11 / 18
11 ピアノ
しおりを挟むあれきり奏子ちゃんと話しをすることもないまま、二日がたった。
奏子ちゃんは教室で、ひとりぼっち。
私もおなじく、ひとりぼっち。フラワーキャッチャー、失格だ。
四時間目は音楽だった。もちろん今日も、後半は合唱の練習。
先週まではカンペキに伴奏をした奏子ちゃんだったのに、今日はまちがえてばかり。
死んじゃったミイちゃんのことがあって、かなしくて演奏に集中できないんだろう。
奏子ちゃんはまちがえると、弾くのをやめちゃうから、歌うのもそこでストップ。
なのに咲也くんだけは、つづきをきちんと歌っている。かなりいい声で。
「奏子ー、ちゃんと練習してこいよー。咲也のオンステージになっちまうじゃんかー」
からかうように陸が言った。たぶん、場の空気をなごませたかったんだと思う。
音楽室は笑いに包まれたけど、奏子ちゃんは泣きだしてしまった。
みんなが一気にざわつく。
「大沢さん、今日の伴奏はお休みしましょう。調子がでないだけよね?」
先生がフォローしてくれたから、私は言った。
「奏子ちゃんは、ペットの猫ちゃんが死んじゃって、かなしくてたまらないんです。だから、ピアノに集中できないんです」
一瞬、クラスがしーんとした。それからすぐ、「かわいそう」っていう言葉が広がった。
先生も、「そんなたいへんなことがあったのね」って、しんみりしている。
だけど、「先生っ!」、真希が手をあげた。
「本番でも調子が悪いことだってあります。それでもきちんと弾けないようでは、伴奏者の意味がありません」
もっともらしく真希が言うものだから、
「それもそうだよね」
なんて、男子も女子もうなずいている。真希は、冷たい笑みでつづける。
「そういう人を推薦した、伏木さんにも問題があると思います」
私!? 便乗して、これ幸いとばかりに、私のことまで責める気ってわけ?
「だよね。あのとき、伏木さんが推薦したんだよね」
「なんか、自信たっぷりにさー」
教室のあちこちから、イヤな空気がただよってくる。
これって、川瀬一派の力が広がりつつある前兆? まずい、これはまずい。
「私、伴奏は川瀬さんがいいと思います。合唱祭は再来週なのに、このままじゃたいへんです」
おつきのひとり、木村さんが言った。
「私も川瀬さんが、大沢さんのかわりにやるといいと思います」
もうひとりのおつきの、板橋さんだ。
「川瀬さんは、幼稚園のころからピアノを習ってるんです。ピアノの家庭教師をつけて」
それを言っちゃうなら、奏子ちゃんは三歳から習っているよ?
「すごーい!」
「もう、川瀬でいいじゃん」
だれかが言うと、クラスのあちこちから同調する声がきこえた。
いけない、これじゃ。なんとかしないと!
といっても、真希にやらせたくないわけじゃない。
ただ私は、奏子ちゃんに弾いてもらいたいだけ。すぐにカンペキに合唱曲を弾きこなせるようになったかげで、奏子ちゃんは必死の努力をしたに決まっているから。
だけど、なんて言おう。なんて言ったら、みんなを説得できるんだろう。
「オレは奏子がいいと思う」
まさかの助っ人は、陸だった。
「最初にクラスで決めたとき、だれも文句言わなかったじゃん? それにさ、調子悪いときはだれだってあるよ。それをみんなでカバーするのが、クラスってもんだろ?」
さすが奏子ちゃんの幼なじみ、いいこと言うじゃん! 私は心の中で、拍手を送る。
「僕もそう思います」
咲也くんも!
「ピアノが途中で止まったとしても、気にしないで歌わないと。合唱って、まず、歌ありき、なんじゃないかな。もっとみんな、自信持って歌えばいいと思う」
そう言った咲也くんに、陸がにぎりこぶしに親指を立てて、いいね、って合図を送った。
これは……私もなにか言わないと!
「大沢さんのピアノ、すごくいいと思います。だからこのまま、大沢さんに伴奏してほしいです!」
「伏木さん……みなさん、意見をありがとう。ふたつに割れたわね」
先生がため息まじりに言った。
「最初にクラスで決めたっていうのは、とてもたいせつなことです。それよりもたいせつなのは、本人がどうしたいかってこと。大沢さん、伴奏者、つづけたい?」
しばらくの間のあと、奏子ちゃんは強くうなずいた。それから涙声で、
「……やりたいです!」
はっきり言った。
「学級委員長は、どう思いますか? 指揮者だったわね。どう思う?」
先生の問いかけに、学級委員長の長谷部くんがこたえる。
「大沢さんにやる気があるんだし、ペットが死んじゃったっていう、とくべつな事情があるんだし……それに、クラスで最初に決めたことだし。大沢さんがいいと思います」
大沢さん〝で〟、じゃなくて、〝が〟って言ってくれた!
それってすごくたいせつなことだと思う。その効果なのか、
「いいと思いまーす」
「大沢さんの伴奏がいいでーす」
あちこちから声がきこえはじめた。
だれかの意見に、人はすぐ流される。だけどこの瞬間、それはラッキーなことだ。
「なら、決まりね。伴奏者は大沢さんということで。今日は先生がかわりに弾くから、大沢さん、聞いていてくださいね」
それから私たちは、合唱曲の「あしたへ羽ばたく」を歌った。
泣いていたのは 昨日のいつか 笑えるだろうか あしたのいつか
心がふるえて 立ちつくしても みとめてあげたい 今の自分を
歌いながら奏子ちゃんを見たら、静かに泣いていた。歌と自分を重ねて、よけいに泣きたくなってくるのかもしれない。
音楽の授業が終わって、私はすぐに奏子ちゃんの席に向かった。
「一緒に教室もどろう!」
そう言ってみても、奏子ちゃんは泣きはらした目をふせて、私を見ようとしない。
「ミイ、死んじゃったの?」
うしろから陸が声をかけてきた。
こくり、奏子ちゃんがゆっくりうなずく。
「そっかー……残念だったな。ミイもオレの、幼なじみだったからな。かなしいね」
しんみりと言った陸は、次には咲也くんに向かって、
「お、咲也ー! 昨日のテレビ見たー?」
なんて話しかけながら、音楽室をでていった。
私はふたりの後ろ姿を見つめながら、奏子ちゃんにきいてみる。
「陸も小さいころ、ミイちゃんと遊んだの?」
「……うん。陸はミイのこと、すごくかわいがってくれた」
「そっか……」
陸ってば、ただの悪ガキじゃないんだな。
そう思っているうちに、奏子ちゃんはさっと席を立って、いってしまった。
奏子ちゃんは、私をやっぱりムシしている。
放課後には、一緒に帰ろうとしたのに、先に帰られてしまった。
「いい気味!」
いつのまにか近くにいた、真希だった。それからすれちがいざまに、私の机の上のペンケースを、また落としていった。
すぐさまそれを拾った私は、
「ちょっと待って!」
呼び止めて、ペンケースを開ける。
「真希がくれたこれ、今もたいせつに使ってるの。壊れたらイヤだから、わざとペンケース、落とさないでよ!」
うす紫の、シャーペンを見せる。小四の誕生会で、真希からプレゼントされたもの。
「え? これ、まだ使ってたの……?」
「そうだよ。たいせつな友だちからもらった、たいせつなもの」
「そんなの……もう捨てていいのに」
小さな声でつぶやいた真希は、教室をでていった。おつきのふたりを従えて。
あの三人は、ほんとうに仲よしなのかな……ほんとうに友だちなのかな……。
「恵梨ちゃん、平気?」
カタツムリの世話をしていた咲也くんが、いつのまにかそばにいる。
「ひどいよねえ。これって、いじめだよね?」
「ちがう、そんなんじゃない!」
思わず大きな声がでて、私は自分にびっくりした。
「真希は、いじめなんかする子じゃない。ただ私のことが、気に入らないだけだよ」
「でも……」
「平気」
仲よくなるには、どうすればいいのかな。花集めに関係なく、真希と、話したいのに。
ああ……イヤになってくる。めんどうな人間関係。
ふと、男の子のことを思いだした。ある日、とつぜんいなくなってしまった男の子。
「ジンサク先生の言っていた男の子の一家は、なにもかもすてて、家もすてて、いなくなっちゃったんだよね。その子、自分がカタツムリだったら、カラの中になにを入れたかったのかな」
こんなこと言って、ヘンかな。
私だったら、チェリーも、お気に入りのくつ下も、おばあちゃんのつくったブーケも、とにかくいろんなものを入れて、持って歩きたい。
カタツムリの小さなカラには入らないけど、それでも、あれこれ入れてしまえたらいい。
「カラの中か……僕なら、記憶かな……うん、カラの中に、記憶をしまいたいな」
咲也くんはからかいもせず、きちんと私の言葉を受け止めてくれた。
「忘れたくないこと。いろんな気持ち。思い出。そういうものなら、入れられそうじゃない?」
あたたかい声が、胸をじんわりとゆさぶる。
とたんに涙がこぼれて、私は自分にびっくりした。
咲也くんのやさしさがありがたい。
やさしくされたのに泣いちゃうなんて、私、ヘンだ。
「恵梨ちゃんはカラの中に、悩みごとをかかえているんだね。でもさ、泣きたいときには泣いたほうがいい。そうすればすこしでも、カラの中からでていってくれるよ」
「……ありがとう……」
ぼろぼろと涙があふれだす。
ほんとうにやさしい、咲也くんて。
キレイなのは顔だけじゃない。心まで、キレイなんだ。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
魔法が使えない女の子
咲間 咲良
児童書・童話
カナリア島に住む九歳の女の子エマは、自分だけ魔法が使えないことを悩んでいた。
友だちのエドガーにからかわれてつい「明日魔法を見せる」と約束してしまったエマは、大魔法使いの祖母マリアのお使いで魔法が書かれた本を返しに行く。
貸本屋ティンカーベル書房の書庫で出会ったのは、エマそっくりの顔と同じエメラルドの瞳をもつ男の子、アレン。冷たい態度に反発するが、上から降ってきた本に飲み込まれてしまう。
忠犬ハジッコ
SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。
「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。
※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、
今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。
お楽しみいただければうれしいです。
みかんに殺された獣
あめ
児童書・童話
果物などの食べ物が何も無くなり、生きもののいなくなった森。
その森には1匹の獣と1つの果物。
異種族とかの次元じゃない、果実と生きもの。
そんな2人の切なく悲しいお話。
全10話です。
1話1話の文字数少なめ。
守護霊のお仕事なんて出来ません!
柚月しずく
児童書・童話
事故に遭ってしまった未蘭が目が覚めると……そこは死後の世界だった。
死後の世界には「死亡予定者リスト」が存在するらしい。未蘭はリストに名前がなく「不法侵入者」と責められてしまう。
そんな未蘭を救ってくれたのは、白いスーツを着た少年。柊だった。
助けてもらいホッとしていた未蘭だったが、ある選択を迫られる。
・守護霊代行の仕事を手伝うか。
・死亡手続きを進められるか。
究極の選択を迫られた未蘭。
守護霊代行の仕事を引き受けることに。
人には視えない存在「守護霊代行」の任務を、なんとかこなしていたが……。
「視えないはずなのに、どうして私のことがわかるの?」
話しかけてくる男の子が現れて――⁉︎
ちょっと不思議で、信じられないような。だけど心温まるお話。

こちら御神楽学園心霊部!
緒方あきら
児童書・童話
取りつかれ体質の主人公、月城灯里が霊に憑かれた事を切っ掛けに心霊部に入部する。そこに数々の心霊体験が舞い込んでくる。事件を解決するごとに部員との絆は深まっていく。けれど、彼らにやってくる心霊事件は身の毛がよだつ恐ろしいものばかりで――。
灯里は取りつかれ体質で、事あるごとに幽霊に取りつかれる。
それがきっかけで学校の心霊部に入部する事になったが、いくつもの事件がやってきて――。
。
部屋に異音がなり、主人公を怯えさせる【トッテさん】。
前世から続く呪いにより死に導かれる生徒を救うが、彼にあげたお札は一週間でボロボロになってしまう【前世の名前】。
通ってはいけない道を通り、自分の影を失い、荒れた祠を修復し祈りを捧げて解決を試みる【竹林の道】。
どこまでもついて来る影が、家まで辿り着いたと安心した主人公の耳元に突然囁きかけてさっていく【楽しかった?】。
封印されていたものを解き放つと、それは江戸時代に封じられた幽霊。彼は門吉と名乗り主人公たちは土地神にするべく扱う【首無し地蔵】。
決して話してはいけない怪談を話してしまい、クラスメイトの背中に危険な影が現れ、咄嗟にこの話は嘘だったと弁明し霊を払う【嘘つき先生】。
事故死してさ迷う亡霊と出くわしてしまう。気付かぬふりをしてやり過ごすがすれ違い様に「見えてるくせに」と囁かれ襲われる【交差点】。
ひたすら振返らせようとする霊、駅まで着いたがトンネルを走る窓が鏡のようになり憑りついた霊の禍々しい姿を見る事になる【うしろ】。
都市伝説の噂を元に、エレベーターで消えてしまった生徒。記憶からさえもその存在を消す神隠し。心霊部は総出で生徒の救出を行った【異世界エレベーター】。
延々と名前を問う不気味な声【名前】。
10の怪異譚からなる心霊ホラー。心霊部の活躍は続いていく。
【奨励賞】おとぎの店の白雪姫
ゆちば
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 奨励賞】
母親を亡くした小学生、白雪ましろは、おとぎ商店街でレストランを経営する叔父、白雪凛悟(りんごおじさん)に引き取られる。
ぎこちない二人の生活が始まるが、ひょんなことからりんごおじさんのお店――ファミリーレストラン《りんごの木》のお手伝いをすることになったましろ。パティシエ高校生、最速のパート主婦、そしてイケメンだけど料理脳のりんごおじさんと共に、一癖も二癖もあるお客さんをおもてなし!
そしてめくるめく日常の中で、ましろはりんごおじさんとの『家族』の形を見出していく――。
小さな白雪姫が『家族』のために奔走する、おいしいほっこり物語。はじまりはじまり!
他のサイトにも掲載しています。
表紙イラストは今市阿寒様です。
絵本児童書大賞で奨励賞をいただきました。
悪魔さまの言うとおり~わたし、執事になります⁉︎~
橘花やよい
児童書・童話
女子中学生・リリイが、入学することになったのは、お嬢さま学校。でもそこは「悪魔」の学校で、「執事として入学してちょうだい」……って、どういうことなの⁉待ち構えるのは、きれいでいじわるな悪魔たち!
友情と魔法と、胸キュンもありの学園ファンタジー。
第2回きずな児童書大賞参加作です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる