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16 はしごの上

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 ひとりになったユーリは、そのあいだにもガーデンをあちこちまわって、星をさがした。
 見つからないでいるうちに息は切れ、つかれはて、たたずんでしまった。

「どうしたんだい?」
 男の人の声にびくっとすれば、タツキおじさんだった。
「ん? ああ、小さな星でも、逃げだしたのかい?」
「どうしてわかるんですか?」
「その網だよ。なつかしいな。カルシャが一人前になりたてのころ、逃がしてしまったことがあってな」
「カルシャが?」
「ああ、そうさ。あの星はよりによって、北極星だったな」
 カルシャにも、そんな失敗があったなんて。ユーリはとても親近感をおぼえた。

「あたしも失敗しちゃったんです。小さな星、見ませんでしたか?」
「いや、見てないよ。もう、空へのぼっていたりして」
 ぎょっとした。それはたいへんなことだ。
「ん? あっちで星読みの声がするよ。いってみな」
 タツキおじさんが指をさしたのは、離れたところ、池のほとりだった。見れば、カルシャとサーシャが、ならんで走ってくる。
「ありがとう、タツキおじさん!」

 ユーリはふたりのもとへいそいだ。
「ユーリ、サーシャとふたりで話しなさい。どうすれば星が見つかるかを」
 駆け寄ったカルシャが言う。
「あなたがたふたりのまいた種よ。解決のきっかけは、自分たちでまず、考えなくては」

 そのとおりだ。
 サーシャは涙をためた目で、じっと足もとを見つめている。下くちびるをかみしめて、今にも泣きだしそうだ。
 カルシャに、こっぴどくしかられたんだ、ユーリにはわかった。
「それじゃ、私はひとりで、ガーデンの中をさがしているわね」
 カルシャはユーリから網を受け取ると、いってしまった。

「サーシャ、どうしよう……」
 ユーリが見ると、はなをすすったサーシャが、
「こっちよ。ついてきて」
 と、走りだした。
 もう、へとへとだったはずなのに、サーシャのさそいにユーリは力がわいてきた。
 ガーデンにくわしいサーシャなら、あの星を見つける名案があるはずだ。

 あとにつづいていくと、クローバーが芽吹きはじめた場所にたどりついた。
「……あのね、わたし、ほんとうはだれかの前で、こういうことしたくないんだけど」
「え?」
「今はそんなこと、言っていられないみたいだから! カルシャにはめいわく、かけられないし……」
 そうしてサーシャは、クローバーの前にしゃがみこむ。

「クローバーの妖精さん。ねえ、教えて。あの小さな星が、どこにいるのか」
 ひかえめに芽をつける、緑のクローバーを見つめて言う。
「わたし、とんでもないことをしちゃったんですって……小さな星を、つかまえないといけないの……え? どの木?」
 話をはじめた。それでも、あたりにはだれもいない。やっぱり妖精を見ることは、ユーリにはできないようだ。見えなくても信じている。サーシャには、妖精が見えるのだと。
 すくっと、サーシャが立ちあがった。

「わかったわ。小さな星は、ブナの木の洞に入りこんでいるそうよ。ガーデンのはずれよ」
「サーシャ、ありがとう!」
 とっさに言うと、サーシャの顔が真っ赤になった。

「なんてお人よしなの? わたし、ユーリにひどいことしたのに、お礼を言うなんてどうかしてる!」
それから大声で、
「カルシャーッ!」
 と姉を呼ぶと、曲がりくねった小道の先から、カルシャの「ここよー!」という返事があった。

「ブナの木の洞ですって! ガーデンのはずれのーっ!」
 またしても、サーシャが大声でさけぶ。
「そこに集合ねーっ!」
 姿は見えないものの、カルシャの大きな返事があった。それからサーシャは、むすっとした顔でユーリを見る。

「あとはふたりにまかせるわ。わたしはスコーンが焼けたか、オーブンを見てくるから!」
 そう言い残して、ユーリとは反対方向へ歩いていってしまった。
「ちょっと待ってよ!」
 呼びかけても、ふり向きもしない。
 あきらめたユーリは、走ってガーデンのはずれにいそいだ。
 ガーデンの中の小道の終わりあたり、ちょうどカーブになっているところに大きな木があったように記憶していた。
 ガーデンのはずれと言われれば、そこしかない。

 たどりつくと、浅緑の新芽をつけはじめた木々の中でも、ひときわ背の高い木があった。 
 カルシャが、もう来ている。
「あれがブナよ。洞があるでしょ? 木にできた、穴のことよ」
 見あげると、まっすぐな幹には洞があった。
 カルシャの背よりも、ずいぶんと高いところだ。カルシャが、網をそっとのばす。
「どうかな」
 背のびをしても、まだまだ網は洞にはとどかない。
「タツキおじさんに、はしごを借りてくるわ。ユーリはここで見張ってて。星がでてきたら、つかまえるのよ」
 網を、はい、とわたされる。

 ひとり残されたユーリは、ブナの木を観察した。
 まっすぐでつかむところのない木だけれど、幹には洞のすぐ下まで、太いツタがからまっている。
 ためしにツタを引っぱってみると、幹にがんじょうな根をはやしていて、ちょっとやそっとでは取れそうにない。
 このツタに手足をかければ、のぼれそうだ。
 ユーリは網を左手に持って、ツタをたよりに木にのぼりはじめた。

(木のぼりなら、男の子にだって負けないくらいだよ、あたし……だから、だいじょうぶ)
 そうやって、自分をはげますようにのぼっていく。
 ときどき足をすべらせたり、つかんだツタが幹からはがれたりしながらも、慎重に上を目指した。
 
 やがて洞が近づいてきた。その入り口に、そっと網をかぶせてみる。
 網の大きさは、洞の入り口にぴったりだった。
 そのままひたすらのぼると、網ごしに洞の中が見えた。星は暗がりで青白く光り輝いている。

「お星さま、でてきて。本の中へ帰ろう! ねえ、シリウス!」
 言ってはみても、動じない。洞の中で、またたくだけ。これはこんくらべになりそうだ。星がでてくるのが早いか、ユーリが力つきて木から落ちるのが早いか。

(手がしびれてきちゃった……)
 なにげなく下を見ると……。
「え……こんなに高いの!?」
 夢中でのぼってきて気づかなかった。その高さに、頭がくらくらしてしまう。
(どうしてこんなことになっちゃったんだろう。サーシャにそそのかされたからだ……だけど、あたし得意になって、見せてあげようって、ムリしたんだ!)

 そう考えると、だんだん自分に腹が立ってきた。そして、なんてバカなことをしたんだろうと、泣きたくなってくるのだった。

「がんばれーっ! そのままじっとしてろーっ!」
 下から、タツキおじさんの大声が聞こえてきた。
「手を離しちゃダメよ! がんばってーっ!」
 カルシャもいる。

 ユーリは幹にからませた足に、ツタをつかんだ手に、必死で力をこめた。
 するとユーリのすぐわきに、長いはしごがかけられた。
「これに、そっと移って。ゆっくりでいいからな。ちゃんと、はしごの下はささえているから、安心しろ」
「そっとよ、そうっと。網はそのままよ、なにがなんでも、星を逃がさないで!」
 下からの声のとおりに、網は洞に当てたまま、息を止めるようにはしごに移った。

「だいじょうぶか?」
「……はい、ありがとうございます。でも、シリウスがでてこない!」
 カルシャのほうを向こうと、下を見てしまった。またしても、くらくらする。
「あとはまかせて」
 自信たっぷりに言ったカルシャは、木の下で、スカートのポケットから手鏡を取りだした。
 鏡に太陽の光を集めると、それを洞の中へと反射させる。

「星よ、いにしえから『星読みの書』に眠る、偉大な星よ。あのやすらかな場所へ、いざ!」

 ユーリが洞の中を見ると、じっとしていた小さな星が回転をはじめた。動きは速くなる。いきおいをつけたところで、外へ飛びだしてきた。
 ――ドスッ!
 小さな星が網の中に入った瞬間を、ユーリは逃さなかった。
 チョウをとらえたときのように、くるっと網をひるがえし、中から星が出られないようにしたのだ。

「つかまえたっ!」
 大声で叫ぶと、下から拍手がわきおこった。
「やったわ、ユーリ!」
「そのままおりてきな。気をつけろよ」
 ユーリはゆっくり、はしごをおりた。網の口があかないように、気をつけながら。

「その網はね、火ネズミの毛を編んでつくられているのよ。大昔に魔女からもらったものらしいわ。熱い星だって、やぶれないの」
 小さなシリウスは、網の中でおとなしくしている。
 
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