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9 あの日
しおりを挟む翌日の音楽の授業から、合唱祭の練習がはじまった。
各クラス、べつべつの曲を歌う。
うちのクラスは「あしたへ羽ばたく」という合唱曲を選んだ。
「うちの小学校の卒業生が作詞家で、その方の作品なのよ」
音楽の先生が、ほがらかに話す。音楽室の、ベートーベンやなんかの絵の下で。パーマのかかった長い髪を後ろで束ねた、メガネの先生だ。
「ピアノは大沢さんだったわね。まず先生が弾いてみるから、大沢さんも、みんなも、よくきいていてください」
そうして弾かれた曲は、やわらかい感じからはじまって、だんだん明るくなっていった。
奏子ちゃんを見れば、真剣な表情で、楽譜とにらめっこしている。すごいやる気だな。私もがんばって歌わなきゃ。
先生の伴奏で、うちのクラスは何度も「あしたへ羽ばたく」を歌った。耳なじみがいいっていうのかな、すごくいい曲。
授業が終わってから、奏子ちゃんが先生に呼ばれた。
「大沢さんのピアノ、楽しみにしているわね。お名前、奏子さんていうのよね」
「……はい」
前髪をいじりながら、もじもじして奏子ちゃんがうなずいた。私もくっついてきちゃったから、隣で奏子ちゃんがはずかしそうにしているのが、よくわかる。
「奏子の奏は、演奏の奏ね。音を奏でるという意味なんだもの、きっといい演奏ができるわよ」
先生は、ぽん、と、奏子ちゃんの肩をたたいた。
奏子ちゃんが、
「はい、がんばります」
って、先生の目を見て、うれしそうに言った。
奏子ちゃんは家で、合唱曲の猛練習をはじめたらしい。
一週間後、二回目の音楽の時間で、奏子ちゃんがカンペキに弾いたものだから、クラスじゅうがびっくりした。
やっぱり、奏子ちゃんを推薦してよかったな。
だけど、おもしろく思わないのが真希だった。
真希は私に、さらにキツく当たるようになった。
おととい、私の机のわきを通るとき、わざと私のだいじなペンケースを落として「急にめまいしちゃったー」って、騒いだ。
きのう、カタツムリのえさをロッカーの上に置いておいたら、「やだ、あの野菜くず、ゴミだと思って捨てちゃったー」って、けろっとしていた。
そして今、金曜の教室そうじの時間。目の前の真希は、おつきのふたりと、私のヘアピンをじっと見ている。もちろん、ハチドリのブルーベルが変身したヘアピンを!
「おしゃれのつもりなわけ? いくら校則ゆるいっていっても、ダサいよ。うちの中学の恥だよ」
……マズい! こんなこと言われて、ブルーベルがだまっているわけがない。
『おいこらっ! その口、二度ときけないようにしてやるか? おいっ!』
ああほら、怒ってるよ。
私は急いで頭に手をのせた。ブルーベルがもとにもどって、その正体を明かさないように。
「これ私、すごく気に入ってるの。ハチドリっていって、南の国で花の蜜を吸う、かわいい小鳥なんだよ」
「ふうん、そんなことどうでもいいし。いこう」
手下のふたりをつれて、真希が教室をでていこうとする。
「待って」
私は呼び止めた。
今しかない。真希との関係を、どうにかいい方向にするために、話さなくちゃ。
「ねえ、どうして真希は、私に冷たくなったの? 幼稚園のころから仲よしだったじゃん。なのに、四年生の途中から、急にどうしたの?」
「そんな前のこと、もうどうだっていいじゃない」
「よくないよ! 私は真希と、また仲よくなりたいの。ねえ、なんでなの? 私、なにかした?」
「したよ!」
目を吊り上げて私を見た真希が、言葉を投げつける。
「四年のころの、恵梨の誕生会。あの日のこと、私は一生忘れない!」
泣いたような、怒ったような顔をして、真希が去っていく。そのあとを、おつきのふたりが追いかける。
小四の、私の家での、私の誕生会……あのとき、なにがあった? 私、なにかした?
うちで開いた、私の誕生パーティーに、クラスの子がきてくれた。真希と、あとほかに、もう転校してしまった子に、今ではクラスが離れてあいさつしかしなくなった子。
それから私のおばあちゃんと、お母さんにお父さん。
招いた友だちからプレゼントをもらって、お父さんの手作りケーキを食べて。
テーブルもリビングも、おばあちゃんのデザインした花で飾られて。
ギターでバースデーソングを、お母さんが弾いてくれた。
そんなふうに、友だちと家族がお祝いしてくれた。
楽しかった。みんな、笑っていた。
……だけど、あのとき真希だけは、頭が痛いって、先に帰ったんだ。
真希が帰ったことを心配して、お父さんはケーキが甘すぎたかなって残念がっていたし、おばあちゃんは花の香りにむせたのかしらってかなしそうだったし、お母さんはギターが頭に響いたのかなっておろおろしていた。
次の日に真希は、元気に学校にきた。
だけどもう、口をきいてくれなくなったんだ。
それっきり、真希とは離れてしまった。お互いの心が。
それでも、真希。あの日真希にもらった誕生プレゼントは、今もたいせつにしているよ。
真希は、おぼえてくれているかな……。
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