禁色たちの怪異奇譚 ~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異の困りごと、解決します~

出口もぐら

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第三章 夢の深淵編

22話目 童、法網をくぐる(五)

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* * *

 それから、数日後。見藤は来栖に今回の協力に少しばかりの謝礼を支払い、ことの行く末を見守っていた。勿論、その間に持ち込まれる依頼をこなしながら――。
 そんな日々の中、今日は依頼の用事も比較的落ち着いている。霧子は頃合いを見計らって事務所を訪れていた。

「で、私に謝礼は? 結構、頑張ったわよ?」
「…………、何をご所望デスか?」

 見藤に謝礼を要求している霧子は生き生きとしている。反対に見藤は少し困ったように眉を下げていた。

 見藤が向かう事務机の正面。霧子は少ししゃがんだ姿勢で、机に頬杖を付きいて見藤の困る様子を楽しそうに眺めている。しかし、そんな見藤も霧子のおねだりの内容を聞くと、その可愛らしい要求に自然と笑顔になるのであった。


 今回、見藤は来栖だけでなく霧子の手も借りていた。正確に言えば、霧子の持つ怪異としての能力だ。その協力がなければ、今回の猿芝居は成功しなかったと言っても過言ではない。

 例の不自然なタイミングで掛かってきた初老の男への電話だ。男はなんら疑うこともなく、親族からの電話だと思い込んだ。そして、その声はその家の決定権を持つであろう現会長だ。
 その会長から物件差し押さえを容認、一時退去するようにと言われれば従うしかないのが家族経営の暗黙の了解とでもいうのだろう。結果、その体質があったために上手くいった。

 霧子の声を真似る、という怪異の能力が大いに生かされた結果だ。それは謝礼は弾まねばなるまい。すると――、
突如として事務机の下から顔を覗かせた少年座敷童の姿。
 
「あの茶菓子はないのか?」
「うお……!?」

 見藤は思わず、驚きの声を上げた。
 よじよじと事務机の下から這い出て来るその様子はいつぞやの光景と重なる。そして、少女座敷童も遊びに来ていたのか、後から続いて出てきた。霧子は子どもの姿をしている座敷童には寛容で、その様子を微笑ましく眺めている。

 見藤は二人そろった座敷童に声を掛ける。

「来てたのか」
「あぁ」

 少年座敷童は短くそう返すと、見藤に向かい礼をした。少年座敷童に倣うように、少女座敷童も礼をしたのだ。一方の見藤は突然のことで、目を丸くしている。
 少年座敷童は頭を上げると、そっと口を開く。

「何か礼を。と言っても、僕らでは家を繁栄させることしかできないけど」

 彼の言葉が意味するのは、依頼が成功したということだろう。
 聞けばあの後、無事に座敷童達はやしろへ帰ることができたという。そして、座敷童達が心配していた子も無事に秋口就職が決まり、早々に家を出たというのだ。

 そして、あの屋敷には不幸は残されていなかった。しかし、何の因果か。あの家が経営する企業の株価は暴落。結果として、あの屋敷は売却されることになったのだ。それに座敷童は関与していないというのだから、人の強欲さが招いたが故の破滅だろう。

 見藤は座敷童の話を聞き終えると、ふっと笑みを溢した。

「気持ちだけで十分だ。ただでさえ婆さんからの頼み事で忙しいんだ。これ以上繁盛させられたら困る」
「そうか。ありがとう」「ばいばい」

 そう答えた見藤に、座敷童達はさらに安堵したような表情を深める。
 それから、座敷童達にあの茶菓子を選別として渡しておいた。それを受け取ると、とても嬉しそうな顔をした後、二人の座敷童は姿を消してしまった。

 座敷童を見届けた後。見藤は溜め息を付きながら深く椅子にもたれ、天を仰いだ。

「ふぅ……、今回は難儀だった」
「でも、結果的によかったじゃない」
「そう、か」
「そうよ」

 霧子の言葉に、見藤は疑問を抱かずにはいられない。

 掟に縛られた妖怪の法網をほうもうくぐる手助けというのは、なかなか骨が折れた。そして、それには人の法を犯す手前まで行かざるを得なかった。
 依頼が終わってみれば、もっと上手い方法はなかったのかと自問自答する羽目になってしまったのだ。

 そして、ある一定の妖怪に役割があると言うのであれば、人の役割とは一体何なのか。そんな人である見藤自身の役割は何なのか――。そんな思いを抱かずにはいられなかった。

(俺は目の前の事で精一杯なんだ。役割なんぞ、そんな大それた事は勘弁だな)

 見藤から言わせてみれば、怪異やそれに連なる相談事を解決すると言っても、ただ目の前の困りごとを解決する、ほんの少しの手伝いをしているだけにすぎないのだ。

 見藤は霧子を見つめ、そっと名を口にする。


「霧子さん」
「ん? 何よ」
「…………何でもない」
「何よ、もう」

 そんな生活の中心に、霧子と過ごす温かな時間があれば十分なのだ。



 後日。久保と東雲は見藤が事務所に戻ったという連絡を受け、早々に。二人は差し入れを持参しようと買い出しに出かけていた。
 すると ―――。

「ねぇ、久保君。あれ、」
「ん? え、あれ見藤さん?」
「何してはるんやろ」
「あの列に並ぶの、結構勇気いると思うんだけど……」
「そうやなあ」

 某有名スイーツ店に並ぶ行列の中に、見藤の姿を目撃したのだ。

 なぜ行列の中に見藤がいるのか分かったかというと、その行列は清々しいほどに女性客ばかりであった。
 そんな中に冴えない中年男性が行列に並ぶというのは、なかなかに勇気がいるものだ。――他人事のように、その光景を眺めながら、久保は思った。実際、並ぶ女性客の視線が痛そうだ。

 久保と東雲はそのスイーツ店を見て、納得したように視線を合わせた。

「あのスイーツ店、見藤さんと霧子さんがデートで行ったお店の系列店や」
「ちょ、僕たちが内緒でついて行ったのがバレたらどうするんだよ!」
「しっ!! 久保君の声の方がおっきいわ!!!!」

 久保をたしなめる東雲の声の方が大きい。
 二人が恐る恐る行列を見やると、聞き慣れた声に顔を上げた見藤と、目が合った。その表情は二人に助け船を求めているようだ。

「あ」
「あー……」「あはは」

 思わず久保と東雲は愛想笑いを浮かべていた。
 そして、行列の空気感に圧倒されている見藤。いたたまれなくなった久保は、見藤の元に駆け寄って声を掛けた。

「見藤さん、僕たちも一緒に並びますから」
「私も」

 久保の提案に東雲も乗りかかる。
 二人の申し出に、見藤は助かったと言わんばかりに安堵の表情を浮かべた。そして、久保と東雲は見藤の腕を引いた。

「横入りは駄目ですから」
「そうやね」
「また並び直しか……。まぁ、そうだな」

 二人に腕を引かれながらその後について行く見藤はどこか困ったような、それでも少し嬉しそうな、そんな表情を浮かべていた。

 仕事柄、怪異や人を欺かざるを得なかった見藤にとっては、人間社会のルールやマナーというものを当然のように守る、この二人の行動に少なからず気持ちが軽くなるのであった。
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