フラワーキャッチャー

東山未怜

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18 あしたへ羽ばたく

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 合唱祭の日がやってきた。
 体育館のステージのそでに、二組が集合。みんな、そわそわしている。
 私たちの出番の前の前は、春海さんのクラスだった。指揮者は春海さんで、ストレートのロングヘアを、ステージのライトでキラキラさせながら、すごくなれた手つきで、カッコよく指揮棒をふっていた。
 合唱が終わって、クラスの人たちの最後に、春海さんが歩いてきた。私に気づくと、笑みを浮かべてくれた。
 私のそばには、咲也くんがいる。
 ふたりが近くにいるだけで、なんて心が落ち着いてくるんだろう。
 なんて考えていたら、春海さんが私に声をかけてくれた。
「恵梨ちゃん、がんばってね。合唱とか、いろいろ」
「はいっ! え、いろいろ?」
「いろいろは、いろいろ」
 にっこり笑った春海さんが、私の隣にいた咲也くんに会釈をして、いってしまった。
 そうして合唱は、うちのクラスの前の番になった。
「奏子ちゃん、伴奏がんばってね」
 私は楽譜を持った奏子ちゃんの肩をたたいた。
「ありがとう!」
「ゼッタイ弾けるよ。奏子の奏は、音を奏でるって意味なんだよね? 名前が守ってくれるんだもん、だいじょうぶ」
「そうだよ、奏子はピアノしかできないんだから、それくらいなんとかなる」
 近くにいた陸が、憎まれ口をたたく。
「ちょっと、陸ちゃん? それってはげましてるのか、けなしてるのか、わかんないよー?」
「それもそっか」
 陸が鼻をこすって、奏子ちゃんが笑った。
「奏子ちゃん、キンチョーしてないの?」
 不思議になってきいてみた。
「してるよ~。でもね、楽しみな気持ちのほうが、大きいの」
「すごい度胸だね! 私なんて、おおぜいで歌うだけなのに、キンチョーしちゃってる」
「おまじない、教えてあげる」
「おまじない?」
「てのひらに、人って三回書いて……」
「それならオレも知ってる」
「陸ちゃんもやってみて。それをね、大きく吸いこんで……」
 私も陸も、咲也くんも吸いこんだ。まわりのクラスメートも。
「息をはきながら、ぎゅうっとちぢまって……そのまま体じゅうに力入れて」
 言われたとおりにやってみる。
「力をぬきながら、深く息を吸って大きくバンザイ! で、それから手を下ろしながら息を吐くの」
 みんなで、バンザイ! 
「こんなんで、きくのか?」
 陸ってば信じていない。私もそう。だけど咲也くんは「なるほどね」と感心している。
「我も人なり、彼も人なり。それを暗示にかけるために〝人〟って書くんだね。おまけに深呼吸で、リラックスできる」
「咲也くん、そのとおり。私がママからきいたおまじないなの」
「お母さんも、ピアノを?」
 咲也くんがきく。
「うん。ピアニストだったことがあるの」
「さすが、奏子ちゃんのお母さんだね」
 私はびっくりしながら言った。
「そんなことないよ~」
「大沢さん!」
 それまで、自然とできあがった輪からはずれたところにいた真希が、進みでた。
「ピアノ、がんばんなさいよ!」
「……うん! ありがとう」
 奏子ちゃんが、明るい笑顔でこたえる。真希もかすかに、笑みを浮かべた。
「さ、出番だぞ」
 ジンサク先生の言葉に、二組の全員がステージにならぶ。
 奏子ちゃんはピアノの前に。指揮者は、学級委員長の長谷部くん。
 ピアノの前奏が流れて、私たちは「あしたへ羽ばたく」を歌いだした。

  泣いていたのは 昨日のいつか  笑えるだろうか あしたのいつか
  心がふるえて 立ちつくしても  みとめてあげたい 今の自分を

  どうしてだろう 空は遠い  どうしてだろう 世界はキレイ
  この雲の向こう 時の彼方  必ずあるんだ あしたはそこに

  飛んでいきたい 羽ばたいてみたい  涙がかわいたら ほら虹が待っている
 
 女子のソプラノも、男子のアルトも、輪唱も、ちゃんと歌えている。
 奏子ちゃんのピアノだって、生き生きしている。
 ちょっとこれは、いい感じじゃない? クラスがまとまっているんじゃない?

 
「よくやった! がんばった! おめでとう、二位!」
 教室で、ジンサク先生がクラスのみんなを、たたえてくれた。
 私たちは全校の中で、二位だった。
「ま、一位が三年生っていうのは、あたりまえっちゃあ、あたりまえだな。その中で、二位っていうのは、すさまじくがんばったな!」
「ジンサク先生の言う通り! 二組だから、二位でもいいんじゃね?」
 陸の言葉に、「そうだよね」、「ゴロがいいよね」、そんな言葉が聞こえた。
「大沢もピアノ伴奏、よくやったな」
 ジンサク先生が奏子ちゃんに拍手を送った。クラスじゅうからも、拍手がわく。
「あ……いえいえ……みんなががんばったから、それに引っぱられる感じで……」
 はにかんだ奏子ちゃんに、
「おつかれさま!」
「伴奏、ありがとう!」
 感謝の言葉が飛びかう。奏子ちゃんはうれしそうに、照れてはにかむ。
 あの日、ピアノが弾けなくなった、奏子ちゃん。
 クラスじゅうから、伴奏をやめちゃえと言われた、奏子ちゃん。
 がんばって、乗りこえて、今、こうしてみんなに拍手されている。
 なんか、なんか……すごい、すごいよ奏子ちゃん!
 ――ゴオオオオオッ!
 とつぜん、開けていた窓から、大風が入ってきた。
 白いカーテンが、ばさばさ、はためく。髪が乱れて、壁にはられたプリントがめくれる。
「なんだ? 今まで風なんてなかったのに」
「窓、しめよう!」
 おどろいた声があがって、窓はしめられた。窓の向こうでは、まだ大風が吹いている。
 ああ、これって感動しちゃった、私の力だ!
 コントロールできないのって、大変~!


「恵梨ちゃん! くると思ってたよ。合唱祭、おつかれさま」
 家に帰ってから、公園へチェリーの散歩にいったら、咲也くんがいた。
「咲也くんもおつかれさま。っていうか、いちばんのおつかれさまは、奏子ちゃんだよね」
「あと、指揮者の学級委員長。長谷部、かなりキンチョーしてたから」
「そうだったんだね」
「ねえ、川瀬さんの心の花、グレーフラワーだったんだって? すごいね、カラーに直せて」
「なんで知ってるの?」
 思わず、きょとんとしてしまう。
「オレが言ったんだ。恵梨の手柄は、咲也にちゃんと報告してやんなきゃと思ってね」
 ブルーベルが、ぬっとでてきた。
「あ、ありがとう。そうだったんだ、いつのまに」
「恵梨ちゃんの髪についていると思っていても、いつのまにか姿をもどして、僕のところにきてるときも、あったりするんだよね」
「まあ、オレは結局、ふたりのお目つけ役。忙しいんだよなあ」
 眠っているだけかと思ってたのに、いなくなっていることもあったんだ。そうですか、ごくろうさまです。
 ま、ブルーベルとはすぐ言いあいになっちゃうけど、なんだかんだ、感謝しているんだよね。
「恵梨ちゃん、今日さ、教室の中に大風、吹いてきたでしょ?」
「私、感動しちゃって」
 えへへ、と笑ってみせると、咲也くんは、あたりをキョロキョロ見わたした。
「僕にも風を吹かせる力は、コントロールできなかった。だってさ、ものすごく感動したときとか、心が大きく動いたときにしか、使えないから」
「そうだよね。やっかいだなあ。早くこの力、咲也くんに返したいよ」
「恵梨ちゃん、それなんだけど……実はさ、力、僕にもどす方法わかったんだ。ずっと言いそびれてて」
「わかったの!? 長老に、きいてくれたの?」
「うん。家にある魔法の鏡で、魔法界の長老と交信して。僕には力がないから、父さん代わりの人がきいてくれた。長老に、こっぴどく怒られちゃったけどね」
「たいへんだったんだね。ありがとう、きいてくれて。それで、どうすればいいの?」
「それが……言いにくいんだけど……」
「おい、咲也。あのこと、さっさと言っちゃえよ」
 なんだ、ブルーベルはとっくに知っていたんだ。
「言って! ちゃんと言って! 私、なんでもするから!」
 咲也くんは、頭をかいてから、私の目を見つめた。
「相手の人と、心が通じてる……っていうか、それ以上に、お互いを思いあう関係になった状態で……」
「うん、うん」
「……キ…………キ………………キ……………」
「キ?」
「……スを、するんだって」
「キ……ス? え、キス? ええーっ!?」  
「やっちゃえ、やっちゃえ!」
 キスだって? そうなんですか、そうきましたか……っ!
 できないできないできない、ムリ!!
 そんなはずかしいこと、ムリだよ~~~っ!
 それに、咲也くんが私を思っているなんて、あるわけないし!
 強い風が吹いた。ひるがえったスカートを、あわてて押さえる。
「……恵梨ちゃん……僕……」
 ……え? ……胸がドキドキしちゃう。
「ちょっと待て!」
 ハチドリのささやく声。
「どうしたの?」
 咲也くんがきくと同時に、ブルーベルは私の頭の上でヘアピンにもどったのがわかた。
『今はダメだ! 離れろ!』
 またしても、ささやき声。
 チェリーは遠くを見て、しっぽをピンと立てている。
『くるぞ!』
「なにが?」
「恵梨ちゃん、チェリー、どうしたの?」
 咲也くんが、チェリーのかたわらにしゃがんだ。
『チェリーが言ってる。向こうから、くるぞ、くるぞ……!』
「くるって、誰が……あ!」 
 歩いてきたのは……でたーっ!
「川瀬さん!」
 咲也くんが、あせったように言った。
 今の、見られてなかったよね? てか、話、ぜんぶ聞こえていたりしないよね?
「あ。やっほー、咲也くん!」
 笑顔で手をふって、真希がかけよってきた。
「こんなところに恵梨まで。ふたりで、なにしてるの? あ、犬の散歩か。私って、猫派なんだよね。猫アレルギーだけど」
「猫派! そうだ真希、チェリーの散歩してみる? 犬もかわいいよ?」
 ごまかすように言ってみた。
「はあっ? そんなの、できるわけないでしょ?」
「やっぱり、生き物嫌いなんだね。私はさ、数学の宿題ができないって、話してたところ。人には、向き不向きがあるって話をね」
 うそも方便て、きっとこのことだ。
「数学は向いてなくても、やらなくちゃならないものでしょ? ねえ、咲也くん」
「そうだね、僕も苦手だけど」
「なら、私が教えてあげる。あのね、私……咲也くんのことが、好きなんだ……!」
「え!」
「真希!?」
 いきなりの告白! すごい勇気! こっちまでドキンドキンしちゃうよ! 
 なのに真希は、しれっとしている。
「だから、ねえ、これから咲也くんのうちにいってもいい? 数学の宿題しようよ」
「こ、これから? うちは、ちょっと……」
 咲也くんが、しどろもどろになっている。助けなくちゃ。
「真希、これからコンビニへいくところだったんでしょ?」
「え? うん……」
「じゃあ、コンビニで待ってて。私、チェリーをうちに帰してくるから、そしたらコンビニいくよ。真希のおうち、つれてって。あ、真希のうちのカフェで! 私、教わりたい!」
「恵梨、なに言ってるの? 咲也くんとの仲、邪魔する気なわけ?」
「そ、そんなことない!」
 うん、私の気持ちは恋じゃない。恋なんかじゃない!
 だけど、キスしないと力をもどせないんだよね……。
「あ! じゃあ、僕も一緒に、川瀬さんの家で宿題やりたい。数学、教えて」
「咲也くんが? それなら……もうっ、恵梨もおいでね! なんか、恵梨といると調子くるうんだけど~っ!」
「それじゃ、コンビニ集合ね!」
「恵梨ちゃん、教科書忘れないでね」
「咲也くんも、ノート忘れないでね。真希、あとでよろしくね」
「も、も~っ! ふたりまとめて教えてあげる~っ!」
 楽しそうに笑って、真希が言う。
 咲也くんをちらっと見れば、私にほほ笑んでくれた。
 ドキリ。心が甘酸っぱいエネルギーで満ちあふれる。
 公園は、すっかり緑の葉桜。走るチェリーを追いかけて、私も走る。
 ごうっと、大きな風が吹いて、真希のポニーテールを、咲也くんのTシャツを、私のスカートをゆらして、踊っていく。
 私の吹かせた風。
 そう。私は今、フラワーキャッチャー。
                              

                                 おわり

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