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1 出会い
しおりを挟む春がやってきて、私は市立中学の一年生になった。
入学式から一週間、制服にもちょっとなれてきたところ。
私、伏木恵梨。まじめでおしとやかな優等生!
……っていうのは冗談。
勉強はふつうより、ちょっとできなくて、スポーツだけが得意なんだ。
だけど、心に決めていることがある。
人にやさしく。物にやさしく。動物にやさしく。
……なーんて心がけていたら、いつかはあこがれの春海さんみたいになれるのかなって。
篠原春海さんは中学三年生。とってもステキな先輩女子。
うちの中学の、生徒会長なんだ。
――ホーホケキョ!
ウグイスの声に、はっとした。私ってば寝ぼうしたんだっけ。
春海さんを思ってのんびり歩いていたら、始業式に遅刻しちゃう!
とはいえ、目の前の大通りは赤信号。青になるのを、じりじり待つしかない。
……あれっ? 向こうから子猫が道路をわたって……道の真ん中でお座りしちゃった。
キケンだよ、そんなところで止まったら!
私は赤信号を飛びだした。
じっとしたままの子猫を抱きあげ、素早く道路の向こう側へいこうとしたんだけど。
大きなトラックが、こっちへ向かって、猛スピードで走ってきた!
やだ、怖い……足が動かないよ……っ!
「あぶないっ!」
「あっ!」
男子の声がして、思いっきり、つき飛ばされた!
反動で、私は子猫を抱いたまま、道路のすみにたおれこむ。
スピードを少しゆるめたトラックが、走り去る音がひびく。
「きみ、だいじょうぶ?」
かたわらに倒れた男子の声に、私は起きあがる。怖くて体がふるえて、胸はドキドキ。
「ケガしてない?」
心配してくれるのは、命の恩人! その人は先に立ちあがると、手を差しのべてくれた。
「ありがとう」
つぶやいて、子猫を抱いたまま、片手を男子とつないで立ってみる。痛みはない。
「だいじょうぶみたい……」
手を離すと、花だんの茂みから三毛猫が顔をだした。
「この子のお母さんかも」
やんわりとした言葉を受けて、私は子猫を花壇の前に、そっと置く。
母猫は子猫をなめると、二匹でどこかへいってしまった。
「よかった、ちゃんと走ってる。やさしい人に飼われたらいいね」
ほっとしたように言う男の子を、よく見ると。
太陽の光に当たって、ダークブラウンに見える髪。白い肌。やさしげな目もとに、すっと通った鼻すじ。ほほ笑むその顔が、やけにキラキラして見える。
その学ランは、うちの中学の制服だ。こんな美形男子、いたんだ……。
「あの……あなたこそ、ケガしてない?」
「僕は平気だよ」
「よかった! 助けてくれて、どうもありがとう」
命がけで私を……! ドキドキの私の胸は、さらにドキドキ。
「いや、ありがとうは僕のセリフだよ。あの子猫、あぶなっかしいなって思ってたから。あれ? きみ、髪の毛が泥だらけ」
「え?」
そっと頭をさわってみた。
「わ、ぬれてる! 泥水に髪、つかっちゃったんだ。昨日の雨の水たまり」
「ヘンなところにつき飛ばしてごめんね。早くふかないと……あ。ハンカチ持ってないや」
こまったように笑う顔が、とってもカッコいい。ドキドキが止まらないよ~っ!
「いいの、いいの! えっと、ほんっとすみませんっ! ありがとうございましたっ!」
すっごく恥ずかしくて、私はダアッとかけだした。走るのがとりえでよかったよ。
「きみ、ちょっと待って! ねえっ!」
男子の声だけが、私を追いかける。
そんな、待っていたら遅刻しちゃうよ~っ! ほら、あなたも急がないと!
学校について、真っ先に水道に向かった。一年生の校舎の、廊下にある水道。
泥水を早く洗い落とさなくちゃ。服が汚れなかったのはラッキー。
「うげーっ! なんだよ恵梨、どうした?」
この声は藤本陸だな。おととし、小学五年生のときから同じクラスの、悪ガキ男子。
「ちょっと転んだだけ」
水をじゃあじゃあだして、髪を洗い流す。ショートヘアでよかった。水、冷たいけど。
陸は小学生のころは私と同じくらいチビだったのに、最近、背が伸びてきた。
おまけにボウズ頭だったのに、髪が伸びて、なんだかオシャレに気をつかうようになってきたみたい。
中学生になったら、急に大人びちゃって……ん?
「きったねえ」
水音に、陸の声はかき消されなかった。
「泥まみれでやんの~~!」
大声をだしながら、陸は教室に入っていった。
前言撤回! 大人びてなんかない!
なんて子どもなんだろう。運のないレディーに対して、そんなことしか言えないなんて。
新学期早々、ツイてない……ううん、ちがう。私、運、すごくツイてるよ。
その証拠に、さっき命びろいしたし。しかも、超絶イケメンと出会っちゃったし!
心おどらせながら、ハンカチで髪をふいていると。
「伏木さん、シャンプーしたの?」
こんどは、おっとりした声。去年、六年生で同じクラスだった大沢さんが、そばに立っていた。今回もまた、一緒のクラス。
「あのね、ぐじゃぐじゃの水たまりに、頭からダイブしちゃって」
「えー、かわいそう。ケガはしなかった?」
「だいじょうぶ。転びかた、うまかったみたい」
「よかったあ。わたし、タオル持ってるから、これ使って」
大沢さんは、ランドセルからフェイスタオルを取りだすと、さしだしてくれた。
「ありがとう! 大沢さん、やさしいね」
貸してくれたのは、花柄のピンク色のタオル。いい匂いがして、ふんわりした大沢さんに、ぴったり。私のキャラクターもののハンカチよりも、タオルのほうがよくふける。
「カゼ、ひかないかな?」
心配してきいてくれる。
「私、髪短いから、すぐかわくよ。ありがとね」
ほんっと、気がきくなあ、大沢さんて。おなクラだったといっても、ほとんどしゃべったことはなかったっけ。三つ編みの、おっとりした子。
「伏木さん、また今年も、よろしくね」
「こちらこそ!」
二組の教室に入ると、あの子と目が合った。
――川瀬真希。小学五年生まで仲よしだった、幼稚園からの幼なじみ。
今では口をきかないどころか、あいさつもしなくなっている。
そんな真希と、中一の一年間を過ごすんだ。だいじょうぶかな、私。
暗い気持ちで席に座る。私の席は窓ぎわの真ん中あたり。しかも陸の隣だ。
「あーもう。だからなんで恵梨が隣なんだよ」
「それは伏木と藤本で、ハ行の腐れ縁だからですう」
「ったく、恵梨が同じクラスなんて、ツイてねー」
「それ、こっちのセリフ!」
「なんだとーっ?」
「陸ちゃん、伏木さんにもっとやさしくしてよ?」
やってきた大沢さんが、はっきりと言った。え、陸ちゃん?
「なんだよー。幼なじみだからって、でしゃばんなよー」
陸ってば、そっぽを向いて、はずかしそうにしちゃって。
ふたりは幼なじみなんだな。陸ってば、なんだか顔、赤い?
「ほらー、席つけー」
チャイムと同時に、担任が入ってきた。大沢さんが、あわてて廊下側の席へつく。
背の高い、がっしりした男の担任だ。えっと、名前は真中甚作(まなかじんさく)。
おじいちゃんみたいな名前だけど、二十七歳だって言っていた。
「今日はまず、転校生を紹介する」
今ごろ? 先週の入学式には、間に合わなかったのかな?
「あれっ? 花井、入れよ」
おずおずと、戸から入ってきたのは……。
「あっ、さっきの!」
私は立ちあがって指をさした。
だってだって、そこにいるのはイケメンで命の恩人じゃないの!
まさかこんなにすぐ、再会があるだなんて!
「えーっと、そこの女子」
ジンサク先生がしかめっつらで私を見たあと、にやりとした。
「……伏木だな。不思議な魔法でも使うみたいに、人を指さすんじゃない」
「はーい、すみません」
教室が笑いに包まれたけど、あわてて座る私の心臓はバクバク。
転校生って、さっき助けてくれた、超絶イケメン! やっぱり私、運ツイてるよ!
男子が、私のほうを見ている。おどろいたような顔で、目を見開いて。
「花井咲也です。よろしくお願いします」
まるで私だけに言っているみたい。だってずっと、こっちを見ているんだもん。
「じゃあ、このあと体育館に移動です。全校集会はじまるからな。静かにな!」
ジンサク先生が教壇で先生らしく言うと、私たちは廊下に名前の順にならんだ。
花井くんが私をチラチラ見ているのは、気のせいかな……。
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