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17 花言葉
しおりを挟む帰りがけ、私たちは三人で、真希の家が営むカフェに寄った。
ハーブティーを三人でたのんだ。私のは、レモングラスティー。レモンぽいような、牧草のような、おしゃれなんだかその反対なのか、ビミョウな味がした。
「まだまだ子どもだからだよ、恵梨は」
そうからかう真希は、マロウ茶というものを味わっている。透明のブルーなお茶だったのに、レモンをしぼると、茶系に色が変わって、私も奏子ちゃんもびっくりした。
「わたしのはハニーブッシュティー。はちみつ入れたら、甘くておいしいよ~」
のんびりした奏子ちゃんの声。
「大沢さんて、ふだんはおっとりしてるのに、あんなに行動的でびっくりした」
真希が感心したように言う。真希のお母さんは、お花の配達でいなかった。
「ああやって大沢さんが先陣切ってくれて、恵梨が背中を押してくれたから、パパと話せたんだよね」
お茶をすすった真希が、私たちを見た。
「あのさ、なんていうか……ありがとう」
ぺこり、おじぎをしてくれて、私は奏子ちゃんと顔を見あわせてしまった。
「はずかしいところ見せちゃったけど。パパと会えて、ま、ちょっとよかったかな。だから、ありがとう」
まさか、感謝してもらえるなんて。こんなふうに心を開いてくれるなんて。
素直な真希は、まるで昔にもどったみたい。
うれしくて、あわてて真希に返す。
「や! なんていうか! えっと……真希はよくがんばったよね!」
「そうだよ。川瀬さんは、どうどうとしてた。それにしても、おじさんカッコよくて、おしゃれでいいなあ。うちのお父さんとは、おおちがい!」
「そうなの?」
きくと、「そうだよ~」って返ってきたから、奏子ちゃんと笑ってしまった。真希も、「べつにカッコよくはないよ」って言いながら、かすかに笑みを浮かべている。
「めずらしい顔合わせだね」
聞きなじんだ声がした。お花屋さんのほうからきたのは、なんと、咲也くんだった。
はっ! 咲也くんとはケンカ中だった! 気まずい~!
「あっ! いらっしゃいませ!」
真希がぺこりとおじぎをした。
「え? ここって、川瀬さんの家なの?」
「うん。花屋兼カフェ。川瀬だから、〝リバー〟っていう名前なの」
にこにこして真希がこたえる。
「ぜんぜん知らなかったよ。僕、花を買いにきたんだ。だいたい、週に一回はきてるよ」
「週一で、うちで花を? ありがとう!」
「うちの人、花が大好きだからさ」
そういえば、咲也くんは魔法界の王子。こっちでは〝ある一家と住んでいる〟って言ってたな。家族とじゃなくて、さびしいだろうな。
でも花に囲まれた生活は、さびしさを少しでも、まぎらわせてくれるんだろうね。
「咲也くんがきてくれてるなら、ママに言って、こんどからおまけしてもらうよ」
「そんな、いいよ」
さわやかに言った咲也くんが、椅子に置いていた、あの一輪の赤バラに気づいた。
「キレイだね、真っ赤なバラ」
「これね、パパにもらったの。もう一緒には暮らせないんだけど、パパが別れぎわ、くれたの」
さびしそうに、真希がつぶやく。
「パパもね、お花屋さんなんだ」
「お花屋さんか……。ねえ、川瀬さんのお父さんは、たくさんある花の中から、どうしてこの赤いバラを選んだと思う?」
なぞなぞのように、咲也くんが問いかける。
「え……? なんでだろう……たまたま売れ残りとかじゃない?」
笑って流そうとする真希だったけれど、咲也くんはやんわりと返した。
「赤いバラの花言葉って、知ってる?」
私たちは三人そろって、首を左右にふった。
「赤バラはね、〝愛情〟っていう意味があるんだ。川瀬さんのお父さんは、川瀬さんのことを〝ずっと愛しているよ〟って、伝えたかったんじゃないかな」
さすがだ、咲也くん。情熱的な花言葉を、さらりと言ってしまえるなんて。
「ステキ~」
奏子ちゃんが、にこにこしている。
「そうなの? 愛情……。そっか、そうなんだ……」
つぶやいた真希がまた、泣きだした。ふるえるその肩に、私は思わず手をのばした。
「泣いちゃいなよ、真希。大人の事情は、私たちには入りこめないけど。それでもおじさんはいつでも、真希を思ってくれているんだよね」
「……ありがとう、恵梨」
泣いたままの涙声がしたとたん。
カットソーの下で、胸のペンダントが熱くなった。
ああ、そっか。真希の肩に、手をふれているからだ。心の花を集められたんだ。
……って、えっ? 真希と心がつながったってこと!?
「ねえ、真希。もしかして、あの人に会ったの?」
そのとき、するどい声がして手を離した。
配達から帰ってきた真希のお母さんが、お水のポットを手に怖い顔で立っている。
「真希、もう二度と会ってはダメって、言ってあったわよね?」
「川瀬さんは、お父さんのことが大好きなんです。お願いです。どうか、そこはわかってあげてください!」
すかさず立ちあがって発言したのは、奏子ちゃんだった。
「あなたもあの人に会ってきたの?」
「はい。何度も川瀬さんに、あやまっていました。それで、これを川瀬さんにくれたんです」
ひるまないで奏子ちゃんは、ラッピングされた赤バラの花を手に取った。
「これを、あの人が……?」
私もだまってはいられずに、立ちあがる。
「おばさんなら花言葉、知ってますよね?」
「きっと言いづらいことを、花言葉に託したんだと思います」
咲也くんだった。私もつづける。
「おじさんは、今でも真希が大好きなんです。見守っていたいんです。真希もおじさんのことが……だから、ふたりを切りさかないでください!」
「切りさくって……子どものあなたたちに、なにがわかるっていうの?」
「ママ!」
それまでだまっていた真希が、声をあげた。
「大人のママは、どうして私が花に見向きもしなくなったのか、わからないでしょ?」
すわったままの真希が、おばさんを見あげていた。
「え? なにか、わけがあるっていうの?」
「私ね、パパが好きだった花を、憎もうとしてたの。そうすればパパのこと忘れられる。ママの言うように、会わなくても平気って思えるって。でも、やっぱりムリ。私はね、パパも花も、やっぱり大好きだって気づいたの。このふたりが、パパに会わせてくれたおかげでね」
おばさんが鼻をすすって、口もとに手をあてた。しばらくだまっていたかと思うと、近くの椅子に腰を下ろして、真希と目線を合わせた。
「真希は、これからもパパに会いたい?」
こくり、真希が大きくうなずく。
「……そうなの。それじゃあ……」
おばさんが、じっと真希を見つめる。
「このお店〝フラワー&カフェ・リバー〟を継いでちょうだい。それなら、あの人と会ってもいいわよ」
「ほんとうに?」
「ええ」
真希がうつむいて、考えこんだ。
グラスの中で、氷がコロンと揺らぐ音がした。
「うん……わかった……」
顔を上げた真希が、おばさんを見つめて、はっきりとそうこたえた。
「え? ちょっと、川瀬さん? 自分の将来決められちゃって、それでいいの?」
きいたのは、奏子ちゃん。おばさんが「あら」と、とまどう。
「それもそうよね。それじゃあ……お店を継ぐという話はともかく、これを約束して。これからは正直になって、花が好きなら、好きでいるって。私も真希の気持ちを尊重して、パパと会っていいって約束するから」
「ほんとに? ……うん! ありがとう、ママ。私、正直になるから!」
はずんだ声で、真希ははにかんでみせた。
……あ。真希の心の花を感じる。モノクロなんかじゃない。
レモン色の、キレイなマーガレットだ。
元気になれたんだ、真希。よかった……私なんかが、役に立てたのかな。
奏子ちゃんもいてくれたおかげだよね。
「真希ってきっと、ううん、ゼッタイ、素敵なお花屋さんになるよ!」
自身を持って、私は言った。なんとなく、そんな気がするんだ。
「僕もそう思う。川瀬さんはおしゃれだし、センスがいいんだよね」
「わたしも、応援しちゃう!」
三人で真希を見ると、「べつに、うちを継ぐって、まだ決まってないし」って、照れくさそうに笑った。
おばさんは「今までごめんなさい」、そう言って、真希を抱きしめた。それから私たちに、「真希のこと、ありがとうね」と、クッキーをだしてくれた。
「……ふう。なんか、すごくつかれちゃった……」
帰り道、歩きながら奏子ちゃんがつぶやいた。
「だいじょうぶ? 家まで歩ける?」
私が言うと、咲也くんが「送ろうか?」ときいた。
「うん、ありがと。でも、大丈夫……ずっとナーバスだったのに、いきなり動き回ったからかな。わたし、家に電話するね」
私たちから離れて、奏子ちゃんはスマホで電話をはじめた。
「恵梨ちゃん……このあいだは言い過ぎたよ……ごめんね」
とつぜん咲也くんから、まさかのおわび!
「ううん、私こそ言い過ぎちゃった。ごめんなさい」
ささやくように、ひそひそ話す。
「ねえ、真希の心の花、ゲットしたの。春の花のマーガレット! これ、どうしたらいい?」
胸もとからペンダントを取りだした。
「集めたマーガレットを思いだしながら、翡翠を指先であっためて、そっと押して」
言われたとおりにやってみる。すると、レモン色のマーガレットが現れた。
「奏子ちゃんの背中にペンダントを向けて、強く念じるんだ。〝春の花よ、力をお与えください〟って」
私はあたりを確認した。ちょうど通りには、近くにだれもいない。奏子ちゃんは電話に夢中だ。
立ち止まって、言われたとおりにしてみる。
――春の花よ、力をお与えください。
ふいに、ペンダントから七色の光がもれだした。
すぐにそれは小さな光の玉になって、奏子ちゃんの背中から体の中へ入って、消えた。
「ひゃあ!」
悲鳴をあげた奏子ちゃんが、背中をかく。
「恵梨ちゃん今、背中になにか入れなかった?」
「な、なんにも?」
「だって、なんか熱いっていうか、冷たいっていうか……あれ? なんでもないみたい」
「気のせいじゃない?」
咲也くんがほほ笑む。
「うん、気のせいだと思うよ」
私も言ってみた。電話を切った奏子ちゃんが、首をかしげる。
「そうかな……あ。来週の合唱祭、わたしがんばるね! なんか、ワクワクしてきちゃった!」
よかった、奏子ちゃんにほんとうの元気がもどって。
咲也くんと、そして真希と、また仲よくなれて。
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