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10 涙
しおりを挟む週が明けて月曜。今日はくもりで、心までどんよりしそう。
なーんていうのは、気の持ちよう。心の中だけでも晴れているように、笑顔、笑顔!
今朝のカタツムリの世話は、私が当番だった。咲也くんと交代にやろうって決めたんだ。
教室の後ろのロッカーの上の、カタツムリ。家から持ってきたニンジンの皮とキャベツの葉っぱをあげ終わると、奏子ちゃんが教室に入ってきた。
「おはよう、奏子ちゃん。いつも早いのに、今朝はゆっくりだね」
声をかけても、おはようって返してくれない。私の顔も見ないで、席についてしまった。
なにかあったのかな。お天気とおなじで、奏子ちゃんの心も、どんより曇っているのかな。
昼休み、奏子ちゃんは席で本を読んでいる。いつもはふたりでおしゃべりするのに。
「奏子ちゃん、どうかした?」
近寄って肩に手をおいたら、奏子ちゃんはびくっとして、そのままかたまっちゃった。
……あれっ? 私って今、無意識だったけど、奏子ちゃんにさわっているよね?
なのに、ペンダントが熱くならない。
なんで、どうして? 奏子ちゃんとは友だちになれたと思っていたのに。
私たち、心が通じていないってこと?
「ね、奏子ちゃん。元気ないよね? なにかあった?」
手を離しておずおずときいてみると、奏子ちゃんは私の顔を見あげた。
「……恵梨ちゃん、どうして教えてくれなかったの?」
暗い顔だった。いつものほがらかな奏子ちゃんじゃない。
「うちの猫の、ミイのこと。もうすぐ死んじゃうって、知ってたんでしょ? だからあのとき、おだいじにって、言ったんでしょ?」
「もしかして、猫ちゃん……?」
「死んじゃったの! 私が赤ちゃんのころから一緒だったのに……!」
「えっ?」
『ホントかよ!』
ブルーベルもおどろいている。
「昨日、ペット霊園で火葬して、とつぜんのお別れで、かなしくてかなしくて、いっぱい泣いたの。でね、思いだしたの。恵梨ちゃんが前に、〝おだいじに〟って言ったのを」
「それは……」
奏子ちゃんと一緒の帰り道。出会った三毛猫の言葉を、ブルーベルから聞いた。
――その子の飼い猫は、もうじき天国へ旅立つよ。
三毛猫がそう言っていると、ブルーベルが教えてくれたんだ。
「だけど私はあのとき、奏子ちゃんちのは、おじいちゃん猫だから、おだいじにって言っただけで……」
「それ、ずっと気になってたんだよ? 恵梨ちゃん、うちのミイがおじいちゃん猫だって、当てたじゃない! 私はグレーの猫を飼ってるって言っただけなのに!」
え、え? 私、そんなこと…………言った、言っちゃった!
「それは……ぐ、ぐうぜんだよ。たまたまそう思ったら、当たっただけだよ」
「うそ! 恵梨ちゃん、なにか不思議な力でもあるんじゃないの? 名前だって、伏木だし」
「ないよ! そんな力、あるわけないじゃん!」
言えない。言っちゃいけない。それが咲也くんとのルールだから。
「わたしに、ほんとうのこと言えないの?」
奏子ちゃんの目に、涙がたまっていく。
「友だちじゃないから? だからちゃんと、もうすぐミイが死んじゃうって、教えてくれなかったの? わかってたらわたし、もっともっと、ミイをかわいがったのに! 恵梨ちゃんは、だいじな友だちだって思ってたのに!」
机につっぷして泣きだした奏子ちゃんを、どうしていいのかわからない。
私は立ったまま、泣きじゃくるその背中を見守るしかなかった。
奏子ちゃんは、大好きなミイちゃんを亡くした。
もし、うちのチェリーが死んじゃったら……そう考えただけでも、泣きたくなる。
どうしよう、どうしよう……!
とまどっていると、川瀬一派がやってきた。
「仲間割れー? いい気味」
真希が言い放ったとたん、涙がにじんできた。かなしくて、頭にきて。
「なにか言ってみなさいよ。いつもの正義感はどうしたの?」
「正義感……?」
涙をこらえて、私はきき返した。
「そうでしょ? あんたってば、いい子気取りで。それ、すっごく腹立つんだよね」
いい子気取り? そんなこと、思ってもいなかったのに。
なのにそれが、真希の気にさわっていたっていうの?
「あーあ、つまんないの。口ごたえしないなんて、鳴きもしないカタツムリとおんなじ」
そう言い放った真希と一緒に、おつきのふたりも笑いだした。
くやしい。涙がこみあげる。
だけどここでは泣きたくなくて、あわてて教室を飛びだした。
奏子ちゃんの猫のこと、どうしてもっと気づかってあげられなかったんだろう。
もうすぐ天国にいっちゃうって、私にはわかっていたのに。
猫と奏子ちゃんの橋わたしに、なれたはずなのに。
私には、ブルーベルを通じて、猫の言葉がわかる。その力を、どうしていかせなかったんだろう。
いくらヒミツといっても、なにか方法があったはずだ。
けっきょく、私には力があっても、なんの力にもなれない。
力なんて手に入らなければ、奏子ちゃんに嫌われることもなかった。
いらないよ、こんな不思議な力なんて。
だけど、どうしようもない。咲也くんに返す方法がわからないんだから。
『おい、恵梨。力がある以上、気をつけていても、こういうことは起きてしまうんだよ。それを乗り越えてこそ、フラワーキャッチャーなんだからさ』
『私、なりたくてなったわけじゃないよ!』
もどりたいよ、ふつうの女の子に……!
「どうしたの?」
図書室の本棚のかげで泣いていたら、だれかに話しかけられた。
顔を見あげるとそれは、春海さんだった。
窓からの光を背にして、ものすごくキラキラして見える。
「ここじゃ、話せないよね。ベランダにいこっか」
私たちは図書室のベランダへでた。
「ひとりで泣くのって、さびしいんだよね。泣きやむまで、そばにいるよ?」
春海さんは、それきりなんにもしゃべらない。だまったまま、本を読んでいる。
なにがあったのか、きかれることもなかったから、ちょうどよかったけれど。
そばにいてくれるだけで、すごくありがたい。
こういうのが、ほんとうのやさしさっていうのかもしれないな……。
「……春海さんとは、お習字で一緒でしたね」
涙をぬぐいながら、言ってみる。
「私はやめちゃったけど、春海さんがいて、楽しかったです」
「そう? うれしいな、そう言ってくれて」
「ダンス部、楽しいですか?」
「もちろん。恵梨ちゃんは部活、なんにしたの?」
「あ……迷ってたけど……私も、ダンス部にしたいです」
「そう。入部、待ってるからね」
「はい! あ、でも……今、いろいろやることとか考えることがありすぎて……ちょっと落ち着いてからにしてもいいですか?」
「もちろん。いつでもウェルカムだよ」
春海さんが、ほほ笑んだ。その笑顔は、咲也くんとおんなじような、やんわりとしていて、とっても清らかな印象を受けた。
「キレイなヘアピンしてるね」
「あ! これ……」
ブルーベルのことだ。
あれ? ほめられたのに、なんにも言わないなんて、ヘンなの。また眠っているんだな。
「ハチドリは、キレイでいいよね」
そう言ってまた、ほほ笑んでくれた。
ステキな人って、笑顔もステキなんだ。くもり空を、ぱっと晴れわたらせるみたいに。
春海さんて物知りだな。ハチドリ、知ってるんだ。
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