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2話 救世主?いいえ弟です 2
しおりを挟むそう、せっかくの位置づけたのに、だ。
(なんで、落ちたんだ……?)
調べたが、ルスターにそっちのケはなかったはずだ。そもそも彼の好みは野に咲く花を愛でるような素朴で小柄な年上の女性で、アルグなどルスターの好みに掠りすらしない。実直な所はわずかにのぞみはあるかもしれないが、それでも無骨で大柄な年下の男に下手にアプローチされようものなら、幾ら多少の尊敬と好意を持っていようが、引かれかねない。
それにもかかわらず。
「なあ……万が一、万が一の可能性だけど、そのシエンっていう補佐事務官が嘘を付いてるとか、そんなことねーの? そいつ、ずいぶんと兄貴を慕ってんだろう? だから、兄貴を喜ばせようって思って、ルスターを進呈しようと考えたとか」
あり得る可能性といったらそこかと、オーグはつついてみるが、アルグはその問にそんなことはありえないと首を横に振って。
「シエンは賢い男だ。我欲を満たすためだけに従者を差し出すなどしまい」
でもほら、もしかしたら。と食い下がりたいところだが、ルスターを調べるにあたって、オーグはシエンについても調べ上げていた。だからアルグの言葉が間違いないのは己でも知っている事実で、それ以上否定をすることが出来なかった。
実際はオーグの感が正しく、シエンが嘘を付いているわけではなく、主従の勘違いから生まれた出来事だったのだが。さすがにそこまで頭が回れば、奇跡を通り越してどんな妄執だと言えるものだろう。
「……もしかして、シエンの言葉を疑っているのか?」
「いや、疑っているって言うか。あまりに上手くいき過ぎとか思わねぇ?」
素直に言うのをはばかって、言葉を濁す。
出来ればホンの少しでもいいから疑心でも抱いて、一旦思いとどまって欲しいのだが。
しかしながらアルグはそんな弟の心中には毛の先程も引っ掛かりを感じた様子もなく。
「そうか?」
こてんと、幼子がするように首を傾けて疑問を返した。
そんなアルグの様子に。
(その自信は、一体どこから来るんだよ!)
ここまで来ると、本当にルスターが想いを寄せ始めたのではないかと思いたくなるが。ここで俺が冷静にならなければ誰がなると、気を引き締めて。
……それにしても、元をたどれば自分のアドバイスとは言え、何故こうも実質何にもせずに、相手が自分を好きになってくれると思っているのだろうか。どれだけ自分に自信があるのか。そもそもそれすら分からないバカだったのか。いや、さすがにそれは無いと思いたいが。と、そこまで考えて、あぁ、そういえばこの兄貴はモテたな、とあらためて思い出した。女はもとより、男所帯なこともあって、同性の部下から告白されたがどう断ればいいだろうか、とそんな相談を大昔に受けた記憶が蘇って、その所為か、と肩を落とした。
普段から惚れられ慣れているから、何もせずとも相手が自分に惚れてくれると、そう思っているのだろう。だから、そもそもルスター相手に何もするなという自分の言葉を、信頼を差し引いても素直に聞き入れたのだ。
(こんなことなら、本気の失恋の一つや二つ、今のうちに経験させておくのがいいかもしれな……いやいや)
まるで不出来な子供の行先を心配するように、オーグはそんなことを考えかけて首を振る。
「オーグ、なにか引っかかる事があるのか?」
普段なら、布地にその顔を覆われていようが、アルグはオーグの感情を大抵読み取ることができた。しかし今日は黒衣の奥からは不穏に揺れる感情を感じ取るばかりで、てっきり祝福をしてくれるだろうと思っていた弟の素振りに、アルグはその顔に困惑を浮かべる。
普段は意志の強さを表すようなまっすぐな力強い眉が、へにょりと歪む。数少ない心を許した者にだけに見せるその表情に、オーグは弱かった。まるで捨てられる不安に怯える子犬のように見えて、いつもの厳しい言葉が出なくなるのだ。
「……そんな、情けねー顔すんなよバカ兄。ただちょっといきなり結婚届はどうよと思っただけだよ」
オーグはひとつ、自分の中の杞憂を吐き出しきってしまうように溜息を付いて、ゆるゆると手を振り、密かに決意する。
「せめて、そうだな、一ヶ月は待つべきだと思うぞ、うん。余裕が無いのはみっともないからな。それから、プロポーズは大安がいい、あとでいい日にちを調べといてやるから、だから早まらずにちょっと待っとけ」
「そうか……! いつもすまないな」
「別に、気にすんな。ただ、ほんと、俺が良いって言うまで頼むから待っとけ」
アルグだけの情報では埒があかない。こうなったら自分の手で、徹底的に裏をとるしか無いだろう。そんでもって不都合な真実は限りなく排除するに限る。
そう、オーグは決心して。
とりあえず、時間稼ぎの一手を打ち。
後日、さあ真相を聞き出そうじゃないかと時間を作り、仕事終わりにルスターとの面会を求めてハンブル家の門を叩いてみれば。
「ああ、ルスターさんなら、ちょうど、シエン坊ちゃまの使いでアルグ様の邸宅にいっておりまして……」
(嗚呼、それなんてカモネギ?)
応対した小間使いの言葉に、否応なく鴨がネギを背負い、羊が狼のねぐらへ足を踏み入れる画が脳裏に浮かんで。
きっと釘も刺したし大丈夫だ、と、自分に言い聞かせるが、嫌な予感が拭いきれず。
結局のところ、気がつけばアルグの屋敷を目指して疾走しているのだった。
そして、どうか杞憂であればいいと願いつつ飛び込んだ、その先で。
「いきなりかっ!」
明らかに乱されてますといった服装のオッサンもとい、ルスターに覆いかぶさっている兄の姿がソファにはあって。
どこからどう見ても最中といしか言えない現場を目撃する羽目になり、オーグはとっさに突っ込みを入れるように叫んだ。
「……取り込み中だ」
(うん、そうだろうな!)
オーグが、結構な勢いで扉を開け放ったにもかかわらず。
動揺した様子もなく、アルグはちらりと此方に視線を投げ、ルスターを弟の視線の先から隠すように体の位置をずらして、静かに抗議の言葉を紡ぐ。
こんなところで、兄の器のデカさを認識したくなかった。そう思いながら、勘弁してほしいと、オーグは天を仰いだ。
全く、手がはやい。いや、思いが通じたら、男としてやりたいというのは分かるが。しかし、なんでそんないい年した男相手に、そうもやる気満々なのか。
色々覚悟はしていたが、実際に目の当たりにすると、あまりのショックにちょっと意識が真っ白になりかけて。
思わず、お邪魔しました、とばかりにドアノブ握って、部屋を退出しようとした、その瞬間。
「なあ、兄貴。ちょっと気になるんだけど、そのオッサン、なんか具合が悪そうだけど、大丈夫か?」
「なに? ……ルスター、本当か?」
先程まではまるで此方の気配など断ち切るようなオーラだったのに、ルスター絡みの話題のためか、オーグの言葉に素早く反応して、アルグはルスターの顔を覗き込む。
「あ、そ、その…………実は……少し体調が悪くて……も、申し訳ありませんっ」
真正面から見据えられて、ルスターはその眼光にひるんで逃げるように顔を伏せつつも、このチャンスは逃すまいと頷く。本当は現状に対しての怯えから来る顔色の悪さなのだが。事情を知らなければ、体調がすぐれない所為であるかのように見えて。
「いや、謝ることはない。こちらの方こそすまなかった」
名残り惜しいが、不調の相手に無体を強いるほどアルグは耐え性が無いわけではない。
さっと、己が乱したルスターの服装を繕って、背後を振り返ると。
「オーグ、悪いがルスターの調子を見てやってくれるか」
「い、いえ、そんな、お手を煩わせるわけには」
「遠慮しなくていーよ、ルスターさん。この格好で当ては付いていると思うけど、俺は弟のオーグ・ルバフェン。兄貴がいつも世話になってるみたいだからね。その御礼もかねて、ちょっと問診くらい受けさせてよ。薬の処方くらいは出来るだろうし」
含みを持たせた言葉に気がついたのだろうか。ルスターは黒い布の塊のようなオーグの姿とは別のものに気圧されるようにこわばった顔をする。
「しかし、その……」
「大丈夫だルスター、まだ若いが、これの腕は立つと評判はいい」
言い寄られている相手の弟と話すなど、気まずいにも程があるルスターのオーグへの戸惑いと警戒を、その腕に対する躊躇いと取ったのか。安心させようとするアルグのセリフにオーグは「分かってねぇなぁ」と、苦笑しつつ、まあ都合がいいかと否定をせずにその勘違いに乗っかることにする。ついでに、ちょっと邪魔だから席を外してもらおうと。
「そうだ、兄貴。診療所に診療鞄を置いてきてるからちょっと取りに行ってくれねえ? 兄貴が取りに行っている間に診察を済ませておくから」
「俺が取りにいくのか? いや、たしかにそれが効率が良くはあるが……」
先程まで、なんともいい雰囲気だったというのに。それが唐突にぶち壊され、さらにほんの一刻とはいえこの場を離れることに、アルグはオーグとルスターを交互に見て、唸る。
なにやらルスターを置いていくことに躊躇いを見せる兄に、オーグはふと頭に浮かんだ考えにまさかと思いつつ。
「言っとくけど、俺はかみさん一筋だから。そのへん疑ってるなら、兄貴でも張り倒すぞ」
一体ルスターがどういうふうにアルグの目に映っているのかは分からないが、誰が悲しゅうてオッサンに手を出すというのか。そんな思いを込めまくって溜息とともに言葉を吐き出せば、納得したのか、はたまた図星を刺されて、それを誤魔化すためか。
「いや、そういう訳では……うむ、行ってくる」
否定の言葉を言いかけて、しかしすぐに諦めたようにアルグは頷き、ソファから腰を上げると。
「オーグ、ルスターを頼む」
すれ違いざまによく通る低い声で告げて、さっと部屋を出て行く。そんなアルグの様子は、ここだけ見たらまるで戦場に向かう騎士のように粛然として格好がいいのだが、とオーグは思いつつ兄の背中を見送って。
聴覚が玄関のドアが閉まる音を聞いてなお、さらにたっぷりの時間をかけて、背後のソファに振り返った。
正しくはその上で未だ固まったように動けぬルスターに向いき合って。
「それじゃあ、どういったわけか尋問を始めさせてもらおうか、従者さんよ」
腕を組み、仁王立ちというポーズでそう言い放ったのだった。
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