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2010年・秋
第24話「熱中できるもの」
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「へぇー、今日行かなかったんだ」
サンシャイン通り沿いの鳥貴族は、私たちのような大学生と思しき若者たちが多くいて騒々しいが、半個室のようなスタイルで仕切られており案外落ち着いて飲める。
「なんかねぇ、妙に引きずっちゃって」
カルピスサワーなど、ジュースとどこが違うのか理解できずにいつも頼むのを躊躇するが、飲んでみると案外美味しいものだ。
「まあ、人数足りてるなら良いんじゃないの? 補欠の女の子いて良かったね」
私に便乗して、光蟲もピーチサワーなぞを飲んでいる。
「結局、秋は五戦して二勝三敗。まだ一度も勝ち越せてないんだよなぁ」
一年次は、春季は補欠で二局打つも二敗、秋季は人手不足のために五将として全試合出場したが、二勝五敗と厳しい結果だった。
春は、主将で出場していた白眉さんの計らいで二局変わってもらったのだが、手合い違いが甚だしく、まるで碁にならなかった。なぜに主将枠で出ることになったかと言えば、その二戦とも主将の相手が元院生――“院生”というのは、囲碁のプロ棋士養成機関に所属する人々を指す呼称だ――の卓越した棋力の打ち手だったからである。
白眉さんもネット碁六段格とアマチュアとしてはそれなりの強者であるが、元院生の中でも上位に位置していたセミプロ級の彼らに勝てる可能性はほぼ皆無であり、どのみち黒星が付くことは確定していたようなものだった。負けるとわかっている勝負に自ら挑むのが億劫で、ちょうど良いから経験という名目で私を投入して自身が完敗する惨事を回避しようという意図であったとすれば、白眉さんもなかなかどうして悪賢いものだ。
「悦弥くんでもなかなか勝てないとは、ずいぶんと猛者揃いのようですなぁ」
キャベツ盛りをバリバリと口に含みながら、光蟲が少しの同情を込めて言った。
「この前、一度も勝てなかった大学院の先輩に初めて勝ててさ、結構力ついたかなと思ってたんだけど、まだまだ弱いわ」
箸でのろのろとキャベツをつまみながらジョッキに手を伸ばすと、もうほとんど残っていなかった。
「でも、俺は羨ましいかな。それだけ熱中できるものがあって」
飲み食いする手を止め、真剣な表情で答える。
「熱中か。まあ確かに、明らかに学業よりも気合い入れてやってるからね」
「俺はそういうものないから、結果がどうであれすごいと思うよ。だって、小学生のころからやってるんでしょ? それだけ長く続けられるって良いよなぁ」
本格的に囲碁を始めたのは、小学五年の時だった。
中学一年の終わりごろに日本棋院のジュニア教室で初段になったものの、なかなか勝てなくなったことでモチベーションが低下し、中学二年の夏に囲碁をやめた。大学に入学してから再開するまでにはずいぶんと長いブランクがあったが、最近は四年以上もやめていたことが嘘のように思えるほど、囲碁に対して真剣に、かつ情熱を持って取り組んでいたように思う。
「年間百五十回も映画観に行ってるのは、熱中って言うんじゃないの?」
半笑いを浮かべながら、アルコールを追加するためにテーブルの端のボタンを鳴らす。
「いやー、映画はまあ好きだけど、惰性で観てる側面も強いからね。新しい映画は大体チェックしてるけど、つまんなかったら爆睡だし」
程なくして、疲労が色濃く顔に表れたアルバイトらしき店員がやって来たので、自分用のハイボールと光蟲の生ビールを注文した。
「あと、大豆の冷やっことネギ味噌チキンカツと豚バラの串焼きお願いします」
「じゃあ、なんこつ唐揚げも追加で」
相変わらずの食欲に感心し、つられて私もオーダーする。
大学生風の店員が、うんざりした表情でメモを取っていた。
サンシャイン通り沿いの鳥貴族は、私たちのような大学生と思しき若者たちが多くいて騒々しいが、半個室のようなスタイルで仕切られており案外落ち着いて飲める。
「なんかねぇ、妙に引きずっちゃって」
カルピスサワーなど、ジュースとどこが違うのか理解できずにいつも頼むのを躊躇するが、飲んでみると案外美味しいものだ。
「まあ、人数足りてるなら良いんじゃないの? 補欠の女の子いて良かったね」
私に便乗して、光蟲もピーチサワーなぞを飲んでいる。
「結局、秋は五戦して二勝三敗。まだ一度も勝ち越せてないんだよなぁ」
一年次は、春季は補欠で二局打つも二敗、秋季は人手不足のために五将として全試合出場したが、二勝五敗と厳しい結果だった。
春は、主将で出場していた白眉さんの計らいで二局変わってもらったのだが、手合い違いが甚だしく、まるで碁にならなかった。なぜに主将枠で出ることになったかと言えば、その二戦とも主将の相手が元院生――“院生”というのは、囲碁のプロ棋士養成機関に所属する人々を指す呼称だ――の卓越した棋力の打ち手だったからである。
白眉さんもネット碁六段格とアマチュアとしてはそれなりの強者であるが、元院生の中でも上位に位置していたセミプロ級の彼らに勝てる可能性はほぼ皆無であり、どのみち黒星が付くことは確定していたようなものだった。負けるとわかっている勝負に自ら挑むのが億劫で、ちょうど良いから経験という名目で私を投入して自身が完敗する惨事を回避しようという意図であったとすれば、白眉さんもなかなかどうして悪賢いものだ。
「悦弥くんでもなかなか勝てないとは、ずいぶんと猛者揃いのようですなぁ」
キャベツ盛りをバリバリと口に含みながら、光蟲が少しの同情を込めて言った。
「この前、一度も勝てなかった大学院の先輩に初めて勝ててさ、結構力ついたかなと思ってたんだけど、まだまだ弱いわ」
箸でのろのろとキャベツをつまみながらジョッキに手を伸ばすと、もうほとんど残っていなかった。
「でも、俺は羨ましいかな。それだけ熱中できるものがあって」
飲み食いする手を止め、真剣な表情で答える。
「熱中か。まあ確かに、明らかに学業よりも気合い入れてやってるからね」
「俺はそういうものないから、結果がどうであれすごいと思うよ。だって、小学生のころからやってるんでしょ? それだけ長く続けられるって良いよなぁ」
本格的に囲碁を始めたのは、小学五年の時だった。
中学一年の終わりごろに日本棋院のジュニア教室で初段になったものの、なかなか勝てなくなったことでモチベーションが低下し、中学二年の夏に囲碁をやめた。大学に入学してから再開するまでにはずいぶんと長いブランクがあったが、最近は四年以上もやめていたことが嘘のように思えるほど、囲碁に対して真剣に、かつ情熱を持って取り組んでいたように思う。
「年間百五十回も映画観に行ってるのは、熱中って言うんじゃないの?」
半笑いを浮かべながら、アルコールを追加するためにテーブルの端のボタンを鳴らす。
「いやー、映画はまあ好きだけど、惰性で観てる側面も強いからね。新しい映画は大体チェックしてるけど、つまんなかったら爆睡だし」
程なくして、疲労が色濃く顔に表れたアルバイトらしき店員がやって来たので、自分用のハイボールと光蟲の生ビールを注文した。
「あと、大豆の冷やっことネギ味噌チキンカツと豚バラの串焼きお願いします」
「じゃあ、なんこつ唐揚げも追加で」
相変わらずの食欲に感心し、つられて私もオーダーする。
大学生風の店員が、うんざりした表情でメモを取っていた。
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