半笑いの情熱

sandalwood

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2001年・春

第44話「虚しきスキル」

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 公立の小学校がどこもそうなのかは分からないが、二年ごとにクラス替えを行うシステムだったので、五年生に進級した際はちょうどそのタイミングだった。

 首藤真純しゅとうますみは、同じ市の別の小学校から異動してきた。
 
 女のような名前だが、よく肥えて脂ぎった丸顔の上に、玉型の大きい銀のメタルフレーム眼鏡を乗せ、だらしなく髭をたくわえた大変にむさくるしい男だった。
 当時、担任など誰でも大差はないと感じていたものの、首藤が担任と知ったときは絶望した。こんな醜悪な面と毎日顔を合わせなければならないと考えると、それだけでため息が漏れた。
 
 他人との関係性の構築に非積極的な性格は、この頃から変わっていない。
 クラスが替わると、それまでそれなりに親しくしていた友達とは驚くほどに交流が乏しくなった。中学校や高校以上に、小学校のクラスという枠組みは強力な磁力を備えているように思えた。

 なぜ私は、あれほどまでに首藤に嫌われたのだろうか。

 彼は他の生徒にも問題のある言動をとっており、また、授業もおおむね面白半分の劣悪なものだったので、そもそも人間的に塵芥じんかいたることは疑う余地がなく、だから運が悪かったという考察はいたって妥当なところだろう。
 しかし、それを考慮しても、私が他人を苛立たせたり不快感を抱かせたりする虚しきスキルに長けていたことは認めざるを得ない。

 確かに、集団の中で無難に人間関係を築いたり、与えられた環境の中で居心地の良さを認識することが不得手であることは違いないが、あからさまに周囲の空気を阻害するような言動をとっていたわけではない。少なくとも、最初の数ヶ月はそうだった。今と違って授業も休まず出席していたし、クラスメイトたちとの関係性が特別に悪かったということも、おそらく最初の数ヶ月のうちはなかった。

 当時から、学力に関してだけは尤物ゆうぶつだった。
 中学や高校のように明確に試験結果が貼り出されるわけではないので詳細は不明だが、普段の授業の雰囲気や小テストの結果などから考えて、自分より学力的に上という生徒はおらず、せいぜい少し下のレベルが数名いるというところだった。

 “勉強のできない男だけは、救いようがなく無価値である”という信条を持つ母親により、幼稚園に入る前から公文に通わされ――よく考えれば、これがサバイバル記憶力ゲームに目覚めたルーツかもしれない――、また、小学校入学と同時にそろばん教室にも入れられた。勉強というのは食事や排泄と同様に、日々を送る上で当然行うべきものという思想が刷り込まれていた。
 私は、だから学校で提示される程度の学習内容――国算理社の四科目に限るが――は、特別に気張らずともつつがなくこなしていた。

 勉強も運動も不得手という場合、周囲の生徒や教師から侮られてぞんざいに扱われることはままあるが、私の場合は少なくともその可能性はなく、それにも関わらず盛大ないじめを被ったことは不自然と呼んで差し支えないだろう。
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