ボールの行方

sandalwood

文字の大きさ
上 下
15 / 18

第15話「ポケットの中の夢」

しおりを挟む
 僕の悪いくせは、夢中になるとまわりが見えなくなることだ。

 学校の図書室でも、問題を解くのに集中していると帰りのチャイム――最終下校時刻が十七時半で、十分前にチャイムが鳴る――に気づかないことがある。
 声をかけられてあわてて帰りの支度をすることもあるけれど、橘さんはたまに気をつかって下校時間が過ぎても待っていてくれることもあり、そのときはすでに閉まっている正門からではなく、職員用の裏門まで送ってくれる。

 僕は、だから前方に気配を感じたときも、すごく無防備に顔をあげた。 
 視線の先には、用を足してすっきりした様子の男がいた。
 
 もといた場所に帰ってくる。当たり前のことなのに、とてもびっくりした。そして、すぐさましまったと思う。いつ戻ってくるかわからないのに、もう少し前を気にしているべきだった。そういえば前回とまるで同じ流れだな。

 男の顔に笑みはなく、でも怒っているわけでもなさそうだった。なんと形容するのが適切かわからないが、僕がいまここにいることに対する率直な疑問を表したような顔つきだった。なぜか、さっき見ていた車椅子に乗った女性のくしゃくしゃの笑顔を思いだした。

 立ち上がったところで、頭突き。二ヶ月前に体験した不可解な出来事が頭をよぎる。僕はまたゴンゴンと、男の卵型の頭部にノックアウトするのだろうか。それは嫌だ。受験をすっぽかして前回の二の舞だなんて、そんなのあんまりすぎる。
 どうする、どうする。一瞬の間に思考が脳を駆けめぐる。でも、良い策が見つからない。男がつぶやいていた奇妙な言葉たちが、思考をさまたげた。



「アイ・ハヴァ・バッグ」

 立ち上がり、右手にトートバッグを持って言った。もうやけくそだ。

「アイ・ハヴァ・ブック」

 続いて、手元のガイドブックを左手に持って言う。

「Oh, Book & Bag」

 本場の発音っぽい感じで口にだしながら、本とトートバッグを交差させる。われながら、なにをやっているんだろう。

 僕のピコ太郎モノマネが終わると、男はポケットをゴソゴソと探って、なにかを取りだした。



「アイ・ハヴァ・ペン」

 彼が右のポケットから取りだした赤ペンは、この前の夢のなかで使っていたものとまるで同じものだった。思わずぞっとする。

 すると、今度は左側のポケットに手をつっこみ、すっと取りだしてみせた。

「アイ・ハヴァ・ポインター」

 なんと、今度は指示棒。ポケットに収納可能なコンパクトサイズのそれを、男は引っぱって最大の長さにする。
 右手にペン、左手に指示棒。男は、いつもの愉快そうな笑みをうかべている。

 その場に荷物を置いたまま、僕は一目散に逃げだした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃
青春
囲碁棋士になった女の子が『どこでもドア』を作るまでの話。

Missing you

廣瀬純一
青春
突然消えた彼女を探しに山口県に訪れた伊東達也が自転車で県内の各市を巡り様々な体験や不思議な体験をする話

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

アレンジ可シチュボ等のフリー台本集77選

上津英
大衆娯楽
シチュエーションボイス等のフリー台本集です。女性向けで書いていますが、男性向けでの使用も可です。 一人用の短い恋愛系中心。 【利用規約】 ・一人称・語尾・方言・男女逆転などのアレンジはご自由に。 ・シチュボ以外にもASMR・ボイスドラマ・朗読・配信・声劇にどうぞお使いください。 ・個人の使用報告は不要ですが、クレジットの表記はお願い致します。

処理中です...