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第三章 夢の深淵編
25話目 藪の中の荊の生さぬ仲(五)
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* * *
それから数日後。
見藤は霧子と何度も話し合いを行い、彼女を説得しようと努めた結果――。事務所には沙織の姿があった。
見藤は沙織を皆に紹介する。
「えー。しばらくうちの事務所に出入りするから、よろしく頼む」
「沙織です」
沙織は霧子を前にして多少、萎縮してしまっている。だが、その表情は心なしか明るいように窺える。
そして、仏頂面でそう話した見藤の頬には、平手打ちをされたであろう赤い痕が痛々しく残っていた。そんな見藤に対してソファーに座り腕組みをしている、あからさまに機嫌が悪い霧子。
これは誰がどう見ても、見藤の頬に平手打ちの痕を残したのは霧子だろうと理解できる。
目の前の状況に目を白黒させているのは、久保と東雲の二人と猫一匹だ。如何せん、頭で処理する情報が多すぎる。
ただ、一言。東雲の言葉が全てを物語っていた。
「余計に拗れとる」
「ばっか、正直に言うなよ!」
東雲の容赦のない言葉が、見藤と霧子に突き刺さる。慌てて久保が東雲を咎めるが、時すでに遅し。
猫宮は久しぶりに事務所に戻ると、新たに居ついた怪異を一瞥する。その次には大きく溜め息をつく。
「見藤ォ……お前またやらかしたのか。怪異たらしめ」
「違う。今回ばかりは、俺は悪くない」
「お前がはっきりそう言うとは珍しいなァ」
猫宮の茶化しにも応じない見藤は依然、仏頂面だ。見藤のその言葉を聞いた霧子は、おもむろに立ち上がり、瞬く間に姿を消してしまった。
見藤と霧子。二人の険悪な雰囲気に久保は、あわあわと動揺している。そして、流石に沙織も思う所があったのだろう。事務机に向かっている見藤を振り返ると、少女らしからぬ助言を贈るのだった。
「思っていることは伝えられるうちに、伝えておいた方がいいよ」
沙織の言葉を受け、気まずそうに見藤は小さく呟く。
「……まぁ、いずれな」
見藤は心情を誤魔化すように首の後ろを掻いた。しかし、沙織は言葉を続ける。
「ちゃんと言わないと伝わらない。伝えようとしたときには、傍にいないかもしれない。本当はおじさんがお姉さんのこと、すごく大切に思ってるってこと。でも人には人の、譲れない何かがあるってこと」
「ん、……お高いカステラで勘弁してくれ。霧子さんには言うな」
「了解」
こうして見藤は沙織に高い口止め料を払うことになった。
今日は沙織を久保と東雲に紹介する場だったのだが、意図せず険悪な雰囲気にしてしまったと、見藤は皆に謝罪する。すると、またもや東雲から厳しいお言葉が飛んできた。
「早う、霧子さんと仲直りして下さいね」
「全くですよ」
見藤から出されたカステラを頬張りながら、そう悪態をつく久保と東雲は一体誰に似たのやら。
久保と東雲は新しくできた妹分とも呼べる沙織が可愛いのか、さっそく世話を焼いている。カステラを分け与えようとしたり、飲み物はいならいか、など甲斐甲斐しい。そんな裏表のない好意が嬉しいのか、沙織も満更でもなさそうだ。
「……できた助手達だな」
机に頬杖をつきながらそう呟いた見藤は、彼らがこの先も今のまま心穏やかに過ごせるように願うのだった。
しかし、それは自分が直面している、霧子と喧嘩別れをしてしまったという難題に目を背けているだけだ。その難題を思い返すと、見藤は頭を抱えてしまう。
そんな見藤を尻目に、沙織を温かに迎え入れた久保と東雲は楽しそうに交流を深めている。前回タルトを食べ損なった猫宮に東雲が気を利かせ、猫缶を開けてやろうと、少しその場を離れる。
すると、沙織は久保を見つめて何やら意味深な言葉を投げかけていた。
「お兄さんは、私と同じだったんだね」
「ん?」
「孤独を抱えてた」
「…………今は、違うよ」
「そうみたいだね」
「大丈夫だよ、心配ありがとう」
そう言って笑う久保はいつも通り、好奇心旺盛で怪異事件に首を突っ込みがちな見藤の助手、そういう顔をしていた。
それから数日後。
見藤は霧子と何度も話し合いを行い、彼女を説得しようと努めた結果――。事務所には沙織の姿があった。
見藤は沙織を皆に紹介する。
「えー。しばらくうちの事務所に出入りするから、よろしく頼む」
「沙織です」
沙織は霧子を前にして多少、萎縮してしまっている。だが、その表情は心なしか明るいように窺える。
そして、仏頂面でそう話した見藤の頬には、平手打ちをされたであろう赤い痕が痛々しく残っていた。そんな見藤に対してソファーに座り腕組みをしている、あからさまに機嫌が悪い霧子。
これは誰がどう見ても、見藤の頬に平手打ちの痕を残したのは霧子だろうと理解できる。
目の前の状況に目を白黒させているのは、久保と東雲の二人と猫一匹だ。如何せん、頭で処理する情報が多すぎる。
ただ、一言。東雲の言葉が全てを物語っていた。
「余計に拗れとる」
「ばっか、正直に言うなよ!」
東雲の容赦のない言葉が、見藤と霧子に突き刺さる。慌てて久保が東雲を咎めるが、時すでに遅し。
猫宮は久しぶりに事務所に戻ると、新たに居ついた怪異を一瞥する。その次には大きく溜め息をつく。
「見藤ォ……お前またやらかしたのか。怪異たらしめ」
「違う。今回ばかりは、俺は悪くない」
「お前がはっきりそう言うとは珍しいなァ」
猫宮の茶化しにも応じない見藤は依然、仏頂面だ。見藤のその言葉を聞いた霧子は、おもむろに立ち上がり、瞬く間に姿を消してしまった。
見藤と霧子。二人の険悪な雰囲気に久保は、あわあわと動揺している。そして、流石に沙織も思う所があったのだろう。事務机に向かっている見藤を振り返ると、少女らしからぬ助言を贈るのだった。
「思っていることは伝えられるうちに、伝えておいた方がいいよ」
沙織の言葉を受け、気まずそうに見藤は小さく呟く。
「……まぁ、いずれな」
見藤は心情を誤魔化すように首の後ろを掻いた。しかし、沙織は言葉を続ける。
「ちゃんと言わないと伝わらない。伝えようとしたときには、傍にいないかもしれない。本当はおじさんがお姉さんのこと、すごく大切に思ってるってこと。でも人には人の、譲れない何かがあるってこと」
「ん、……お高いカステラで勘弁してくれ。霧子さんには言うな」
「了解」
こうして見藤は沙織に高い口止め料を払うことになった。
今日は沙織を久保と東雲に紹介する場だったのだが、意図せず険悪な雰囲気にしてしまったと、見藤は皆に謝罪する。すると、またもや東雲から厳しいお言葉が飛んできた。
「早う、霧子さんと仲直りして下さいね」
「全くですよ」
見藤から出されたカステラを頬張りながら、そう悪態をつく久保と東雲は一体誰に似たのやら。
久保と東雲は新しくできた妹分とも呼べる沙織が可愛いのか、さっそく世話を焼いている。カステラを分け与えようとしたり、飲み物はいならいか、など甲斐甲斐しい。そんな裏表のない好意が嬉しいのか、沙織も満更でもなさそうだ。
「……できた助手達だな」
机に頬杖をつきながらそう呟いた見藤は、彼らがこの先も今のまま心穏やかに過ごせるように願うのだった。
しかし、それは自分が直面している、霧子と喧嘩別れをしてしまったという難題に目を背けているだけだ。その難題を思い返すと、見藤は頭を抱えてしまう。
そんな見藤を尻目に、沙織を温かに迎え入れた久保と東雲は楽しそうに交流を深めている。前回タルトを食べ損なった猫宮に東雲が気を利かせ、猫缶を開けてやろうと、少しその場を離れる。
すると、沙織は久保を見つめて何やら意味深な言葉を投げかけていた。
「お兄さんは、私と同じだったんだね」
「ん?」
「孤独を抱えてた」
「…………今は、違うよ」
「そうみたいだね」
「大丈夫だよ、心配ありがとう」
そう言って笑う久保はいつも通り、好奇心旺盛で怪異事件に首を突っ込みがちな見藤の助手、そういう顔をしていた。
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