「私は○○です」?!

咲駆良

文字の大きさ
上 下
155 / 388
交える魂

守護獣と人間

しおりを挟む
 関越道を降り、練馬インターから環八へ。
 すでに車の量は多いけど、順調に流れている。

 会社に到着。帰庫後の点呼を終えたところで、ルカが出勤してきた。

「ルカ。おはよう。今日はどこまで?」
「おはよう。レイ。夜勤明けね、お疲れ様。私、今日は事務の仕事だけ。」
「がんばってねー、ボクはこれから寝だめだよ。」
「あら、寝だめってあんまり効果ないって話よ。」
「いいのいいの。気分の問題。がんばってねー。」
 そんな他愛のない話をして、車の点検と洗車に向かう。

 配送から帰って、朝日に光る水しぶきを見ていると、最高に充実した気分になれる。夜の仕事終わりだと、そこまで気分は上がらないけど。

 五日間続いた夜勤シフトが終わった。やれやれ。
 土曜の朝六時に車を降り、次の乗車は月曜の朝七時。
 これから、まるまる四十八時間の休憩+休息。
 
 夜勤は道が空いているし、手当がつくし、好きだというドライバーさんも結構いるけど、ボクはお日さまが上ったら働き、日が沈んだら家に帰って寝る、という自然なサイクルで働きたいな。
 夜勤から、昼勤に戻す時の「時差調整」も苦手だし。

 スーパーカブに乗り換え、部屋に戻る。カブは人から譲ってもらった年季モノだけど、乗っていて楽しい。前の持ち主だ丁寧に扱っていたのか、今のところ故障なし。

 アパートに着き、カブのセンタースタンドを上げて駐輪場に停める。
 部屋はメゾネットタイプというやつで(お洒落でしょ?)、家賃の割に広めの部屋で、荷物や家具がそんなにないのでスペースを持て余して気味だけど。

 シャワーを浴び、髪を乾かし、パジャマを着る。
 通勤リュックから、今日のお楽しみを取り出す。
 関越の三芳PAに寄って買った、酒種あんぱん。普通のと「あんバター」を選んだ。これを、オーブントースターで少しだけ焼き、その間、電子レンジで牛乳を温める。
 あんぱんとホットミルクの組み合わせ、最高。小さい頃からの大好物。

 さて、これから。
 四十八時間をどうやってすごそう。

 さっきのルカとの会話を思い出す。
「昼勤に体を戻すの、大変なんだよね。」とボクは愚痴る。
「あんまりきちっと戻そうとしなくてもいいんじゃない? かえって気疲れすると思うの。」
「まーそうだね。時間決めてアラームしかけても、結局うまくいかないこと多いし。」
「二日間休めるなら、いっそ、アラームなしで過ごしてみたら。あ、もちろん、出勤前日の夜は『アラーム必』だけど。」

 ルカの提案に乗ることにしよう。
 アラームなしで、目が覚めたら起きる。眠くなったら寝る。

 歯磨きをすると、さっき開けたばかりのカーテンを閉め、ベッドに潜り込む。すぐに睡魔に襲われた。

 幼稚園の頃の夢を見た。
(夢の中で)昼寝から覚めたのは、兄ちゃんと一緒に可愛がっていた、ポメラニアンのタロウが息を引き取った後だった。

 小学校の時の夢を見た。
(夢の中で)昼寝から覚めると、家の中にはお母さんしかいなかった。
 お父さんと兄ちゃんは、ボクが寝ている間に出ていった。


 そこで、本当に目が覚める。 
 涙を流しているのがわかる。

 壁掛けの時計を見る。暗い部屋で、かろうじて文字盤が読める。

 七時?

 えーっとさっき寝たの、九時半ごろだよね?
 時間が戻った?

 寝ぼけている。事実を認めるなら、今は、夕方七時だ。
 連続十時間くらい寝た。夜寝坊。
 昼間の時間がまるまる消えてしまって、もったいなかったかな。

 ベッドの上に座り、ぼーっとしながら、さっきの夢を思い出す。

 子供の頃、ボクは昼寝が嫌いだった。
 昼寝をしている間に、大事なものが消えてしまう。

 だから、「日が昇ったら起き、日が沈んだら寝る」生活を心がけ、大人になってもそうできる仕事がしたいと思っていたんだ。

 今でも嫌な夢は、だいた昼間に見る。
 サービスエリアで仮眠中に。夜勤シフトの時の家のベッドの中で。
 寝過ごして、あわてて車を走らせる夢。
 (夢の中で)目が覚めた瞬間、今自分は運転中だと気づく夢。
 そんな時は、目が覚めると汗びっしょりで、胸が苦しい。


 チュンチュン。

 雀の鳴き声?
 子供たちのはしゃぎ声も聞こえる。

 もう一度、窓を見る。遮光カーテンの縁がうっすらと明るい。

 え!まさか?
 スマホの時計を見直す。

 『19時』ではなく『7時』だった・・・


 丸一日寝ていた!? 
 夜寝坊どころではなく、一周まわって朝の早起きだ。


 ぐう。

 
 どうりでお腹がすいてるわけだ。

 ベッドから降りて、トイレ→冷蔵庫に向かおうとした瞬間、そのまま手に持っていたスマホが震える。

「もしもし、レイ?」
「ああ、母さん。朝から何?」
「朝からって、あんた、ここんところ夜に電話しても、つかまらなかったじゃない。」
「夜勤してたからね。」
「大丈夫?ちゃんと寝てる?」
「さっきまで、二十四時間寝てた。」
「・・・それこそ大丈夫?」
「ははは、大丈夫だよ。それより、何の用?」
「あ、そうそう、あんたのお兄さんからお手紙きたの。」
 自分の息子なのに、ボクのお兄さん、って言うのか。

「なんて書いてあった?」
「ああ、一緒にチラシが入っていてね、お店始めたから、よかったら来てくださいって。」
「何のお店?」
「パン屋さん。ウチからは遠いけど、あんたの所から近いみたいよ。」
「へー、そしたら、チラシを写メしてLINEで送ってくれる?」
「また、難しいこと言うわね。」
 ボクは電話口で、LINEのトークで写真を添付する方法を教えた。説明に十分かかった。トイレ行きたい。

 三十分後、母さんからメッセが飛んできた。ちゃんと写真が添付されている。
 淡い黄色地のチラシに「あなたの町のパン屋さん、堂々オープン」という冴えないキャッチコピーとともに、店構えの写真、パンのサンプルの写真(これは美味しそうに映っている)と地図、サービスクーポンのQRコードが印刷されていた。

 電車で三駅ほど。
 兄ちゃん、こんな近くにいたのか。

 今日の予定は決まった。ボクは身仕度を済ませると、ワークマンで買った防寒・防水ジャケット(なかなか派手でお洒落だよ)を着て、カブに跨がった。

 冷たい風にあたりながら、さっき(?)見た兄の夢を思い出す。父さんと出て行ってから、ボクが中学生の時、一度だけ(元)家族で会った。外で食事をしたけど、人懐っこかった兄ちゃんは、ちょっとよそよそしかった。

 野球が得意で、ボクにキャッチボールを教えてくれて、やさしく面倒を見てくれた兄ちゃん。ボクは兄ちゃんみたいになりたいと思っていた。兄ちゃんと離ればなれになってから、余計にそう思った。
 あ、別に男の子になりたいってわけじゃないけど。

 店の近くまで来て、スマホの地図で確認する。この先の商店街の中だ。 
 ボクはカブを手で押して店を探す。
 「ベーカリー ヒロ」と描いてある看板を見つけた。チラシと同じ、黄色地の看板。ヒロは兄の名前だ。

 店先の駐輪スペースにカブを停め、ウィンドウごしに中を覗く。
 そんなに広くない店内。ウィンドウに沿った棚には、カゴに入って色々な種類のパンが並んでいる。店の奥の棚にはクッキーなどが並んでいるようだ。

 カウンターには、お客さんが選んだパンを受け取り、包装する若い男の人。兄だ。久しぶりだけど、すぐわかった。だって、顔あまり変わっていない。童顔だ。まあ、ボクも童顔だってよく言われるけど。

 隣では、レジを打つ若い女の人。アルバイトの人? それとも?

 店にそっと入る。パンが入ったカゴを見て回る。クロワッサン、カレーパン、ミニバケット、メロンパン・・・どれもこれも美味しそうだけど、『店長おすすめ』のPOPがついているカゴに目が止まった。

 丸っこくて、きつね色のツヤツヤした頭に、ゴマとケシが乗っかっている。ボクはトレイに、あんパンとミニバケットを一つずつ乗せ、レジに向かう。

「いらっしゃい・・・お! レイか?」
「うん、久しぶり。」
「来てくれてありがとな・・・今包むからな。」
「あ、あの、あそこで食べてっていい?」
 ボクは店の一角の、ワンテーブルだけのイートインコーナーの方を向く。
「ああ、いいよ、消費税高くなっちゃうけど。」
「そんなのいいよ。」

 ボクは支払いを済ませている間、兄ちゃんがあんパンを皿に乗せ、ミニバケットを紙袋に入れてくれた。

 イートインの椅子に座る。あんパンを手に取って食べようとしたところ、レジの女の人が来た。
 「こちら、店長からのサービスです。あんパンの消費税分だそうよ。」

 その人がテーブルに置いてくれたのは、ホットミルクが入ったマグカップ。
 お客さんの相手をしながらも、兄ちゃんはこっちを見て目配せしてくれた。

 ボクの大好物、覚えててくれたんだ。

 お店を出ると、カブで町中を乗り回し、昼はファミレスでランチセットを食べ、部屋に帰った。

 結局、あの女の人は誰なのか、聞けずじまいだった。

 午後はラノベ三昧、スマホでアニメ三昧で過ごした。
 夕ご飯は、ツナ缶にマヨネーズをまぜ、ミニバケットを真っ二つに切り、それを挟んで食べた。

 夜は久々に小説を書いた。時々ネットに投稿するけど、今日書いているのは、誰かに読んでもらうアテはない。トラックの仕事を通じて知り合った、ルカ、ラナ、リョウ、ロマンのエピソード。みんなネタの宝庫だ。

 そしてボクと兄ちゃんのこと。

 根拠はないけれど、これから昼に寝ても、嫌な夢は見ないような気がする。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

王女様は美しくわらいました

トネリコ
児童書・童話
   無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。  それはそれは美しい笑みでした。  「お前程の悪女はおるまいよ」  王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。  きたいの悪女は処刑されました 解説版

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

お姫様の願い事

月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。

ローズお姉さまのドレス

有沢真尋
児童書・童話
最近のルイーゼは少しおかしい。 いつも丈の合わない、ローズお姉さまのドレスを着ている。 話し方もお姉さまそっくり。 わたしと同じ年なのに、ずいぶん年上のように振舞う。 表紙はかんたん表紙メーカーさまで作成

きたいの悪女は処刑されました

トネリコ
児童書・童話
 悪女は処刑されました。  国は益々栄えました。  おめでとう。おめでとう。  おしまい。

DRAGGY!-ドラギィ!- 【一時完結】

Sirocos(シロコス)
児童書・童話
〈次章の連載開始は、来年の春頃を想定しております! m(_ _"m)〉 ●第2回きずな児童書大賞エントリー 【竜のような、犬のような……誰も知らないフシギ生物。それがドラギィ! 人間界に住む少年レンは、ある日、空から落ちてきたドラギィの「フラップ」と出会います。 フラップの望みは、ドラギィとしての修行を果たし、いつの日か空島『スカイランド』へ帰ること。 同じく空から降ってきた、天真らんまんなドラギィのフリーナにも出会えました! 新しい仲間も続々登場! 白ネズミの天才博士しろさん、かわいいものが大好きな本田ユカに加えて、 レンの親友の市原ジュンに浜田タク、なんだか嫌味なライバル的存在の小野寺ヨシ―― さて、レンとドラギィたちの不思議な暮らしは、これからどうなっていくのか!?】 (不定期更新になります。ご了承くださいませ)

ほら、ホラーだよ

根津美也
児童書・童話
主人公はさえない小学生。マドンナはブス。脇を固めるサブキャラは、彼氏いない歴30数年を誇る独身の妖怪作家。いまだに甥の家族とともにうまれた家に住み続けている。住んでいる家は和風のお化け屋敷。忘れられていることを嘆いて、なんとか世に出たいお化けや、人を脅かして面白がるお化けどもが、お化けが見える貴重な人材とばかり主人公にとりついてきた。そうこうするうちに”魔”も参戦。すると、先祖代々、この家を守ってきたという神様も現れた。さあ、主人公、どうする? コメディタッチで描く、恐くなさそうで、本当は怖い日常生活。笑いながら震えて。ほら、ホラーだよ。

捨て犬の神様は一つだけ願いを叶えてくれる

竹比古
児童書・童話
犬と暮らす全ての人へ……。 捨てられた仔犬の前に現れたのは、捨て犬の願いを一つだけ叶えてくれるという神さま。 だが、神さまに願いを叶えてもらう前に、一人の青年に拾われ、新しい生活が始まる。 それは、これまで体験したことのない心地よい時間で……。 それでも別れはやってくる。  ――神さま、まだ願いは叶えてくれる……?  ※表紙はフリーイラストを加工したものです。

処理中です...