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第二章 怪異変異編
16話目 束の間の休息と助手たちの奔走(五)
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* * *
久保と東雲が京都という事務所から遠く離れた土地で、心霊お悩み相談を解決していた頃。突然の休暇を得た見藤はどうしたものかと首を捻っていた。
彼の格好はいつものスーツ姿ではなく前髪は下され、ラフなトップスにスウェット、足元は安そうなスリッパ、と言った休日スタイルだ。
「休めと言われても……」
「少し寝たら?惰眠を貪るのも人の特権よ」
「うーん……」
休み方が分からないのだ。こういう仕事柄、休暇など不規則であるし、休暇と言ってもキヨからの電話に振り回され何かと用事を言いつけられる。そして結局、その用事のために動き回ることが大概なのだ。
よって、いまいち休暇らしいことが思いつかない。
見藤の性分的にも何かをしていないと落ち着かないらしい。窓際に置かれた竜胆の植木鉢に水をやったり、少し枯れてしまった花を間引きしたり。もともと猫宮の為に綺麗に整理整頓されているのだが、その綺麗な事務所内をさらに掃除をしようと、せわしなく動きまわっていた。
そして一通りやりたいことを終えたのだろう、見藤は居住スペースへ向かう。先ほどの霧子の提案通り、少し仮眠を取るようだ。
「霧子さんはどうする?ずっと俺を見張っておくか?」
「む、」
冗談っぽく笑う見藤に霧子は謎の対抗心を燃やしたようだ。猫宮には見藤に甘いと言われてしまった、東雲からは見藤を見張っておくように頼まれた。いくら自分が最近の見藤に対してどきまぎしようと、自分は怪異という存在なのだ。それくらいのことやってみせる、となんとも方向性の違った意気込みを抱いていたのだ。
そして、その意気込みは――。
「……あの、これじゃ眠れない」
「気にせず眠りなさいよ」
「無理でしょ、」
なんとも違った形で昇華されていた。
霧子は見藤の枕元に立ったのだ。厳密に言うと、見藤が横になったベッドを見下ろすような形で佇んでいる。それはどこか心霊現象でよくある光景を彷彿とさせる。
流石の見藤も、じっ、と霧子からの視線を感じると目が覚めるというものだ。勿論それは傾倒している霧子だから、というのは口にはできない不器用加減だ。
「はぁ、目が冴えるな……」
「う、」
「ごめん、霧子さんのせいじゃない」
霧子の落ち込む様子を見て見藤は自分が悪いことをしているような罪悪感に襲われる。
見藤は体を起こすとベッドサイドへ座り、霧子を見上げた。そのとき、少し笑みをたたえながら首を傾げる仕草をあまりにも自然とするもので、その仕草に思わず霧子は心臓が跳ねた。
「一緒に出掛けないか?」
彼のその言葉に、霧子は少し嬉しそうに頷くのだった。
(最初からそうすればよかった……、本当に俺は、)
馬鹿だな、独りよがりは何もあの頃と変わっていない、と皮肉に自分を笑うのだった。
そして、見藤は少し着替えるからと言い残し、霧子を事務所へと締め出した。それが不服だったのか、見藤が着替え終わる頃になると霧子は少し怒っていた。
なぜ、と疑問に思う見藤と、仕事をしないように見張っていないといけない、と使命感を抱いて霧子の、なんだか、そうではないと東雲と久保に突っ込まれそうなすれ違いが起きていたのだが、それを指摘する者は誰もいなかった。
霧子はいつものパンツスタイルから打って変わり、爽やかな青色のワンピースを身に着けている。こうして現代の服装を楽しんでいる霧子を見ることが見藤は何より好きなのだ。
そうして二人は買い物をしたり、カフェでコーヒーを飲んだり、普通であれば何気ない休日を謳歌するのだ。あの頃はできなかった憧れと、普通というものに対する憧れからだろうか。
こうして霧子との何気ない一日が終わろうとしている。そんな時、事務所への帰り道。見藤はふと、このまま霧子を縛り付けるのは、霧子にとっていいことなのだろうか、と自問自答する。
――少年の頃に抱いていた霧子への想い。
“封印されていた長い間を埋めるように、これからもっと色んな場所に行って、色んな景色を見て欲しい。そうすればきっと、今よりも輝いた表情をするだろう”
その想いと、今では齟齬が生じているように思うのだ。
それは眼の力の譲渡を対価にし、契りを結んだことが霧子と見藤を繋ぐ“縛り”になっている、それをこの二十数年で理解していた。しかし、それを手放せない自分もいる。こうして一日、東雲の口車に乗せられて、見藤について回る霧子を可愛らしいと思っている。
見藤は道すがら立ち止まり、俺は我が儘だな、と皮肉そうに言った。そして、そんな見藤に霧子は自分もだと言って笑ったのだ。
「言ったでしょ、一緒にいたいって。それは私の我儘よ」
「そう、だったか」
「そうよ」
その笑顔を忘れることはできないだろう。
* * *
そうして見藤と霧子、二人が事務所へ戻ってから比較的早い時間で東雲と久保が戻ってきた。久保は木箱を抱えその腕にはお土産だろうか、様々な店舗の紙袋が提げられている。
「ただいま戻りました!」
「あぁ、お疲れ様」
そう言って二人を出迎える見藤は心なしか顔色もよく元気そうだ。少しは休めたようだと、久保と東雲はお互い顔を見合わせ頷いた。
「これ、猫宮にお土産です。前回すっかり忘れてたんで」
「お、やるなァ、坊主。少しは見直したぞ」
そういうと猫宮はどこからともなく、いつもの小太りな猫の姿で現れた。見藤に言われ猫宮は隠れて同行していたが、無事に何事なく、二人にも見つかることなく任を終えたようだと見藤はほっと息をつく。
「なんだか、すまんな」
「いやぁ、今回はいい旅でしたよ。思いがけず色々な名所を巡りましたし」
「そうなのか」
「はい!」
いい笑顔で返事をする久保。どうやらキヨの申し出を勝ち取ったのは久保のようだ。しかし、それと引き換えに、今後は無茶なお使いを頼まれることになろうとは想像だにしていないだろう。
久保と東雲が京都という事務所から遠く離れた土地で、心霊お悩み相談を解決していた頃。突然の休暇を得た見藤はどうしたものかと首を捻っていた。
彼の格好はいつものスーツ姿ではなく前髪は下され、ラフなトップスにスウェット、足元は安そうなスリッパ、と言った休日スタイルだ。
「休めと言われても……」
「少し寝たら?惰眠を貪るのも人の特権よ」
「うーん……」
休み方が分からないのだ。こういう仕事柄、休暇など不規則であるし、休暇と言ってもキヨからの電話に振り回され何かと用事を言いつけられる。そして結局、その用事のために動き回ることが大概なのだ。
よって、いまいち休暇らしいことが思いつかない。
見藤の性分的にも何かをしていないと落ち着かないらしい。窓際に置かれた竜胆の植木鉢に水をやったり、少し枯れてしまった花を間引きしたり。もともと猫宮の為に綺麗に整理整頓されているのだが、その綺麗な事務所内をさらに掃除をしようと、せわしなく動きまわっていた。
そして一通りやりたいことを終えたのだろう、見藤は居住スペースへ向かう。先ほどの霧子の提案通り、少し仮眠を取るようだ。
「霧子さんはどうする?ずっと俺を見張っておくか?」
「む、」
冗談っぽく笑う見藤に霧子は謎の対抗心を燃やしたようだ。猫宮には見藤に甘いと言われてしまった、東雲からは見藤を見張っておくように頼まれた。いくら自分が最近の見藤に対してどきまぎしようと、自分は怪異という存在なのだ。それくらいのことやってみせる、となんとも方向性の違った意気込みを抱いていたのだ。
そして、その意気込みは――。
「……あの、これじゃ眠れない」
「気にせず眠りなさいよ」
「無理でしょ、」
なんとも違った形で昇華されていた。
霧子は見藤の枕元に立ったのだ。厳密に言うと、見藤が横になったベッドを見下ろすような形で佇んでいる。それはどこか心霊現象でよくある光景を彷彿とさせる。
流石の見藤も、じっ、と霧子からの視線を感じると目が覚めるというものだ。勿論それは傾倒している霧子だから、というのは口にはできない不器用加減だ。
「はぁ、目が冴えるな……」
「う、」
「ごめん、霧子さんのせいじゃない」
霧子の落ち込む様子を見て見藤は自分が悪いことをしているような罪悪感に襲われる。
見藤は体を起こすとベッドサイドへ座り、霧子を見上げた。そのとき、少し笑みをたたえながら首を傾げる仕草をあまりにも自然とするもので、その仕草に思わず霧子は心臓が跳ねた。
「一緒に出掛けないか?」
彼のその言葉に、霧子は少し嬉しそうに頷くのだった。
(最初からそうすればよかった……、本当に俺は、)
馬鹿だな、独りよがりは何もあの頃と変わっていない、と皮肉に自分を笑うのだった。
そして、見藤は少し着替えるからと言い残し、霧子を事務所へと締め出した。それが不服だったのか、見藤が着替え終わる頃になると霧子は少し怒っていた。
なぜ、と疑問に思う見藤と、仕事をしないように見張っていないといけない、と使命感を抱いて霧子の、なんだか、そうではないと東雲と久保に突っ込まれそうなすれ違いが起きていたのだが、それを指摘する者は誰もいなかった。
霧子はいつものパンツスタイルから打って変わり、爽やかな青色のワンピースを身に着けている。こうして現代の服装を楽しんでいる霧子を見ることが見藤は何より好きなのだ。
そうして二人は買い物をしたり、カフェでコーヒーを飲んだり、普通であれば何気ない休日を謳歌するのだ。あの頃はできなかった憧れと、普通というものに対する憧れからだろうか。
こうして霧子との何気ない一日が終わろうとしている。そんな時、事務所への帰り道。見藤はふと、このまま霧子を縛り付けるのは、霧子にとっていいことなのだろうか、と自問自答する。
――少年の頃に抱いていた霧子への想い。
“封印されていた長い間を埋めるように、これからもっと色んな場所に行って、色んな景色を見て欲しい。そうすればきっと、今よりも輝いた表情をするだろう”
その想いと、今では齟齬が生じているように思うのだ。
それは眼の力の譲渡を対価にし、契りを結んだことが霧子と見藤を繋ぐ“縛り”になっている、それをこの二十数年で理解していた。しかし、それを手放せない自分もいる。こうして一日、東雲の口車に乗せられて、見藤について回る霧子を可愛らしいと思っている。
見藤は道すがら立ち止まり、俺は我が儘だな、と皮肉そうに言った。そして、そんな見藤に霧子は自分もだと言って笑ったのだ。
「言ったでしょ、一緒にいたいって。それは私の我儘よ」
「そう、だったか」
「そうよ」
その笑顔を忘れることはできないだろう。
* * *
そうして見藤と霧子、二人が事務所へ戻ってから比較的早い時間で東雲と久保が戻ってきた。久保は木箱を抱えその腕にはお土産だろうか、様々な店舗の紙袋が提げられている。
「ただいま戻りました!」
「あぁ、お疲れ様」
そう言って二人を出迎える見藤は心なしか顔色もよく元気そうだ。少しは休めたようだと、久保と東雲はお互い顔を見合わせ頷いた。
「これ、猫宮にお土産です。前回すっかり忘れてたんで」
「お、やるなァ、坊主。少しは見直したぞ」
そういうと猫宮はどこからともなく、いつもの小太りな猫の姿で現れた。見藤に言われ猫宮は隠れて同行していたが、無事に何事なく、二人にも見つかることなく任を終えたようだと見藤はほっと息をつく。
「なんだか、すまんな」
「いやぁ、今回はいい旅でしたよ。思いがけず色々な名所を巡りましたし」
「そうなのか」
「はい!」
いい笑顔で返事をする久保。どうやらキヨの申し出を勝ち取ったのは久保のようだ。しかし、それと引き換えに、今後は無茶なお使いを頼まれることになろうとは想像だにしていないだろう。
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