16 / 193
第一章 劈頭編
7話目 真夏の肝試し(二)
しおりを挟む
所変わって、そこは山間の一角。事務所を離れた見藤は、一人の男と行動を共にしていた。このような、あまり手入れが行き届いていない山間にレンタカーで訪れる来訪者など他に見ないだろう。
「本当にこの時期は怠いな……」
見藤のぼやきは夏の暑さに対してなのか、それとも少し離れたところに立つ、男に対して発せられたのか。
見藤は額に汗を浮かべながら地面にしゃがみ、ある程度の大きさがある紙に丁寧に文字列と図を描いていく。それが書き終わると紙の中央で破く、その作業を繰り返し続ける見藤を遠目に見つめているその男。
男は気怠そうにレンタカーに寄りかかり、作業が終わるのを待っている。すると、男が口を開く。
「それには珍しく同感だね。僕もこの時期じゃなければ君と同行して怪異対策なんて真っ平ごめんだよ」
「死霊の類はお前の専門だろうが」
「だからって同行は最悪。まだ終わらない訳?」
「黙ってろ」
この男 ―― 煙谷と見藤は、とてつもなく馬が合わなかった。見藤が右と言えば、煙谷は左という。思考、行動、すべてが正反対だと本人達は言う。
煙谷は顎の辺りまで伸ばしたソバージュヘアを少し振り払いながら、見藤に作業を終えるよう催促する。その際、左手首につけられた深緋色をした数珠が少し鳴った。
彼の風貌は黒髪のソバージュヘアが白い肌を際立たせ、その肌に咲くような、そばかすが印象的だ。細身の長身であり、見藤よりも若いようだ。
細身の体格に似合わず、袖ぐりが深くゆったりとした黒い服を着ている。その黒色は視覚的にも夏の暑さを助長させる。
そのことにも見藤は少なからず苛ついていた。かく言う見藤もネクタイこそしていないが、いつものスーツ姿で、実のところ人のことは言えない。
見藤が怪異を専門とする傍ら、煙谷は霊を専門とする祓い屋だった。怪異という認知次第で実体を得る存在とは異なり、霊とはそのままの意だ。
死後の世界へ旅立たず、現世に留まり続ける者達。未練が故に長く現世に留まり続けた末に悪霊となる者、自殺や他殺による負の感情に呑まれた者、そう言った者たちを成仏させ、祓うことが煙谷の仕事だという。
怪異と霊、似て非なるものであるが、それ故にこの二人はライバル関係であった。
「にしても、怪異に喰われる霊も可哀そうだよねぇ。成仏せず、言葉通り消滅するんだから」
「知らん」
―― 問題はこれだ。
多発した災害によって犠牲者が増え、その災害に恐れを抱いたが故に集団的な認知が働き、そこに新たな怪異が生まれる。生まれたばかりの怪異は力が弱く、認知が薄れると消えてしまう。
若しくは猫宮のような生物から妖怪へと転じた、特殊な生まれを持つ怪異に喰われる。そのバランスが成り立っていれば、そうそう人里に過大な害を及ぼす怪異は生まれない。
だが、その均衡が破られ始めたのだ。何をきっかけにしたかは不明であるが、生まれたばかりの怪異が霊魂を喰らうことで存在を維持し、実体を持ち始めたのだ。
煙谷曰く、人間の魂というのはエネルギーの塊だというのだ。詳しい事は話半分でしか聞いていないため見藤には分らない、自分の依頼をこなすだけである。
もちろん、煙谷も依頼を受けここにいる。過去になかった現象が起きているため、馬の合わない見藤と渋々行動を共にしているのだ。仕事であればきっちりこなす、どこか似た部分がある二人だ。
「ねぇ、僕の話聞いてる? 本当に嫌な奴だよ」
「お前ほどじゃないさ」
「いちいち腹立つなぁ。って、君の携帯?」
煙谷が見藤のズボン後ろのポケットに差し込まれたスマートフォンを指さす。着信だ、久保が設定したメロディが周囲に流れる。見藤がある程度スマートフォンを使えるようになったのも久保の指導の賜物だ。
「君、機械に疎かったんじゃなかった?」
「うちの助手は優秀でな」
「ふーん」
久保はただスマートフォンの操作を根気強く教えただけなのだが、煙谷にも見藤が機械に疎いのは共通認識であるらしい。
しかし電話に出るや否や、先ほどの見藤の言葉は覆されることになる。話が進むにつれ、彼の眉間に皺が寄っていく。
見藤が困っている様子が面白いのか、煙谷はにやにやと笑っていた。
「君なぁ……」
『本当にすみません!!!!』
「ったく……、その場所は?」
『八十ヶ岳の麓の廃旅館です……』
「…………」
帰ったら説教してやる、と心に決めた見藤である。
久保から事情と場所を聞いた見藤は、レンタカーの車内に乱雑におかれていた書類を捲り始めた。その場所に心当たりがあったからだ。
「君は本当に運がいいな」
『え?』
「次の仕事場だ。……明後日には間に合いそうだな」
どこぞの誰が遊び半分で心霊スポットへ赴き、何かしら被害を被ろうが見藤には関係のない話である。が、知ってしまった以上放置はできず、また久保の同行理由も無下にはできない。
決まってしまった事は仕方がない。見藤はただ溜め息をつく他なかった。
見藤と煙谷の次の仕事場、ということはその廃旅館は言わばホンモノ、ということになる。そして、八十、と名の付く地名には少なからず八十神に由来するものがある。
八十神とは数多の神々を表し、その神々の中には悪神も含まれている。そして、その神々というのは人が祀り上げ、神にも似た力を得た怪異のことである。ただ、悪神はその名の通り、悪戯に厄災を振りまく。
悪神は大昔であれば人を贄として要求したり、現代であればその地に足を踏み入れた者を死へ誘ったり、そのやり口は様々である。
或いは元々善良な神 ――、のように祀られた怪異であってとしても、人の信仰心や認知によって悪神へと堕ちる場合があるそうだ。
よって見藤や煙谷のような、怪異に引き起こされる事件や事故を調査する者や、祓い屋達により、そういった場所は定期的に調査が行われる。その調査結果は同業者への情報としてキヨの店で売買されるか、危険を伴うものは自衛策として情報共有される。
電話越しに聞こえきた地名を耳にした煙谷は、ふと物思いにふけった表情をしながら口を開いた。
「地名に隠された真実なんて、現代ではほとんど意味を成さないからなぁ」
現代へと時代が移り変わって行くにつれ、地名はその場所がどういった意味を持っていたのか、後世に伝える役割も薄れてきた。そうすると認知により存在を得る怪異たちは、存在を維持しようと行動するようになる。不幸をばら撒き、きっかけを作る。
そうして死の連鎖へと誘い、霊魂の捕食へと至る。もちろん、霊の中にも悪霊としてその地に留まり、死の連鎖を生み、生きた者を道連れにしようとする存在もいる。
煙谷は廃旅館と聞き、そこで起こった事件を思い出したのだった。
「八十ヶ岳の廃旅館って、あれかぁ。数十年前に起こった一家心中の」
「あれだな、宿泊客を惨殺した後の一家心中。その後、心霊スポットとして名を馳せ、二次的死者多数。お前の仕事が沢山ありそうだな」
「…………面倒になってきた」
「きっちり働け」
資料内容を簡単に確認した後、二人は車に乗り込んだ。
「本当にこの時期は怠いな……」
見藤のぼやきは夏の暑さに対してなのか、それとも少し離れたところに立つ、男に対して発せられたのか。
見藤は額に汗を浮かべながら地面にしゃがみ、ある程度の大きさがある紙に丁寧に文字列と図を描いていく。それが書き終わると紙の中央で破く、その作業を繰り返し続ける見藤を遠目に見つめているその男。
男は気怠そうにレンタカーに寄りかかり、作業が終わるのを待っている。すると、男が口を開く。
「それには珍しく同感だね。僕もこの時期じゃなければ君と同行して怪異対策なんて真っ平ごめんだよ」
「死霊の類はお前の専門だろうが」
「だからって同行は最悪。まだ終わらない訳?」
「黙ってろ」
この男 ―― 煙谷と見藤は、とてつもなく馬が合わなかった。見藤が右と言えば、煙谷は左という。思考、行動、すべてが正反対だと本人達は言う。
煙谷は顎の辺りまで伸ばしたソバージュヘアを少し振り払いながら、見藤に作業を終えるよう催促する。その際、左手首につけられた深緋色をした数珠が少し鳴った。
彼の風貌は黒髪のソバージュヘアが白い肌を際立たせ、その肌に咲くような、そばかすが印象的だ。細身の長身であり、見藤よりも若いようだ。
細身の体格に似合わず、袖ぐりが深くゆったりとした黒い服を着ている。その黒色は視覚的にも夏の暑さを助長させる。
そのことにも見藤は少なからず苛ついていた。かく言う見藤もネクタイこそしていないが、いつものスーツ姿で、実のところ人のことは言えない。
見藤が怪異を専門とする傍ら、煙谷は霊を専門とする祓い屋だった。怪異という認知次第で実体を得る存在とは異なり、霊とはそのままの意だ。
死後の世界へ旅立たず、現世に留まり続ける者達。未練が故に長く現世に留まり続けた末に悪霊となる者、自殺や他殺による負の感情に呑まれた者、そう言った者たちを成仏させ、祓うことが煙谷の仕事だという。
怪異と霊、似て非なるものであるが、それ故にこの二人はライバル関係であった。
「にしても、怪異に喰われる霊も可哀そうだよねぇ。成仏せず、言葉通り消滅するんだから」
「知らん」
―― 問題はこれだ。
多発した災害によって犠牲者が増え、その災害に恐れを抱いたが故に集団的な認知が働き、そこに新たな怪異が生まれる。生まれたばかりの怪異は力が弱く、認知が薄れると消えてしまう。
若しくは猫宮のような生物から妖怪へと転じた、特殊な生まれを持つ怪異に喰われる。そのバランスが成り立っていれば、そうそう人里に過大な害を及ぼす怪異は生まれない。
だが、その均衡が破られ始めたのだ。何をきっかけにしたかは不明であるが、生まれたばかりの怪異が霊魂を喰らうことで存在を維持し、実体を持ち始めたのだ。
煙谷曰く、人間の魂というのはエネルギーの塊だというのだ。詳しい事は話半分でしか聞いていないため見藤には分らない、自分の依頼をこなすだけである。
もちろん、煙谷も依頼を受けここにいる。過去になかった現象が起きているため、馬の合わない見藤と渋々行動を共にしているのだ。仕事であればきっちりこなす、どこか似た部分がある二人だ。
「ねぇ、僕の話聞いてる? 本当に嫌な奴だよ」
「お前ほどじゃないさ」
「いちいち腹立つなぁ。って、君の携帯?」
煙谷が見藤のズボン後ろのポケットに差し込まれたスマートフォンを指さす。着信だ、久保が設定したメロディが周囲に流れる。見藤がある程度スマートフォンを使えるようになったのも久保の指導の賜物だ。
「君、機械に疎かったんじゃなかった?」
「うちの助手は優秀でな」
「ふーん」
久保はただスマートフォンの操作を根気強く教えただけなのだが、煙谷にも見藤が機械に疎いのは共通認識であるらしい。
しかし電話に出るや否や、先ほどの見藤の言葉は覆されることになる。話が進むにつれ、彼の眉間に皺が寄っていく。
見藤が困っている様子が面白いのか、煙谷はにやにやと笑っていた。
「君なぁ……」
『本当にすみません!!!!』
「ったく……、その場所は?」
『八十ヶ岳の麓の廃旅館です……』
「…………」
帰ったら説教してやる、と心に決めた見藤である。
久保から事情と場所を聞いた見藤は、レンタカーの車内に乱雑におかれていた書類を捲り始めた。その場所に心当たりがあったからだ。
「君は本当に運がいいな」
『え?』
「次の仕事場だ。……明後日には間に合いそうだな」
どこぞの誰が遊び半分で心霊スポットへ赴き、何かしら被害を被ろうが見藤には関係のない話である。が、知ってしまった以上放置はできず、また久保の同行理由も無下にはできない。
決まってしまった事は仕方がない。見藤はただ溜め息をつく他なかった。
見藤と煙谷の次の仕事場、ということはその廃旅館は言わばホンモノ、ということになる。そして、八十、と名の付く地名には少なからず八十神に由来するものがある。
八十神とは数多の神々を表し、その神々の中には悪神も含まれている。そして、その神々というのは人が祀り上げ、神にも似た力を得た怪異のことである。ただ、悪神はその名の通り、悪戯に厄災を振りまく。
悪神は大昔であれば人を贄として要求したり、現代であればその地に足を踏み入れた者を死へ誘ったり、そのやり口は様々である。
或いは元々善良な神 ――、のように祀られた怪異であってとしても、人の信仰心や認知によって悪神へと堕ちる場合があるそうだ。
よって見藤や煙谷のような、怪異に引き起こされる事件や事故を調査する者や、祓い屋達により、そういった場所は定期的に調査が行われる。その調査結果は同業者への情報としてキヨの店で売買されるか、危険を伴うものは自衛策として情報共有される。
電話越しに聞こえきた地名を耳にした煙谷は、ふと物思いにふけった表情をしながら口を開いた。
「地名に隠された真実なんて、現代ではほとんど意味を成さないからなぁ」
現代へと時代が移り変わって行くにつれ、地名はその場所がどういった意味を持っていたのか、後世に伝える役割も薄れてきた。そうすると認知により存在を得る怪異たちは、存在を維持しようと行動するようになる。不幸をばら撒き、きっかけを作る。
そうして死の連鎖へと誘い、霊魂の捕食へと至る。もちろん、霊の中にも悪霊としてその地に留まり、死の連鎖を生み、生きた者を道連れにしようとする存在もいる。
煙谷は廃旅館と聞き、そこで起こった事件を思い出したのだった。
「八十ヶ岳の廃旅館って、あれかぁ。数十年前に起こった一家心中の」
「あれだな、宿泊客を惨殺した後の一家心中。その後、心霊スポットとして名を馳せ、二次的死者多数。お前の仕事が沢山ありそうだな」
「…………面倒になってきた」
「きっちり働け」
資料内容を簡単に確認した後、二人は車に乗り込んだ。
3
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる