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15 ケンカ
しおりを挟むそうじの時間、イスと机をうしろに移動した。広くなった教室は、野球場に早変わり。
陸がぞうきんを結んで、ボールにしたものを投げる。
それを、バットがわりにしたほうきで、べつの男子が打つ。
今日のクラスはいちだんと落ちつきがない。雨だからかな。
咲也くんも、飛んでいったぞうきんボールをひろっては、ピッチャーの陸に投げている。
ダメだなあ……そうじの時間なのに。
「ちょっと、今は休み時間じゃないよね? それに教室で野球ごっこなんて、あぶないよ!」
大きな声で言ってみると、遊んでいた男子たちが手を止めた。
陸がめんどうそうな顔で私を見ている。咲也くんは、気まずそうな顔で。
すかさず反応したのは、真希だった。
「またでたー。恵梨ったら、いい子ぶって! 正義感ふりかざして、そんなに気持ちいいの?」
いつのまにか私のそばにきていて、耳もとでささやかれた。
すごく冷たい、小さな声。咲也くんには、聞こえないようにしているんだ。
イラッときたけれど、がまんがまん。
「べつに、そんなつもりはないよ」
「うっわー! 無意識で、こんなにムカツク態度取れちゃうの?」
真希が、またしても小さな声で言う。
「無意識だなんて、恵梨ってある意味、天才だよね」
胸の中に、重苦しいかたまりが発生した。ショックとかなしみとイラ立ち。
だけど、そういう気持ちをそのまま相手に返したって、なんにもいいことなんてない。
前に真希にケンカを売られたとき、つい買ってしまったけど、あれはよくなかった。
「だいたいね、恵梨はヘアピンと話せる、さびしい人なんだから。ってか、あのときって、ハチだかガだかシオカラトンボだか、虫が動いてわめいてなかった? 恵梨ってば、虫と話してなかった!?」
真希のとつぜんの大声に、教室がしーんとなった。
や、やばい……! ブルーベルのこと、バレる!
『おい真希! 虫虫うるさいんだっての! オレはなあ……よし、ほんとうの姿、見せてやる~!』
『やめてブルーベル!』
頭のヘアピンを押さえて、たじろいでいると。
「ヘアピンと恵梨の正義感に、なんの関係もないじゃーん」
陸の、のんびりした声。
「川瀬、なに言ってんのー? 人が虫と話せるなんて、あるわけないじゃーん。おまえ生き物嫌いみたいで、カタツムリにも興味ないくせに、そんな夢みたいなこと思ってんのー?」
「藤本っ! 私はねえ、恵梨は、虫と話してればいいって言ってんの!」
「あのさ、真希」
私は呼びかけた。ハラハラした咲也くんの視線を感じる。話題をすりかえないと。
「ダメなものは、ダメじゃない? それをダメって言えないのも、言わないのも、ダメじゃない? ただ私は、見過ごせないだけ。そういう性格に生まれついたの」
「それがいい子ぶってるっていうんじゃないのよっ!」
キンキンした真希の声が耳をつんざく。
だけど、私はおだやかな話し方になるよう心がける。奏子ちゃんや、春海さんみたいに。
「じゃあ真希はさ、あのぞうきんボールが、真希のかわいい顔とか、キレイに結ってあるポニーテールとかに飛んできても、はいどうぞって思える? 怒らないで、どうぞご自由にって、やさしく思える?」
「そ、それは……」
「私、真希がさ、ぞうきんをかぶってる姿なんて、見たくないよ。それを止めたいだけだよ」
「……!」
真希の顔が赤くなった。怒っているのか、はずかしがっているのか、わからない。
「私、真希ともう一度仲よくなりたいって思ってる。いい子ぶってるんじゃなくてさ、私が本心から、そうしたいの」
「な、なに言ってんの……わかったよ、恵梨の言うことは、まちがってないよ。ど、どーぞ、どんどんいたずらな男子を、とっちめてよね……」
弱々しく言った真希は、木村さんと板橋さんを引きつれ、「ゴミ捨て、いこう」って、廊下へでていった。
「恵梨ちゃん、すごーい! ケンカにならなかったね!」
かけよってきた奏子ちゃんが、感動したように言ってくれる。
「私、なってた? 太陽に、なってた?」
「うん! わたしなんて、なんにもお手伝いできなかったけど。恵梨ちゃんは北風じゃなくて、太陽だったよ」
「よかった……ちょっとキンチョーしたけど」
体の力がぬけて、へなへな、ってなる。
陸と目があった。いいね、って、にぎりこぶしに親指を立てて、合図を送ってくるけど。
「ちょっと陸! いいねじゃないの。あんたたちが遊んでたからでしょーっ!」
「あ、わりい」
べーっと、陸が舌をだした。だけど咲也くんは、だまったまま。
「川瀬さん、ヘンなこと言ってたよね? 恵梨ちゃんが虫と話せるみたいなこと」
奏子ちゃんが言うから、私はあわてて説明する。
「あれね、公園でこのヘアピンに話しかけてたら、真希に見られちゃったの。ただそれだけ」
「そっかー。それならわたしも、ミイといっぱい話してたなあ。わたしが話しかけると、ミャーミャー鳴いて、お返事してくれて……」
そこまで話すと、奏子ちゃんは急にうつむいた。鼻をすすって、涙をぬぐう。
「わたし、ミイのこと考えると……泣き虫になっちゃう……」
「あのね、泣きたいときには泣いたほうがいいって、前に咲也くんが言ってたよ。いいんだよ、泣いちゃえば」
真っ赤な目で、見つめられた。
「ありがとう~~~!」
うるんだ瞳から、また涙があふれだす。
私は奏子ちゃんをそっと抱きしめた。咲也くんの視線を、痛いほど感じながら。
「だから、ほんっと、だいじょうぶ。うん、真希には、ちゃんとごまかしたんだから」
その日の夜。咲也くんのおうちに電話して、私は必死にフォロー。
電話をかけるのは、ものすごく勇気がいった。それでも、ちゃんと言っておかないと。
「真希はさ、私のこと、〝ヘアピンに話しかけるさびしい人〟って納得したのに、今日はそれが〝虫と話せる〟になっちゃったの」
『きっと真希ちゃんは、恵梨ちゃんの弱みを、なんでもいいからほしいんだろうな。だからあることないこと、言いふらすんだよ』
よかった! 咲也くん、ちゃんと私の話を聞いてくれて。
『だけどさ……』
めずらしく低い声。言葉のあいまから、怒っているような雰囲気が伝わってくる。
『だれかにその力、いつかはほんとうに見つかっちゃうかもしれない。恵梨ちゃん、ガードが甘いんじゃない? 事の重大さを、わかってないんじゃない?』
「え……?」
『もしバレたら学校じゅうに知れわたって、テレビやネットのニュースにもなっちゃって、恵梨ちゃん、どこかの研究所で、てっていてきに調べられちゃうかもよ? それくらい、たいへんなヒミツなんだよ? わかってるの?』
わかってるのって……なんで私がそこまで言われなくちゃならないんだろう。
この力は、もともと咲也くんのもので。
私は咲也くんが魔法界に帰れるように、魔法界が花を取りもどせるように、フラワーキャッチャーとして、努力しているつもりなのに。
『だいたいさ、花集め、ちゃんとしてくれてるの?』
「はあっ!? 私、ダンス部の仮入部も当分あきらめて、フラワーキャッチャーになろうとしてるんだよ! もしもし、咲也くん? 咲也くんこそ、力をもどす方法、さぐってくれてるの? 私、フラワーキャッチャーなんて、完全なボランティアなんだよ。ガードが甘いなんて言う前に、咲也くん、やることちゃんとやってよ!」
ガチャン、プーッ、プーッ、プーッ…………。
うそっ!? 電話、切られちゃった~~っ! 咲也くん、ひどいっ!
だけど、だけど……私、いきおいでなんてこと言っちゃったんだろう。
嫌われたくない人に、嫌われるようなことを……。
電話じゃダメだ。会って、顔を見て話せばよかった。
真希のグレーフラワーのことも、相談したかったのに。私ひとりじゃ、荷が重いよ……。
そっと、机の上の辞書を手に取る。
ぱらぱらめくると、咲也くんがくれた、四つ葉のクローバーが現れた。
胸の奥が、ずんと重たくなる。
どうして仲よくできないんだろう。どうして思ったこと、そのまま言っちゃうんだろう。
咲也くんからのプレゼントは、すこし色が変わって、かわいた感じになっていて、なんだかかなしくなった。
次の日。登校した私は、下駄箱で咲也くんと、はちあわせ。
それでも、お互いに「おはよう」って言わなかった。
目をあわせないのは、咲也くんのほうなのか、私のほうなのか……。
そうじの時間、昨日のことがあったからか、男子は野球ごっこをしないで、だらだらとそうじをして終わった。
今日はこのまま、咲也くんと話すこともないだろう。
……今日は? もしかしたら、このままずっとなんじゃないの?
そしたら私の不思議な力は、このまま一生ってことだよね。
そんなの、イヤだ……けど、もっとイヤなのは、咲也くんと話しをできないってこと。
もう、笑いかけてもらえないのかな。
あの、やさしげな目で見つめられたり、やんわりしたほほ笑みを、私に向けてくれたりすることは、もう、ないのかな……。
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