ボールの行方

sandalwood

文字の大きさ
上 下
7 / 18

第7話「複雑な気持ち」

しおりを挟む
「じゃあな池下!  明日の受験頑張れよ!」
 金曜日。都筑がいつもどおりのテンションで僕にエールを送る。
「そっか、いよいよ明日かー。バッチリ受かってこいよな!」
 彼の横でボールを抱えた小林が続けて鼓舞すると、教室にいたほかの生徒たちも遠くや近くから応援の言葉をくれた。

「うん、頑張るよ。サンキュー!」
 みんなの声援から、ほんの少しの間を置いて答えた僕の肩をポンとたたいて、都筑が小林たちと廊下に出た。 

 クラスのなかで、一人だけ私立の中学を受験するなんてどこか利口ぶっているようで、人によっては気にくわないと感じてしまいそうだし、場合によっては仲間はずれにされてもおかしくないと思う。日本人は周りに合わせて行動することに安心して、スタンドプレーを嫌う傾向があるからね。母さんや父さんの話をきく限り、どうやらそれは大人でも同じらしい。
 それなのに僕のクラスメイトはみんな優しくて、嬉しいような苦しいような、もしくはむずがゆいような複雑な感情が僕の頭のなかを駆けめぐっていく。ふと、秋に家庭科の調理実習で作った菜の花の天ぷらを思いだした。口のなかがむずがゆくなるような、苦くて馴染めない味だったっけ。

「覚くん。明日だよね、受験」
 席に座ったままぼうっとしていたら、山内さんが教室に戻ってきた。彼女は今日は日直で、職員室に学級日誌を出しに行っていたみたいだ。
「あっ、うん」
「いつも一生懸命勉強してる覚くんに、今さら頑張ってなんて言いにくいけど……ファイトっ」
 そう言ってはにかむ姿に、僕は胸はじわりじわりと高鳴っていった。
 可愛いというより綺麗というほうが似合う顔立ちだけど、今日の山内さんはとても可愛い。
「えっと……ありがとう。頑張るよ」
 なにか気のきいた返しをする余裕も技量も、いまの僕にはなかった。

「今日は金曜だから、これから塾?」
「ううん。今日は休講なんだ。でも、ちょっと図書室寄っていくかな」
「そっか。じゃあ、また来週ね」
 こういうとき山内さんは、じゃあ私も一緒に行くとか、終わるまで待ってるとか、そういうことを軽々しく言ってこない。
「うん、また来週」
「えっと……その……、寒いから、暖かくして寝てね」
 きまり悪そうに微笑んで、日直の仕事の続き――クリーナーにかけた黒板消しで、黒板全体を綺麗にする作業――をする。
 
 廊下を歩きながら、さっき山内さんはなにを考えていたのだろうと、僕は思いめぐらす。クリーナーのやかましい音が、別の教室からも響いてきた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!

佐々木雄太
青春
四月—— 新たに高校生になった有村敦也。 二つ隣町の高校に通う事になったのだが、 そこでは、予想外の出来事が起こった。 本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。 長女・唯【ゆい】 次女・里菜【りな】 三女・咲弥【さや】 この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、 高校デビューするはずだった、初日。 敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。 カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!

GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃
青春
囲碁棋士になった女の子が『どこでもドア』を作るまでの話。

処理中です...