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第三章 夢の深淵編
27話目 二人、綻びを綴る(五)
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* * *
さながら神隠しに遭った見藤。社を後にした二人が目にしたのは、鬱蒼とした林に囲われた境内だった。
目の前に広がる光景を目にした見藤は、思わず言葉が漏れる。
「これは、……どうやって帰ればいいんだ」
「………………」
「あ、霧子さんのせいじゃない、責めてる訳じゃないからな」
「……分かってるわよ」
霧子の拗ねたような雰囲気を察した見藤。すかさずフォローを入れた。
周囲は鬱蒼としているものの、幸い人の手によって管理されているようだ。
参道の脇道に雑草は生えておらず、その先の手水舎は澄んだ水が流れ、柄杓は整頓されている。そして、参道の先には鳥居が二つ、悠然とそびえ立っていた。
見藤は霧子から自身を祀る社があるとは聞いていた。だが、ここまでしっかりと奉られているとは思っていなかった。昔、霧子のことを記した文献などを調べていた時期でも、彼女がどのように祀られているかまで気が回らなかったこともある。
人から奉られる土着信仰の怪異。そうだとすれば、何故、彼女の姿や人格でさえも書き換えられるような認知の及び方をしたのか、腑に落ちない。
しかし、見藤の考究など無用だと言うように、霧子は首を横に振った。
「信仰は廃れるものよ。人が老い、去れば――信仰する人の数も減っていくもの。特に、現代人は信仰そのものに意味を見出さないから」
そう話す霧子は振り返り、社を見上げている。その姿はどこか寂しげであるように、見藤の目に映った。そっと、霧子の手を優しく取る。その手の傷は彼女が言った通り、すでに綺麗に治っていた。
見藤は霧子を見つめ、言葉を紡ぐ。
「帰ろうか、霧子さん。一緒に」
その声は酷く柔らかい。
霧子は見藤の言葉、声に得も言われ感覚を抱く。掛けられた言葉に鼻の奥がつんとする。唇が震えて上手く閉じられない。霧子はそんな心情を隠すように、そっぽを向いた。
すると、見藤が手に持っていたスマートフォンが鳴った。幸い、ここは電波が繋がっているようだ。
――忘れていた。途中まで斑鳩と通話をしていたこと。そして、目の前で唐突に姿を消した見藤と霧子を心配しないはずがない、あの二人。
見藤はいつものように着信を取り、スマートフォンを耳に当てた。
「は、……いっ!!??」
『もうっ!!!! 一体どこに行ったんですかっ!!!』
『ちょっと、繋がった!!?? ねぇ、繋がったん!!?』
電話に出た瞬間。聞こえてきた、あまりに大きな声。キーーーーン……、と音割れを起こし、見藤の耳に相当なダメージを負わせた。
耳へのダメージから、小さく震える見藤。そんな彼を余所に霧子は「あらあら」と呟きながらも、心なしか嬉しそうだ。
『全く!! あんたって人は!!』『うわぁあーーーーん、見藤さぁあぁん!!』
「…………、賑やかだな」
『誰のせいですか、誰の!!』『うぇ、ひぐ、霧子さぁあぁあーーーん!! どこぉ……』
電話から漏れ出す、久保の怒り文句。その後ろで大声を出しながら泣いている東雲。二人の声が更に音割れを起こす。見藤は申し訳なく思いつつも、さっと耳を離した。
「まぁ、とにかく二人共無事だ。……心配かけたな」
『そうじゃなかったら、もっと怒ってますよ!! で、今はどこにいるんですか!?』
「………………どこだろうな。俺にもさっぱり分からん」
『はぁ!?』
キーーーーン……。見藤は思わず目を瞑り、天を仰いだ。
霧子はちょいちょい、と手招きをする。参道の先、そして鳥居の先を指差した。大方、神社の名前が書かれたものがあるのだろう。
見藤は久保に少し待つように言うと、歩きながら鳥居の先を目指す。
「お、あった」
そこに書かれている神社の名を久保に伝える。すると、流石というか何というか。久保は、すぐさまその場所がどこであるのか調べたようだ。
見藤は所在地を聞くと、ぽりぽり頬を掻いた。――神社は事務所から遠く離れた地だったのだ。
「どうやって帰るかな……」
「無一文だものね」
悪気のない霧子から発せられた、とどめの一言に見藤は項垂れる。
久保は電話越しに、スマートフォンでの決済方法などを提案する。だが、見藤には難しいと早々に判断されたのか、大きな溜め息が電話越しに聞こえてきた。
見藤は少しむっとするが、その通りなので何も言えなかった。
そこでふと、思いつく。猫宮に財布をここまで運んでもらえばよいのだ。火車である猫宮が本来の姿をとり、空を駆ければ事が早いだろうとの算段だ。
「あー、猫宮……?いるか?」
『んだよ』
「……頼む」
『ったく、しょうがねぇなぁ。帰りに美味い物を食わせろ』
「……分かった」
交渉は成立した。猫宮がこちらに来るまで、ここの境内でゆっくり待とう、そう思い霧子を見やる。
霧子は見藤の案に賛成のようだ、うんうんと嬉しそうに頷いている。
そうして、二人は鳥居をくぐる。見藤は鳥居の端を、霧子は鳥居の真ん中を。
参道を歩き、拝殿へとたどり着くと霧子はそこに設けられた階段に腰かけた。そんな彼女に見藤は少し困ったように笑い、彼女の前に佇む。
二人は離れていた時間を埋めるように。お互いの気持ちを知るために、言葉を紡ぐのだった。
さながら神隠しに遭った見藤。社を後にした二人が目にしたのは、鬱蒼とした林に囲われた境内だった。
目の前に広がる光景を目にした見藤は、思わず言葉が漏れる。
「これは、……どうやって帰ればいいんだ」
「………………」
「あ、霧子さんのせいじゃない、責めてる訳じゃないからな」
「……分かってるわよ」
霧子の拗ねたような雰囲気を察した見藤。すかさずフォローを入れた。
周囲は鬱蒼としているものの、幸い人の手によって管理されているようだ。
参道の脇道に雑草は生えておらず、その先の手水舎は澄んだ水が流れ、柄杓は整頓されている。そして、参道の先には鳥居が二つ、悠然とそびえ立っていた。
見藤は霧子から自身を祀る社があるとは聞いていた。だが、ここまでしっかりと奉られているとは思っていなかった。昔、霧子のことを記した文献などを調べていた時期でも、彼女がどのように祀られているかまで気が回らなかったこともある。
人から奉られる土着信仰の怪異。そうだとすれば、何故、彼女の姿や人格でさえも書き換えられるような認知の及び方をしたのか、腑に落ちない。
しかし、見藤の考究など無用だと言うように、霧子は首を横に振った。
「信仰は廃れるものよ。人が老い、去れば――信仰する人の数も減っていくもの。特に、現代人は信仰そのものに意味を見出さないから」
そう話す霧子は振り返り、社を見上げている。その姿はどこか寂しげであるように、見藤の目に映った。そっと、霧子の手を優しく取る。その手の傷は彼女が言った通り、すでに綺麗に治っていた。
見藤は霧子を見つめ、言葉を紡ぐ。
「帰ろうか、霧子さん。一緒に」
その声は酷く柔らかい。
霧子は見藤の言葉、声に得も言われ感覚を抱く。掛けられた言葉に鼻の奥がつんとする。唇が震えて上手く閉じられない。霧子はそんな心情を隠すように、そっぽを向いた。
すると、見藤が手に持っていたスマートフォンが鳴った。幸い、ここは電波が繋がっているようだ。
――忘れていた。途中まで斑鳩と通話をしていたこと。そして、目の前で唐突に姿を消した見藤と霧子を心配しないはずがない、あの二人。
見藤はいつものように着信を取り、スマートフォンを耳に当てた。
「は、……いっ!!??」
『もうっ!!!! 一体どこに行ったんですかっ!!!』
『ちょっと、繋がった!!?? ねぇ、繋がったん!!?』
電話に出た瞬間。聞こえてきた、あまりに大きな声。キーーーーン……、と音割れを起こし、見藤の耳に相当なダメージを負わせた。
耳へのダメージから、小さく震える見藤。そんな彼を余所に霧子は「あらあら」と呟きながらも、心なしか嬉しそうだ。
『全く!! あんたって人は!!』『うわぁあーーーーん、見藤さぁあぁん!!』
「…………、賑やかだな」
『誰のせいですか、誰の!!』『うぇ、ひぐ、霧子さぁあぁあーーーん!! どこぉ……』
電話から漏れ出す、久保の怒り文句。その後ろで大声を出しながら泣いている東雲。二人の声が更に音割れを起こす。見藤は申し訳なく思いつつも、さっと耳を離した。
「まぁ、とにかく二人共無事だ。……心配かけたな」
『そうじゃなかったら、もっと怒ってますよ!! で、今はどこにいるんですか!?』
「………………どこだろうな。俺にもさっぱり分からん」
『はぁ!?』
キーーーーン……。見藤は思わず目を瞑り、天を仰いだ。
霧子はちょいちょい、と手招きをする。参道の先、そして鳥居の先を指差した。大方、神社の名前が書かれたものがあるのだろう。
見藤は久保に少し待つように言うと、歩きながら鳥居の先を目指す。
「お、あった」
そこに書かれている神社の名を久保に伝える。すると、流石というか何というか。久保は、すぐさまその場所がどこであるのか調べたようだ。
見藤は所在地を聞くと、ぽりぽり頬を掻いた。――神社は事務所から遠く離れた地だったのだ。
「どうやって帰るかな……」
「無一文だものね」
悪気のない霧子から発せられた、とどめの一言に見藤は項垂れる。
久保は電話越しに、スマートフォンでの決済方法などを提案する。だが、見藤には難しいと早々に判断されたのか、大きな溜め息が電話越しに聞こえてきた。
見藤は少しむっとするが、その通りなので何も言えなかった。
そこでふと、思いつく。猫宮に財布をここまで運んでもらえばよいのだ。火車である猫宮が本来の姿をとり、空を駆ければ事が早いだろうとの算段だ。
「あー、猫宮……?いるか?」
『んだよ』
「……頼む」
『ったく、しょうがねぇなぁ。帰りに美味い物を食わせろ』
「……分かった」
交渉は成立した。猫宮がこちらに来るまで、ここの境内でゆっくり待とう、そう思い霧子を見やる。
霧子は見藤の案に賛成のようだ、うんうんと嬉しそうに頷いている。
そうして、二人は鳥居をくぐる。見藤は鳥居の端を、霧子は鳥居の真ん中を。
参道を歩き、拝殿へとたどり着くと霧子はそこに設けられた階段に腰かけた。そんな彼女に見藤は少し困ったように笑い、彼女の前に佇む。
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