禁色たちの怪異奇譚 ~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異の困りごと、解決します~

出口もぐら

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第三章 夢の深淵編

27話目 異変(五)

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 ことの発端はSNS上の夢日記。その認知の広まりに呼応するように、今度は伝播する夢。伝播する夢は、見続けると悪夢に変わることが多いようだ。
 悪夢を見続けると、夢と現実の狭間を移ろい、どちらが現実での出来事なのか判断がつかなくなる。

 そして、人の奥底に眠る本性が凶暴性であった場合、その衝動が現実となる。そうして更に、夢に呑まれた者は昏睡状態となる。数は増える一方だ。それは若年層に多い。――ここまでが判明していることだ。


 何をきっかけにそうなるのか、未だ不明な点が多い。そして、認知の操作を得意とする斑鳩いかるが家でさえ、広まる認知に対抗するには遅れを取っている。
 もしかすると、既に夢日記を記すことなど、関係ないのかもしれない。ここまで大衆の認知が広まれば、その事象を目にし、知る者であれば夢に囚われてしまうのかもしれない。そうなれば、その被害は莫大な数になる。

 見藤はことの大きさに、眉間を押えたままだ。白澤はくたくの一件以来、摂理を揺るがすような重大な出来事は勘弁願いたいと思った矢先だ。

 斑鳩はそんな一大事件などつゆ知らず。眉間を押える見藤をどうかしたのかと眺めている。そして、疑問をそのまま口にした。

「ここまでの規模の異変。それを引き起こす怪異なんているのか?」
「そこら並みの怪異ではないが――、いる」
「何だ……?」

 見藤はとうに答えに辿り着いていた。その存在の名を口にする。
 すると、斑鳩は面白おかしいと言わんばかりに、豪快に笑った。ひとしきり笑い、気が済むと見藤を見据える。

「おい、見藤。お前が冗談を言うようになるとはなぁ」
「はぁ……冗談じゃない。大真面目だ」

 見藤の真剣な眼差しに、斑鳩は冗談ではないと思い改めたようだ。

「まさか――」
「いるんだよ、この時代にもまだ」
「……

 斑鳩が驚くのも無理はない。見藤はそう思い、目を伏せた。

 牛鬼からその存在を聞かされていたほどではない。そこら並みのまじないを扱う者達 ――その者達をまじない師とでも呼称しよう。
 まじない師達の間では、神獣など伝承上の生き物だ。そして、神獣は神の一端。神と呼ばれたものなど、とうにいなくなったこの世だ。その名でさえ、借り物のように扱われている現代。


 斑鳩からすれば、神獣の有無を聞くことになろうとは思ってもみなかったのだろう。いぶかしむように首を傾げた。だが、見藤の言う事は本当だろうと、己の中の常識と戦っているのか、険しい表情を浮かべている。
 見藤でさえ、いざ目の前にしたとき、その存在に目を疑ったものだ。先の事件を思い返し、口にした言葉は疲労を滲ませていた。

「まぁ、色々あったんでな」
「……お前も大概だな」

 困ったような笑みを見せた見藤に、斑鳩は少し呆れたような笑みを返す。


 斑鳩はしばしの時間、思考に身を投じる――。
 斑鳩は自身が警察組織本部で出世頭だと自覚している。そして、周囲も、そうはやしし立てる。だが、斑鳩からしてみれば、見藤の方がよほど傑出けっしゅつした力量を隠し持っているように思う。
 ただ、見藤本人はそれを自覚しておらず、目立って力を振るおうとはしない。いつもこうして、見藤が「面倒事」と呼ぶ、他者から言わせてみれば大事件に巻き込まれる方が多いのだ。

 斑鳩は情報を咀嚼し、飲み込む。次なる一手に思考を切り替えた。

「あとはそいつをどう取っ捕まえるか、だな」
「それが難儀なんだ……。まず、居場所が分からない」

 そう言って、見藤は肩をすくめた。
 白澤の時と違い、この神獣は実体を顕現させていない。今回は夢という目には視えない物を媒体とし、事件を引き起こしている。居場所を突き止めるには骨が折れそうだ。

 考え込む見藤を尻目に、斑鳩はまたもやそっとローテーブルを寄せた。そして、思い出したかのように声を上げる。

「あ、そうそう。お前は見ていないよな? SNSで拡散された夢日記」
「……そういうのはうといんだ」
「わっはっは!! そうか、スマホも電話とメッセージのやりとりしか使えないタチか」
「…………笑うな」

 斑鳩の豪快な笑い声に、見藤は機器にうといことが気恥ずくなり、少しだけ眉を下げた。――二人の会話は小難しい話から世間話へ変わる。

 斑鳩は人懐っこい笑みを浮かべながら、話を続ける。


「お、それで思い出した。言い忘れていたが、今は例の事件のことよりも別のものに注目が集まってるぞ」
「ん?」
「お前、こういうものに疎いのは仕方ないが……。と、悪い」

 突然、鳴り始めたスマートフォン。斑鳩のものだろう。斑鳩は何かを言いかけたが、その先の言葉を見藤が聞くことはなかった。


 斑鳩は見藤と霧子がどのような繋がりがあるのか、知らない。斑鳩からすれば、怪異の女に恋慕の情を抱く悪友と、そんな彼に取り憑いている怪異。その程度の認識だ。
 斑鳩が見藤に伝えようとしたこと――。それは斑鳩の中で、ほんの些細な出来事に過ぎなかったのだ。

――怪異は認知によって、その存在の有無を左右される。時には望まぬ力を持つことがある。そのことが、見藤と霧子にとって重大なことであるとはつゆ知らず。


 斑鳩は通話を終えたようだ。スマートフォンをポケットにしまうと、すっと立ち上がった。

「悪い、戻るわ」
「あぁ」

 そうして、簡単な別れの言葉を交わすと、見藤は斑鳩を見送った。
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