フラワーキャッチャー

東山未怜

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2 転校生

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 全校集会では春海さんが、生徒会長として立派なあいさつをした。
 長いストレートヘアが、いつもよりツヤツヤして見えた。

 春海さんとは、去年まで通っていたお習字で、一緒だった。
 字のへたくそな私がだれかにちょっかいをだされて、仕返しをしてはケンカになるたびに、やさしく仲裁してくれた。

 先生の言うことはだれもきかないのに、春海さんがあのやわらかい声で、ちょっとキツく怒るだけで、ケンカはぴたっとおさまった。

 そんなことがつづいて、春海さんみたいな人になりたいなあって、思うようになった。

 春海さんは美人だし、頭もいいし、それでいて足も速いし、もちろん、字だって上手。
 ロングのストレートヘアは、いつだってツヤツヤさらさら。
 おまけに、すごくやさしい。

 そんなだから、春海さんは女子たちのあこがれの的。男子の人気もあるみたい。
 背なんかすらっと高くて、チビの私なんかとは、えらいちがい。
 私、中学に入っても、背の順にならんだら、また最前列だった。
 春海さんみたいに、すらっとした背丈になりたいよ。 

 マイクから、春海さんの透き通った声が聞こえる。
「楽しく、明るく、仲よく、学校生活をがんばっていきましょう」
 うんうん、がんばろうって思えちゃう!

 校長先生の話のあいだじゅう、春海さんを見てわくわくしていたら集会が終わって(だから校長の話はぜんぜん耳に入ってこなかった)、二組の教室へもどった。

 花井咲也くんの席は、窓ぎわのいちばん後ろだった。私の、ななめ後ろ。
 彼のまわりには、たくさんの人だかりができている。しかも女の子、いっぱい!

 会話をまとめてみると、花井くんはお父さんの仕事の関係で、東京からのこ街へ引っ越してきた、ひとりっ子らしい……って、盗み聞きはよくないな。

 私は花井くんの近くの席へ。だけど背の高い女子のかげになって、花井くんを見られない。
 その子こそ……そう、真希だった。

「咲也くん、東京ではなにか習いごとしてた?」
 目の前の真希がきく。ポニーテールに結んだその長い髪が、私の鼻先をかすめる。
「うん。フラワーアレンジメント」
「え、お花……そうなんだ……」
 真希ってば、おどろいてるみたい。

「はい、はいはいっ!」
 私は真希の前へ進みでた。
「うちね、うちのおばあちゃんね、フラワーアレンジメントの先生をしてるの」

「きみ、僕と、その……ぶつかったよね?」
 ぶつかったっていうか、つき飛ばして助けてくれたんだけどな。
「うん、さっきはありがとう。あのね、一緒に住んでるおばあちゃんなんだけど、私は花のこと、さっぱりわかんなくて」
「どこも、なんともない?」
 ……あれ? おばあちゃんネタ、スルー?
「私、ケガなんてしなかったよ」
「ほんとうに、どこもなんともない?」
「え? うん……花井くんは?」
「僕は平気だけど……なにかあったら、あのさ、その……遠慮なく言ってね」
 うわ、やさしいんだあ。そんなに心配してくれるなんて。

「ちょっと! 恵梨ってば咲也くんと、なんの話してんのよ」
 真希が小声で言った。私をにらみつけている。仲がよかったころが、うんと遠くに感じる。
 そんな目で私を見るなんて、ほんとうにもう、友だちじゃないんだな……。
「……ううん、なんでもない。ね、咲也くん?なんて、もう仲よしなの?」
 なにげなくきいてみた。なんだか派手で怖い感じの女の子になっちゃった真希だけど、また前みたいに話せたらいいなって思って。
 だってほんとうの真希は今でも、明るくて笑顔の似合う子のはず。

 だけど。

 ……チッ。

 真希は舌打ちをして、また私をにらみつけた。
 どうしてにらまれなくっちゃならないのかな……しゅんとしちゃうよ……。


 
 帰りのホームルームで、「花井の委員会どうすっかなあ?」、ジンサク先生が問いかけた。
「委員会、誰かひとりでやってる人いたかー?」
 ……あ。
「はーい!」
 私だ。条件反射で手をあげる。
「伏木、なんだっけ?」
「自然委員会です」
 やりたくて立候補してなったけど、ほかに希望者はだれもいなかった。
「そうだったな。じゃあ、花井も一緒にやりなさい。生き物の世話とか、花の世話だ」
 私、生き物も花も大好きだし、花井くんとふたりなら、さらに楽しそう!
「はい!」
 花井くんが大きくうなずいた。それから私を見て、にこりとうなずいたから、私もうなずき返した。
 花井くん、猫を心配していたし、フラワーアレンジメントも習っていたみたいだし、ぴっ
たりのお役目だよね。

 ホームルームが終わって、それぞれ仮入部した部活へと急いでいる。

 私は陸上部に入ろうか、それとも前から興味のあるダンス部にしようか、悩み中。
 どちらも見学にいって、どちらもよさそうだったから。

「伏木さん、て、いうんだよね?」
 後ろから声をかけられた。ふり返ると、花井くんがいた。
「うん。あ、恵梨でいいよ。私も、咲也くんて呼んでいい?」
「もちろん。あのさ、あの……ほんとうに困ったことがあったら、遠慮なく言ってね」

 ……はて。思わず首をかしげてしまう。
 それは転校生に対する、私の言葉のはず。どうしてこんなに心配されちゃうんだろう。
「だいじょうぶだけど?」
「そ、そう? それじゃ、またあした……」
「うん。ばいばい!」

 手をふって見送っていると、だれかの視線を感じた。
 ふり向けば……うわ、真希ったら遠くから、すごい目で私をにらんでいる!
 ……と思ったら、仲間といっちゃった。

「ちょっとちょっと、伏木さん。気をつけたほうがいいかも」
 カバンを持って近寄ってきた大沢さんに、ぼそっと言われた。
「川瀬さんて、敵にすると怖いから。私、塾でも同じクラスなんだけど、女王さまみたいな感じなの」
「真希が敵って、なに?」
「伏木さんのこと、すっごくライバル視してるみたいだから」
「どうして?」
「伏木さん、花井くんと知りあいだったんでしょう?」
「知り合いっていうか、たまたま朝、ぶつかっただけなの」
「ほら。そういうのが、気に入らないのかもね。自分より先に出会っていたって。嫉妬だよ」

 えーっ? そんなことで嫉妬されちゃうのか……女子って、むずかしい!
「花井くん、カッコいいし。ほかの女子も見とれてるよね」
「そうみたいだね。……ね、大沢さん、部活は?」
「わたしはなにも入らないよ……伏木さんは?」
「なんにするか悩んでるから、とりあえず今はちょっと離れて、考えてみようかなあって。よかったら、一緒に帰ろ!」
 思い切ってさそったら、にっこり笑ってうなずいてくれた。だから私たちは教室をあとにした。

 桜の花吹雪の校庭をでる。空は真っ青で、桜のうすいピンク色が映えている。
 キレイな景色を見ていたら、勇気みたいなものがわいてきた。
 さっきの大沢さんのアドバイスについて。
「私さ、誰かの目を気にして、気をつけるのはイヤなんだよね。だって、私は私だもん」
「伏木さん……」
「恵梨でいいよ。大沢さんは……あれ、下の名前、なんだっけ?」
奏子そうこ
「奏子ちゃん! あのね、私、真希のこと気にしないし、怒らせるようなこと、してるつもりもないもん」
「だけど心配だよ。あの子、花井くんのこと、かなり気に入ってるみたいで」
「えー、そうなの?」
「そうだと思うよ、あの調子だから。恵梨ちゃんにキツくあたるのも、それが原因かも」
 恵梨ちゃん、そう呼んでくれたことがうれしい。
 にやけながら、こたえる。

「でも、私なんかが花井くんと、どうこうなるってこと、ないんだし。だいじょーぶ! それにね、私と真希って、ホントは大親友だったんだ」
「え? 川瀬さんと?」
 目をまるくするって、こういうことだと思った。奏子ちゃんは、きょとんとした顔で私を見ている。
「私と真希はね、幼稚園のころからの幼なじみなの。すっごく仲がよくて、いつも一緒に笑ってた。それがさ、四年生のころ、私のお誕生会にきてくれたとき、急に途中で帰っちゃって、それからしゃべってくれなくなったの」
「急にって、心当たりは?」
「全然ないよ。いきなりでさ。それっきり、冷たく当たられっぱなし。私に心、閉ざしてるんだよね」
「そっか。なんだろうね、原因て。お誕生会で、何か気にさわることでもあったのかな」
「わかんないんだよね……あ、私、こっちの道だから」
 別れ道の右を指さすと、
「わたしはこっち」
 奏子ちゃんは左を指さした。
「じゃあね、恵梨ちゃん。またあした」
「まったね~!」

 私たちは、手をふって笑顔で別れた。
 これはもしかしてもしかしたら、奏子ちゃんとかなりいい感じの友だちになれるかもしれない。
 うわあ、うれしいなあ……って、思って歩いていると、突風が吹いた。

 あわてて制服のスカートをおさえる。目に砂ぼこりが入りそう!
 ……あ、風がやんだ。なんだったんだろう。
 ふたたび歩きだした、そのとき。

  パタパタパタパタ……

 なにかが飛んできた。私の顔のまわりを、パタパタ飛び回る。
 親指くらいの大きさで、羽のはえた……。

「虫? ハチ? 刺したりしないでよね!」
 そいつを手で払う。
「だれがハチだって?」
 ん? しゃべったの、だれ?
「オレのこと、よーく見てみろ。こんなにキレイな羽を持っているのに、虫なんかと一緒にしないでくれ」
 よーく見ると。

 私の目の前に浮かんで、パタパタと羽を動かしているのは、くちばしがストローみたいに細長い、小さな小さなコバルトブルーの……。

「オレはハチドリ。よろしくな」
「ほら、やっぱりハチじゃん」
「だから、ちがうっての! 虫じゃないの、鳥なの、ハチドリなの!」
「だからそのハチが、私になんの用だっての!」
 正直、怖い。見たこともないハチみたいな鳥が、こんなに長細いくちばしで、しゃべっているなんて。
 だけどここで怖がってみせたら負けそう。私はぐっとそいつをにらんだ。

「恵梨ちゃーん!」
 だれかが私の名を呼んで、こっちにかけよってくる。あれは……。
「咲也くん!」
 助けにきてくれたの?

 息を切らして私の正面についた彼は、ハチなんかにおどろきもせず、話しかけた。
「ブルーベル、先にいくなよ。説明するにも、順序があるでしょ」
「ごめん、咲也。こいつにはさっさと言っておかないと、めんどうそうで」
 ……なんで!? 
 咲也くん、なんでこのハチとふつうにしゃべっているの!?
 え、ひょっとして仲間なの!?



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