だが同時に、己の所為でルスターには様々な負担を与えているのに、と脳裏で暗い声が呟く。
 それを――

『私をもう少し頼って頂けませんか』

 ルスターが眉尻を下げ、気遣う表情を浮かべつつ微かな苛立ちを滲ませた言葉にアルグはふと思い出した。
 物腰が柔らかく一歩引いて人を立て、己より線も細く弱く見えるルスターは、実際は芯を持って強かさを備えている男だ。
 元よりアルグの恋情はルスターへのそういった所への憧れから始まっている。それを忘れたつもりはなかったが、突如降って湧いた不幸な事故に新ためて己の眼が濁っていたのに気がついて、アルグは内心ため息をついた。
 ルスターは時に戸惑いこそすれ、思いのほか肝が据わっている。
 その最たる証拠は攫われた当の本人の方がケロリとしている所だ。
 救出時、体力的に憔悴していたが精神的には迂闊だったと反省はすれど、オーグの見立てでも別段トラウマを負った様子もなく。目を覚ませば拉致をされた状況と今後の対応について冷静に意見を述べて、むしろ今もアルグの心配をしているぐらいだ。
 この落ち着きは年齢の差ゆえなのか。改めて自分ばかりが動揺している現状に、己の未熟さを目の当たりにして歯がゆい。それゆえに余計、焦ってしまったけれども。
 今は素直に実力不足である事を認めるべきなのだろうとアルグは思う。
 一人で足掻き続けたところで、出来ないこともある。ルスターから伸ばされた手を取るのも、また必要だと。そう思って『甘えて良いか』と言いながら。
 ルスターに『多少の手心を』と釘を刺されて、アルグは困った。
 なにしろ前回、初めてルスターと繋がった時のことは夢心地のようなものだったのだ。
 酒が過ぎていたというのもあるが、記憶がふわふわと覚束ない。断片的にのたうつルスターの肢体が脳裏に浮かぶが、その薄い腹の柔らかさや形の良い肩甲骨のくぼみや手のひらに収まる膝小僧の形が気になったというのに詳しく思いだそうとすればそれはもやもやと霧のなかにかすんでゆく。
 双丘の奥へ指を含ませて念入りに慣らしたはずなのに何故覚えていないのか。
 それでいて、いざ自身をそこに潜り込ませたら、包みこむ柔肉のわななきとその熱に感動して何往復も出来ずにすぐに埒を明けてしまったと言う苦い思いばかりがあった。
 ちゃんとルスターは感じていたのだろうか。強ばった身体を撫でて宥める記憶がばかりチラついて、次いで思い出されるのは翌日のぐったりとしたルスターの様子だ。
 どれだけ強い力で掴んでいたのか、腰と腕には己の手形が紅く残っていた。
 魔道具薬マジックポーションのおかげか午後には寝台から抜け出してルスターはいつも通りの装いに身を包んだが、僅かに声は掠れ、少しばかり動きはぎこちなかった。
 そんな情緒の残り香に申し訳なさを感じながら、同時に何ともいえぬ疼きを覚えるのだから人の業は深いとアルグは思った。
 だから次こそは。
 酒で正体をなくした状況で、なんてもってのほかだ。次こそはルスターの望んだ形で、しっかりと己を律して無理をさせず、良き印象をもって今後を前向きに考えてもらえるようにと、そう考えていたのに。

「っ……」

 腕を持ち上げて、手を伸ばすことができずにそのまま下げる。
 寝台に自ら乗り上げて来たルスターは、改めて見ればあの日と同じスリーパーを纏っていた。
 己の劣情を隠すのに必死で焦点をあまりルスターへと合わせなかったゆえにたった今気がついて。しかも己の願望ゆえか、丈が以前見たものよりも幾分か短いような気がする。ずり上がった裾から日に焼けていない白い膝頭と太ももが垣間見え、たったそれだけで股座が馬鹿みたいにはしゃぐのだから、余裕のない己が情けなくて仕方がない。
 実際はルスターが、どうせなら脱ぎやすいほうが、などと相変わらずの腹をくくったとたん思い切りが良いところを発揮したのだがそんなことをアルグは知るはずもなく。

(果たして、許しは出たが己は我慢ができるのだろうか――)

 まろいルスターの膝を見つめてアルグは葛藤を繰り返す。
 手加減とは、心のゆとりがなければ出来ないものだ。
 正直なところ、善処するなどと応えておきながらこれっぽっちも自信がない。「無理」だと言えば「じゃあ、やめておきましょう」と言われるのを恐れてしまったゆえの虚栄だ。
 そもそも、どこまでならルスターの言う「手心」に当たるのかすら見当がついていなかった。
 ルスターに逐一確認を行いながら事を進められるイメージが湧かない。
 むしろその太ももに手を這わしたら最後、スリーパーをまくり上げルスターの制止も聞かず頭を突っ込み、柔肌に舌を這わすような未来の方ばかりが思い浮かんで、どう考えても最低過ぎると呻きたくなるのを耐えるしかない。
 そんな逡巡のもと、固まったアルグに対してルスターは困った様に眉を下げ。うろっと視線を彷徨わせた後、心を落ち着かせるようにゆっくりと瞬きをした目は決心を浮かべ、ギシリ、とベッドを鳴らしたのはルスターの方だった。

「このままでは疲れますでしょう。どうか楽に、足を崩していただけませんか」
「あ、ああ……」

 一度ベッドに乗り上げたものの。その後、自身をどう制御するかという悩みに捕らわれたアルグは跪座の状態でビタリと固まってしまった。
 ぐるぐると思い悩むアルグの太ももを、宥めるようにルスターがぽんぽんと軽く叩く。そして労る様な言葉を受けて、アルグはやっと我に返り、己の体勢にコレではルスターも落ち着くまい、とひとまず胡座をかいて座れば。

「……失礼、します」
「っ!? な……っ、は……!?」

 ルスターがすっと膝立ちでアルグとの距離を詰めた、と思ったら。
 すとんと、胡座のすぐ前に腰を下ろして。
 一瞬、動きを止めたルスターが、次に動き出した時には足を崩して、胡座をかいたアルグの足を跨いだ。それは丁度ルスターの緩く伸ばした足の間に、胡座をかいたアルグがいるような状態だ。
 どちらかというと、マッサージや逢瀬の時も、躊躇いがちなその膝を割って身をねじ込んだ様なモノなのに。
 この状況は何なのだ。自身の左右に、無防備に置かれたルスターの足を前にしてアルグは目を白黒させる。しかも緩く曲げられた膝の所為で、スリーパーの裾は太ももの半ばまでずり上がっている。
 まるっと曝け出されるよりも、中途半端に隠された状態というのは逆に妙な淫靡さを孕んでしまうのはどうしてだろうか。
 アルグの視線に気がついたのか、ルスターが気まずげに裾をなるべく伸ばして正そうとするが、体勢が体勢故にさほど効果はない。

「見苦しい格好を申し訳ありません、あまり離れると手が届かないので」
「いや、それは――っ!!?」

 目を釘付けにしていた理由が、見苦しいなんて問題ではなくて、と弁解したいのか言い訳をしたいのか分からない言葉は、音になる前にアルグの喉の奥で凍った。
 何故なら、ルスターの手が。

「今日のところは、どうか私にお任せ下さい」

 ずっと痛いほど張り詰めたまま放置されていたアルグの陰茎を、ルスターの手がボトムの上からやんわりと撫でたのだ。
 驚きと、ようやく与えられた刺激に反応しないなど出来るはずもない。それがルスターの手で与えられたモノだとしたらなおさらだ。
 ぐうっと血が集まって、益々猛るモノにルスターの手がひくりと震えたが、そこから離される事は無かった。

「お嫌ですか?」
「い、やでは、ないが……」

 居ても立ってもいられず、ルスターに手を伸ばそうとしたところで尋ねられ、首を振れば。

「ではアルグ様はどうぞ、力を抜いて」

 その言葉の裏には動くなという意味なのか。
 ルスターの指先がサリリ、と下から押し上げられた布地を掻く。
 それだけの僅かな刺激にすら腰が揺れる。ただ、それをもたらす相手がいると言うだけで、こんなにも違うのか。
 少しでも気を緩ませれば、直ぐさま目の前のルスターを掻き抱きたくてたまらない。
 腕の中に閉じ込めて、お互いのモノを摺り合わせるように身体を絡ませ、呼吸を飲み込みたい。
 だがそんな事をしてしまえばタガが外れるのは目に見えている。
 それをルスターも分かっているからの申し出なのだろうか。
 奇しくも以前と同じような状況だが、あの時とは違いルスターの手は淀むことなくアルグの下履きを下ろそうと動く。
 手が出せない。手を出せない。
 間違いなくルスターに触れられる喜びはあるが、同時に衝動を抑える辛さは拷問のようだ。
 果たして、このまま、己は我慢できるのだろうかと思う。
 止めた方が良いかもしれないと、脳裏で警告がガンガンと鳴り響くが、結局の所。
 アルグはシーツを引き裂きそうなほど握りしめ、ただこの状況に流されるしかなかった。

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