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13 ガーデンで会った人

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「おや、泣いているのかね?」

 ちょっとしゃがれた声に、びくっとしてふり向いた。
 そこには、先ほどカルシャに占ってもらうところだった、派手なおばあさんが立っていた。

「どうしたのさ、ひとりで泣くなんて。そんなかなしいこと、雨あがりのいい天気の過ごし方に、似合ってないさね」
 にっこりと、おばあさんはほほ笑む。深いしわに、水色のひとみがうもれそうだ。

 ユーリは涙をぬぐって、はなをすする。
「……占いはおわったんですか?」
「おわったよ」
「え、もう?」
「そうさ。それくらい長いあいだ、あんたはここで、ぼんやりしてたってことさ。あんた、星読みの勉強中かい?」

 思わず目をそらす。
 見習いとはいえ、将来の星読みがめそめそしているなんて、見られてはいけないような気がする。
 けれど、ウソもいけないと思い直した。
「……はい。あたし、星読み見習いです」
「へえ、そうかい。学んでどれくらい?」
「三日です」
 まだ三日、もう三日……ユーリはぐるぐるとこの三日間に思いをめぐらせ、小さな声になってしまった。

「三日だって? 三日でもう、学びがイヤになったってこと?」
「ちがいます……そのことじゃ、ありません」
 口ごもってしまう。サーシャの今さっきのことは、とても言えない。でも、だれかにこのモヤモヤを聞いてもらいたい。

「あの……友だちになるのって、むずかしいなって……あたし、仲よくなれるチャンスを、のがしてばかりで……」
 おばあさんは、やさしい笑みを浮かべたまま、静かにうなずいている。
「友だちって、どうしたらなれるんだろう……あたし、もうわかんない……!」
 涙がまたひとしずく、ほおにこぼれ落ちて草地をぬらした。
 おばあさんがユーリの肩に、たくさんの指輪でかざられた手をおく。

「そんなに、友だちになりたいのかい?」
 こくり、うなずいた。
「どうしてだい?」
「……これから長いおつきあいになるから……それに、あたしにそっけないけど、ほんとうは、心のやさしい子だと思うから……」
「なるほどね」

 肩におかれた手がはなされ、おばあさんは指輪をいじった。それからユーリのことを、しっかりと見つめた。

「しんぼうなさい。いつかきっと、あんたの気持ちがとどくと信じて。こじれた人同士のえにしは、なかなかひとすじなわではほどけない」
 サーシャと自分の縁のことを言っているのだと、ユーリはわかった。   
「こんがらかった糸は、ゆっくりほどくしかないね。思いが相手に伝われば、相手もほどこうとしてくれる」
 サーシャに自分の気持ちが伝われば……、おばあさんの言葉に、光を見つけた。

「人のえにしはやっかいだね。だけどさ、お互いがお互いを思いやる日がくれば、それはかんたんなこと。どうして相手はあんたに、そっけないんだい?」
「それは……たぶん、はじめて会ったときに、傷つけてしまったから」
 両親のことをきいたとき、サーシャはかなしみといかりのまざった目でこちらを見た。けれど、あのときのことを思いだしているうちに、気がついた。

「そういえば、あたしがはじめてブルースターのドアをあけたときから、その子は不機嫌だったんです。ああ、そっか、最初に話す前からもう、その子はあたしに冷たかったんです!」
「あんたがヘマをしたわけでも、なさそうだ」
「あたしのせいでも、ないってことですか?」
「ああ、そういうことだろうね……ってことはだ、こおった相手の心がとけるのを、待つしかないね。今は、しんぼうのとき」
「しんぼうのとき……あとどれくらいでしょうか?」
 すると、おばあさんは、はははっと笑い飛ばした。
「あんたね、星読み見習いだろ? 自分の心に聞いておくれよ。とにかく、時間がかかるかもしれない。あっというまかもしれない」
「はあ……」

「その相手と、ほんとうにご縁があるのなら、なにかのきかっけしだいだよ。だから、くよくよしなさんな。人とのえにしなんて、そんなもんさね」

「ほんとうに、ご縁があるなら、きっかけしだい……」
 おばあさんの言葉で、目の前が、ぱあっとひらけたように感じられる。

「ありがとうございます! あたし、もうちょっとがんばってみます」
「がんばるってことでもないんだよ? もっと肩の力をぬいて。だからほら、まずは笑ってみな」
「あ……はい!」
 にっこり、ユーリは笑顔を見せた。

「そうさね、その笑顔だよ。いいねえ。じゃ、私はもうすこし散歩していくとするよ。そうそう。このガーデンに、スズランはあるかい?」
 ユーリは首をかしげた。
 スズランならお母さんが大好きな花で、庭で毎年咲かせているからわかる。
 けれどこのガーデンではどうだろう。
 あるかもしれないし、ないかもしれない。
 あったとしても、スズランが咲くには、まだ早い時期だったように思う。

 サーシャにきけば、かんたんにわかることだ。
 けれど、今サーシャにきくことは、けんめいではない。
 すこし、そっとしておいたほうがよさそうだ。
 タツキおじさんはどこだろう、そう思っても、見あたらない。

「あの……わかりません。あたしはまだ、ここにきたばかりで……」
「そうだろうね。スズランが咲くころに、また来てみることにするさ。そのときまで、さよなら、見習いさん」
 手をふって、おばあさんはゆっくり歩いていった。
 ユーリもそのうしろ姿に、手をふった。

 それから涙をふいて、おばあさんとは反対側へと小道をかけ、いそいで店に向かった。
 カルシャについて学ぶよりも、今日はサーシャの手伝いをしたい、そんな気持ちでいっぱいだ。
 
 ブルースターにもどると、サーシャがキッチンで洗いものをしていた。カルシャは占い部屋で、べつのお客さんを占うことに集中しているようだ。
「手伝うよ」
 キッチンに入ったユーリは、サーシャに声をかけた。サーシャはこたえずに、もくもくとカップや皿を洗っている。

 ユーリはもうひとつの水道のじゃぐちをひねり、手を洗った。
 それから洗いおわった食器を、さがしだした布巾でふきはじめた。

「ひとりより、ふたりでやったほうが早いでしょ?」
 明るい声で言ってみたものの、サーシャはだまったまま。それでも、ユーリはひるまない。
「このカップ、どこにしまうの?」
 きけば、サーシャが戸棚を指さしてくれた。
「ここだね。ありがとう」
 笑顔で返してみる。
(氷はいつか、必ずとける。今は、しんぼうのとき)
 ユーリは自分に言い聞かせるのだった。

 洗いものも片づけもおわると、サーシャはスコーンを焼く準備をはじめた。
 ユーリにとってはじめてのことだけれど、なにごとも〝最初がかんじん〟だと、お父さんの言葉を思いだす。
 むっつりとだまったままのサーシャのわきで、できるだけの手伝いをすることにした。
 
 スコーンは、店でお客さんにだすものだった。サーシャがいつもつくっているのだ。
 手ぎわよく、バターを湯せんしたり、チョコレートを刻んだりしている。
 そのとなりで、ユーリが流しにたまっていく洗いものを片づける。

 そのうちに、占ってもらっていたお客さんたちが帰っていった。
 みな、焼きたてのスコーンを、おみやげに買ってくれた。
 店にお客さんは、ひとりもいなくなった。

「ユーリ、ばたばたしていて悪かったわね」
 カルシャが言う。
「今日はもう、帰ってもいいわよ」
「でも、まだ新しい勉強をしていません」
 ボールをふいていた手をとめて、こたえる。
「そうかしら? カフェの手伝いだって、りっぱな人生修行よ。いつか星読みに通じるわ」
「え? サーシャの手伝いが?」
「そうよ。スコーンの焼けない人が言う占い結果よりも、焼ける人が教えてくれる結果のほうが、私は説得力があると思うの」

 たしかに、そのとおりかもしれない。これから先、自分の経験することすべてが、星読みにつながっていくということだ。
 スコーンが焼けるようになりたい、そう思いはじめた。

「暗くなると、おうちの人が心配するから。早くおかえり」
「はい、ありがとうございます!」
ふきおわったボールを片づけてから、ユーリはとなりでむすっとしている子に、声をかけた。
「サーシャ、またね。さよなら」
 サーシャはちらっと、こちらを見た。
「……さよなら」
 小さな声ではあるものの、はっきりと聞こえた。ユーリはうれしくて、心の中でガッツポーズを決めている。



 その日の夜、ユーリはねる前に窓をあけてみた。
 空はみごとに晴れわたっている。心なしか、おとといよりも、星たちが強くまたたいて見える。
(あしたは、今日よりもっと、いい日になりますように)
 星座早見盤を手に、心の中でつぶやく。
 まだ名前のわからない、いくつもの星々に、そっと祈りを飛ばすのだった。
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