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1話 坊ちゃまのためなら 1
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ああ、神よ。
一体、何故このワタクシに、こんな試練をお与えになるというのか。
「本当に、よいのだな……?」
武人らしく豆だらけで固い皮膚の手が頬に添えられて、ゾワッと背中に鳥肌がたつ。
腰掛けたソファーのすぐ真横に陣取る、真剣な顔をした凛々しくも強面の男の瞳の中に、どういった色が浮かんでいるのかを知って、ルスター・ディテルは恐怖に慄いた。
申し訳ありませんが、無理です。まったくもって一欠片もよろしくありません。どうか、どうかお許しください。
そんな言葉が喉の手前、いや口を開ければ、飛び出しても仕方がない状態であったが、それをぐぐっと堪える。
しかし言葉にするのはこらえても、表情には滲んでしまった怯えを、ルスターを半ば刺すように見つめる男――アルグ・ルバフェンは読み取ったのか。
「怖い……のか?」
(――ええ、それは存分に! おそらくアナタ様が思ってもいない方向で!)
ほんの僅かに困惑の色を見せ、軽く眉間を寄せて尋ねる様子は、おそらく巷でこのアルグに懸想する多くの婦人達が見れば、大慌てで横に首を振るであろう、なやましさだ。
しかしながら、言い寄られているルスターは女性でもなければ、若くもない、頭髪には……いや、人より少し薄い眉にすら最近白いものがチラホラと目立ち始めた今年で齢い43にもなる、ごくごくノーマル嗜好の初老の男だった。
つまりは、いくら顔が良く色気が溢れようとも、一回り近く年下の同性の相手にそんな顔をされて返す反応といえば、顔が引きつらないようにと必死に抑えるぐらいだ。
ルスターの脳裏に、彼の敬愛する主人の青年の顔が浮かぶ。あの邪気のない、純粋な笑顔を想えばなんだって出来る、そう信じ仕え続けてきたこの10年間の誇りは、今、儚く散ってしまいそうなほど揺らいでいた。
出来ることならアルグを突き飛ばしてこの場を逃げだしたい。
だがそんなことをすれば、かの主人はきっと自分の従者の働いた不躾に、酷く落ち込まれてしまうだろう。何しろこの事態は、ルスター自身が招いた事なのだ。主人は事前に、己の持ち物と言っても過言であるルスターへ、わざわざ「申し出を受けてもよいか」と断りを入れたほどだ。
それに首を縦に振っておきながら、今更『勘違いしておりました』などと。
(言える、わけがない――!)
「……ルスター、愛している」
沈黙したまま、だが抵抗もないルスターに、アルグは一体どのように解釈したのか、もとより低い声をさらに重く厳かな低音にして言葉を紡いだ。
そのくせ、どこかその声には色めいたものが見え隠れしていて、ルスターは喉の奥で悲鳴を凍らせながら、反射的に突き出しそうになった手をグッと握りこんで耐えていた。
(何故)
きちんと切りそろえている爪が、手のひらに食い込んで痛みを覚える程、拳を握りしめて。
(何故この愛が、ワタクシの坊ちゃまへ捧げるものと同じ種類ではないのであろうか……!?)
音にはできぬ言葉を心で叫び。
やおら距離が縮まりはじめたアルグとの距離に、体中の毛穴という毛穴から冷や汗が吹き出すのを実感しつつ、ルスターの頭の中を事の発端、そもそもの根本的な、すべての始まりから今までのことが走馬灯のように蘇る。
そう。
思い起こせば、あれは、もう8年も前のことだった――
一体、何故このワタクシに、こんな試練をお与えになるというのか。
「本当に、よいのだな……?」
武人らしく豆だらけで固い皮膚の手が頬に添えられて、ゾワッと背中に鳥肌がたつ。
腰掛けたソファーのすぐ真横に陣取る、真剣な顔をした凛々しくも強面の男の瞳の中に、どういった色が浮かんでいるのかを知って、ルスター・ディテルは恐怖に慄いた。
申し訳ありませんが、無理です。まったくもって一欠片もよろしくありません。どうか、どうかお許しください。
そんな言葉が喉の手前、いや口を開ければ、飛び出しても仕方がない状態であったが、それをぐぐっと堪える。
しかし言葉にするのはこらえても、表情には滲んでしまった怯えを、ルスターを半ば刺すように見つめる男――アルグ・ルバフェンは読み取ったのか。
「怖い……のか?」
(――ええ、それは存分に! おそらくアナタ様が思ってもいない方向で!)
ほんの僅かに困惑の色を見せ、軽く眉間を寄せて尋ねる様子は、おそらく巷でこのアルグに懸想する多くの婦人達が見れば、大慌てで横に首を振るであろう、なやましさだ。
しかしながら、言い寄られているルスターは女性でもなければ、若くもない、頭髪には……いや、人より少し薄い眉にすら最近白いものがチラホラと目立ち始めた今年で齢い43にもなる、ごくごくノーマル嗜好の初老の男だった。
つまりは、いくら顔が良く色気が溢れようとも、一回り近く年下の同性の相手にそんな顔をされて返す反応といえば、顔が引きつらないようにと必死に抑えるぐらいだ。
ルスターの脳裏に、彼の敬愛する主人の青年の顔が浮かぶ。あの邪気のない、純粋な笑顔を想えばなんだって出来る、そう信じ仕え続けてきたこの10年間の誇りは、今、儚く散ってしまいそうなほど揺らいでいた。
出来ることならアルグを突き飛ばしてこの場を逃げだしたい。
だがそんなことをすれば、かの主人はきっと自分の従者の働いた不躾に、酷く落ち込まれてしまうだろう。何しろこの事態は、ルスター自身が招いた事なのだ。主人は事前に、己の持ち物と言っても過言であるルスターへ、わざわざ「申し出を受けてもよいか」と断りを入れたほどだ。
それに首を縦に振っておきながら、今更『勘違いしておりました』などと。
(言える、わけがない――!)
「……ルスター、愛している」
沈黙したまま、だが抵抗もないルスターに、アルグは一体どのように解釈したのか、もとより低い声をさらに重く厳かな低音にして言葉を紡いだ。
そのくせ、どこかその声には色めいたものが見え隠れしていて、ルスターは喉の奥で悲鳴を凍らせながら、反射的に突き出しそうになった手をグッと握りこんで耐えていた。
(何故)
きちんと切りそろえている爪が、手のひらに食い込んで痛みを覚える程、拳を握りしめて。
(何故この愛が、ワタクシの坊ちゃまへ捧げるものと同じ種類ではないのであろうか……!?)
音にはできぬ言葉を心で叫び。
やおら距離が縮まりはじめたアルグとの距離に、体中の毛穴という毛穴から冷や汗が吹き出すのを実感しつつ、ルスターの頭の中を事の発端、そもそもの根本的な、すべての始まりから今までのことが走馬灯のように蘇る。
そう。
思い起こせば、あれは、もう8年も前のことだった――
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