ボールの行方

sandalwood

文字の大きさ
上 下
10 / 18

第10話「根本にある動機」

しおりを挟む
「お待たせしました、ごゆっくりどうぞ~」

 カウンターで、店員のお姉さんからオレンジジュースを受け取る。
 二十歳はたち前後の大学生ってところか。可愛いというよりは綺麗系、でもクールビューティーという言葉を当てはめるほど冷たい感じのしない顔つきだ。まあ、クールビューティーのクールは、冷たいって意味ではないかもしれないけど。

 駅前のドトールコーヒーはいていた。
 平日だと、この時間はいつもスーツ姿のサラリーマンがたくさんいて、外からのぞいても席はほとんど埋まっている。

 窓際のテーブル席に座って、僕はひとつため息をつく。いかんいかん、お姉さんのルックスの分析をしている場合じゃない。大事な受験の前に、なんでのんきにこんなところで休んでいるんだ。
 腕時計を見ると、九時を少し過ぎたところだった。八時半ごろ家を出たのに、ずいぶん時間を使ってしまった。試験開始は十時。今すぐ店を出て電車に乗れば、まだギリギリ間に合う。受験票には、"遅刻は試験開始二十分まで認めます"と書かれていたから、あと十五分ぐらいは猶予があるだろう。
 ひとまず、目の前のオレンジジュースにストローをとおして口をつけた。果汁百パーセントの甘みがのどの奥まで広がっていく。

 そういえば、なんで中学受験することにしたんだっけ。残り十五分のタイマーを脳内でスタートさせたところで、気をそらすようにして考える。
 直接のきっかけは母さんが勧めてくれたことだけど、決めたのは僕だ。学校説明会に行って雰囲気を気に入って……ううん、もっと前。というより、もっと根本にある動機。

「夢中で今を楽しんでるから、僕、あいつらが好きなのかもしれない」

 ふと、昨日図書室で橘さんに話した言葉がうかんだ。
 これだ。オレンジジュースを飲みほしたところで、僕は確信をもってうなずく。夢中になりたかったんだ。都筑たちが毎日ドッジボールを一生懸命、夢中になってやっているように、僕も飽きるほどなにかに夢中になってみたかった。そういうものが欲しかったのだと、今はわかる。

 クラスのみんなと遊ぶのはもちろん楽しくて、それは確かなことだけど、夢中になるというのとはちょっと違った。どう違うのか、うまく説明はできないけれど。
 受験のための勉強。だけど、実は目の前の一問一問に必死で向き合うことが目的で、試験に受かるかどうかはどうでも良かったのかもしれない。そりゃあ学校見学に行った時は、合格して四月からここに通いたいと思ったけど、夢中で勉強するということが叶ったところで、僕の目的は達成されていた。

 もともとの動機がわかったって、すっきりした気分になった。
 でも、一番の理由はそうじゃなくて……。

 脳内タイマーが鳴ってから、もう十分以上過ぎていた。

 トートバッグから、受験票を取り出す。
 おもむろに破って、レシートと一緒にくしゃくしゃっと丸めた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!

佐々木雄太
青春
四月—— 新たに高校生になった有村敦也。 二つ隣町の高校に通う事になったのだが、 そこでは、予想外の出来事が起こった。 本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。 長女・唯【ゆい】 次女・里菜【りな】 三女・咲弥【さや】 この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、 高校デビューするはずだった、初日。 敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。 カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!

榛名の園

ひかり企画
青春
荒れた14歳から17歳位までの、女子少年院経験記など、あたしの自伝小説を書いて見ました。

処理中です...