半笑いの情熱

sandalwood

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2001年・秋

第49話「馬鹿げたレクリエーション」

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 九月。夏休みが終わり二学期に入っても、私は首藤に嫌われ続けた。
 一ヶ月会わずにいたら彼の気持ちもおさまるだろうなどという都合のよい想像はしていなかったが、またあの不細工な面――光蟲など比較にならないほど、首藤の面は醜悪なものだった――と顔を合わせ、程度の低い嫌がらせをされるのかと考えると、思わずため息が漏れた。

 二学期の初登校日、周囲のクラスメイトの態度が少しばかりよそよそしくなっている印象を受けた。挨拶をすれば普通に返してくるし、もとより特別に親しくしている人もいなかったが――この時期は珍しく、"その時々で親しくなる同性"と呼ぶべき友達はいなかった――、一学期と比べてどこか違う気がした。
 やはり、例の答案放り投げ事件が刺激的だったのだろう。厄介なことに、首藤は私以外のクラスメイトからはおおむね好かれていたようで、彼を軽んじるが如き態度をとったことを不快に思った人がいたのかもしれない。

 あとは、夏休み中のきもだめしだろう。
 首藤が生徒たちから好かれるのは、彼の中身の薄いくだらないトークを面白いと感じる愚かな感性の持ち主が多いことと、何かにつけてレクリエーション活動の機会をもうけ、授業が頻繁に潰れたことが理由だろう。レクリエーションは、道徳や体育の授業の代わりに行われることが多かった。
 首藤は四月の初回授業の際に、毎月何かクラス全体でレクリエーション活動をやろうと言い出し、生徒たちにリクエストを募った。最初は彼らも戸惑い気味だったが、一人が言い出すと徐々に様々な意見が挙がってきた。
 結局、多数決により次のようなスケジュールになった。

 四月:遅めのお花見
 五月:こどもの日パーティー
 六月:父の日のプレゼント作り
 七月:水鉄砲大会
 八月:きもだめし
 九月:お団子作り
 十月:ハロウィンパーティー
 十一月:紅葉狩り
 十二月:クリスマスパーティー
 一月:餅つき
 二月:豆まき大会
 三月:ひな祭りパーティー

 おそらくは、「生徒たちとの、また生徒間における活発なコミュニケイションの促進を図り、学校生活を有意義なものにするため」とか、もっともらしい適当な理由付けをして上から許可を得ているのだろうが、そんなことばかりしているからますます他の地区に学力で遅れをとるのである。

 別に、こういうイベントをやること自体が悪いとは言わない。父の日のプレゼント作りやお団子作りなどは家庭科の授業の一環として実施しており、内容的にも悪くない。しかし、さすがに多すぎる。なにも毎月やらなくても、学期末だけとかで十分ではないか。
 これで普段の授業をしっかりやってくれるのであれば構わないが、こういうイベントに精を出すあまり、国語や社会などの肝心な授業は手抜き感があった。
 教科書に沿って進めてはいるものの、どう考えても一年間ですべて終わらないであろう悠長な進め方で、また授業中も、組合の活動やらなにやらでちょくちょく教室から抜けて自習タイムに切り替えるといった間に合わせを行っていた。そのくせ、テストでは授業で扱っていない範囲まで含めて出題していたりするので、生徒からしたらたまったものではない。  

 私のように感じていた生徒も少なからずいたのだろうが、勉強にまるで関心のない大半の生徒たちは授業の進度やクオリティなど気にすることなく、なにがしパーティーなどというつまらない餌に釣られて満足していたに違いない。

 八月のきもだめしは、夏休み中に行われた。
 他の月のように授業時間に行うわけではないため、参加しようがしまいが通知表に欠席を付けられることはない。そういうわけで私は当然行かなかったが、どうやらクラスで参加しなかったのは私だけだったらしい。


「池原くん、きもだめしどうして来なかったの?」
 二つ前の席の上村祐也かみむらゆうやが、わざわざこちらの席まで歩み寄って尋ねてきた。

「別に……授業じゃないし、貴重な休日に、くだらないイベントのために学校来たくないなぁと」
「ふうん、そっか」
 上村は、曖昧な表情を作ったまま自席に戻った。
 そういえば上村は首藤が不在の時でも、しばしば彼を褒めるような発言をしていた。
 大人の前では利口ぶっているが、学力的にはせいぜい中の中程度という残念な男なので、これまで歯牙にもかけてこなかった。


「池原ぁ、ちょっと前に来い」
 二学期初日の授業がすべて終わり、帰りの会を行っている最中、首藤が低い声で言った。
「何か?」
 おもむろに席を立ち、のろのろと前に出る。

「八月のきもだめし、何で休んだ?」
 お前もその話かよとうんざりした。
「何でって、授業日じゃないし」
「そういうことじゃないんだよ!」
 首藤が、私の返答をさえぎって詰問する。
「お前、くだらないとか言ったらしいな」
「えっ?」
「クラスの皆で考えたレクリエーションをくだらないとはなんだ!」

 そう言って首藤は私の胸ぐらを掴み、そして勢いよく前方に叩きつける。背後が机でなく通路だったので、床に思いきり臀部でんぶを打ち付けた。

「考え方を改めろ」
 
 そう言うと、床に倒れ込んでいる私を無視して、何事もなかったかのように帰りの会を再開した。
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