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第二章 怪異変異編
20話目 凶兆、現る
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そうして、その日の夜。
見藤は久保が寝ていることを確認。猫宮にも久保から離れないように念押しし、民家を抜け出していた。民家が点在している一定の場所を離れ、あの雑木林へと近付く。
すると、気配を感じて足を止めた。そして、警戒――。このような田舎だ。街灯はほとんどなく、頼りになるのは月明りだけだ。じっと、暗闇を注視するが夜目が利かない。
「っ、!!??」
見藤は突然、頭に強い衝撃を感じた。衝撃を感じるのと同時に意識が朦朧とする――、軽い脳震盪だ。こめかみから頬へ、何か温かいものが流れる感覚。ふらつき、鼻腔を鉄の匂いが掠めた。
見藤は足を踏ん張り、両手を地面に着いた。咄嗟に膝を折ったため、頭から倒れることはなかったが、視野が狭窄している。肩で粗い呼吸を繰り返し、目の前の状況を理解しようと視線を上げるが、上手くいかない。
揺れる視界にようやく映ったのは、杭打ちハンマーをさらに振りかぶった――、人の影だった。
「見藤さん!!??」
(久保くん……?)
名を呼ぶ声が聞こえた。久保だ。彼は寝ていたのではなかったのか、猫宮は言いつけを守らなかったのか――、言いたいことはあるが、意識が朦朧として口が回らない。
◇
久保は走る。見藤が地面にうずくまるのが見えたのだ。咄嗟に、共に駆けて来た猫宮に向かって叫ぶ。
「頼む!」
「言われなくともなァ!!」
すると、猫宮は本来の姿をとったのだ。火車の姿を晒す。――猫宮にとって、久保と見藤に本来の姿を視られることなど、目前の危機に比べれば些細なことなのだろう。見藤は人の手で傷つけられても良い存在ではない、と言わんばかりに猫宮は怒りを露にし、大きな口を開けて牙を剥き出しにする。
猫宮は杭打ちハンマーを振りかぶった人影に襲い掛かった。大きな猫の手が、人影を地面に押し倒す。
「こいつ……!!」
猫宮はウゥウ……、と猫特有の威嚇音で低く唸った。そして、猫宮によって踏みつぶされた人影の素顔が、月明りに照られて露になる。
「こいつは……!?」
猫宮はその顔を見るや否や、驚きで目を見開く。
その人影は昨日、慰霊碑参り代行の際に引き返した男だったのだ。行方不明になる所か、見藤に危害を加えるとは ――猫宮の怒りにより、牙は更に剥き出しになる。制裁を加えようと牙が男に近付いていく。
しかし、それを止めさせたのは、見藤が呟いた微かな声だった。
「猫宮、待て」
その瞬間、ぴたりと猫宮が動きを止めた。
見藤は駆けつけた久保に体を支えられ、立ち上がる。そして、本来の姿をした猫宮を視た。その姿は猫又というよりも、火車であり荘厳。見慣れない猫宮の姿に見藤は一瞬、驚いた顔をする。だが、傷が痛み、すぐにその表情は苦痛に歪んだ。
「……そいつは、違う」
見藤がそう言い終わるや否や ――。周囲に声が響く。
「こんな時間に、こないな所で何をしとんねや!!」
久保が聞き慣れた人物の声が木霊した。久保は助けが来た、という安心感で息を短く吐く。――しかし、見藤の視線は鋭く、その存在を射抜く。
それに気付かない久保は白沢を振り返り、助けを求める。
「し、白沢!! 手をかしてくれ、見藤さんが……!」
「なんや、何されたん!?」
白沢の姿を一目視た見藤は、白沢に近寄ろうとした久保の腕を即座に引いた。それ以上近寄るなと、ぐっと力を込める。久保はなぜ見藤がそういった行動を取るのか理解できず、戸惑いの表情を浮かべている。
しかし、目の前に佇む白沢は、見藤の行動がどういう意味であるのか理解している様子だ。心配を装った表情をしていたが、徐々にその表情は崩れていく――。
「あーあ、やっぱその眼で視られたら一発でバレてしまうか。だから会わんようにしとったに。てか、入り口の侵入者用の罠をいじったのは、おっさんの仕業か。あれ、苦労したんやで?」
残念そうに話す白沢。未だ状況が理解できていない久保を見て、にやけた笑みを絶やさない。
――実のところ、見藤は内心えらく動揺していた。
見藤の目に視える、本来の白沢の姿。それは大昔に姿を消したはずではなかったのか、と。しかし、今まさに目前に害を成す者として存在している。
その動揺を気取られないようにするため、見藤は白沢に尋ね、話題を逸らす。
「どうして、久保くんに……、付き纏っている?」
「んー? ただの興味本位。いやぁ、吉兆の印である俺でも驚くほど運がええ」
白沢の答えに、見藤は眉を顰める。
そして、久保は困惑した表情を浮かべていた。――見藤と白沢。彼らは一体、何の話をしているのか。同じ言葉を話しているはずだが、到底理解が及ばなかった。
すると、白沢はに下卑た笑みを絶やすことなく、言葉を続けた。
「だって、久保。お前なぁ……本当やったらあの日、迷い家に憑り殺されるはずやったんやで?」
――迷い家。
それは、久保が偶発的に遭遇した怪異。久保を襲った怪異だ。『偶発的』そのはずだった。しかし、今の白沢が発した言葉を理解するに、どうやらそれは決められていた事象のようだ。――不意に、久保の背筋を強烈な悪寒が走ったのだった。
見藤は久保が寝ていることを確認。猫宮にも久保から離れないように念押しし、民家を抜け出していた。民家が点在している一定の場所を離れ、あの雑木林へと近付く。
すると、気配を感じて足を止めた。そして、警戒――。このような田舎だ。街灯はほとんどなく、頼りになるのは月明りだけだ。じっと、暗闇を注視するが夜目が利かない。
「っ、!!??」
見藤は突然、頭に強い衝撃を感じた。衝撃を感じるのと同時に意識が朦朧とする――、軽い脳震盪だ。こめかみから頬へ、何か温かいものが流れる感覚。ふらつき、鼻腔を鉄の匂いが掠めた。
見藤は足を踏ん張り、両手を地面に着いた。咄嗟に膝を折ったため、頭から倒れることはなかったが、視野が狭窄している。肩で粗い呼吸を繰り返し、目の前の状況を理解しようと視線を上げるが、上手くいかない。
揺れる視界にようやく映ったのは、杭打ちハンマーをさらに振りかぶった――、人の影だった。
「見藤さん!!??」
(久保くん……?)
名を呼ぶ声が聞こえた。久保だ。彼は寝ていたのではなかったのか、猫宮は言いつけを守らなかったのか――、言いたいことはあるが、意識が朦朧として口が回らない。
◇
久保は走る。見藤が地面にうずくまるのが見えたのだ。咄嗟に、共に駆けて来た猫宮に向かって叫ぶ。
「頼む!」
「言われなくともなァ!!」
すると、猫宮は本来の姿をとったのだ。火車の姿を晒す。――猫宮にとって、久保と見藤に本来の姿を視られることなど、目前の危機に比べれば些細なことなのだろう。見藤は人の手で傷つけられても良い存在ではない、と言わんばかりに猫宮は怒りを露にし、大きな口を開けて牙を剥き出しにする。
猫宮は杭打ちハンマーを振りかぶった人影に襲い掛かった。大きな猫の手が、人影を地面に押し倒す。
「こいつ……!!」
猫宮はウゥウ……、と猫特有の威嚇音で低く唸った。そして、猫宮によって踏みつぶされた人影の素顔が、月明りに照られて露になる。
「こいつは……!?」
猫宮はその顔を見るや否や、驚きで目を見開く。
その人影は昨日、慰霊碑参り代行の際に引き返した男だったのだ。行方不明になる所か、見藤に危害を加えるとは ――猫宮の怒りにより、牙は更に剥き出しになる。制裁を加えようと牙が男に近付いていく。
しかし、それを止めさせたのは、見藤が呟いた微かな声だった。
「猫宮、待て」
その瞬間、ぴたりと猫宮が動きを止めた。
見藤は駆けつけた久保に体を支えられ、立ち上がる。そして、本来の姿をした猫宮を視た。その姿は猫又というよりも、火車であり荘厳。見慣れない猫宮の姿に見藤は一瞬、驚いた顔をする。だが、傷が痛み、すぐにその表情は苦痛に歪んだ。
「……そいつは、違う」
見藤がそう言い終わるや否や ――。周囲に声が響く。
「こんな時間に、こないな所で何をしとんねや!!」
久保が聞き慣れた人物の声が木霊した。久保は助けが来た、という安心感で息を短く吐く。――しかし、見藤の視線は鋭く、その存在を射抜く。
それに気付かない久保は白沢を振り返り、助けを求める。
「し、白沢!! 手をかしてくれ、見藤さんが……!」
「なんや、何されたん!?」
白沢の姿を一目視た見藤は、白沢に近寄ろうとした久保の腕を即座に引いた。それ以上近寄るなと、ぐっと力を込める。久保はなぜ見藤がそういった行動を取るのか理解できず、戸惑いの表情を浮かべている。
しかし、目の前に佇む白沢は、見藤の行動がどういう意味であるのか理解している様子だ。心配を装った表情をしていたが、徐々にその表情は崩れていく――。
「あーあ、やっぱその眼で視られたら一発でバレてしまうか。だから会わんようにしとったに。てか、入り口の侵入者用の罠をいじったのは、おっさんの仕業か。あれ、苦労したんやで?」
残念そうに話す白沢。未だ状況が理解できていない久保を見て、にやけた笑みを絶やさない。
――実のところ、見藤は内心えらく動揺していた。
見藤の目に視える、本来の白沢の姿。それは大昔に姿を消したはずではなかったのか、と。しかし、今まさに目前に害を成す者として存在している。
その動揺を気取られないようにするため、見藤は白沢に尋ね、話題を逸らす。
「どうして、久保くんに……、付き纏っている?」
「んー? ただの興味本位。いやぁ、吉兆の印である俺でも驚くほど運がええ」
白沢の答えに、見藤は眉を顰める。
そして、久保は困惑した表情を浮かべていた。――見藤と白沢。彼らは一体、何の話をしているのか。同じ言葉を話しているはずだが、到底理解が及ばなかった。
すると、白沢はに下卑た笑みを絶やすことなく、言葉を続けた。
「だって、久保。お前なぁ……本当やったらあの日、迷い家に憑り殺されるはずやったんやで?」
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それは、久保が偶発的に遭遇した怪異。久保を襲った怪異だ。『偶発的』そのはずだった。しかし、今の白沢が発した言葉を理解するに、どうやらそれは決められていた事象のようだ。――不意に、久保の背筋を強烈な悪寒が走ったのだった。
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