フラワーキャッチャー

東山未怜

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 あれきり奏子ちゃんと話しをすることもないまま、二日がたった。
 奏子ちゃんは教室で、ひとりぼっち。
 私もおなじく、ひとりぼっち。フラワーキャッチャー、失格だ。
 四時間目は音楽だった。もちろん今日も、後半は合唱の練習。
 先週まではカンペキに伴奏をした奏子ちゃんだったのに、今日はまちがえてばかり。
 死んじゃったミイちゃんのことがあって、かなしくて演奏に集中できないんだろう。
 奏子ちゃんはまちがえると、弾くのをやめちゃうから、歌うのもそこでストップ。
 なのに咲也くんだけは、つづきをきちんと歌っている。かなりいい声で。
「奏子ー、ちゃんと練習してこいよー。咲也のオンステージになっちまうじゃんかー」
 からかうように陸が言った。たぶん、場の空気をなごませたかったんだと思う。
 音楽室は笑いに包まれたけど、奏子ちゃんは泣きだしてしまった。
 みんなが一気にざわつく。
「大沢さん、今日の伴奏はお休みしましょう。調子がでないだけよね?」
 先生がフォローしてくれたから、私は言った。
「奏子ちゃんは、ペットの猫ちゃんが死んじゃって、かなしくてたまらないんです。だから、ピアノに集中できないんです」
 一瞬、クラスがしーんとした。それからすぐ、「かわいそう」っていう言葉が広がった。
 先生も、「そんなたいへんなことがあったのね」って、しんみりしている。
 だけど、「先生っ!」、真希が手をあげた。
「本番でも調子が悪いことだってあります。それでもきちんと弾けないようでは、伴奏者の意味がありません」
 もっともらしく真希が言うものだから、
「それもそうだよね」
 なんて、男子も女子もうなずいている。真希は、冷たい笑みでつづける。
「そういう人を推薦した、伏木さんにも問題があると思います」
 私!? 便乗して、これ幸いとばかりに、私のことまで責める気ってわけ?
「だよね。あのとき、伏木さんが推薦したんだよね」
「なんか、自信たっぷりにさー」
 教室のあちこちから、イヤな空気がただよってくる。
 これって、川瀬一派の力が広がりつつある前兆? まずい、これはまずい。
「私、伴奏は川瀬さんがいいと思います。合唱祭は再来週なのに、このままじゃたいへんです」
 おつきのひとり、木村さんが言った。
「私も川瀬さんが、大沢さんのかわりにやるといいと思います」
 もうひとりのおつきの、板橋さんだ。
「川瀬さんは、幼稚園のころからピアノを習ってるんです。ピアノの家庭教師をつけて」
 それを言っちゃうなら、奏子ちゃんは三歳から習っているよ?
「すごーい!」
「もう、川瀬でいいじゃん」
 だれかが言うと、クラスのあちこちから同調する声がきこえた。
 いけない、これじゃ。なんとかしないと!
 といっても、真希にやらせたくないわけじゃない。
 ただ私は、奏子ちゃんに弾いてもらいたいだけ。すぐにカンペキに合唱曲を弾きこなせるようになったかげで、奏子ちゃんは必死の努力をしたに決まっているから。
 だけど、なんて言おう。なんて言ったら、みんなを説得できるんだろう。
「オレは奏子がいいと思う」
 まさかの助っ人は、陸だった。
「最初にクラスで決めたとき、だれも文句言わなかったじゃん? それにさ、調子悪いときはだれだってあるよ。それをみんなでカバーするのが、クラスってもんだろ?」
 さすが奏子ちゃんの幼なじみ、いいこと言うじゃん! 私は心の中で、拍手を送る。
「僕もそう思います」
 咲也くんも!
「ピアノが途中で止まったとしても、気にしないで歌わないと。合唱って、まず、歌ありき、なんじゃないかな。もっとみんな、自信持って歌えばいいと思う」
 そう言った咲也くんに、陸がにぎりこぶしに親指を立てて、いいね、って合図を送った。
 これは……私もなにか言わないと!
「大沢さんのピアノ、すごくいいと思います。だからこのまま、大沢さんに伴奏してほしいです!」
「伏木さん……みなさん、意見をありがとう。ふたつに割れたわね」
 先生がため息まじりに言った。
「最初にクラスで決めたっていうのは、とてもたいせつなことです。それよりもたいせつなのは、本人がどうしたいかってこと。大沢さん、伴奏者、つづけたい?」
 しばらくの間のあと、奏子ちゃんは強くうなずいた。それから涙声で、
「……やりたいです!」
 はっきり言った。
「学級委員長は、どう思いますか? 指揮者だったわね。どう思う?」
 先生の問いかけに、学級委員長の長谷部くんがこたえる。
「大沢さんにやる気があるんだし、ペットが死んじゃったっていう、とくべつな事情があるんだし……それに、クラスで最初に決めたことだし。大沢さんがいいと思います」
 大沢さん〝で〟、じゃなくて、〝が〟って言ってくれた!
 それってすごくたいせつなことだと思う。その効果なのか、
「いいと思いまーす」
「大沢さんの伴奏がいいでーす」
 あちこちから声がきこえはじめた。
 だれかの意見に、人はすぐ流される。だけどこの瞬間、それはラッキーなことだ。
「なら、決まりね。伴奏者は大沢さんということで。今日は先生がかわりに弾くから、大沢さん、聞いていてくださいね」
 それから私たちは、合唱曲の「あしたへ羽ばたく」を歌った。
  
  泣いていたのは 昨日のいつか  笑えるだろうか あしたのいつか
  心がふるえて 立ちつくしても  みとめてあげたい 今の自分を 
   
 歌いながら奏子ちゃんを見たら、静かに泣いていた。歌と自分を重ねて、よけいに泣きたくなってくるのかもしれない。


 音楽の授業が終わって、私はすぐに奏子ちゃんの席に向かった。
「一緒に教室もどろう!」
 そう言ってみても、奏子ちゃんは泣きはらした目をふせて、私を見ようとしない。
「ミイ、死んじゃったの?」
 うしろから陸が声をかけてきた。
 こくり、奏子ちゃんがゆっくりうなずく。
「そっかー……残念だったな。ミイもオレの、幼なじみだったからな。かなしいね」
 しんみりと言った陸は、次には咲也くんに向かって、
「お、咲也ー! 昨日のテレビ見たー?」
 なんて話しかけながら、音楽室をでていった。
 私はふたりの後ろ姿を見つめながら、奏子ちゃんにきいてみる。
「陸も小さいころ、ミイちゃんと遊んだの?」
「……うん。陸はミイのこと、すごくかわいがってくれた」
「そっか……」
 陸ってば、ただの悪ガキじゃないんだな。
 そう思っているうちに、奏子ちゃんはさっと席を立って、いってしまった。
 奏子ちゃんは、私をやっぱりムシしている。
 放課後には、一緒に帰ろうとしたのに、先に帰られてしまった。
「いい気味!」
 いつのまにか近くにいた、真希だった。それからすれちがいざまに、私の机の上のペンケースを、また落としていった。
 すぐさまそれを拾った私は、
「ちょっと待って!」
 呼び止めて、ペンケースを開ける。
「真希がくれたこれ、今もたいせつに使ってるの。壊れたらイヤだから、わざとペンケース、落とさないでよ!」
 うす紫の、シャーペンを見せる。小四の誕生会で、真希からプレゼントされたもの。
「え? これ、まだ使ってたの……?」
「そうだよ。たいせつな友だちからもらった、たいせつなもの」
「そんなの……もう捨てていいのに」
 小さな声でつぶやいた真希は、教室をでていった。おつきのふたりを従えて。
 あの三人は、ほんとうに仲よしなのかな……ほんとうに友だちなのかな……。
「恵梨ちゃん、平気?」
 カタツムリの世話をしていた咲也くんが、いつのまにかそばにいる。
「ひどいよねえ。これって、いじめだよね?」
「ちがう、そんなんじゃない!」
 思わず大きな声がでて、私は自分にびっくりした。
「真希は、いじめなんかする子じゃない。ただ私のことが、気に入らないだけだよ」
「でも……」
「平気」
 仲よくなるには、どうすればいいのかな。花集めに関係なく、真希と、話したいのに。
 ああ……イヤになってくる。めんどうな人間関係。
 ふと、男の子のことを思いだした。ある日、とつぜんいなくなってしまった男の子。
「ジンサク先生の言っていた男の子の一家は、なにもかもすてて、家もすてて、いなくなっちゃったんだよね。その子、自分がカタツムリだったら、カラの中になにを入れたかったのかな」
 こんなこと言って、ヘンかな。
 私だったら、チェリーも、お気に入りのくつ下も、おばあちゃんのつくったブーケも、とにかくいろんなものを入れて、持って歩きたい。
 カタツムリの小さなカラには入らないけど、それでも、あれこれ入れてしまえたらいい。
「カラの中か……僕なら、記憶かな……うん、カラの中に、記憶をしまいたいな」
 咲也くんはからかいもせず、きちんと私の言葉を受け止めてくれた。
「忘れたくないこと。いろんな気持ち。思い出。そういうものなら、入れられそうじゃない?」
 あたたかい声が、胸をじんわりとゆさぶる。
 とたんに涙がこぼれて、私は自分にびっくりした。
 咲也くんのやさしさがありがたい。
 やさしくされたのに泣いちゃうなんて、私、ヘンだ。
「恵梨ちゃんはカラの中に、悩みごとをかかえているんだね。でもさ、泣きたいときには泣いたほうがいい。そうすればすこしでも、カラの中からでていってくれるよ」
「……ありがとう……」
 ぼろぼろと涙があふれだす。
 ほんとうにやさしい、咲也くんて。
 キレイなのは顔だけじゃない。心まで、キレイなんだ。




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