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辺境の地にて

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 そうして、瞬く間に迎えた辺境への出立。既に王都から離れ、数日は経っている。宿を転々とし、馬を休めながら旅路を行く。
 私は馬車に揺られながら、外の景色を眺める。ここ数日は山々に囲まれた光景が流れていくだけで、変わり映えしない光景が続いている。すると、私の向かいに座る侍女がそっと口を開いた。

「お嬢様、もう少しでこの旅路も終わりを迎えますね……」
「あら、どうしたのナタリー。あなたらしくないわ」

 私が辺境伯との婚約を結ぶにあたり、侍女として共に辺境の地に移り住むことを決意してくれたナタリー。彼女は私が幼い頃より仕える、信頼のおける侍女でもある。そして、もうひとり老齢の執事が名乗りを上げた。
 ごく少数精鋭だが、他の使用人達は家族がいる者も多く、そんな彼らに移住を迫るのも心苦しかった。ただ、別れのときは私と言えども、少し寂しかった。

 私が残してきた使用人たちに想いを馳せていると、ナタリーは肩を震わせながら本音を口にする。どうやら王都と違い、辺境の地は山岳地帯のため気候が寒冷なようで、冬を迎えていない現在でも彼女にとっては肌寒いようだ。

「わたし、寒いのは苦手なのです……!」
「冬はまだ先のはずよ?無理をして私に着いて来ることはなかったのに ――」
「お嬢様と離れる方がもっと嫌だったのです!!」
「ふふ、そう言ってもらえて嬉しいわ」

 そんな談笑をしていると、いよいよ荘厳な屋敷が見えてきた。

 長旅を終えた私を出迎えたのは城塞を守る騎士たち、使用人たち。そして ――。
 
「なんて、可愛らしい小さなお姫様」

 私がぽつりと溢した言葉は、どうやら小さなお姫様に聞こえてしまったようだ。彼女は、こぼれ落ちそうな頬を赤く染めている。艶やかな赤毛の髪は結わえられ、丸い瞳は淡い紫色をしていて煌めく宝飾品のようだ。

(な、なんて可愛らしいの……!!)

 私の中で合点がいった。どうして、行き遅れ且つ婚約破棄を受けた令嬢である私に、新たに婚約を申し出てくれたのか。それは、こちらのとてつもなく可愛らしいお姫様をお守りするためだったのだ。

(この契約結婚の意味……!理解しましたわ!)

 すると、執事長が礼儀正しく迎えの挨拶の言葉を口にした。

「リリー様。遠路はるばる、このような辺境の地までご足労頂きまして――。こちらは、ケディック様の一人娘、コルネリア様にございます」

 紹介を受けた小さなお姫様、コルネリア様は幼いながらも丁寧なカーテシーを披露してくれた。まだ、婚約式も行っていない私は彼女からカーテシーをして頂けるような者ではないはず。それだけで、この小さなお姫様がどれだけ不安を抱えているのか、推し量れるというもの。
 私はコルネリア様の目線で屈み、そっと語り掛けた。

「私はリリーと申します。突然、母などと差し出がましいのは重々承知しておりますわ」
「リリー様、」
「ですが、私とお友達になって頂きたいのです」
「……!!喜んで!!」

 満面の笑みを浮かべたコルネリア様に、騎士と使用人はこれでもかと口元を綻ばせたのだった。勿論、私も。
―― ところで、やはりと言いますか。この場にノーマン・ケディック卿の姿はなく、「契約結婚」というのは確実なよう。

(まぁ、そうですわね)

 不意に抱いた寂しさは幻想にすぎない、そう私は自分にいい聞かせた。



 そうして始まる、コルネリア様との楽しい日々。
 私は辺境の地における様々なことを学びながら、空いた時間には必ずコルネリア様と過ごすようになっていった。彼女は年相応の少女のようなときもあれば、勉学に励むときの真剣な眼差しは才覚を予見させる。

「リリー様、今日は本を読んで頂きたいのです」
「えぇ、何の本に致しましょう」
「こちらです!」
「……領地における経済学、」
「はい!」

―― コルネリア様の才能を活かせる場をつくらないと、と使命感に燃える私がいた。
 だが、ある時は――。その夜は風が強く、なかなか眠れずにいた。そんな中、コンコンとノックする小さな音。侍女のナタリーはとっくに使用人へ割り当てられた部屋に帰ったはず。

 私は首を傾げながらもそっと扉を開く。すると、そこに立っていたのは小さなお姫様。コルネリア様は夜の暗い廊下を小さな体で、それもひとりで私の部屋の前までやって来たのだ。
 そして彼女は遠慮がちに、そっと言葉を溢した。

「リリー様、今日は……その、一緒に寝て頂きたいのです。夜が怖くて」
「えぇ、私も今日は少し、寂しいと思っていたところです」

 可愛らしいコルネリア様と、私は眠りについた夜もあったことだ。
 そんな日々が続いた、ある日のこと。コルネリア様は意を決したように、真剣な眼差しを向けた。なんでも私に「お願い」があるのだと言う。

「リリー様!今日は是非、あなたの剣技を見せて下さい!!」
「え……、よろしいの?」
「はい!わたしも辺境伯の娘ですもの!剣は憧れなのです!」

―― なんて、なんて良い子なのでしょう!と、胸の内に感嘆する。王都ではそのような言葉を掛けてもらったことは一度もなかった。

 修練場の一角を借り受け、コルネリア様と案内役の騎士が見守る中。私は剣を握っていた。ドレスから着替え、剣を握る直前にいつも身に着けている手袋を外した。現れるのは、研鑽の証。
 他者から見れば、痛々しいのだろう。コルネリア様も心配そうに私の方を見ている。

「コルネリア様、これは研鑽の証です。私はこの手で、コルネリア様をお守りできればいいと思いますわ」
「リリー様……、」
「守られるだけが、淑女ではありませんもの」

 コルネリア様を安心させるように、私は微笑んだ。
―― ちなみに、常駐騎士との模擬戦は私の圧勝でしてよ。



 それから、季節がひとつ、ふたつと過ぎた。未だ不在のケディック卿は、季節が変わる毎に贈り物をなさってくれる。
 贈られたのは煌びやかな宝石の数々。それだけではなかった。他にも、淑女が好みそうなドレスや髪飾りなど、様々な贈り物 ――。

(申し訳ないけれど、私には不要なものですの)

 私が殿方から避けられる理由のひとつ。それが、私の趣味嗜好にある。女性であれば、目を輝かせるであろう宝飾品に全く興味がないのだ。
―― だって、それさえ与えておけば、なんて見え透いた考えの殿方もいましてよ?それに心動かされる私ではありません。

 ふと、目に留まったのは可憐な封筒。

「あら……?お手紙まで」

 なんて細やかな気遣いができる殿方なのか、元婚約者と比べてしまった。元婚約者は一度も、手紙を書いたり、贈り物を寄越したりしなかった。

 ケディック卿からの手紙には、出迎えが出来ず申し訳なかったこと。婚約式には間に合わせるように帰還すること。不便な生活はさせていないか、娘は迷惑をかけていないか、など。どれもこれも、心配した旨の内容が書かれていた。

「なんて、綺麗な字」

 そして、手紙から香る私の好きな花の匂い。

「これでは、勘違いしてしまいそうだわ」

 遠く離れた辺境の地。少しだけ心が風邪をひいたみたい。そんな中での温かな手紙は、私の心を癒すには十分だった。
 すると、コンコンとノックが響く。私は返事をし、来客を迎えた。おずおずと部屋へ入ってきたのはコルネリア様だった。

「リリー様……?」
「あら、コルネリア様」
「どうかされたのですか?」
「いえ、頂いた贈り物が素敵で ――」

 私を心配するような眼差しを向けるコルネリア様。―― おっと、いけません。心配をかけては。
 私は咄嗟に、自身の中の寂しさと宝飾品における好みの相違を誤魔化してしまったのだった ――。
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