禁色たちの怪異奇譚 ~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異の困りごと、解決します~

出口もぐら

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第一章 劈頭編

7話目 真夏の肝試し(五)

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 三人は無事に廃旅館の外へと避難していた。だが、徐々に煙が広がっていく光景を目の当たりにし、久保と東雲は更なる焦燥感に陥っていた。

「見藤さん……!」
「どないしよう……」

 心配そうに二階を見上げる二人をちらりと振り返る煙谷。そして、視線を戻して二階の出火元と思われる部屋を見る。―― 煙谷の目には、視えていた。
 火の手を広げようと画策する悪霊の数々が。ここが廃旅館となった一因の霊なのか、それは定かではない。そうしている間に、更に煙が立ち込めてきた。ここも時間の問題だろう。

「うーん、少し……まずい状況かな?」

 どこか他人事であるかのように呑気な煙谷の呟き。
 すると、東雲が少し煙を吸い込んでしまい大きく咳き込んだ。煙谷は彼女にレンタカーに乗るように指示し、休むように言っておく。すると、やはり体調が優れないののか、東雲は目を閉じてじっとしていた。

 残った久保は見藤を助けに行こうか、否か。判断することも、他にどうすることもできず狼狽えていた。そして、意を決したように口を開く。

「やっぱり、僕……!!」
「待ちなよ」

 燃え盛る炎に覆われた廃旅館に見藤を残した罪悪感からなのか、居ても立っても居られず。無謀なことをしようとする久保を煙谷が制止する。

「で、でも」
「まぁ、いいから」

 そう言われ、何がよいの分からず更に久保は狼狽える。―― もう、時間は残されていない。

 そして、次の瞬間。久保は目を疑う光景を目の当たりにすることになる。
―― 煙谷が立ち込める煙を喰らったのだ。まさに、喰らうという表現が似つかわしい。
 気が付くと周囲の煙はすっかり消えていた。あまりの出来事に驚く久保、呆然とその場に立ち尽くすだけだった。

「見藤には内緒だぞ」

 そう言って煙谷は、にやりと笑った。―― 祓い屋、煙谷は怪異であったのだ。

 
 呆然とその場に立ち尽くした久保をその場に残し、煙谷は再び廃旅館へと足を踏み入れた。
 煙谷の足が地に着くと、その瞬間から煙は彼の体内へと吸い込まれていく。黒く立ち込めていた煙は徐々にその範囲を狭めていく。
 これで周囲の煙害は抑えられただろう。しかし、煙谷はその顔を渋いものに変えた。

「うぇ……にしても。まっずいなぁ、この煙。悪霊の糞みたいな味だ」

 それは煙を喰らう煙谷の率直な感想だった。するとポケットから、ソフトパックを取り出して煙草を吸い始める。ふぅーっと、息を吐き一服する。煙を喰らう煙谷にとって人間社会の煙草は美味のようである。咥えた煙草を口元で遊ばせながら、歩いて行く。

 煙谷がゆったりとした足取りで火元までたどり着く頃には、周囲の煙はすべて消えていた。そうして、火元から少し離れた所に転がる見藤を確認し、やれやれ、と肩をすくませる。
 彼は大きくなりつつあった火元へ向かい直り、両手をかざした。すると、火元は徐々に小さくなり、遂には消えてしまったのだ。燃え切らず炭化したものが、がらりと崩れ落ちる。

「おーい、生きてる?」

 鎮火を確認すると、煙谷は床に転がる見藤に声を掛ける。もちろん、意識を失っている見藤に反応はない。煙谷は見藤へ近寄り、うつ伏せになった見藤の顔をのぞき込む。
 恐らく軽い一酸化炭素中毒だろうか、と首を捻る。そして、見藤の背中に手を触れた。

 煙の怪異である煙谷は、空気中のガスであっても操ることができるようだ。それは人間の呼吸によって交換された空気であっても例外ではないらしい。
 見藤は苦しそうに呻いたものの、煙谷がその手を離す頃には顔色が徐々に戻っていた。

「世話の焼ける奴だな、まったく」

 煙谷はよいしょ、と見藤を肩へ担ぎ上げる。その細身の体格に見合わず、体格のよい見藤を軽々担ぎ上げたのだ。どうやら、怪異というのは人知を超えるものを持っているようだ。
 すると、ふと視線を感じ、煙谷は足元を見やる。そこには、心配そうに見藤を見上げる、目玉の怪異の姿があった。

「こいつは大丈夫だ、あんたは?」

 そう尋ねるが、この怪異は答える口を持ち合わせていない。見藤が無事だと分かったのか、目玉の怪異はずるずると体を引きずって、どこかへ消えてしまった。

 煙谷はふぅ、と鼻で息を吐き出し、周りを見渡す。彼の目に映るのは有象無象の悪霊。その醜悪さと多さに辟易としながら、まずは見藤を連れ出そうと足を進めたのだった。

(仕事は後回し、だな)

 咥えたままの煙草を遊ばせながら、煙谷はこれから起こるであろう面倒事に溜め息をついた。
 煙谷が廃旅館から出るや否や。彼の肩に担がれた、意識がない見藤を目にした久保は慌てふためき、宥めるのに苦労した。そして、見藤を車内に転がそうとすれば、今度は泣きつく東雲を宥める羽目になったのだ。

 どうにも、このいけ好かないライバルは知らぬ間に人との繋がりを得たようだと、煙谷は少し苦笑しながら天を仰いだ ――――。

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