従者の愛と葛藤の日々

紀村 紀壱

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7話 本当の嵐はまだ先 6*

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 触れても良いのか、と尋ねるアルグの顔に。
 また己の言動の何かがアルグを煽ってしまったようだと気がついたが。
 しかしながらルスターは首を縦に振った。
 前回の迂闊な行動による惨状が脳裏をかすめたが、今回ばかりは多少の羞恥も飲み込もうと思ったのだ。
 散々、色々な事を待たせていたのだから少しぐらい良いか、と思って。
 またルスターの言葉に、それはもう幸せそうな顔をしたアルグに絆されたとも言える。
 こたえたい、と言うのが一番の理由だ。
 長年の職業病とも言えるが、元来の性質も、誠実に心を寄せられれば同様に心を添わし返すのが好きな人間なのだ。
 そして何より。


 いくらなんでも、最後までは絶対に無理だと思ったからだった。



 一度決心したら即行動のルスターは、同性同士の性交の方法を調べ終えた後。指南書やら潤滑油になりうる香油やその手の洗浄用品や、拡張用という張型まで、ひっそりと一揃い購入していた。
 準備が必要と知れば、アルグとの本番の前に慣らしておかなければ、という謎の使命感を頂き。
 しかし一式を揃え終えたところで、はた、とルスターは気がついた。
(一体『いつ』、準備をしましょう……)
『準備』にはそれなりに時間を要する。
 洗浄もしかり、拡張もしかり。
 初心者向けというフレーズが輝く指南書には『初めはリラックスできる空間と余裕を持った時間を』と書かれている。
『良いのは入浴前後、就寝前』といった提案がされているが、その時間は『アルグのマッサージ』に最近は占領されている。
 もちろん『性交の準備をしたいので今日のマッサージは無しで』など言えるわけもなく。
 かと言って、良い言い訳を思いつきもしないし、それ以外で時間を確保するのも難しい有様だ。
 最終的に。
(そんなに急がずとも、こういうのはタイミングでしょう……)
 アルグの様子がおかしいことや、両親への挨拶の決心だとか。
 そちらの方が優先だろうと思って、焦らずに構えることにしたのだ。
 きっとそのうち、会議や宿直や要請などでアルグがかり出され、一人の時間が取れることもあるだろうと。
 悠長に考えた、結果。
『やはり今日は帰れそうにない』
 懇親会の合間と思われる時間に、生真面目に改めてアルグから連絡が来たのは丁度ルスターが入浴をしようかと言う時だった。
 連絡通話器を切り、今日の寝間着はスリーパーにしようと、クローゼットを開いたルスター脳裏に、閃く物が一つ。
(これは、『準備』を試みるのに良いタイミングでは……?)
 アルグが不在だという、まさに本日。
 ルスターはいそいそとおっかなびっくり洗浄を試してみて、思いの外体力を消耗させる慣れぬ作業に疲れ切ってしまいながら、なけなしの気力を振り絞って香油を手のひらに垂らすと、後孔へ手を伸ばし。
 そして、思い知った。
(……無理)
 やわやわと表面を揉み込んで、洗浄で少し緩んでいるはずのソコへ、たっぷりと潤滑油用の香油を纏わり付かせた指を一本潜り込ませる。
 一本程度なら痛みはない。
 だが違和感が酷い。
 なんだコレは、と体が冷える感じを覚えながら。それでも本に書かれた通り、無理がないよう今回はただ指を含ませたまま、馴染むのを待ってみたが、いくら待てども違和感は募るばかりで。
 コレは駄目だ、と。
 ため息をつきながら、今日の最後にせっかくだからと、一番細い、親指程の太さしかない張型を手にって。
 その先っぽを、半ば自棄になりながらちょこっと後ろに含ませてみれば、先ほどとは比べ物にならないあまりの異物感に完全に心が折れた。
 ルスターは思わず記憶を辿りながら指で輪っかを作る。
『無理では?』
 無意識に声が漏れた。
 指をキュッと多少縮めてみても、希望が見えない。
 本当にこのサイズを受け入れられるのだろうか。
 ルスターの不安をよそに本には『体質により、時間が掛かる方もいるかと思いますが、諦めずにチャレンジが大事です! 必ず、努力は報われます!』とアナルの拡張じゃなければとても良い励ましの言葉が書かれていて、ルスターはそっと本を閉じた。
 ひとまず(何事も実際に経験してみるのって大事ですね、早めに分かって良かったです……)と、遠い目をしながら前向きにとらえることにしたのだ。
 そんな、密やかな挑戦をもって。
 想像以上に慎ましかった己のアナルに、今後改善し努力を図るとしても、現時点では無理をしてもアルグを受け入れられないだろう。
 そもそも、無理をしようにも出来ないだろう。
 良いと言って、下手に期待をさせてしまっても可哀想だと。
 そういった意図をもってルスターはアルグに釘を刺したのだ。
 本番は時間を改め、正気を兼ね備えた上でのチャレンジが望ましいだろうし、ルスターとしてもお願いしたい。
 ひとまずの所、今日のところはなるべく、出来ないなりにも応えたいと思って。




 思って、いたのだが。
 そのこころざしはあっという間にぐらぐらと揺れることになった。
 ルスターが同意の言葉を告げ、アルグは詰めた熱を吐き出すように息を零すやいなや。
 待ちわびたというようにルスターの身を腕の中へと引き込み、かき抱くと己の熱を流し込むかの勢いで唇に食らいついてきた。
 薄く開いていた口に、アルグの肉厚な舌が潜り込んでくる。
 顎を掴む指の力は痛みを与えてこないが、身じろぎが難しい強さで、口を開けさせるように誘導し、遠慮のない動きで舌が口内を這い回る。
 思わず、侵入してきたアルグの舌の熱さに驚いて、ルスターが舌を縮こめてしまえば、それを追いかけるように舌が追って来て絡め取られ、じゅっと吸われた。
 余裕のない口づけに、翻弄されながらも必死で『嫌ではない』という言葉を証明せんとこたえようとするが、だんだんと酸欠で頭がクラクラとし始めた頃。
 やっと唇が透明な糸を引きながら離れたと思えば。
「見たい」
「えっ」
 まるでお腹が減って仕方がない人間が食べ物の包み紙を乱暴に剥ぐように。
 スリーパーが一気にめくり上げられ、脱がされた。
 そのうち脱ぐ気ではいたが、心の準備が一切ないまま、あっという間に下着一枚になって。
 ルスターは混乱のあまり、スリーパーの胸元のボタンが飛ばなかっただろうか、なんて心配をしていたら。
「ココを」
「はい?」
「胸を、でても?」
 アルグの親指がルスターの胸をすべり、肌より少し濃い色の乳輪の縁をそっと撫でる。
 ほんのわずかに男にも関わらず胸を弄られることに抵抗を覚え、ひくりと体に力が入ってしまったことに、アルグの瞳が不安げに揺れたのは連日行われた悪戯の罪悪感だけではないと気がつく。
 余裕のない、忙しなさをアルグから感じるのは「やっぱり……」と、ルスターから止められるのではと、不安が拭いきれないのだろう。
 それを察してしまったら、ルスターが紡ぐ言葉は一つしかない。
「どうぞ。アルグ様に触れられて厭う事はありません」
 腹はくくったが、やはりこういった言葉を紡ぐのは気恥ずかしものだと、眉を下げつつ、ゆるく微笑んで。
 身を差し出したのは、確かに自分自身だが。




「く、ぅっ……もっ……!……っぁ、あっ、ぅ、胸はっ……!」
「気持ちよくないか?」
 アルグの言葉に首を横にも縦にも振れず、ルスターはとうとう体をぎゅっと丸めて胸を守ろうとする。
 だが後ろから抱きかかえられ、前に回ったアルグの手はそんな抵抗では振りほどけるはずもなく。
「んっーー!」
「先っぽを、いじめるのが好きみたいだな」
 アルグの指先がルスターの乳首をくにくにと弾くようにねぶる。
 その度に胸からじんじんとしたしびれが背中を走り、腰に熱が溜まってゆくのを、ルスターは唇を戦慄かせながら耐える。
 アルグとしてはでて、ルスターとしてはまるで虐められているように感じるほど、ねちっこく可愛がられたルスターの胸のいただきは、ぷくりと赤く立ち上がっている。
 どうも触れたいという欲も強いが、ルスターを気持ち良くさせたいという欲も強いらしいアルグは、逐一ちくいち、ルスターに気持ちが良いかを尋ねてきて。
 初めの方は素直に『少しむず痒い様な感じです』と、戸惑いつつ答えていたが。
 肉の薄い胸を揉むように撫でられ、先端をチロチロとくすぐられる様に触れて、時折キュッとつまみ上げられ続けていると。
 段々と、アルグの指が乳輪をなぞるだけで、ぞわぞわとした腰を落ち着かなくさせる痺れが生まれはじめて。
 柔らかい膨らみもないのにもかかわらず、あまりに熱心に胸をでるアルグの様に、ルスターは何とも言えない申し訳なさを覚えていたはずなのに。
『ぅあっ!?』
 乳輪ごと人差し指と親指でつまみ上げられ、揉むように捻られた時、胸から背骨を伝って頭と腰へ、あのよく知った甘い疼きが走り、ルスターは無意識に溢れた己の声とゆらめいた腰に驚愕した。
 まさかあんな、胸で感じるなんて。
『今のは? 気持ちが良かったか?』
 喜色を滲ませたアルグの言葉に、驚きから思考が戻ってきていないルスターは反射的に素直に頷いてしまった。
 その返事にアルグの口元が大きく弧を描いた事をルスターは気がつかないまま。
 それからが酷かった。
 もっと気持ちよくなれとばかりに、胸をねぶられ続けて、むず痒いと言う感覚が快感と交換されてゆく。
 触れられて居るのは胸なのに、ペニスが下着の中で窮屈になってゆく。直接性器を刺激するのとは似ているのに違う、未知の感覚をこれ以上知りたくはなくて。
 トントンと、指の腹で乳首をタップされるだけでビクつくほど刺激を覚える事に、このままどうなってしまうのが恐ろしい。
 気持ちが良いと言ってしまったせいかと、咄嗟に『良くない』と言えば、『ではどこか良いか?』と更に反応を示す所を探られてしまい、よけいに身悶え、のたうつ羽目になる。
 もうこうなったらと、本当はじんじんとした甘いしびれなのだが、『痛い』と訴える。
 すると『すまない。摩擦が強すぎたか』と、少し反省した表情で謝罪され、ようやく止まってくれるかとホッとしたら、舐められた。
 アルグの肉厚の舌が乳輪ごと包んで、ねっとりと唾液を絡ませられる。
 男の、己の胸にあのアルグが吸い付いているという視覚情報に、再びルスターの思考が渋滞をしてしまい。
 色々と制止をするその前に、しっかりと両方の胸に舌を這わされ唾液をまぶされる。
 柔らかく唇で胸の肉芽を食まれ、舌先で押し潰されて、しゃぶるように舌が乳首を包んでちゅうっとすわれれば、今までとはまた違う、ぬるついた感覚は更に凶暴にルスターに襲いかかり『あっ、や、ぁ、あ』と、嬌声を漏らし、顔を真っ赤に染めて身を捻り、シーツを蹴って足掻く姿はどう見ても『痛い』とは思えない反応をしてしまった。
 そうして。
 快楽に悶えるルスターを、アルグは「可愛い可愛い」と言うようにうっとりと眺め、で続け。
「ぅ、っふ……は、……っん……」
「待て」
「あっ、手、を。離し……」
 胸で快楽を覚えるようになったが、たった一晩でイケるほどには流石にならない。
 熱を上げるばかりの終わりの見えない快感に、とうとうルスターの恥じらいは溶けて、己で慰めようと解放を求め下肢へ伸ばした手をアルグが掴んだ。
「も、駄目です、イき、たい。さわ、触らせて、くださいっ……」
 普段では考えられない、あけすけで慎みを失った欲望が口からぽろぽろとこぼれる。
 早くこすって出して、楽になりたいと、はやる気持ちが頭を一杯に占めて声が震える。
 ルスターがただひとつ身に纏った下着は、先走りにぐっしょりと濡れて色を変えていた。
「て、手を。どうかっ……」
 腕を掴んで離さぬアルグに、むずかる子供のようにルスターが訴える。
 頭の中はすでに、早く達したい。頭のおかしくなりそうなこの熱を解放したいという思いで一杯だ。
「イきたいか?」
「っはぃ、……お願いですっ、もう……!」
 問いをただただ受け止めて、ルスターは必死に頷く。
「分かった。でもお前自身でするのは駄目だ」
「そんなっ……」
 グズグズに溶かされた思考は、アルグの言葉を深く噛み砕くことが出来ず、ただ駄目だと言われた事実だけに絶望して、ルスターの瞳がじわり滲んだ。
 その様を、どんな表情でアルグが見ていたのかなんて気がつかず。
「すまない。嗚呼、可哀想に。……だが全部。今日は全部俺にくれないか」
 口付けがルスターのこめかみに落ちる。耐えきれず零れた涙が舐め取られた。
 アルグはルスターの腕を器用に一つにまとめ上げ。
 空いた片方の手でしとどに濡れて肌に張り付くルスターの下着を、器用に剥ぎ取ってしまうと。
 緩く立ち上がり、此方もとろとろと涙をこぼすペニスにアルグの指が絡んだ。
「あ"っ!? ひっ……い、あ、まってくだあっ、あっ、あっ、あぁっ!!」
 先日の手淫では夢中になりながらも、つぶさにルスターの反応を観察していたアルグは、勝手知ったるとばかりに。
 濡れそぼったペニスが遠慮なく扱かれて、ルスターは求めていた以上の刺激に、声を抑える努力も頭に浮かべることが出来ずに鳴いた。
(まって、待ってくださいっ!!)
 頭の中に繰り返される言葉は1割もちゃんとした単語にならず。
 人差し指と中指で竿を扱かれながら、親指が器用に尿道をくちくちと弄られれば、ルスターの目の前で光が爆ぜた。
「あ、っ……!」
 あまりに長く快感をため込み過ぎた上での射精は逆に勢いが無く、ぴゅくりと少し漏れる様に出るだけだった。
 それを。
「……ん……ぇ……? う、くっ!? ……あ、そんなっ、あっ……アルグ、アルグさまっ、ひ、あ、あ、ぁ、ぁっ!」
 追い打ちをかける様に、アルグの手がルスターのペニスを扱き続ける。
 その動きはまるで絞り出すような物だ。
 どこもかしこも、良いところを知られ尽くした愛撫に、ルスターは為す術ももなく。
 尿道に残った精液を余すことなく吐き出させられた頃には、痙攣するように震える体がぐったりと力なくベッドに投げ出される。
 そんなルスターにアルグは目を細めて、サイドテーブルの引き出へと手を伸ばした。


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