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第二章 怪異変異編
18話目 慰霊碑参り
しおりを挟む翌日の朝はとてつもなく早かった。空はまだ薄暗く、バンに揺られると眠気が襲ってくるというもので――、久保は堪えきれず欠伸をする。
久保は昨日の草むしりで疲れ果て、身支度をどう終えたのか記憶が疎らだった。あの後、寝ぼけながら食事を摂り、汗を流したことは朧気ながら覚えがあるのだが――。久保は首を傾げた。
実のところ、見かねた猫宮が世話を焼いていたのだが、彼は知る由もない。
見藤はいつも通りの様子で、使い古したスーツ姿で頬杖をつき窓の外を眺めている。山の中腹にある慰霊碑と聞いてはいたが、そこまで遠いのだろうかと思考を巡らせていた。
いくら窓の外を眺めていても、暗がりに浮かぶのは代り映えのない鬱蒼とした木々だけだった。
――そうして一時間半ほど、車に揺られていただろうか。
遠慮がちに肩を揺すられ、久保は目を覚ます。
「久保くん、起きろ」
「は、い……?」
重たい瞼を擦りながら、久保は朧気ながらも返事をした。そうして、見藤と久保はバンを降る。
そこは鬱蒼とした木々の中に舗装された道が一本だけ。車を停めた近くには、石畳があった。そして、山を登るように階段が続いていた。その先は長く、終わりが見えない。
見藤が視線をもう一台の車へと向ける。するとそこには、既に到着していたと思われる煙谷の姿と、もう一人見知らぬ男の姿があった。
その男は落ち着きがなく挙動不審だ。頻回に木々の間を見ている。それは見藤も感じた視線だ。しかし、それを態度に出す見藤ではない。
そして、煙谷達と同行してきたのだろうか、職員と初老男性の姿があった。職員が初老男性の指示で車から荷物を下ろしているのが見える。
それは慰霊碑に供える仏花だろう。その花束と掃除に使用するであろう手桶と柄杓、人数分の雑巾。職員が給水ポリタンクから手桶に水を入れている。
見藤達が合流すると、職員から参拝代行について説明がされる。
「これから、慰霊碑の簡単な掃除と参拝をして頂きます。道は一つしかないので、迷うことはないと思います、安心してください」
「田舎の風習なのでかなり変わっていますが、途中絶対に引き返さないで下さい」
「掃除が終わりましたら、献花をお願いします。そして、一分間の黙祷をお願いします。……黙祷中、何があっても止めないでください」
説明が終わると、その異様な雰囲気にその場は沈黙していた。ただ、煙谷と見藤を除く。
すると、煙谷は気だるそうな表情で喫煙を吸い始め、見藤はそんな煙谷を横目で睨んでいる。傍から見れば態度の悪い男を諫めるように、見藤が視線を送っていると捉えられ、二人の様子に職員と初老男性は困ったように顔を見合わせていた。
「それでは、お願いします」
見藤達を送った職員の声を合図に、四人は石階段を上り始めた。見藤は柄杓と水が入った手桶を持ち、殿を歩く。久保は仏花を、もう一人の男は雑巾を、そして煙谷は煙草を片手に先頭を行く。
――嫌な気配がする、と見藤は視線を上げた。小声で、誰もいない空間に向かって猫宮を呼んだ。
「猫宮」
「心配するな、いるぞ」
「頼む」
すると、どこからともなく猫又の姿をした猫宮が久保の足元に現れる。
猫宮の姿を確認した見藤は目配せをし合い、再び階段を上り始めた。これで少しは安心か、霊的なものであれば煙谷と猫宮が対処するだろうと、見藤は力強く頷いた。
そして、十五分ほど登ったあたりだろうか。前を行く男の様子がおかしいことに気付く。彼は木々の間を見やる回数が増えている。それに久保も気付き、不安そうに見藤を振り返った。
しかし、見藤の目には何も映らない。映らないのだが視線だけは感じている。見藤の目に映らないというのではあれば、やはり霊的な何かだろう。恐らく、煙谷には視えている。しかし、先頭を行く煙谷の表情を確認することはできない。
突然、男が声を上げた。
「あ、あのっ!」
男の声は酷く怯えている。その様子は只事ではないことを示していた。
その男が久保と見藤を振り返り、視線が合う。見藤は「何も行動を起こすな」と言うように首を横に振った。引き返すな、と言われているためだ。それを破れば何が待ち受けているのか、分からない。分からないなら、破らないに越したことはない。
事実、男は得体の知れない存在を肌で感じ取っていた。黒い影がいくつも、木々の陰からこちらを覗いているのだ。そして聞こえてくる――ギリギリ…、キリキリ……という歯ぎしりの音。それも一つや二つではない、幾重にも音が響いていたのだ。そして、周囲の空気は重くのしかかり、息を吸うのがやっとだ。
久保にはそこまで視えていない、奇妙な音は聞こえていないのだが、男が感じている異様なモノの存在には気付いているようだ。心なしか、顔色が悪い。
煙谷や見藤、そして久保は得体の知れないモノの存在は認知しているため、気付いた所でどうということはない。寧ろ、そのための調査に赴いているため、何が起ころうが肝は据わっている。しかし、彼は一般人だ。
「じ、自分にはもう無理です!!!!」
「あ、おい!!!」
男はそう叫ぶと見藤が制止する声も聞かずに、一目散に階段を駆け下りる。そして、遂に後ろ姿は見えなくなった。残された三人は一旦足を止めたが、引き返すことはできない。
男の背中を見送った見藤は顔を顰め、悪態をついた。
「まずいな」
「まぁ、仕方ないでしょ。ここで僕たちも引き返したら、彼の二の舞になるよ」
煙谷の指摘はもっともだ。見藤もそれは理解しているためそれ以上何も言わなかった。
――あの男が次の行方不明者にならないことを祈るしかない。幸い、ここまで一本道だったのだ。石階段を下りきれば職員達が待っているだろう。無論、何も作為的なものがなければ。
男の背を見送った見藤は、前へ向き直り煙谷へ声を掛けた。
「煙谷、お前には何が視えている?」
「ん? そりゃもう、すごい数の霊魂……というよりも、怨念の塊みたいなのが沢山いる。もう形すら取れていない、赤黒くてどろどろしている」
「そうか」
「慰霊碑くらいでは鎮められないだろうね、これは」
「こいつらが行方不明者の原因か?」
「んー……、それは少し違うと思う。比較的新しいんだよね……」
煙谷は腑に落ちない点を述べ、首を捻っている。肩に重くのしかかる空気の中、呑気に話す煙谷の様子はなんとも場違いな雰囲気を醸し出していた。――そうして、三人は再び歩みを進めた。
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