フラワーキャッチャー

東山未怜

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4 エリサワ同盟

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 ヘアピンに変身した、ハチみたいな小さすぎる鳥のブルーベルを頭にのせたまま、家に到着。

「たっだいま~」
 玄関のドアを開けると、フローリングの床の上で、チェリーがお座りをして出迎えてくれていた。

 しっぽを大きくふって、私を見あげて、「ワンッ! ワンッ!」て、鳴く。 
 いつものように私の帰りを、すごく歓迎してくれているのがわかる。

 チェリーは茶色い犬で、女の子。たれ耳で、茶色くて、しっぽがピンとしていて、足の先だけが白い。
 二年生のころ、公園で私がひろったんだ。
 チワワとか、柴犬とか、そういう種類じゃないし、血統書もないけれど、大好きな、たいせつな、私の友だち。

『うるさい犬だなあ。〝恵梨ちゃん、おかえり〟だってさ』
 ブルーベルが、私の頭の中に話しかける。
『え? チェリーの言葉、あんたにわかるの?』
 ためしに私も心の声で返してみたら。
『ああ、わかるさ。そいつが〝恵梨ちゃん、大好き〟って言ってることもな』
「うれしい……っ! チェリー、私も大好きだよ~っ!」

 声にだして、かわいいワンコを抱きしめた。
 チェリーもうれしいみたいで、ハアハアと舌をだしている。
 ……っていうか。私の心の声、ブルーベルに通じるんだ。
 おまけにチェリーの言葉を訳してくれるなんて、すごくステキ!

『おい。オレをあてにすんなよ? いちいちチェリーの言葉、教えてらんないって。めんどくさ~』
 まあ、それもそうだよね。
「あら? 恵梨、帰ってきたの?」
 リビングから、おばあちゃんの声がする。
「ただいまー、帰ったよー!」

 私はチェリーの頭をなでて、家の中にあがった。チェリーがあとからついてくる。 
 ひょいと、おばあちゃんに顔を見せると、お茶を飲みながら花の本を見ていた。
 テーブルには、バラの花やなんかのアレンジメントが飾られている。

『うお――っ! 恵梨の家って、花いっぱい! オレのごはんがたんまりあるっ!』
『え? もしかしてあんたって、花を食べちゃうの?』
『ちがう。花の蜜を吸うんだよ』
『鳥なのに変わってる! やっぱり、虫みたいじゃん』
『なんだとー?』

 ワンッ!
 チェリーはひと声鳴くと、テーブルのそばにおすわりをした。舌をだして、私を見ている。
『恵梨と遊びたいって、言ってるぞ』
 そっか、なんてかわいい子!

「新しいクラスはどう? なじんできた?」
 おばあちゃんが心配してくれる。
「あのね、担任は男の先生で、ちょっとめんどうくさそうな子がいるかな……」
 もちろん、真希のことだ。
「あら。でも、人生に一度きりの、中学一年生だからね。楽しくなるといいわね」
「うーん、そうだよね」
「おやつにする? それとも散歩が先?」
「チェリーと散歩にいっちゃうね」

 ランドセルを置いてから、チェリーにリードをつけた。ついでにヘアピンのブルーベルを頭にのせたまま、ボールを持って、公園に向かった。

 五メートルのリードを伸ばして、水色のボールを投げる。
「チェリー、取ってこい!」
 ボールに向かって走りだすチェリーの耳が、ダンボみたいにわさわさ揺れる。
 それからボールをくわえて、いちもくさんで私のところにもどってきた。
「えらいね、いい子だね」
 ボールを離したところで、たれ耳のうしろをかいてあげる。チェリーの顔が、にこにこして見える。

「散歩?」
 だれかの声に見あげると、咲也くんが、目の前でほほ笑んでいた。
「どっ、どーも……」
「かわいいね」
 かわいいって! ぽっと、顔が熱くなる。私のことを言ってくれたみたい! 
 チェリーのことなのに、私ってば!

「さっきはどうも。こ、この公園、さ、咲也くんのうちの近く?」
 照れかくしで言ってみたら、しどろもどろになっちゃったよ~。
「うん。僕の家、あそこ。部屋から、恵梨ちゃんに似てる子が見えたから」
 公園の前の家を指さした。緑の三角屋根の家だった。あそこに魔法界の人たちが住んでいるんだな。

 それから私たちは、チェリーとトッテコイをした。チェリーは咲也くんに、すごくなついた。
『早く帰ろー。腹へったー』
 ブルーベルの言葉をムシして、楽しく遊んじゃった。



 ――夜。ベッドの枕もとに、魔法のペンダントを置いた。
 心の花を集めるなんて、そんな大きなお仕事が、私にできるのかな。
 だけど……がんばる。
 咲也くんのためにも、自分のためにも。

 カーテンのすきまから忍びこむ月明かりが、ペンダントにやさしくふりそそいでいる。



 次の日の朝。教室につくなり、
「おはよう」
 奏子ちゃんが、いちばんに声をかけてくれた。
「おはよ。早いね」
「うん。わたしね、早起きだけが得意なの」
「すごいなあ。私なんて、朝寝ぼうなら得意なんだけど」
「わたしたち、正反対だね」
「だねー」
 ふたりで笑いあっていると、陸がやってきた。

「お、恵梨だ。今日も頭に泥、ついてんのか?」
「ついてませんーっ! 見てみなさいよ!」
 私は頭をつきだして、陸に見せてやった。
「じゃあ、これやっから」

 ――ぱふ。

 なにこれ……黒板消し! 真っ白な黒板消しを、頭にあてられた!
『げっほ! なんだれ! げっほげっほ! 恵梨、仕返しを~っ!』
 ブルーベルが怒っている。私だって、ムッカー!
「ちょっと待て、おいこら陸っ! こいつめーっ!」
「うわー、怒るとおっかねえ!」
 笑いながら陸が逃げだす。追いかけると、すぐに陸は足を止めた。

「あれ? 川瀬、なんでそんなおっかない顔してんの?」
 おどろく陸の目の前には、真希がいた。怖い顔でにらみつけているのは、陸……じゃなくて、そのうしろの、私っ!?
「ちょっと恵梨。あんた昨日、公園でなにしてたの?」
「公園で? ああ、犬の散歩だよ。そうだ、真希は犬派? それとも猫派?」

「とぼけないでよっ!」

 ぎゃっ! なにその大声っ!
「あんたが公園で、咲也くんと親しげに話してたの、見た子がいるんだからねっ!」
 ぎゃーっ! だれそれチクったのっ!
「えーっと……たしかに咲也くんとは会ったけど……たまたま会っただけで……」
 んんん? ちょっと待って。見られたのって、チェリーといたときなのかな。
 その前の、ブルーベルと咲也くんとで話していたの、見られていたりするのかな。

「あのね。なんで犬の散歩を、咲也くんとしたのかってきいてるの!」
 あ、そうか、よかった。ブルーベルの姿は見られていないってわけだ。
「いや、だから咲也くんは犬好きで、たまたま……」
 おっかなびっくり返すと。
「あんた、なにさまのつもり? チビのくせに、でしゃばったマネしないでよねっ!」
 まさかの、とどめのひとこと。
 チ、チビッ! それは私の、いちばんのコンプレックス! 
 自分で思っていても、人から言われるとカチンときちゃう。
 よくも、よくも~っ! 

「真希こそ、なにさまのつもり? だいたい、なんだって真希の顔色、うかがわなきゃならないの? 誰かと話すのに、いちいち真希の許可、必要なの? おかしくない? そんなのヘンだよ!」
 もうっ! 私は〝人にやさしく〟したいのに。
 真希と、もう一度仲よくなりたいのに。
 あーっ、イライラするっ! 売られたケンカ、買わないわけにはいかないじゃんっ!

「へえ……この私に、たてつくんだ。いい? 今後、咲也くんに一歩でも……」
「僕が、どうかした?」
「わっ!」
「ひゃっ!」
 私も真希も、同時に声をあげちゃった。
「おはよう、川瀬さん、恵梨ちゃん」
 咲也くんのご登場! しかも、超絶さわやかスマイル。
 見ていると、心がキレイになっていくような、そんなオーラをまきちらしているよ。
「おはよう、咲也くん」
 真希は、にっこりとあいさつを返して、自分の席へついた。
「ほら、おまえも早く席つけよ。邪魔」

 陸に背中をつつかれて、自分の席へ向かった。くやしいから陸に向けて、頭をはたく。
 チョークの粉が、白く舞っている。



「ようするに、川瀬さんにはこのクラスにもう、手下がふたりいるの」
 そうじの時間、奏子ちゃんがこっそり教えてくれた。なんだか探偵みたい。
「それも、はじめて同じクラスになった子たちなの。新学期がはじまったばかりなのに、いきなりふたりも!」 
「うんうん」、なんて返事をしながら、私は廊下を掃く。手を動かしつつも、興味しんしんで言ってみる。
「それって真希、ものすごいコミュニケーション能力だよね。すごいなあ」
 私にもそういう才能があれば、すぐに心の花を集められるのに。
「まあね、そうとも言えるかも。それでね、そのうちのひとりが、公園で恵梨ちゃんを見かけたんじゃないかな」
「そっか。だれかがいたなんて、気づかなかった」

「恵梨ちゃん。今がかんじんなときだと思うよ」
 まじめな顔で、奏子ちゃんが言う。
「このままだとこのクラス、川瀬一派に乗っ取られちゃうよ」
「川瀬一派!」
 ぷぷぷ、笑いだしたところで、「しーっ!」と、奏子ちゃんが口の前に人さし指をあてた。
「ダメだよ、声おっきいよ。あのね、私、それってすごく怖いの。クラスはまあるく、ひとつになるのはいいと思うの。だけどね、そこに主従関係があったら、いけないと思うの」
「シュジュウカンケイ?」
 舌、かんじゃいそう。
「上下関係ってこと。つまり、スクールカースト。だれがエラくて、だれが手下かってこと。そんなのわたし、すごく怖いよ」
「あー、イヤだね、それ。私も怖いな」
「でしょう? それを阻止できるのは、恵梨ちゃんだと思うの」
「うんうん、エリちゃんねー」
 って、どこのエリちゃんだ?
「ねえ、奏子ちゃん。もしかして私のことじゃ、ないよね?」
「恵梨ちゃんは恵梨ちゃんに決まってるでしょう? さっきの川瀬さんとのやり取り見てて、恵梨ちゃんがヒーローに思えちゃったの」
 にっこり、奏子ちゃんは笑った。

 ちょっ、待て待て待ってよー! 私、そんなたいへんなこと、できないよー!
「あのね、私のモットーはね、〝人にやさしく。物にやさしく。動物にやさしく〟、なの」
「わあ、ステキだね」
「そう? それでね、〝人にやさしく〟って心がけている私が、真希とやりあうなんて、できないよ!」

 まあ、さっきはケンカをふっかけられて、私もその気になっちゃったけど。
 真希と、ちゃんと話してみたい。仲よくなってみたい。それは、ほんとうの気持ちなんだよね。せっかく一緒のクラスになったんだし。

 それに、生徒会長の春海さんだったら、ぜったいケンカなんかしないと思うし。
 ゴミを掃きながら考えていたら、奏子ちゃんがちりとりで受けてくれた。
「ねえ、恵梨ちゃん。『北風と太陽』ってお話、知ってるでしょう? 『イソップ物語』の」
「うん、聞いたことある」
「だれかの心を変えるのに、北風みたいに強く当たるだけが、その方法じゃないと思うの。たとえば太陽みたいに、あったかく包んであげるってことも、ひとつの方法なんだよね」
「それって、やさしくして、真希がボスになるのをおさえるってこと?」
「そういうこと。恵梨ちゃんなら、きっとできると思うの」
 キラキラした目で見つめられる。できるかなあ、この私に……。

 だけど。こういうとき、春海さんはきっと、北風じゃなくて太陽になる。
 だったら……私も太陽になりたい。
「やってみる。でもね、私ひとりじゃ心細いよ。奏子ちゃんも手伝って」
「うん。川瀬一派、阻止しようね」
「ねっ!」
「そうだ……ふたりまとめて、エリとヒロサワでエリサワだね。エリサワ同盟ね!」
「オッケー! エリサワ同盟! よっしゃ、負けない!」
「恵梨ちゃん、ちがうの。勝ち負けじゃないの。みんな、まあるくっていうのが理想なの」
「あ、そっか」

 私たちは、顔を見あわせて笑った。
 ブルーベルは、私の頭の上で、すやすや眠っている。

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