禁色たちの怪異奇譚 ~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異の困りごと、解決します~

出口もぐら

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第二章 怪異変異編

14話目 過去編 霧の中の逢瀬(二)

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 少年は女怪異に、己の事情を語った。

 山神が悪神と堕ちる前に、世話になっている妖怪と共に村を出たいこと。しかし、あの村には妖怪や怪異を縛り付ける、制約とも呼べるのろいが施されている。
 少年は村の周囲や山を駆けながら、そののろいの綻びを気付かれない程度に少しずつ広げていること。そして、村を出た後、山を越えるための道が隠匿されていること。故に、その道を探していることを明かした。

 そのような事情を出会って間もない怪異に話す、と言うのはなんとも不用心である。だが少年にとっては、人よりも怪異の方が信用に値するのだ。そうさせているのは少なからず、視え過ぎる深紫こきむらさき色の眼の影響もあるのだろう。
 少年はさらに言葉を続ける。彼女は静かに耳を傾けていた。

「食料品や日用品は週に一回、そこを通って調達しに行く。だから、その道を見つけられればいい」
「そうなの……」

 彼女は少年の言葉を聞くと、少しだけ俯いた。
 少年はこの怪異には何か気掛かりがあるのだろうか、と眉を下げながら顔色をうかがう。すると、ふと思い至ったように忍ばせていた包みを取り出した。

「……腹でも減った? これ、食べるか?」
「……怪異は、腹が減らない」
「でも、嗜好にはなるだろう? 干し芋、美味いよ」
「……そうね」

 彼女は干し芋を受け取ると、少しかじった。そうして、彼女は何かを考える素振りを見せた後。首を傾げながら、そっと口を開いた。

「ねぇ、だから封印が解けたのかしら……」
「ん?」
「話してくれたお礼」

 そういうと、彼女は自身のことをぽつりと呟いた。

「私ね、昔に人を喰らい過ぎたの。怪異は人を喰らうのよ……」
「ふーん」
「君は、私が怖くないの?」
「怖くないよ。俺は目がいい。そんな風には視えないだろ、あんた」

 こともなげな様子で少年がそう言うと、彼女は唇を噛んだ。次第に、彼女の夜を模したかのような瞳が濡れ始め、大粒の涙が頬を伝い始めた。
 少年はぎょっとし、慌てて慰めようとする。しかし、慰め方など分からない。――落ち込んだ時、牛鬼がしてくれること。それは頭を優しく撫でることだった。

 膝を抱えながら鼻をすする彼女の痛んだ髪を、少年は優しく撫でた。

「……、ずびっ」
「気休めだけど……」
「……優しいのね」

 二人は、しばらくの間そうしていた。――どうして彼女が泣いているのか分からない。こういう時に、どうすればいいのか、分からない。ただ、少年は優しく頭を撫でることしか出来なかった。

 その日を境に、山は濃霧に覆われることが多くなった。


* * *

 それから、しばらくして。少年の声はすっかり様変わりしていた。少年は初め、聞き慣れない自身の声に違和感を覚えていた。だが、話すうちに声の掠れはなくなり、次第に慣れてきた。
 
 その頃になると、時間を見つけては、あの洞穴でと会い、外の話を聞くようになっていた。少年はその話は現代とは違う、昔の話だと察していたが彼女と過ごす時間が楽しく、特に気に留めていなかった。

 その日は少し違った。出会った頃のように少し悲し気な表情をしている。

「ねぇ、この間の話の続き、聞いてくれる?」

 そう話した彼女の言葉に少年は頷いた。

 聞くと、大昔に添い遂げたいがいたという。しかし、怪異は認知の存在。その怪異に魅入られた人間は憑り殺されてしまうという認知が広まっていた。
 すると、その人はある日突然――、死んでしまったのだという。彼女が悲しみに暮れていると人里にいくつもの災いが重なってしまった。そのために、今度は社が建てられ、彼女は祀られた。

 さらに認知と力は強まり、いわれのない罪で封印されてしまったのだ。しかし、今こうして彼女がこの場に存在しているということは封印が解け、更に言えば彼女を封印した存在は既にいない。――目を覚ますと、彼女自身も知らぬ間に、この地にいたという。

 全てを話し終えた彼女は、少年にどう思われるのか不安なのだろう。心なしか顔が強張っている。しかし、少年はいつもの調子でを呼んだ。

「なぁ、霧子さん」
「なに、それ?」
「ん? 名前、あった方が便利だろ?怪異には個を示す名前がないことが多いから」
「……」
「怪異は認知の存在なんだろう?だったら、俺という個人の認知で霧子さんの存在を――、ってなんだか小難しい話になってしまったな……ごめん」

 少年は少し照れくさそうに頬を掻きながら、視線を逸らす。だが、再び彼女へ視線を戻すと、おずおずと口を開いた。


「気に入らなかった?」
「いいえ、素敵だと思うわ」
「そうか、よかった」

 彼女の言葉に少年は顔を綻ばせた。安堵の溜め息をつき、膝を抱え直す。このとき、心が浮き立つような感覚を覚えた少年。すると、彼女は首を傾げて、口を開く。

「君の名前、教えて」
「あぁ、俺は――」

 少年は牛鬼にも滅多に呼ばれない名を彼女に教えた。

「馬鹿ね、そんな簡単に名を与えるなんて……」

 名は体を表す、それは僅かながら少年と女怪異との間に結ばれたえにしとなったのだ。
 少し、嬉しそうに呟いた彼女の表情は穏やかだった。
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