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第一章 劈頭編

5話目 真夏の肝試し

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 いよいよ夏も本番になってきた。じりじりと太陽が肌を刺す。
 古い雑居ビルに設置された冷房器具など、たかが知れているのだろう。見藤は事務所の窓を全開にして風を呼び込み、団扇で自身を仰ぐ。熱波へのせめてもの抵抗だ。

「久保くん、夏はしばらく間をあけて来てくれ。ちょっと外へ行かにゃならんのが立て込んでるんでな」

 不意に見藤が口を開き、夏の予定が久保に告げられる。この暑さ故か、彼は少し気だるそうだ。
 そんな夏の予定を耳にした東雲は、か細い声で――。

「え、その間、見藤さんに会えない……」
「……ほんと君はぶれないね」

 久保の突っこみに東雲はぎっ、と睨みつける。出会った当初と比べると、東雲は大幅なイメージチェンジをしたようだ。そんな東雲の呟きには、流石の見藤も無視を決め込み、事務机に向かい書類を捲っている。

 見藤によれば、夏になると全国的に怪異による事件・事故が多発するらしい。異常気象による豪雨災害、日照り干ばつによって、人の認知は自然への畏怖の念に傾き、その負の感情は強まる。
 そして、その類の怪異の力を強めることになるそうだ。そうして力を急激に強めた怪異が引き起こす人里への影響の抑制を行うというのだ。キヨが店主を務める道具屋兼、情報屋。そこから、この手の依頼は見藤の元へ割り振られるらしい。

 それともうひとつ。夏の風物詩、肝試しである。
―― 毎年一定数いるのだ。心霊スポットと称される場所に足を踏み入れ、その昔に怪異が封印された石碑などを荒らしたり、土地に憑いている怪異に迷惑をかけたり、その影響は様々である。
 そして廃神社や廃寺院、山ともなるとその土地に居つくのは怪異だけではないらしい。肝試しにはおあつらえ向きの、―― 霊である。
 だが、霊が集まる場所というのは、見藤の仕事の範疇ではないらしい。そういう場所は他の専門家がいるのだそうだ。

「まぁ、夏だからって浮かれすぎるなよ。この間みたいなことは勘弁だ」

先の縁切り神社で遭遇した、呪詛が招いた人の成れの果て。見藤の言葉を聞き、その出来事を思い出した久保は苦い顔をする。

「分かってますよ。僕も同感です」
「俺は霊の類は視えんからな。何かあっても対処のしようがない。先に言っておくぞ」

そう見藤から釘を刺される。東雲が持つお守りの一件で分かった見藤の一面だ。

 襲ってきた怪異を鞄で殴り飛ばしたり、お守りの守護を強めたり。そんな不思議な力がある見藤だが、どういった訳か霊だけは視えないのだという。
 東雲は怪異と死霊を視ることができるというのだから、それ以上の見藤は当然両方視えるものだと思っていた。久保がその理由を尋ねても、上手くはぐらかされるばかりだ。

「まぁ、事務所には霧子さんも猫宮もいるから、暇つぶしに遊びに来るといい」
「ありがとうございます!」

「霧子さん!夏休みに入ったら、一緒にお買い物へ行きましょ!」
「あら、いいわね。ちょうど日よけの帽子が欲しかったの」

 見藤のこととなると途端にポンコツになる二人ではあるが、仲は良いらしい。最近は、可愛がっている東雲がよく遊びに来るからなのか、霧子もよく事務所を訪れるようになっていた。
 女性陣の夏の予定が決まり、この日は解散となった。

―― そうしてアルバイトに現を抜かしていたため、死に物狂いで試験勉強をする羽目になった久保。
 慌ただしく過ごしていると、あっという間に夏休みがやってきた。夏休みになにか、予定があったことなどすっかり忘れていた。


* * *

 無事に試験を終えた久保は、これから迎える夏休みに胸を膨らませていた。そこへ、思いもよらない言葉が掛けられる。

「クラスの何人かに声かけといたから、この日は肝試し決行な。よろしくー!」
「はぁ!?」

 久保は驚きの声を上げる。慌てて振り向くと、そこにはいつもの友人がいた。
 この友人の突拍子もない話や行動には、ある程度の付き合いであるため慣れたつもりでいたのだが、その内容には驚きを隠せなかった。

「えー、随分前から話しとったやん」
「いやいや、僕は行かないからな!」

久保は強い口調で言い返す。
―― 断固拒否である。先の壮絶な不思議な体験も然り、見藤の忠告もあるのだ。自分はその世界の一端を垣間見ている。誰が危ないことに首を突っ込むというのか。
 しかし、この友人には久保の思いなど関係あるはずもなく、スマートフォンを片手に一人勝手に話を進めている。

「ここな、動画配信サイトでもかなり有名な心霊スポットや。ここなら、まぁ何かおもろい事起きるやろ。一夏の思い出やな。うんうん」
「そういう軽い気持ちで行くものじゃないだろ、それに……!」
「もう人数も集まってん……。ほな、明後日よろしくな!」
「明後日!!??」

聞く耳を持たない人間と言うのは説得も困難である。
 久保に諫められた友人はそそくさとその場を後にした。一人残された久保は――。

「どうしよう……」

 見藤が不在の中、最大の危機を迎えていた。一先ず、事情の通じる東雲に連絡を取ることにした。久保が事情を話し終えるや否や、電話口から東雲の呆れた声が聞こえた。

『え、あの話、本当に行くことになったの?』
「どうしよう……」
『あほなん? 見藤さんにも言われとったやろう!』

 東雲がこうして地元の言葉が出るときは大概お怒りの時である。にっちもさっちも行かなくなった、数名のクラスメイトも参加することになってしまっている。
 事情を説明しても、馬鹿なことを言っているだけの怖がりな人間だと笑われるのがオチだ。自分だけなら行かない選択をすることも容易いが、久保の小さな正義感がその選択を許さないのだ。

「とりあえず、見藤さんに事情だけは説明しておこう……。心配だから同行します、って」
『はぁ……。うちも行くわ』
「え、」
『仕方ないやろう!うちだって本当は嫌やわ!』
「東雲さん……』
『早う、見藤さんに連絡取って!」

久保は初めて東雲に感謝をした、が ――。

『こういう流れで同行するのがヒロインっぽいやろう』
「そういう事、言わなきゃいいのに……」

華麗な前言撤回である。


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