禁色たちの怪異奇譚 ~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異の困りごと、解決します~

出口もぐら

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第三章 夢の深淵編

22話目 童、法網をくぐる

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 季節外れの花火を皆で楽しんだ後、見藤の事務所は再開された。
 怪異調査に追われた夏はとうに過ぎ去り、本格的な秋を迎える。その頃には見藤の仕事も落ち着きを取り戻していた。

 そんな事務所はいつも通りだ。見藤が事務机に向かい、久保と東雲は応接スペースのソファーに座り、一時の休憩を楽しんでいたのだが――。
 きっかけは東雲の一言だった。

「なぁ、最近おかしいと思わへん?」

 その言葉に、休憩がてらコーヒーを飲んでいた久保も頷く。現に今しがた見藤から出された茶菓子がひとつ、減っている。久保自身は食べた覚えがない。
 その茶菓子は見藤のお気に入りで、饅頭のような和風の焼き菓子だがコーヒーとの組み合わせがよいのだと久保と東雲に出してくれたものだ。

 それはぽってりとした丸い形をした焼き菓子で、薄いカステラ生地に包まれた黄色い餡はしっとりとした食感にやさしい甘さだ。そのやさしい甘さと、コーヒーのほろ苦さがなんとも言えない美味しさだ。久保自身も食べた後には自分で購入するほど気に入っていた。

 そんな楽しみにしていた茶菓子が、ないのだ。あからさまに落胆している久保を尻目に、東雲は悠々と自分の分の茶菓子を頬張っている。そして、そんな東雲を恨めしそうに眺める久保。

 最近、事務所内で起こる異変は久保も感じていた。こうして菓子が突然減ったり、どたばたと走り回るような足音が響いたり、子どもの笑い声がふとした瞬間に聞こえてくる。
 かく言う見藤は普段通り過ごしているため害はなさそうだ。久保が尋ねてみても――。

「まぁ、何かしら用事があれば向こうから出て来るだろう。今は俺たちの反応を見て楽しんでいるだけだ」

 見藤は興味なさげに答えるだだった。そして、久保が猫宮に尋ねてみても、面倒くさそうに欠伸をしていた。
 
 久保が思考に身を投じていると、突然――。

「まぁ、思い当たる怪異――、妖怪なんて座敷童ぐらいしか……うわ!」
「どしたん……、うひゃ!?」

 久保は思わず仰け反った。その反応を見た東雲も久保の視線の先にあるものを見てしまい、同じような反応をしてしている。
 ローテーブルの下だ。瞬きもせず、目がこちらをじっとりと見ている。その視線は二つ。

「やっと気づいた」

 そう呆れるように話す怪異の姿は子どもだった。ローテーブルの下から這い出て来る様は、なんともシュールだ。その姿は五、六歳程度の少年の姿をしており、縞模様の黒い着物を身に着けている。
 その少年の怪異は這い出てきたローテーブルの下へ手を伸ばすと、三歳くらいだろうか――少女の手を引いた。その少女も、赤と白を基調とした着物を身に着けており、髪はおかっぱに切り揃えられている。二人が並ぶとなんとも七五三のようだ。

「早く名を呼ばれないかと思っていたよ」

 やや憤慨したように話す少年座敷童は、事務机に頬杖を付いている見藤を一瞥いちべつすると溜め息をついた。その様子に手を繋いでいる少女座敷童も、うんうんと力強く頷いている。

「本当に座敷童や」
「どうも」

 そう呟いた東雲に座敷童は軽く会釈をした。それに東雲も会釈で返す。なんとも不思議な光景だ。

 見藤は相変わらず頬杖をついており、座敷童に尋ねた。

「で、うちの事務所まで遠路はるばる来た理由は?」
「えらく性急だな。お前の評判は聞いているぞ」
「そりゃどうも」

 怪異然り、妖怪の類が見藤の事務所を訪れるということは、何かしら解決して欲しい事柄があるのだ。勿論そのすべてを見藤が解決できるかどうかは依頼内容によるのだが、彼は善処する心積もりである。
 見藤の問いに、少年座敷童は目を伏せながら口を開く。その表情はどこか悔しさに充ちていた。

「取り憑いている家を離れたいんだ。でも、その家に残す不幸は僕らの本意じゃない」

 少年座敷童の話によると、彼らが取り憑いている家は代々商いを営んできたそうだ。現代においてもそれは変わらず、現在では一流企業にも名を連ねるほど大きくなった。しかし、やはりそれだけではこの競争社会、生き残れはしないだろう。
 少年座敷童は言葉を続ける。

「それが、に手を出し始めた。僕らでは人の強欲さは止められない」
「だから、離れる。でも、あの子は関係ないの。何も知らない、知る必要がない」

 そう語る少女座敷童は残念そうだ。

 人の強欲さは底を知らない。そして、その強欲が故に身をも滅ぼすことがある、ということを見藤は知っている。それは最早因果だ、こちらが手を差し伸べ助けてやる義理はない。
 しかし、少女座敷童の言葉に少し引っかかることがあった。久保が尋ねると、少年座敷童が丁寧に説明してくれた。

「あの子?」
「僕たちとよく遊んでくれていた子。もうすぐ成人して家を出るんだ。だからその折を見て、僕たちはやしろへ帰ろうかと考えた。でも、僕たちが家を離れてしまうと、その家に不幸が訪れることは周知の上だろう?」

 少年座敷童がそこまで話すと、見藤が後の言葉を引き継ぎ、座敷童の依頼内容を確認する。

「成程な。その子に不幸が及ばないように、なんとかしてお前達を社に帰せという訳か」
「そうだ」

 少年座敷童は力強く頷いた。
 そして、座敷童は思い出す。その子と共に遊び、何かあれば一緒に悲しんだ時のことを。子どもというのは純粋だ。座敷童はその純粋さが酷く愛おしかった。しかし、子どもはやがて大人になる。その頃にはその純粋さは失われ、世の汚さに打ちのめされることもあるだろう。そうなる前に思い出は綺麗なまま、離れてしまう方がいい。

 そんな思いを抱きながら、少年座敷童は悔しそうに呟く。

「掟だ。掟が僕たちを縛る」

 「掟」その言葉に見藤は眉をひそめる。彼には否が応でも思い出す出来事がある。
 見藤は大きく溜息をつき、口を開く。

「その言葉は嫌いだ」

 その声は驚くほど冷え切っていた。――見藤自身、そのようなつもりで呟いた訳ではなかった。言い終えた後に少し気まずそうな表情をしたが、幸いなことに座敷童達は気にする素振りを見せていない。

「で、……それの抜け穴をつく方法を俺に考えろ、ってことか」
「それを頼みたい」

 なかなか難儀な依頼だ。見藤は眉間を押さえ、大きく溜息をついた。
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