禁色たちの怪異奇譚 ~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異の困りごと、解決します~

出口もぐら

文字の大きさ
66 / 193
第二章 怪異変異編

20話目 凶兆、現る

しおりを挟む
 そうして、その日の夜。
 見藤は久保が寝ていることを確認。猫宮にも久保から離れないように念押しし、民家を抜け出していた。民家が点在している一定の場所を離れ、あの雑木林へと近付く。

 すると、気配を感じて足を止めた。そして、警戒――。このような田舎だ。街灯はほとんどなく、頼りになるのは月明りだけだ。じっと、暗闇を注視するが夜目が利かない。

「っ、!!??」

 見藤は突然、頭に強い衝撃を感じた。衝撃を感じるのと同時に意識が朦朧とする――、軽い脳震盪のうしんとうだ。こめかみから頬へ、何か温かいものが流れる感覚。ふらつき、鼻腔を鉄の匂いが掠めた。

 見藤は足を踏ん張り、両手を地面に着いた。咄嗟に膝を折ったため、頭から倒れることはなかったが、視野が狭窄している。肩で粗い呼吸を繰り返し、目の前の状況を理解しようと視線を上げるが、上手くいかない。
 揺れる視界にようやく映ったのは、杭打ちハンマーをさらに振りかぶった――、人の影だった。

「見藤さん!!??」
(久保くん……?)

 名を呼ぶ声が聞こえた。久保だ。彼は寝ていたのではなかったのか、猫宮は言いつけを守らなかったのか――、言いたいことはあるが、意識が朦朧として口が回らない。



 久保は走る。見藤が地面にうずくまるのが見えたのだ。咄嗟に、共に駆けて来た猫宮に向かって叫ぶ。


「頼む!」
「言われなくともなァ!!」

 すると、猫宮は本来の姿をとったのだ。火車の姿を晒す。――猫宮にとって、久保と見藤に本来の姿を視られることなど、目前の危機に比べれば些細なことなのだろう。見藤は人の手で傷つけられても良い存在ではない、と言わんばかりに猫宮は怒りをあらわにし、大きな口を開けて牙を剥き出しにする。

 猫宮は杭打ちハンマーを振りかぶった人影に襲い掛かった。大きな猫の手が、人影を地面に押し倒す。

「こいつ……!!」

 猫宮はウゥウ……、と猫特有の威嚇音で低く唸った。そして、猫宮によって踏みつぶされた人影の素顔が、月明りに照られて露になる。

「こいつは……!?」

 猫宮はその顔を見るや否や、驚きで目を見開く。
 その人影は昨日、慰霊碑参り代行の際に引き返した男だったのだ。行方不明になる所か、見藤に危害を加えるとは ――猫宮の怒りにより、牙は更に剥き出しになる。制裁を加えようと牙が男に近付いていく。
 しかし、それを止めさせたのは、見藤が呟いた微かな声だった。

「猫宮、待て」

 その瞬間、ぴたりと猫宮が動きを止めた。

 見藤は駆けつけた久保に体を支えられ、立ち上がる。そして、本来の姿をした猫宮を視た。その姿は猫又というよりも、火車であり荘厳。見慣れない猫宮の姿に見藤は一瞬、驚いた顔をする。だが、傷が痛み、すぐにその表情は苦痛に歪んだ。

「……そいつは、違う」

 見藤がそう言い終わるや否や ――。周囲に声が響く。

「こんな時間に、こないな所で何をしとんねや!!」

 久保が聞き慣れた人物の声が木霊した。久保は助けが来た、という安心感で息を短く吐く。――しかし、見藤の視線は鋭く、その存在を射抜く。
 それに気付かない久保は白沢を振り返り、助けを求める。

「し、白沢しろさわ!! 手をかしてくれ、見藤さんが……!」
「なんや、何されたん!?」

 白沢の姿を一目視た見藤は、白沢に近寄ろうとした久保の腕を即座に引いた。それ以上近寄るなと、ぐっと力を込める。久保はなぜ見藤がそういった行動を取るのか理解できず、戸惑いの表情を浮かべている。

 しかし、目の前に佇む白沢は、見藤の行動がどういう意味であるのか理解している様子だ。心配を装った表情をしていたが、徐々にその表情は崩れていく――。

「あーあ、やっぱその眼で視られたら一発でバレてしまうか。だから会わんようにしとったに。てか、入り口の侵入者用の罠をいじったのは、おっさんの仕業か。あれ、苦労したんやで?」

 残念そうに話す白沢。未だ状況が理解できていない久保を見て、にやけた笑みを絶やさない。

――実のところ、見藤は内心えらく動揺していた。
 見藤の目に視える、本来の白沢の姿。それは大昔に姿を消したはずではなかったのか、と。しかし、今まさに目前に害を成す者として存在している。

 その動揺を気取られないようにするため、見藤は白沢に尋ね、話題を逸らす。

「どうして、久保くんに……、付き纏っている?」
「んー? ただの興味本位。いやぁ、吉兆の印である俺でも驚くほど運がええ」

 白沢の答えに、見藤は眉をひそめる。
 そして、久保は困惑した表情を浮かべていた。――見藤と白沢。彼らは一体、何の話をしているのか。同じ言葉を話しているはずだが、到底理解が及ばなかった。

 すると、白沢はに下卑た笑みを絶やすことなく、言葉を続けた。

「だって、久保。お前なぁ……本当やったらあの日、迷い家にり殺されるはずやったんやで?」

――迷い家。
 それは、久保が偶発的に遭遇した怪異。久保を襲った怪異だ。『偶発的』そのはずだった。しかし、今の白沢が発した言葉を理解するに、どうやらそれは決められていた事象のようだ。――不意に、久保の背筋を強烈な悪寒が走ったのだった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

処理中です...