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第一章 劈頭編

4話目 出張、京都旅②

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 キヨから手渡された紙には神社の住所と、行き方が丁寧に書かれていた。その住所に覚えがあった久保はすぐさま手元のスマートフォンで調べ始める。彼はやっぱり、と小さく呟くとスマートフォンの画面を見藤に見せた。見藤はその小さな文字で書かれた画面が見づらいのか、眉を寄せている。

「ここって、最近人気の縁切り神社ですよね」
「ん?」
「なんでも悪縁がスパーンっと、気味が悪いほどよく切れるっていう噂の」
「そうなのか」
「そうですよ。嫌な人間関係だったり、お酒、浪費癖だったり。とにかく自分が切りたい縁を神様に願うと本当に縁が切れるらしくて」

久保の説明に首を傾げる見藤は世間の流行に疎い、彼らしい反応だった。
 そこで久保はふと気になった。怪異や霊は存在していると認識しているが、こうして神社に祀られている神はどうなのだろうか。好奇心に任せて見藤に尋ねてみる。
 すると、そんな久保の問いにも彼は丁寧に答えてくれた。

「まぁ、いるだろうな。御霊みたま信仰や怪異の類だって生きている人間が懇切丁寧に祀り上げれば、立派な神さまだ。土地神なんかもそれに相当する。正真正銘、古から存在してきた、生まれながらにしての神様というのは……現代にも存在しているのかどうか知らんが」
「へぇ」
「それも信仰によるエネルギーの集約と認知の関係だろうな」

 なんだか小難しい話になってきた。要は、人間の信仰心によって神の力は強まったり弱まったりするらしい。
 一先ずは考えても仕方がないと二人は目的地へ向かうことにした。

 目的地に到着する頃、時刻はすっかり夕方間際だった。大型連休の影響か、それでも参拝客は多いように感じる。この場にいる参拝客のほとんどが、何かしらの悪縁を断ち切ろうとこの神社を訪れているのだと思うと、人の悩みは尽きないものだとしみじみと考える。

 見藤はそんな人の中に何かを視ているのか、時折何かを目で追っていた。そして、不思議と初めて来たようには思えない既視感に首を傾げるのであった。すると ――。

「見藤さん!!??」

不意に聞き慣れた声がしたのだ。
 二人が振り返ると、巫女装束に身を包んだ東雲がこちらに向かって来る姿が見えた。寧ろ、この人の流れで見藤に気付く東雲の目の良さが恐ろしい。
そういえば、東雲はこの大型連休は実家に帰省し、実家の手伝いをすると話していたことを、久保は思い出す。

「え、東雲さんの実家って……。というか、僕もいるんだけど」
「ここだったみたいだな。縁を切る神社でえにしを手繰り寄せるなんぞ……冗談だろ」

見藤の言う通り、なんとも皮肉の効いた冗談だろう。
 東雲は二人の元まで辿り着くと、見藤へにじり寄る。純粋な視線を送り、きらきらと輝いている。そんな彼女の視線に居たたまれなくなった見藤はさっと視線を逸らしていた。

「ここで何しとるんですか?偶然ですか?それとも必然ですか?」
「いや、出張ついでに突然の依頼があってな……」

 東雲のやや食い気味な質問責めに恐怖を覚える見藤。未だ東雲に対し多少の苦手意識があるのか、久保を前へ押しやり少しだけその陰に隠れる。中年のなんとも情けない姿である。

 一方、東雲は見藤に会えると思っていなかったのだろう、興奮して口調が方言に戻っている。なんとも蚊帳の外である久保は人知れず、心の中で涙を流すのであった。

 見藤は差し障りのない範囲で依頼について簡単に話す、東雲がどこまでこの神社の運営に関わっているのか測りかねたのだろう。お守りの一件然り、見藤のそういう気遣いが東雲にとって好ましいのかもしれない。
 事情を話し終えた見藤は依頼主である神主の所在を尋ねた。

「そういうことでしたら、うちの祖父を呼んできますね」
「あぁ、すまない。頼めるか?」
「もちろんです!」

元気に返事をし、その場を後にする東雲。
 するとしばらくして、優しい雰囲気を纏った老人がこちらへと歩いてくる。この人が東雲の祖父であり、ここの神主なのだろう。見藤と軽く挨拶を交わすと祖父は口を開いた。

「キヨさんから連絡がありましたよ。まさか貴方に来てもらえるとは思わなんだ」
「いえ、キヨさんから頼まれたものですから」
「ほほ、有難いです。ではこちらへ、一旦社務所にご案内致します。詳しい話はそこで」
「お願いします」

 見藤と祖父、二人の会話を聞いていた久保と東雲は互いに顔を見合わせ、首を傾げた。二人は同じ疑問を抱いているかのように思えたのだが ――。

(本当、見藤さんって何者なんだろ……。こういう界隈では有名な人なのかな?)
(はぁ、仕事モードの見藤さんも格好いい)

実のところ、全く異なっていた。


* * *

 見藤と久保は参道から少し離れた場所に建てられた社務所へと案内された。久保は助手ということで同席を許され、東雲は本人たっての希望で同席することになった。

 初め、見藤は東雲が同席することに反対していた。しかし、東雲はこの先お婿がくるまでの間、繁忙期という短期間であっても神社経営に携わるということであれば一端を知っておかねばならない、と尤もらしい理由をつけて同席したのである。
── どうにも婿の件を強調されたことだけは無視しておこう、と見藤は視線も合わせず無言を貫いていた。

東雲と見藤が知り合いだと言うと、祖父は心底驚いていた。そして、どういった経緯で知り合いとなったのかと尋ねる。
 東雲が先のお守りの一件について説明すると、祖父は何かに納得したように頷いたのだった。

「幼い頃、この子が無くしたお守りが手元に戻ってきたことがありましてね。その戻ってきたお守りは儂が見ても分かるほど、守りが強くなっておりました。そのお守りを身に着けるようになって、この子の周りに悪いものは、ほとほと寄り憑かないようになっておりました」

ですが、と祖父は言葉を続ける。

「ある時から、ここの神社は縁切り神社として有名になりましてな。その頃からです、お守りの守護が徐々に薄れていったのは。その頃のある日、幼いこの子はわしに言ったのですよ。お守りを拾ってくれた人にまた会えるようにお願いをしていると」

 祖父の言葉を聞いた見藤は興味深そうに、その表情を変えた。

「はぁ……、えにしを切る神に縁結びを願ったのか」
「そうなります。縁切り神社と言えば、悪縁を断ち切り、良縁を結ぶ。そのように解釈されがちですが、良縁が結ばれたのはあくまでも結果論なのです。ここの神さまにそのような力はありません。ですが、この子は神さまに大層気に入られておるのでしょう。こうして貴方とのえにしを手繰り寄せたのですから」

見藤の言葉に、今度は祖父が頷いた。
 すると、見藤は点と線が繋がったような感覚を覚える。東雲のお守りの御神璽ごしんじが、何かにかじられたような跡があったのは――。

「人の願いと認知の影響によって、かけ違いになった神さまの意思を成すために、お守りの効力を贄にしたのか。不思議なもんだな」
「ええ、全くそうですな」

祖父は話終えると、何か気掛かりなことがあったのだろう。怪訝な表情をしつつも、丁寧な口調で見藤に尋ねた。

「ところで、昔。キヨさんに連れられて、ここを訪ねて下さったことを覚えておいでではないですか?その時ですよ、貴方がこの子のお守りを届けて下さったのは」
「そうでしたかね……?」
「はい、そうです」

見藤と祖父、二人だけで何やら答え合わせをしている様子だ。
 一方の東雲は、何やら自分が過去にやらかしたのかと察して冷や汗を隠し切れない。こういう場合は沈黙するに限ると一言も言葉を発していない。

 東雲が幼い頃に無くしたお守りを拾ったのは若かりし頃の見藤だった。その出来事を彼自身はすっかり忘れているようである。どうやら見藤はそこはかとなく、人に関する記憶というのが朧気になるらしい。

―― 霊や怪異に憑かれやすい体質だった東雲は、見藤が守りを強めたお守りをもらい、一時的に安全地帯を手に入れたのだった。
 しかし、東雲の願いと参拝客達の相反する願いに応えようとした、この神社の神は見藤の強力なお守りの力を贄にすることで、東雲の願いを叶えたのだ。
 そうした結果、先のお守りの件につながったのだろう。

「先ほどの話に戻りますが、うちの神社では特に縁を切る願いが多い。過激なものだと、相手の不幸を願うもの、死を願うもの。そう言ったものは少なからず呪詛となります。その最上級のものが、あれですな……件の。その呪詛をこの地に受け続けてしまうと、神さまがどうなるのかはご存知でしょう」
「そうですね……。困ったもんだな、人間の恨みや嫉みっていうのは」
「全くです」

 祖父と見藤の間で話が進んでいく。そうして事前に聞き及んでいた通り、丑の刻参りに使用されたと思われる藁人形の回収を依頼したい、ということだった。

 縁切り神社での丑の刻参り、それは相手の死をもってして縁を断ち切るということを意味するのだろう。そして、数ある神社の中でも縁切りとして有名なこの神社を選ぶあたり、なんとも気味の悪い話だ。

「とりあえず、回収は可能だと思います」
「ありがとうございます」

 見藤はそう言うと、おもむろに立ち上がった。祖父もそれに続き、その場所へと案内するという。ひとまず、久保と東雲は留守番を言い渡された。
 久保は少し不服そうな顔を見せたが、見藤に釘を刺されるような視線を向けられればそれに従うしかない。見藤は「この手の界隈で有名な人」というのは、あながちかけ離れた答えではないのかもしれない、と久保は自分の中に留めておくことにした。

◇ ◇ ◇

 見藤が案内されたのは境内にある、少し離れた所にある林の中だった。しかし、日中は人通りがあってもおかしくない場所だ。わざと見つけやすい場所で丑の刻参りを行ったのだろう。
 祖父が足を止めると、林の中の木に二体の藁人形が打ち付けられていた。その藁人形を目にした見藤は、何やら考える仕草をした。

「丑の刻参りっていうのは、希少な道具やら何やらが必要なんだが……まぁ、これも模倣だな。ここの神さまは大丈夫です」
「そうですか。ようございました」
「ただ、やった本人は無事ではいられないでしょう。まじない返しを受ければ、模倣であろうがちゃんと効く。……そうなれば、もう人じゃいられない」

見藤の言葉に、意外にも祖父は安心した様子を見せたのだ。
 その後に続いた見藤の言葉に、微塵も興味はないようだ。祖父にとって、その人間が今後どのような報いを受けようが知った話ではないのだろう。
 そうして藁人形を回収した後、見藤は持ち帰り処分しておくと伝えると、祖父は深々と頭を下げた。
 だが、見藤はまだこの場所に用があるのか、祖父に声を掛けていた。

「先に戻っていて下さい。少しばかり、気になることが」
「分かりました」

 そうして一人になった見藤は、ふと足元を視る。久保と一緒に境内を散策していた時、視かけた怪異だった。
 その怪異は蛇のような形をしているが、口や目は見当たらない。白い胴体でうにょうにょ動いている。力の弱い怪異のようだが、おそらくここの神社の眷属だろう。

「お前がそうか、ここの悪い気を喰っていたんだな」

見藤はふっ、と短く笑うとその怪異をすくい上げ、拝殿近くへと戻しておいた。

 死をもって縁を切る。そのような人間の醜い願いに応えると、この地には呪詛が蔓延はびこる。それは他の参拝客が抱く、ちょっとした負の感情でも助長され、それが続くと、善良な神をも災厄をもたらす悪神へと貶めるのだ。それをこの怪異は自らの存在を犠牲にし、食い止めていたのだろうか。
―― 怪異の方がよっぽど健気だな、と呟いた見藤の独り言はもうすぐ夜の帳が降りる空へと消えてしまった。


 社務所へ戻ると祖父と東雲、久保の三人で何やら盛り上がっている。見藤の知らぬ間にどういった経緯でそうなったのか不明だが 、東雲の家に一泊することになっていた。
 見藤はその話を聞かされるや否や、間髪入れずにお断りを入れたのだが―― 。 

「え、いや、遠慮します」
「そう言われますな。今から帰られようにも夜も遅くなります。せっかくなので、是非。助手の方からはいい返事をもらっとります」

「見藤さん、ここはお言葉に甘えましょうよ!」
「……………」

 三人、共犯グルだ。京都観光を諦めていなかった久保と、さしずめ東雲が共謀したのだ。それに乗りかかるように祖父の善意が上乗せされたのだろう。
 見藤に許されたのは沈黙の承諾だけだった。渋々といった様子の見藤に、祖父は二人には聞こえないよう、こそっと耳打ちをする。

「あの人形をはりつけにした人物がまた現れないとも限りません。申し訳ないのですが、今日は少しばかり様子を見てほしいのです……」
「そういうことでしたら……。お邪魔させて頂きます」

祖父の耳打ちの内容に、見藤は頷いた。
 キヨに報酬を少し増やしてもらおう、見藤はそう考えることでこの状況を何とか納得しようと考えたのであった。


* * *

 そうして夜は深まる。祖父が勧める飲食店へと足を運び、四人で食事を摂った。それはもちろん、見藤の支払いであったのだが、流石は日本屈指の観光地。それなりのお値段だった。

(あんの婆さん……、次はない)

 キヨの含み笑いが脳内で思い出され、見藤は財布を握りしめながら怒りに堪える。しかしふと、後ろを振り返ると久保と東雲は満足そうな笑顔をたたえ、祖父は申し訳なさそうにしている。

 そんな様子を見て「まぁ、たまにはいいか」という気分になる。知った仲で同じ食卓を囲み、時間を共有し、腹を満たすというのは不思議なものだ。
―― と食事を共にするのは久しぶりだった。
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