フラワーキャッチャー

東山未怜

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16 とつげき!

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 咲也くんとケンカをした。奏子ちゃんは元気がない。真希もどこか、おかしいらしい。
 三つも問題を抱えてしまった。どれから手を打つべきなのかな。私になにかできるの?
 学校帰り。奏子ちゃんはピアノのレッスンがあると、先にいってしまった。
 日直の仕事を終えて、昇降口にいくと、あの子がひとりで帰るところだった。
「待って」
 ゆれるポニーテールを呼び止めた。
「小四のときの、私の誕生パーティー。ねえ、あのとき、なにがあったの?」
 ゆっくりと、ふり返る。私はそんな真希に、つづけて言う。
「ちゃんと言ってくれなくちゃ、わからないことだってあるんだから……お願い、教えて!」
 ブルーベルから、いつか聞いたことだ。〝思ってるだけじゃ、伝わらない〟って。
 真希は暗い顔で、ため息をついてみせた。
「あの日……恵梨たち家族の、仲のいいところを見せつけられた」
 うちら家族の……?
「恵梨が、ものすごく遠くに感じた……あの少し前、パパはうちをでていったの。なのに恵梨の家族は、相変わらずあんなに仲よしで、うらやましくて……だから恵梨に嫉妬したの!」
 思ってもいない言葉だった。考えたこともなかった。
 私がもっと、真希のことを思いやってあげられていたら。
「真希、ごめん……」
 今考えると、あのころ、おじさんはいなくなった。この町をでていった。
 そのことを知らなかった私だけど、どうして真希の少しの変化にも、気づけなかったんだろう。
 どうして真希の心に、よりそえなかったんだろう。
 誕生会のあとに知ったことだったけれど、そのあとでも、なにかできたはずだ。
 いくら真希が、私を遠ざけていても。
「パパとママは、ケンカばかりしてた。ある日、ふたりは別れることを決めたの。うちで花屋をしていたパパも、もちろん花が好きだった。私、花が好きな人に、悪い人はいないって信じてた。なのにパパは私を捨てて、でていった……花なんて、大っ嫌い!」
 大嫌いなんて言うけど……。
「真希、ホントにそう? 花が嫌いな子は、道ばたの草が咲かせた花を、気にかけたりしないよ」
 できるだけ、おだやかに話すと、真希はおどろいた顔で私を見た。
「このあいだ、スマホで草花の写真撮ってたでしょ? コンビニのそばの道……」
「あ、あれは! あれは草じゃないよ。ムスカリっていう園芸種、球根植物だよ……アスファルトからムスカリが芽をだして、キレイに咲いて、ど根性なんとかみたいで、けなげだったから!」
 真希はしどろもどろで返すと、顔を真っ赤にした。
『〝ホントはパパに会いたい〟って、言ってるぞ』
 ふいにブルーベルがささやいた。
『真希はな、お父さんが今でも大好きなんだ。けど、大人の事情ってやつで、お母さんに会わせてもらえてない。どこにいるのかも、知らされていないんだ』
 私は真希から視線をはずして、自分の頭の中に語りかける。
『私もね、真希はきっと、おじさんに会いたいって思ってるって感じた。居場所、わかったりする?』
『さあね、オレにはわからん。だけどな、恵梨が心から知りたければ、そのペンダントが教えてくれるよ』
 ペンダントが……よし。
「真希、ちょっと待ってて」
 くるりと後ろを向いた私は、カットソーの下からペンダントを取りだした。
 それから、〝真希のお父さんは、今どこにいるの?〟って、強く念じながら、いちごのような形の、透明な水晶をにぎった。
 だんだんと、水晶があたたかくなってくる。見ると、水晶の真ん中には、デパートの看板と、入り口にあるお花屋さんが映っていた。
 そこで黒いエプロンをして働く男の人。その人こそ、まちがいなく見覚えのある、真希のお父さんだった。
『オレのありがたさ、わかっただろ?』
『そうだね。おかげでペンダントを活用できた。ありがとね』
 心の中で、ブルーベルにお礼を言った。
 でも、どこのデパートだろう。私が視線をずらすと、まるでバーチャルメガネのように、見たい方向に映像が動いた。近くにはデパートのシンボル、カワウソのキャラクターの石像がある。
 そのカワウソが二本足で立っている。立っているポーズは、うちの最寄り駅から五つ先の、F駅そばにあるデパートだけのものだって、有名な話だ。
「真希、お父さんに会いにいこう!」
 私は真希のほうを向いた。
「え? なに言ってんの? だいたい、どこにいるかも知らないし」
「私、なんとなくわかる……っていうか、そうだ、うん、だれかに聞いたんだった。F駅前のデパートの、フラワーショップだよ!」
「そこにいるの?」
 ぱっと、真希の表情が明るくなったものの。
「だけど、今からじゃママが心配するよ」
 それもそうだ。もう夕方。これから電車に乗ってでかけるには遅すぎる。
 そうして私たちは、土曜日のお昼過ぎに、デパートへいくことにした。
 それぞれの家に遊びにいくと言って家をでて、公園で待ちあわせて、駅に向かっていると。
「恵梨ちゃん!」
 聞きなれた声にふり向くと、奏子ちゃんがいた。
「川瀬さんも……ふたり、いつのまに仲よしに?」
「べつに! 仲よくなってなんかないし!」
 ああ、真希ったら即答。軽く凹みます……だけど、気を取り直して。
「奏子ちゃんも、どこかへいくの?」
「わたしはピアノのレッスンの帰り。ねえ、よかったら、これから三人で遊ばない?」
 きっと奏子ちゃんは、私に気をつかってくれている。私が真希と仲よくなれるように。
「そうだ、奏子ちゃんも一緒にいこう!」
「ちょっと恵梨!」
「いいじゃん。みんなでいけば、怖くないよ!」
 私は奏子ちゃんに事情を説明した。奏子ちゃんは、「わたしも力になりたい」って、仲間に入ってくれた。
 電車で揺られているあいだ、真希とはなんにも会話がなかった。ムシされているというよりも、真希は緊張しているみたいだった。三年ぶりに会う、お父さんに。
 デパートの正面入り口のわきには、カワウソの石像があった。その右うしろには、フラワーショップ。色とりどりの花がならぶ中、黒いおそろいのエプロンをつけた店員さんが、ふたりいる。
 そのうちのひとりを見て、真希がかたまった。カワウソの陰で、じっと自分のお父さんを見ている。緑色のふちのメガネをかけて、すこしだけ茶色がかった髪の、おしゃれでやさしそうな人だ。
「あの人が、川瀬さんのお父さんね?」
 奏子ちゃんが、確認するようにつぶやく。
「そうだよ。あのオレンジのメガネの人」
 私はうなずきながら返す。
「ここは、わたしにまかせて」
「え?」
「奏子ちゃん?」
 真希も私も、あぜんとしているうちに、奏子ちゃんはずんずん、おじさんのもとへと向かってしまった。
「あの……こんにちは」
「いらっしゃいませ、こんにちは」
 奏子ちゃんへと、おじさんがほがらかに返す声が聞こえてくる。
「わたしのたいせつなクラスメートが、お父さんがいなくなって、すごくさびしい思いをしているんです」
「……え?」
「その子のお母さんは、お父さんに会わせてくれないんです。だけど、その子はお父さんに、とっても会いたいんです」
「……えっと? ……ああ、そうか。そのたいせつなお友だちを、元気づける花をあげたいんだね?」
 困ったように、おじさんが言う。
「いいえ。会わせてもらえないから、会いにきたんです!」
 その声が聞こえた瞬間、私は真希の背中をどん、と押した。
 よろけた真希が、フラワーショップへと進みでる。
「真希!」
 緑色のメガネの奥の目が、大きく見開かれた。
「……きてくれたんだ……ありがとう。久しぶりだな、元気だったか?」
「…………」
 うつむいたまま、真希はなんにもしゃべらない。
「あのさ……ごめんな、真希」
 おろおろするおじさんの前で、真希は大粒の涙をこぼしはじめた。
 それを見た、もうひとりの男の店員さんが、私たちをお店の奥へと案内してくれた。
「パパ、とつぜんうちからいなくなっちゃって! 私のことも、ママのことも捨てたんだよね? なんでそんなひどいことができたの!?」
 泣きながらの言葉に、おじさんはかなしそうな顔をしている。
「ごめんな……ごめんな、真希……パパが悪いんだよ……パパが、どうしてもママとうまくいかなくなってしまって……大好きな真希と、ほんとうはずっと一緒に暮らしたかった。でもな、ママとはもう、仲よくできないんだ……」
「なんで? なんで結婚したのにこうなったの? 私がいけないの!?」
 花に囲まれた真希が、泣きながらうったえる。おじさんは首を横にふる。
「真希が悪いことなんて、なにひとつもない。悪いのはパパなんだ」
「……パパなんて大っ嫌い!」
 ああ、真希、そんなこと言わないで……もう、だまっていられないよ。
「おじさん!」
 私の声にこちらを見たおじさんは、「恵梨ちゃん……」、力なく返した。
「真希は花を憎もうとしてるんです。花も、おじさんのことも。だけどほんとうは、大好きなんです!」
「恵梨!」
 私を呼んだ真希を、じっと見つめる。
「そうでしょ、真希。素直になってよ。お父さんのことが大好きだから、お父さんを思いだす花から、逃げていたいんでしょ? 花を憎んで、お父さんを忘れようと、必死なんだよね?」
 涙をふいて、真希は私をにらんだ。
「……そうだよ、恵梨の言う通りだよ……どんなにパパを思っても、パパはもどってきてくれないのに……」
「真希……パパのことを嫌いになっても、花は嫌いにならないであげてくれ」
 おじさんの言葉とおなじことを、私はおばあちゃんに言われた。花に罪はないから、花を嫌いにならないでって。
 真希はまた、大つぶの涙をこぼす。
「パパの好きなものは嫌い! パパを思いだすものは、みんな嫌い!」
「ごめんな。けど、悪いのはパパで、花は悪くないんだ……」
 そう言って、おじさんは一本の真っ赤なバラの花をラッピングして、真希に手渡した。
「これ、真希にプレゼント。会えてうれしかったよ」
 受け取った真希は、小さくうなずいた。
「ママにナイショできたらダメだよ?」
 そう言われた真希は、おじさんをまじまじと見つめる。
「だけど、私にとってのパパは……」
 うつむいて、声をしぼりだす。
「パパは……パパしかいないの……っ!」
 そう言って駅へとかけだした。私も奏子ちゃんも、おじさんにペコリとおじぎをして、真希のあとを追う。
 ちらりと後ろをふり返ると、おじさんは緑色のメガネをはずして、目をこすっていた。

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