禁色たちの怪異奇譚 ~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異の困りごと、解決します~

出口もぐら

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第二章 怪異変異編

12話目 百足の虫は死して僵れず(五)

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* * *

 それから数日、見藤は例の物件の調査に追われていた。あの日、法務局へ出向いたのもそのためだ。

 その結果、得た情報としては――。例の物件、と言うよりも過去数十年間であの土地に建った物件で死者が数名出ていた。あの近隣住民の言葉は確かだと、そこに血縁関係はなく購入した時期も人も、ばらばらだということに辿り着いたのだった。
 そこに更に確証が欲しい。しかし、人の情報には限度があり、見藤は猫宮にも協力を仰いでいた。

 事務机に向かって作業をしていた見藤。すると、ふらりと現れる猫宮。どうやら、頼んでいた調査が終わったようだと確信した見藤は目を据えた。
 すると、姿を顕現させた猫宮は辟易とした顔で口を開く。

「昔、あの辺りをうろついていた怪異に聞いて来たぞ」
「ご苦労様」
「ったく、人間ってのはいつの時代も馬鹿なことに手を出す。見藤、大方お前の予想通りだったさ」
「そうか……」

 見藤は短く返事をすると来栖に連絡を取り始めた。

 その連絡を受けた来栖もどのような調査結果であるのか、予測していたのだろう――、例の物件買取は取り止めにする方針になった。
 そして、持ち主も相続放棄をする予定となっている、とのことだった。相続放棄された物件は国庫に帰する、何もなければ長らく空き家だ。

 猫宮が話を聞いた怪異によれば、数十年に一度の周期で例の物件というより、あの土地に建てられた物件から死者が出ていたそうだ。死因は様々だが、不慮の事故死、自然死、病死など。

 一見してみれば事件性はないように思える。だが実のところ、何らかの存在が影響している、と話していたそうだ。それが怪異の類なのか土地神の類によるものか、その怪異にも分からないらしい。
 ただ、話を聞いた怪異はその存在に喰われる事を恐れ、常世とこよに渡ったのだと言う。それ以降のことは分からないらしいのだが、見藤の中では既に答えはあった。

――目前に大きな川があるにも関わらず、水害に見舞われることのない土地。人が住みやすく、代々受け継がれていく家と土地。
 答えを口にした見藤の声は掠れ、嫌悪感に充ちていた。

「人柱を立てたな」
「ほんと、人間はろくな事をしねぇなァ。いつの時代だよ」

 見藤の言葉を聞いた猫宮は、呆れたように大きな欠伸をひとつ。

 災いを恐れ、人が人を生贄として捧げる。その祭壇となっていたのが、恐らくあの物件なのだろう。仏壇を置いてある場所に書かれたものは、その祭壇となるように施されたのろいだ。
 そして、老人顔の怪異はその贄を受け取ったのだ。――何者かによる教えに従って。それは契約が成立したことになり、一方的に破棄することはできない。よって、老人顔の怪異は贄を求め続ける。

 見藤はあの時、久保と話していた地域住民の会話を思い出していた。

「あそこの住民は、全て知っている。特に年配層の住人は」
「だろうなァ。そこの連中が全員、共犯グルになって口を閉ざせば、そんな物件の記録も記憶も薄れていくからな。まさにだな」

 猫宮が見藤の言葉の先を引き継いだ。

 見藤が調べた所、あの物件の改築や修繕を行っていたのは地域の工務店だ。事情を把握しているのであれば、あのような仏壇や写真を保管しておく場所を設けることも容易いだろう。

 例の物件に人が住まなければ、あの地域全体に不幸が振りまかれるとでも言うのだろうか。災いを一身に受ける人柱として、そこに住まう人間が選ばれるのだろう。

 そして、その物件に住まう人間は必ず『よそ者』だ。それ故に、あの土地に建った物件は何度も売りに出されるといったことが繰り返される。――それこそ、来栖に物件売却の依頼が舞い込んだように、人から人へ掛け渡された撒き餌は、事情を知らぬ者をおびき寄せる。

 見藤は眉間を押さえながら深く溜め息をついた。

「はぁ……。少し……気分が悪い」
「おう」

 そんな見藤の様子を見た猫宮は、せめても慰めなのか見藤の頬を尻尾で撫でた。

「ん、すまん……」
「まぁ、次は自分の番かと怯えながら暮らすといいさ。それが報いだ」

 猫宮の言葉に見藤は「次を探す」と言い残した老人顔の怪異の言葉を思い出す。

「あぁ……、そうだな。百足ひゃくそくの虫は死してたおれず、とはよく言ったもんだな」
「はっ、上手いもンだなァ。そこの住民が望めば人柱の因習も、その怪異も滅びはしないってか」

 皮肉に笑った猫宮の言葉に、見藤は頷く。
―― 『贄』その選別は既に始まっているのかもしれない。あの老人顔の怪異は己の存在をかけて、人の命を糧にするのだ。

 ふと、猫宮は見藤の異変に気付く。

「おい、見藤。顔色が悪いぞ」
「ん?……あぁ、問題ない」

 最近、人間の負の部分に触れることが多かった。それは見藤にとって相当な精神的負担だったのだ。
 裏表がなく、心のままに移ろう表情を見せる久保や東雲がいてくれたことが、少なからずその負担を中和していた。だが、この一件の調査で多忙となってからは、彼らには事務所へ顔を出す頻度を減らしてもらっていた。

 猫宮は肉球でぽんぽんと見藤の頬を押す、その頬は少し冷たい。少し休めとばかりに猫宮がソファーに行くよう促し、それに従う。仰向けに横たわり、視界を遮るように目を腕で覆った。

 猫宮はそんな見藤の腹の上に乗り丸くなる。猫特有の少し高い体温が心地いいのか、見藤は目を細めた。
 猫宮は見藤に背を撫でられながら、話を続ける。

「にしても本物の土地神の類なら、人間の生贄なんぞ無意味だろうに」
「だが、現に死者は出ていた……」
「なら、その百足の怪異は土地神に転じたのか?ん、逆に土地神が悪神に堕ちたのかァ?」
「もう、何が起こっても可笑しくない。もし、それを誘導しているような怪異がいれば、な」
「あの鳴釜の話か」
「そう、だ……」

 そう答える見藤の声は徐々に小さくなって行き、それは次第に寝息に変わった。
 
 そうしてしばらく経つと、どこからともなく霧子が現れた。猫宮は耳を少し動かすと、霧子にこっちに来るように短い脚で手招きする。
 霧子はソファーの近くまで来ると、眠る見藤を心配そうに覗き込んだ。彼女はおずおずと小声で、猫宮に尋ねる。

「眠った?」
「あぁ、顔色が大分悪いぞ。なんでもっと早く出て来てやらなかったんだ?」
「……あまり私に弱ってるところを見られたくないのよ。前に散々怒られたわ」
「はっ、珍しいこともあるもんだ」
「そうね」

 霧子はソファーに横たわる見藤の前髪を梳いた。すると、すぅ……と整った寝息を立て始める。その見藤を見つめる霧子の表情は、なんとも憂いを帯びていた。

「……多分ね、少し……昔を思い出したのよ」

 そう話す霧子の表情が物語るものは一体何なのか。窓際に置かれた竜胆の花の先端が少し枯れていることには誰も気付かなかった。



 それはどのくらい前だったか。時間の流れが人と違う霧子にとっては、つい昨日のように感じられる。しかし、ソファーに横たわり眠る見藤の寝顔を見ると、随分と歳を重ねたのだと実感する。
 確か二十数年前だったか――――、霧子は過去に想いを馳せる。

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