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6話 たまには少し逃げ出したい 2
しおりを挟む「いやまぁ、副長に報告をあげないってのは、俺的にもむしろありがたいと言うかなんと言うか……」
一体どんな無茶振りをされるのだろうか、と思ったが。
ルスターからの注文は思ったよりも随分と控えめで、モルトレントは胸をなでおろしつつ。
「今の所、広まっているわけじゃないですし。俺の隊が耳に入れたのも偶然といえば偶然みたいなもんですから、副長から指示を受けない限りは大丈夫かと」
まあ、指示を受けても『事実』をぼかして報告するのは出来ると思いますしね。
と、付け足すモルトレントに、ルスターは申し訳無さそうに眉尻を下げる。
「ありがとうございます。もう少しばかり時間がほしいので、そうしていただけると助かります」
「ま、俺としても逆にずっと噂が広まらなければいいと思いますけどね」
「それは、まぁ……」
「正直、俺の口から報告するのは、気まず……と、申し訳ありません、ご本人を前にしてする話じゃありませんでした」
動揺していたせいか、気を抜いて話してしまい、失礼が過ぎたとモルトレント慌てて謝罪する。そんなモルトレントをルスターは手で制して。
「いえいえ、お気持ちはわかりますので。むしろ巻き込んで申し訳ありません」
「その件については正直聞かなかったことにしたくて仕方がありませんが」
「そうですね、お伝えしないでくださるならお忘れいただいて構いません」
こういう私的な事であまりモルトレントに心労を与えるのは良くないだろう。一番の要望は通したので、もうこれ以上は煩わせまいと、そう思って提言すると。
「お言葉には甘えさせて頂きたいところですが……正直、大丈夫なんすか?」
「え?」
「や、関わるなって言うなら良いんですけど、あんまり口外できない内容でしょ、ですから、抱え込んでらっしゃるなら、乗りかかった船ですんで、愚痴ぐらいならお相手しますよ」
これ以上、厄介事には巻き込まれたくないだろうに。
どんな思惑かと思うが、見返したモルトレントのその顔には、こちらを心配する色しか浮かんではおらず。
(……この方を疑ってしまうのは、あまりにも意地が悪い考えですね)
アルグの従者として侮られまいと気を張っていたせいか、モルトレントの言葉の裏を探りかけて、やめる。
きっと、アルグやサーフから信頼を得ているのは、能力だけではなく、やはり人柄の部分も多いのだろうと、そうもう一度思い直して。
「モルトレント様は意外に貧乏くじを引かれる方でいらっしゃいますか」
面倒だとわかっているのに関わらず手を差し出す人の良さに、どこか心がほぐされるような心地を覚えつつ、わざと、意地悪な言い方をする。
「ディティル氏は意外にいい性格をしてらっしゃいますよね。……まあ、そういう所、嫌いじゃないですけど」
ルスターの言葉にモルトレントは目をすがめてみせ、そして破顔する。
「あれですね、隊長は腹芸をされるタイプではないので、副長や、ディティル氏がそういった面を支えられて相性いいんでしょうね。……とはいえ、うん、今回のことは驚きましたが」
何はともあれ、協力できることとか、悩みがあったら言ってください、と続けたモルトレントにルスターは微笑みを返して、現在思い悩んでいることを振り返り、申し出はありがたいが、今回は心遣いだけ受け取ろうと思った。
まさか、目下の悩みが。
アルグとの夜の営みについて、色んな意味で危機感を抱いているのだが、どうしたら良いのか、なんて、口が裂けても言えはしなかった。
アルグと向き合う努力を、と意気込んで。
一体全体どうしてそうなったのか――いや、ひとえに己の失態ゆえだと、わかってはいるのだが。
アルグが己に欲情するのか、という問題を確認するだけはずが、なんとも情けないことに気がつけば流されに流されて。
唯一褒められるところは、ドロドロに崩れきった理性で、それでもなんとか引き上げて、自分のベッドに戻ってきたところだろうか。
しかしながら翌朝、ベッドの上で指一つ動かすことすら気だるい体に、ぐらぐら揺れる視界の中。
ルスターを心配そうに窺う布の塊――オーグから『ほんとうちのバカ兄貴が申し訳ない』と謝罪を受けた時は、何があったのかを知られたという、あまりの恥ずかしさから、子供のようにシーツの中で丸まってしまいたい心地だった。
不調の原因は、体力的な疲労と、精神的な負荷による発熱。
そう診断を下されたが、言うなればヤリすぎということだ。
滋養強壮の薬を処方されつつ。
『あのバカには、本当によく言い聞かせておくから』
なんて、申し訳なさそうに言うオーグに。
『いえ、お手を煩わせてこちらこそ申し訳ありません。……ところで、アルグ様は?』
お体は、大丈夫でしょうかと、思いながらそう尋ねれば。
『あー……兄貴は邪魔だから、さっさと仕事に行けって蹴っ飛ばしといた。……ちなみにピンピンしてる』
オーグの顔は見えないが、明らかに気まずけな様子で視線を外しながらの返答に。
『そう、ですか……』
声のトーンが下がってしまうのを抑えるこができず。
『いや、これからはもっと抑えるように言っといたから。多分、こういうことはもうないはずだから。…………でも、抑えすぎて爆発するかもしんないから、少しずつ発散させた方が良い、かも……』
慌てたようにオーグのフォローが入るが、最後の不穏な言葉のせいで気持ちはちっとも晴れなかった。
ひとまず、この一件で、どうやらアルグの情欲については疑いようのないことがわかったが。
改めてアルグとの年齢差、体力差をまざまざと突きつけられ、ルスターはため息をつく。
おそらく、自分では満足に相手が出来ないだろう。
少しずつ発散を、なんてオーグは言っていたが、所詮はアルグに我慢を強い続けていることに変わりがないのだ。
だから。
気は進まぬ話題だが、向き合うと決めた以上、目を背けていい問題でもあるまい。
そう再び腹をくくって、ルスターはその日のうちに、アルグへ『この先、私ではアルグ様のお相手を十分に果たす事は難しいと思います』と、そのままを伝えた。
それに、アルグは神妙に頷いて。
『確かに、体力差を考慮せず昨夜は無理を強いてしまい、すまなかった』
『いえ、むしろ、私の方こそ付いてゆく体力が無く……』
『ルスター、それは違う』
『え?』
謝罪を遮られて目を瞬かせれば、アルグはきゅっとその形の良い眉を寄せて。
『私とお前の関係は主従でもあるが、恋人、伴侶となるならば、一方的に相手に片方がついて行くのではなく、互いに歩み寄り、支え合って共に進むべきだ。だから、この場合はよせる余裕のある私が気づかなかった事が悪い』
『アルグ、様』
無意識に主従関係を引きずった考えをしていたことに気が付かされ、そしてアルグが考えているパートナーとしての関係について知り、ルスターの中に改めてアルグへの敬愛の念が湧き上がる。
思わず、じん、と感じ入ってしまうが、ふと脳裏に再び問題が浮かぶ。
『しかし、それではアルグ様に我慢をしい続けてしまう事になりませんか』
『ああ、だから、訓練をしよう』
『訓練?』
唐突に出てきた『訓練』という場にそぐわない様な言葉に、ルスターは訳がわからずオウム返しに聞き返す。
『何事も体の使い方をわかっていなければ、無駄な動きが増えたり、間違ったところに力が入り体力を消耗する。だから慣れるように、より体力が持つよう、訓練をしよう』
アルグの説明は、一通り、何も間違っていないような錯覚を覚えるが。
『大丈夫だ、どんな新兵も、きちんと毎日のノルマをこなせば、半年後には隊について来られるようになる』
一体、何の話をしていたのか。
合っているようで、しかし、とてつもなく間違っているような気がする。
だが、それをどう説明したらよいかと思案するが、不意にアルグの手がルスターに伸ばされ、両手がぐっと握られ、視線を合わせられる。
『私も共に頑張ろう、だから、一緒に歩んでくれるかルスター』
どこまでも澄んだスカイブルーに見つめられ、実に真摯にそう問われれば、ルスターが口にできる言葉は一つだけだ。
『はい、一緒に精進いたしましょう』
『そうか、ありがとう』
ルスターの返答に、アルグが笑みを浮かべる。
『では早速だが今夜からでも……まずはそうだな、マッサージから始めよう』
『…………はい?』
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