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第一章 再開するラップ 狂い出すライフ

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【父親がロックスター
よく言われるホントすか?
どうかな。homeじゃただのボンボクラ
沈めてやりたい東京湾

決別のためなった同業者
超えたの音楽の国境は
この曲は生涯の肖像画
あの日から言わない"お父さん"

生まれ堕ちた瞬間からI fucked up……
泣いてばかりもっと欲しかった愛沢山
勃ちがいい性質悪いmy father
rockよりsexよりhiphopがバイアグラ

──Requiem/決別】

 仕事を終えて職員室から出ると、偶然、一つ上の女教師とかちあった。
 彼女の名前は斑鳩ルミナ。
 奇抜な名前の通り、教師にしてはなかなか奇抜な出で立ちの女である。綺麗な金髪に派手なメイク、美人ではあるものの、学校にいると場違い感が凄い。
 そんな彼女が、強めな目力でこっちを見てきた。たわわな胸もとを強調するように腕を組んで。
 ……何故だろう、感じる。そこはかとない悪寒を。
「おつかれーっす」
 なので、一応挨拶だけして、退却しようと試みるも――
「天鬼ざくろちゃん、今日でお休みちょうど二ヶ月目」
 彼女はそう言って、「どうするつもりぃ?」とでも言いたげにこちらを睨めつけた。歳の割に若作りなメイクが今日もキマっている。
 相変わらずおせっかいな人だ。
「そうっすね」
 面倒くさいので取り敢えず相槌。
 しかしそんな反応では、先輩女教師は満足出来ないらしい。
「そうっすね――じゃないでしょ? 小鳥遊クンのクラス、不登校の子がいるって、噂になってるよ~?」
 斑鳩さんの言う通り、うちのクラス(1B)には、入学以来一日も学校に来てない大馬鹿がいやがる。そいつの名前が、天鬼ざくろというわけだ。
「はあ、ったく、わーってますよ。明日天鬼ん家行く予定です」
「へー、意外とマジメなんだぁ……。成長したじゃん!」
 ばちーんと俺の背中を叩く斑鳩さん。
「俺ももういい年なんすよ斑鳩先生」
 過保護も大概にしてくれませんかね? とか続けようと思ったら、もっとすごいのが。
「……あ、ウチ、ついてったげよっか?」
「どこに?」
「天鬼ちゃん家」
「なんで?」
「小鳥遊クンのおもり?」 
 なにが悲しくてアラサー男がアラサー女にお守りされないかんのか。
「はあ? だいたい明日は休日でしょうが。予定とかないんすか?」
「ない(キッパリ)」
 この人、生徒からも教師からも大人気なはずなのになあ、なんでなのかなあ……?
「なるほど。んじゃまあ、きっちり安息してください」
「だからさー、ウチと遊ぼうよ~」
「家庭訪問行くっつってんだろうが!」
「休日にJKん家行くとか、もうある種遊びじゃんか~?」
「どこがですか……。引き込もり女を連れ出しに行くとか、気ィ重すぎなんすけど」
「がんば!」
「はあ」
「暗いなあ、小鳥遊クン。もはや小鳥遊クンがひきこもりそうな勢いじゃん。そんなんじゃダメダメぇ! てなわけで、景気づけに飲みいこ!」
 そう言いつつ、彼女は勝手に俺の腕をとってエイエイオーみたいなことをしだした。
「え」
 固まる俺。
「なんで嫌そうな顔するワケ?」
 睨む斑鳩さん。
「いや、あんたと飲むと絶対二日酔いコースじゃないすか。それで家庭訪問とか、さすがにやばいでしょ……」
「でも、その背徳感に、バイブスがー……?」
「上がるわけねえだろ。アホか」
「ちぇ~。けちぃ……」
 そう言ってうらめしそうな顔で頬を膨らませるアラサー女教師。
 きっついなあ。そんで相変わらず美人なのが別の意味でキツイ。
 しかも明日の予定も中々にきつい。
「はあ……」
 働きたくねえ……。


 翌日。
 天鬼邸についた俺を待っていたのは、申し訳なさそうな顔をした天鬼ざくろの母だった。
 曰く、天鬼(娘)は、家にいないらしい。つか、それどころか一人で盛り場へ遊びに出かけたとのこと。
 つまり、学校に来てないのは引きこもりだったからとかではなく、単にサボっていただけだったということだ。

「クソガキが、ふざけんなよ……」
 俺は天鬼母に教えられた娘の居所へと向かう電車内で、盛大に悪態をつく。
 けどまあ、引きこもっていたよりはマシだ。だから、別にそのことでキレてるわけじゃい。ただ、その場所が割と個人的に曰くつきの土地だったから――。
「あーったく、嫌な予感しかしねえ……」
 そうこうするうちに、目的地最寄りへ到着。
 渋谷。若き時分に幾度と無く訪れた繁華街。足が遠のいて、何年経っただろう。
 感傷に浸りながら、開くドアの音を聞いた。

 しかして、山手線を降りれば、そこは若者の街。無数の人々がすれ違っていく。没個性も異物も、雑多に往来を埋め尽くす。その中に、かつてとは違った建物が混じっているのを見て、哀愁。なんだか懐かしさと苦い記憶が蘇る。
 そして、嫌な予感をひしひしと感じながらたどり着いたその場所は、嫌というほど見覚えのあるあのハコだった。

「マジか……」

【CLUB ACE】。

 れっきとしたクラブである。チャラついた街にあって、その中でも特にチャラついた建造物だ。本来なら、十八歳未満の高校生女子が立ち入っていい施設ではない。その浮ついた装飾は、明らかに、いわゆる教育に悪そうな雰囲気を醸し出している。
 が、現在時刻は昼。当然ナイトクラブなんかとは無縁の時間帯。普通に考えれば営業なんかしているわけはないし、であれば天鬼がいるはずもないだろう。
 ……よって即刻退散、今日の休日出勤は成果なしで終了――したいのは山々なのだが、このクラブには夜の顔ならぬ昼の顔がある。それも、土曜の昼とくれば。
 俺は、なんとも数奇な運命を感じつつ、ある種の確信を持って、十数年ぶりに、そのクラブの門を叩いた。……そうあってほしくないという、願望を込めて。

 扉を開けて、陽の光から逃げるようにして地下に潜っていく。
 入口には――やはり、受付があった。
 ドリンク代と入場料を払い、中へ入る。
 干支が一周する程の時を経て変わったものが、ドリンク代程度のものであることに驚愕する。
 鼓膜と心臓が教えてくれた。
 そこには、全く変わらない――いや、むしろかつてよりも肥大化した――熱量と熱狂があった。
 フロアを覆う薄暗さと鮮烈な照明の中で鳴り響くビート。
 マイクに乗った激しい罵倒が、百人強のリスナーを興奮の渦に飲み込む。

 ああ、また来てしまった。

 もう二度と来てはいけないと誓っていたはずの領域に、生徒の為という言い訳を盾にして、あるいは、もうきっと別のイベントをやっているはずだという都合のいい憶測を笠に着て、また。

 また、やって来てしまった。

 バトルの、MCバトルの、会場に。
 そう、このクラブでは、毎週土曜の昼から夕方にかけて、小規模なMCバトル(フリースタイルのラップ対決といった方が伝わりやすいかもしれない)の大会を行っているのだ。俺が二度としないと誓った、MCバトルのイベントを。
「まさか、本当にまだやってるとはな」
 俺はどうしようもない罪悪感に苛まれながら、けれどこれは生徒の為なのだと繰り返し言い訳して、人混みと音に揉まれながら、天鬼ざくろの姿を探した。
 けれど、中々見つからない。
「ったく、手間取らせやがって」
 大して広いハコでもないのに何周かしても見当たらず、思わず舌打ち。
 が、ふと思った。
 もしかしたら気付いてないだけで、既に何度かすれ違っているのかもしれない。
 なにせ、天鬼はもうとっくに梅雨前線バチバチだってのに未だ一日たりとも学校に来ていないような超絶問題児だ。お互い顔もろくに合わせたことがない。だから普通に顔認識が覚束無いのかもしれん。
 そう思い、持ってきた天鬼の顔写真を再び確認する。
 透明感のある整った顔に、まだ幼さの残る野っ暮いカットな黒髪。
 天鬼ざくろの特徴はそんな感じだ。要は、あまりこの場にそぐわないウブな少女を探せばいい……はずなのだが。
「いねえな」
 人混みをかき分け、DJの流すトラックとMCのフロウを聞きながら、会場内を更に一周、二周。
 どいつもこいつも茶髪だの金髪だの編み込みだのとやんちゃな髪型が多い中、黒髪のお上りさんみたいなのが混じってればすぐ見つかるはずなんだがな……。
 てか、無垢そうでかわいい若い女がこんなとこにいたら逆に目立ってしゃーないはず。
 だというに、それが一向に見つからないときた。
 ならしゃーない。
「帰るか」
 天鬼の親御さんには悪いが、ここに彼女はいそうにない。
 別のとこを探した方がいいだろう。
 それに、いつまでもここにいると昔の俺を知っている奴に会ってしまうかもしれない。以前と違ってボサボサの黒髪メガネに無精髭、そんで極めつけにはスーツだから気付かれないだろうが、万が一ということもある。
「ったく、とんだ無駄足だったな」
 俺は、中央のステージに背を向け、入口へと踵を――
『では次のバトル、行きましょう! ZAKURO、雪音娜、出てきてください』
 返そうとした瞬間、そんな声が聞こえた。
「ざくろ?」
 天鬼の名前はざくろ。奇妙な一致に、俺は思わず振り返る。
 ステージではさっきから延々バトルが行われていた。出来るだけ見聞きしないように注意していたが、探し人の名と同じ音を発されては、さすがに反応せざるを得ない。
 まさかな――そう思いつつ、どんどんと心臓が嫌な感じに鼓動を始めだした。
「「「Fuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuu!!!!!!」」」
 どうやら、見たところちょうど一つのバトルが決着し、次のバトルに移ろうというところらしい。ステージに新たな対戦者二人が登場し、観客が歓声を上げている。
 二つの人影に目を凝らす。マイクを持ったMCは、なんと二人とも女子だった。
 片や、銀髪に着物というだいぶ色物な出で立ちながら、目を引く程のつり目美人。
 片や、パーカーのフードを真深に被った、恐らく女子高生くらいの歳の女の子。
『では、先行後攻を決めるじゃんけんをお願いします』
 司会役の進行のままに、両者はじゃんけん。
 そしてDJがビートを鳴らす。今最も勢いと実力のあるフィメールラッパー【Requiem】の人気チューン【決別】。
 会場にいるほぼ全員が、数秒間身体を揺らす。
『おー、いいですね』
 音が鳴り止み、進行役が唸る。ヘッズが沸く。
「Ah、a」
 どうやら先行になったらしきパーカー少女(こちらがざくろだろう)が下手側に立ち、マイクチェック。
 それを銀髪美女(雪女、だったか?)は冷ややかな目つきで見つめている。
 されど、その闘志はきっと熱く。フードを取ったパーカー少女と目線があった刹那、銀髪美女はニイと笑った。交わる目と目。かわされる両者の視線に、火花を幻覚する。
 開戦を待つフロアは、まさに爆発寸前の火薬庫。
 やがて、ゴングは鳴る。
『それでは、行きましょう! 先行ZAKURO、後攻雪音娜、Ready、fight!』
 ドゥクドゥクドゥクドゥク――というスクラッチ音が軋み、ビートが始まった。
 これから紡がれるは、たった32小節の音楽。されど、その4本の8小節の中には、果てしなく熱い魂と魂のぶつかり合いが込められることだろう。それこそ、自分以外の誰かの人生に大きく干渉しかねない程の。
「――」
 素顔を露わにしたパーカー少女の美貌――それに見とれる間もなく、その鮮やかな唇からタイトなリリックが生まれる。

「yo、初めまして雪音娜さん
 でも悪いね、早速あんたをぶち飛ばさん
 ei yo、そんな感じでかましてく
 きっと終わる頃 繋がってないその首の皮
 てか雪女とか言ってるけどそんなに綺麗じゃない
 百合の花には程遠い so ライクア区議のババア
 結婚とかしたらスゲエめんどくさそう
つまりかかあ天下(笑) マザファカー(笑)」

 パーカー少女よりつらつらと淀みなく発された8小節。クールな声質ながらも熱いバイブスを秘めたまるで蒼い炎の様な口上に、思わず見惚れた。
 加えて、えげつないディスを入れながらもしっかりとなされる押韻。
 女子高生がここまでやれる時代になったのか――俺はあまりの衝撃に本来の目的と更には信条まで忘れ去って、呆然と立ち竦んだ。
 が、その俺の耳には次々と、とどまることを知らぬライムの奔流が押し寄せて――。

「は? 私が綺麗じゃない? どの口が言うのかしらこのメスガキ
 鏡とか見ないの? そんなんじゃ出来ないわよ異性と交際 
 中途半端なインナーカラーで『自分』を表現した気になって――
 かわいそう ああかわいそう 
 まがいもんの炭酸飲料みたい まずいライムでいきってら
 まるでルー○ビア
 誰か言ってあげなさいな
 その髪色  全然      似 合 っ て な い わ  」

 驚愕。驚愕に次ぐ驚愕。
 数秒前まで少女に奪われていた心が、一瞬で盗まれた。
 銀髪の美人が冷ややかな顔付きで口を開いたと思った途端に淀みなく放たれたアンサー。
 対戦相手の髪型(黒髪に青のインナーカラー)に言及した即興力の高いバース。音に乗せてパーカー少女に的確な濃い毒を突き付けた。
 また、最後にタメて強烈なディスを込めることで、敵と戦うだけでなく、観客を沸かせることも意識している。
 間違いない、こいつはやり手だ。
 しかしこれだけのものを吐き出しながら、銀髪美人は嗜虐的な笑みを湛え、余裕綽々といった感じで対戦相手に対面している。
 すさまじい実力。
 少女の方も中々のものをもっているが、完全に貫禄で負けている――。
 さて、どう出る? パーカー少女?

「髪色全然似合ってない?
 あ? 髪色全然似合ってない?
 yo、アンタがそれ言う雪音娜?
 
 ねえ、そうでしょみんなあ? 

 ――――銀髪女のが きっっっついもんなァ???

 あはははw マジうけるw
 銀髪着物のコスプレおばさーん?」

 パーカー少女の2バース目。たまげた。負けていない。
 相手に言われた弱点に言及し、そこからまたエグいアンサーを返せている。観客まで巻き込みながら。ある種の意趣返し。
 まあぶっちゃけ二人とも髪色は似合っているので不毛なやり取りであるっちゃああるのだが、それをここで言うのは無粋だろう。
 それに、だとしても、だ。恐らく年下である少女からの「銀髪着物のコスプレおばさん」。このワードはエグい。このパンチラインは、お相手も相当くらったはずだ。
 これをどういなすか。次の銀髪美女のターンでこのバトルも折り返しだ。そこにこの勝負の決め手がくると行っても過言ではない。
 客の期待も高まる中、彼女は軽やかにマイクへ開口した。

「あ? なにかしら? コスプレおばさん?
 そうね、悪い子は強制送還
 イキったオコチャマ黙ってなさいな
 見てたら? おうちで仮面ライダー
 ぶっかけてあげる 顔面にサイダー
 あまちゃんには精々そんなのがお似合い
 ごめんなさいね、あなたには、
 興味ないわ――もおいいかしら?」

 すげえ。バチバチだ……!
 相手が最後の小節で言った長めの単語に、二つ目の小節で押韻……!
 なんつー完全即興(トップオブザヘッド)。しかも意外性のある単語で。
 コスプレおばさんは母音で言うと、「おううえおああん」。
 強制送還はきょうせいの「い」を「え」で発音、そうかんの「う」を「お」で発音して、「おうええおおあん」。
 連続する同じ母音は省略可能なので、結果二つとも「おうえおあん」でバッチリ踏める。硬い。
 しかもその後も仮面ライダー顔面にサイダーと続き、パーカー少女が年下であることを生かしてきたのをむしろ逆手に取り、彼女を子供扱いすることで自身の優位性を表現している。
 強い。
 そして終始ぶれることのない一貫した冷ややかさが、それを強力に担保している。
 銀髪の着物美人にここまでコテンパンにされる……俺ならたぶん立ち直れないね。
 だが、それでもパーカー少女は負けじとマイクを握り締める。
 こっからは後半戦。どう巻き返す?

「はいはい出ました敗北宣言
 興味ないならとっとと帰れば?
 銀髪おばさん無理しないでね?
 着物ババアのおんぼろライムなんて聞きたくなッアーイ
 Ah、何が強制送還? 
 帰るのはアンタ行ってなよ温泉旅館
 聴きな子猫ちゃん 予定調和
 ほらわかるでしょ? アタシのが高性能アライ?」

 やりやがった!!!
 敵の熱量の無さから来る余裕を、上手く切り返した!
 ギリギリ言い負けてねえ。
 しかもその辺りの格の差を若者らしく、ビートアプローチで埋めた!
 途中からいきなり倍速にして、また戻す。そして最期は怒涛の押韻!
 口喧嘩ではやや押されているが、芸術性では勝っている。
 観客も分かりやすい早口や、韻踏みに沸いている。
 このままいけば、パーカー少女にも勝機が――。

「はあ……、心底くだらない
 呆れて言葉も出ないけど
 仕方ないから相手してあげる
 いつまで容姿の批判してるつもり?
 中身がまるでなくて聞くに耐えない
 小学生の作文の方がだいぶマシ
 もはやお遊戯会
 今時そんな韻踏むだけなら、コンピューターでも出来るわよ?」

 強い……! 強過ぎる……!
 言葉の重みが違う。
 あくまでも彼女は相手の土俵に乗らない。的確なアンサーでもって勝負する。
「韻踏むだけならコンピューターでも出来る」、確かにそうだ。しかもこれはパーカー少女の最後の押韻連打が、文脈的にはやや繋がりが薄かったことへの痛烈な指摘。
 これは刺さる。強気な顔で相手を睨んでいた少女も、これには一瞬下を向いた。
 だが、着物美人はスタンスを全く変えない。ずっと彼女を下に見ている――。
 圧倒的高所からの見下し。凄まじいディスの嵐。
 二人の間にそこまでの身長差がないのに、着物美人の方が比べ物にならないほどデカく見えてくる。それくらいの表情と声、言葉の威容。
 まるで無敵の城塞。彼女はそのテッペンに立ち、少女を見下ろしている。
 対する少女は完全な丸腰。鎧の一つも、武器の一つもない。
 けれど、その舌なら、鉄壁の城壁を打ち破る魔法の呪文だってきっと唱えられる。
 そんな予感があった。
 いや、違うな。なぜかはわからないが、俺はいつの間にか彼女の方に肩入れしていた。その若い魅力に惹かれてしまった。彼女に勝って欲しかった。
 きっと、ただそれだけのことだった。いつのまにか、汗をかいていた。

「コンピューターでも出来る?
 ならそのコンピュータが出来る韻踏みすら出来てない
 アンタはなんなんですかーww?
 
 ei yo、機械に負けてるただの妖怪w
 てかなんだっけ、もはやお遊戯会?
 そうかい、ほんならもうしまい
 言葉の刃で切り捨ててゴメン
 どうよこんなん? そう居合~w」

 彼女のラストバース! 決まった! これは決まっただろ!
 観客のボルテージも最高潮だ。
 上手い。一切の仕込み(ネタ)がない超即興! それでいて決めるディス!
 着物美人はさっき敢えて踏まなかったのだろうが、そこの揚げ足をとっていく。いわばこれは、ラップにおいてどこを重視するかのスタイルウォー!
 ディスと即興と押印が相まった軽やかなパーカー少女のスタイルと、アンサー重視の重厚な着物美人によるバチバチの正面衝突。これに痺れないわけがない。
 体中の熱い血が滾り出す。忘れていた感覚が戻っていく。
 紛うコト無きベストバウト。白熱する試合。
が、それも次の着物美人のターンでラスト。
 彼女はこの試合をどう締める? 全観客が、固唾を飲んでビートに耳を澄ませた。

「うふふ、居合?
 滑稽ね、ガキがチャンバラして笑っているわ
 やんちゃな 子供が簡単な 韻で
 勝ったな なんて思ったのかな?
 でも残念ね、ディスがワンパターン 
 半端な刀 まるで錆び切ったカッター
 そのほっそい刃叩き割ってカウンター
 刀研いで出直したら? さようなら なまくら小童」

『終了―――――!!!!!』
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」」」」」
 キッカリと決め台詞(パンチライン)がハマって、音楽が止み、司会のマイクに乗った声をかき消すほどの大歓声が場内を揺らす。
 
 熱い。
 
 血潮ではなく、全身をライムが駆け抜けていくかのよう。
 音と詩、韻と意味のまぐわい。
 もはや解説など無粋だった。美しく鋭い言葉が音の上で飛び跳ねながら痛烈に鼓膜を切り刻む。
 二つのマイクを介し、二人は反発しながら混じり合う。
 そしてその熱に観客も溶かされ、全てが一体になっていく。
 たまらない。この感覚。この感動(バイブス)こそ、MCバトル――。
 封印されていた感情が、吹き出しそうになる。
 ナイスバトル――そんな、長年聞くことのなかった熱い言葉が、腐りきった血潮に染み込んでいく。

『――それでは判定に移りたいと思います。良かったと思う方に手と声を挙げてください』
 
 興奮冷めやらぬ中、判定へ。
 延長延長と狂った様に叫ぶ客。そんな声が懐かしい。
 けれど、勝負を決める際に、温情など一切ない。あってはならない……。

 バトルの勝敗は、基本的に観客の投票で決まる。投票といっても、実際に紙に書いたりするわけではない。
 ではどうするかと言うと、いま進行役が言った通り、その場でどちらか片方に手と声を挙げる。その数と大きさで進行役が判断して、勝敗を決めるのだ。
 故にそこに不正や忖度、八百長などは存在し得ない。
 残酷なまでに誠実に、会場の心を掴んだMCが絶対的に勝利する。
 完全なる実力主義。故にこそヒップホップ。
 誰でもマイク一つでのし上がれる。
 まさしくストリートドリーム。
 今ここに、雌雄は決される――!

『ではまず、先行、ZAKURO!』
「「イエーーーーーーーーー!!!」」
『後攻、雪音娜!』

「「「「「「イエーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」」」」」

 割れんばかりの大歓声。
 勝敗は誰の目にも明らかだった。

『勝者、雪音娜!!!』



「……そりゃそうなるか」
 なんて、誰の耳にも入らぬ声でぼやく。
 ZAKURO、だっけか? あのパーカーっ子も負けてなかったけどな。
 まあでも、納得の行く判定だった。
 さてと。思わず足を止めてしまったが、そろそろ帰るか。
 そもそも、俺はラップともバトルとももう縁を切った。こんなところに長居するわけにはいかない――。
「いや、まてよ……」
 夢中ですっかり忘れていたが、本来の目的を思い出した。
 敗退し、ステージから降りていくパーカー少女を見て考える。
 彼女の見た目は、ミディアムの黒髪におしゃんな青がインナーで入ったパンクっ子って感じ。ピアスもしてるし。バンギャっぽいと言えなくもないが、さっきのバトル内容的にそういうタイプじゃないだろう。
「うーん?」
 もう一度、探し人「天鬼ざくろ」の写真を見返す。
 かわいいとはいえ、中坊っぽい雑な黒髪。まるで別人な見た目。
 けれど、なんとなくそこに面影がある気がしないでもない。素材は普通にいいし。
 だいたい天鬼母の指定した場所にバトルネームとはいえ、同じ名前で同じくらいの年齢の女の子がいたのだ。これは偶然の一致として見過ごすには少々無理があろう。
 ただ、彼女がもしも本当に天鬼ざくろだとしたら……。
「はあ……」
 俺は複雑な想いで、彼女の後を追った――。


「おいお前、凰胤(おういん)高校の天鬼ざくろか?」
 散々探し回って、ようやく見つけたパーカー少女に声をかける。
 彼女はロビーに座って、水を飲んでいた。
「ん……? 誰?」
 切れ長の澄んだ瞳が俺の方に向く。
「小鳥遊空。学校の先生だ」
「え? 学校の先生がこんなとこでなにしてるの?」
「不登校の生徒を探しに来た」
「へー。そうなんだ。大変だね。がんばって」
 さっき見たステージ上での姿が嘘の様に自然体で毒のない言葉に、やや拍子抜けする。なんならちょとコミュ障というか、不思議ちゃんっぽい雰囲気すらある。
 素だとこんな感じなのか? 
 そういえば、俺の知り合いにもステージではカマすのに、普段はたどたどしい喋り方のラッパーいたな……。
 だが、意外とそうういうやつこそ油断ならない。そいつもそうだったが、この手の人種と対話しているといつの間にか相手のペースで話させられていたりするからな。なんなら今もそうなりそうだ。
「なに他人事みたいに言ってんだ。お前のバトル見てたぞ、すげえよかった! ……でもZAKUROって名乗ってたよな。つまりお前、天鬼ざくろなんじゃないのか?」
「そうだけど。……なんであたしの本名しってるの? ストーカー? ファン? 褒めてくれるのは嬉しいけどさ……あたし負けたしなあ」
 なんだコイツ。人の話聞いてなかったのか?
 ――って、ホントに天鬼ざくろだったのかよ……。めんどくせえことになった……。
「勘弁してくれ……」
「いいよ? ようわからんけど」
 思わずぼやくと、不思議そうな目で天鬼がこちらを見つめていた。
 そりゃそうだよな。急に自分の名前を知っているおっさんが現れて独り言。困惑もするわ(その割には勘弁してくれるらしいが)。
 さて、じゃあどうしたもんか。
 天鬼を見つけたはいいが、いざなんと言うべきか。
 いきなり不登校の生徒に学校に来いと言うのも違う気がするし、かと言って俺はこいつがどんな人間なのかも知らないから他に話すこともないしな……。
 と、情けなく困惑していると、なんだか変な女が天鬼に話しかけてきた。
「うーっちゅぅ、ざくろーん! おちゅおちゅー! てか誰そのおじさまー?」
 小学生みたいな身長にしてはやたら発育のいい胸部。ピンクに染まったツインテール。しかもアニメみたいな声に、独特な口調。ハイテンション。顔はいいがメンヘラっぽいメイク。極めつけに、なぜかシスター(?)服。
 なんというか、濃い……。
 気圧されていると、天鬼が真顔でかましてきた。
「ストーカー?」
「え、なにそれヤバくね?」
「なにが?」
「いや、ストーカーにも動じないざくろん流石過ぎ」
 シスター服の少女は大げさにのけぞった。乳が無駄に大きく揺れた。
「いや、ストーカーじゃねえよ」
「うわしゃべった?!」
 一々リアクションがデカイなこいつ。デカイのは乳だけにしといて欲しい。
「そらしゃべるだろうが。なんだお前、こいつのダチか?」
「そう、こう見えて韻韻、タチなんです! ざくろんは意外とネコ」
 訳の分からんコトをハイでまくし立てる巨乳に、苛立ち聞き返す。
「ああ?」
「ぴえん。顔こわ。なんで韻韻てばストーカーにメンチ切られてるのかな?!」
「ストーカーじゃねえつってんだろ。俺はコイツの担任の教師だ」
 俺がそう言うと、天鬼はきょとんとした顔で。
「え、そうなの?」
 さっき言っただろうが。
「こう言ってますけど、自称先生?」
 何が自称だ。名実ともにクソ公務員なんだよ俺は。
「そらこいつが学校に一回も来てねえから知らねえだけだ」
「なにそれざくろん超クレイジー」
「いえーい」
「いぇーい! うぇいうぇい!」
    何故かハイタッチする2人。
 全然たのしくなさそうな無気力な声と、やたらノリノリなアニメ声が耳朶をノック。
「なんで盛り上がってるんだ……」
 これはなんとも前途多難だな……。
 そう確信しつつも、俺は彼女等に向けてなんとか事情の説明を開始した。


 数分後。
「なるほど。つまりざくろん問題児。出席日数超大事。きもちいのは後背位! そういうことね?」
「まあそういうことだ」
 最低な韻の踏み方をしながら俺の話をまとめる韻韻(MCネームらしい)に、うんざりしながら頷く。
「韻韻渾身のバックをさらっとスルーしたね?!」
「試してみる気があるならコメントしてやるが」
「それが教師のコメントかよ?! 韻韻ドン引きだよ……。イル過ぎて病む」
 スルーしてもかましても文句言うとか何なんだよこいつ。
 こんなあからさまにイカれた奴の相手をしていても仕方がないので、天鬼に話を振る。
「で、どうなんだ天鬼? なんで学校に来ない?」
「逆に、なんで行かないといけないの?」
「俺が困るからだ」
「なるほど。」
「いやいや、なんかその理由おかしくない? WowWo」
「おかしくない。事実だ。というか韻韻お前は黙ってろ」
「そっかー。でもあんたが困っても別にあたしは困らないよ?」
 彼女は無表情でさらりとそう言った。
 真顔で自分の担任にそんなことを言ってのけるとは、中々胆力のあるクソガキだ。さっきの堂々たるパフォーマンスも頷ける。
「ふっ、だろうな。まあ、二ヶ月も来てない奴にただ来いとだけ言って、いきなりはいわかりましたもう休みませんと言うとも思っていない。ただ、俺はお前に学校に来て欲しい。これだけは本気で思ってる。そのことを知っておいて欲しい」
「おっけー」
 人が真剣に話してるのに、遊びの約束でもしたんかみたいなテンションで指を使い丸を作る天鬼。
 なんか調子狂うな……。
「軽いな……。じゃあ来週からは学校に来いよ。もし来なかったら今度はネチネチお説教しに来てやるからな」
 ま、出来ればこんなところもう二度と来たくはないが……。
「うーん、説教はだるいわ」
「じゃあ学校に来い不良少女」
「えぇ」
 彼女は心底嫌そうに顔をしかめた。
 そんなに学校が嫌なのか。それは、それはなかなかに悲しい。
 思わず口が滑った。
「高校生活は一生一度。でもラップとは一生一緒。今しかないもん大事にしろよ」
 すると、ぱああと韻韻が目を輝かせる。
「お、先生ってばちゃっかし韻踏んでんじゃーん。やるやる~!」
「あ、いや、今のは昔のくせ……じゃないな。たまたまだ。忘れろ」
 クソ、この場の雰囲気に感化されたのか? やっちまった。なんてことだ……。
 自戒――。
 が、おもむろに。天鬼は今日、初めて俺に興味を向けた。
「ふうん……。じゃあさ、バトルで決めない?」
「あ?」
 何言ってんだ、コイツは?
「あんたとあたしで今からバトル。あたしが勝ったらあんたはもうここには来ない。あたしが負けたらあたしは大人しく学校に行く。どう? 楽しそうじゃない? なんか」
 さっきまでの無気力感はどこへやら。天鬼は急にステージで見せた様な好戦的態度で俺を睨めつけた。
「おもしろそー! じゃ、韻韻がジャッジしてあげるよー!」
「おい待て、誰もやるなんて」
「にげるんだ?」
「……、」
 鋭い視線。まさにそうとしか表現できない強烈な視線。その脅迫。
 久々に浴びた。こんな鋭利な意志の宿った目線を。
 くらう。ずっと平穏の中にいた自分を責める様な視線を、モロにくらう。
 被害妄想。完全なる被害妄想。けれど、彼女の目付きが、俺の中のあらゆる物を逆なでした。後悔も欲求も怨嗟も憤怒も悲愴もなにもかもを掻き回されて。
 ――固まる。そうする他、ない。
 けれど。そうして、俺が黙っていると。
 彼女は、すっと、冷めた目になった。暗い海の深い深い底を想起させるような、青く冷たい瞳に。
「別にいいけど、それならあたしは学校には行かないよ、一生。あたしより弱い奴になんて教えを乞う気はないもん。あたしはね」
 温度のない声で、そんなことを言う。あまりにも悲しい言葉。
 ならやはり、俺も俺の殻にこもったままじゃいけないのかもしれない。
 誰かを連れ出そうとするのなら、自分も一歩踏み出さねば釣り合えない。
 きっと、そういうことなのだ。
 ただ、その前にひとつ確認しておきたいことがあった。
「……なるほどな。じゃあ聞かせてくれ。お前はなんで学校を休んでまでラップをする?」
 すると。
「は? なにそれ。楽しいから――それ以外にある?」
「っふ、そうか……。そうか、ラップは楽しいもの。そうだよな」
 あまりにも単純な理屈。
 幼いながらも、ある種だからこそ真理であるその言に笑ってしまう。
「?」
 今度は逆に天鬼が固まる。不思議そうな顔。何一つ曇っていない純情。
 その青さが微笑ましくもあり、果てしなく苦くもある。
 なんて思っていたら、そのどちらとも無縁そうなトリッキー少女が俺達を急かした。
「はいはーい! これ以上ざくろんと話したいならバトルしなよ、センセー? それが一番じゃねー?」
 彼女は何も知らず、朗らかに俺の肩を叩く。
 ――もう二度とバトルはしない。そう誓った遠い日。
 けれど、それが一人の少女を学校へと連れ戻すことになるのなら。プラスのラップなのなら。ディスはなしで挑むのなら。
 ――あいつも、許してくれるだろうか。
 身勝手な理論。身勝手な変わり身。
 ただこれもある種の運命なのかもしれない。そう思わざるを得ない現実が、目の前に迫っている。
 ならば。
「わかった。それで本当にお前は学校に来るんだな、天鬼?」
「うん。あたしがあんたに負けるとは思えないけどね」
「大した自信だ。だがまあ、根拠のない自信ってのは強みだな。俺に負けてもなくすなよ、それ」
「へえ、言うじゃん」
「ってことは、ホントにやるの、センセー? いいね、いいねえ、ノリいいねえ! じゃ、ビートはァ、スマホからだけど、韻韻が流したげるよん!」
「ありがと、韻韻。じゃ、はじめよっか。かわいそうだから、後攻はゆずってあげる」
「そうか? それじゃ、遠慮なく」
 天鬼がなぜそんなことを言うかといえば、MCバトルにおいて、基本的にはアンサーをより多く返せる後攻が有利だからだ。
 つまり、これは明らかな挑発であり、それと同時に彼女の確固たる自信の表れ。さっき雪音娜とかいうMCに負けたばっかなのにこうも自信満々なのはある意味すごい。若者特有のギラギラとした熱量と芯を感じる。
 ――ただまあ、それを今からへし折ってやるわけだが。
「おお、さすがはざくろん。超クール! センセー形無しw ちな、ビートはこれね! んでまあ初心者に長いのはきついだろうし、8小節2本で」
「わかった」
「おう」
 別に俺は初心者ではないが……。とはいえ敢えて釈明する必要もないか。
 それに、どうせこのあとすぐにわかることだ。
というか流れ出したビートがまさかのクラシックでかつての思い出がフラッシュバックする。【イドラアニマ】の【spectacle days】なんて、完全に俺世代の曲だけど気でも回してくれたのだろうか。
 などと思っていると、背丈の低い少女はその割にはやたらでかい声と乳を震わせて、野良バトルの開始を宣言した。
「んじゃ、先行ざくろん、後攻センセー!  れでぃー、ふぁいっ!」
 さて、どう出てくる? 
 俺は好戦的な目付きでこちらを見つめる天鬼の口元に意識を集中させた――。

「あー、先行とったはいいけど、
 全然知らないこのセンコー
 こっから始まるのは戦争
 あんた殺して燃やす線香!」

 なるほど、そう来るか。トントントンと「えんおう」で三つ踏んで来た。普通に上手い。殺して線香上げるというのもウィットに富んでいて面白い。
 ただまあ、これだけなら搦手でどうとでもなる。残り4小節次第だな。

「aiyo、こんな感じ、わかる?
 優等生には出来ないラップ
 聞くまでもないどうせあんたワック
 きっと音にさえ乗れないよファック!」
 
 相変わらず上手い。優等生という単語を使いつつそれを否定して、自分が学校にいかないことを正当化までしてやがる。
 ……とはいえ、たぶん俺のことをあまり知らないからだろうが、ディスが弱いな。さっきの着物美人ちゃんとの時みたいなエグ目な弾が飛んでこない。
 ぶっちゃけこの内容なら誰に対してでも言える。流用出来てしまう。要するに俺への固有のディスがない。例えば「なんだそのナリ、すごくひでえ。剃ってから来いよ、その無精髭」的な即興性を感じさせる内容が。
 この調子なら、余裕だ。
 見せてやろうか、俺の実力を。
 逆にそういうディスなしでも勝てるってことを教えてやる――。

「へえすげえ、先行取って……え、ひいふうみい、
 連続で三つも踏んでる――
 なんて言うと思ったか自由人
 一級品にネタくせえぞこの韻踏み もっと鑑み?」

 って、やべえ、十年来なのについ当時の癖でディスりそうりになった……!
 だからダメなんだ俺は。どうしようもなく身体に罵倒が染み付いてやがる。クソ。
 でもこれは別にディスじゃない。最後に慌てて「鑑み?」を足してアドバイス風に出来たはずだ。セーフだ。
 残り4小節。話を変えよう。とにかく褒めて刺す。それでいこう。

「あ、そうか、その為に先行とったのか?
 すげえすげえ、戦略まで練ってる、賢けー
 ただそのままだと貼られるぞ不良のレッテル
 取り敢えず学校に来い 今日の話そういうベクトル」
 
 よし、行けた。
 
 それと――。
 
 あ、これ、勝ったな。
 なんでって? いや、だって目の前で完全にテンパってる子がいるからね。

「え、え、マジ? 正直びっくりしてる
 あんたすごいねラップ出来てる
 なんなのマジで、え、経験者?
 先に言えよそういうの、ほんと 宣誓しな?
 赤ちゃんが急にけんけんした くらいに喧々諤々
 膝もガクガク ほんともうファック
 あー、なんだよクソ油断してたもう
 センコーがなんでラップ出来るの? なにそれ。なんだよ、もう。ずるいじゃん」

 なんかもう露骨に狼狽えてる。俺をマジでただの冴えないおっさんだと思ってたみたいだ。無理もない。それが急に流暢にラップしだしたからビックリなんだろう。
 思ったことをそのままラップしているのがよくわかる。だが、そのくせ長めの韻を踏めているのが油断ならない(「赤ちゃんが急にけんけんしたくらいに喧々諤々」というラインはマジで意味がわからないが。それくらい俺がラップしたことが意外だったということなのかな?)。
 身に染みてわかる。
 この子は本当にすごい才能だ。なにせ、慌てているのにしっかり固く韻を踏んでいる。
 上手い。騙し討ちしていなかったら、簡単に食われていた可能性すらあるくらいに。
 ――と、そんな悠長に考えている余裕はあんまりない。
 さて、最期のバースだ。手を抜かず行こうか。
 
「おいおいどうしたさっきの自信?
 どんな相手にも対応しろきちんと
 お前に足りないの そう対応力
 学校に来て養え想像力
 それさえあれば予期出来たこの状況
 運勢ならばもう凶
 無敵だなこの後攻 俺のラップマジ高尚っしょ?
 だからな天鬼、言うぜ 明日から来い高・校!!」

 決まった――。

 言い終えて、満足げに二人を眺める。
 一人はあほみたいに口を開けて放心し、もう一人は居心地が悪そうに苦笑いしていた。
「で、勝敗はどうだ、韻韻?」
「あー、えーっと……」
 俺の言葉に、韻韻はバツが悪そうな顔で天鬼と俺との間で交互に目を泳がす。
 するとそれを見かねたのか、ようやく正気を取り戻したらしい天鬼が拗ねた様な声で吐き捨てた。
「はあ、わざわざ聞くまでもない。あんたでしょ。性格わる」
「そうか? そいつはどうも。ま、落ち込むなよ。お前も十分うまかったよ天鬼」
「次やる時は負けないから。絶対」
 透明感のある瞳に闘志を浮かべる天鬼。その様は、蒼い焔を幻覚させる。
 だが、勘弁して欲しい。今回は特例だ。そう何度もこういうことをする気はない。
「は? もうやらないが」
「ふざけんな、勝ち逃げ?」
 急に尖ったナイフみたいな目をして俺を睨む天鬼。
「いや、俺はもうバトルはしないって決めててだな……」
「逃げんな弱虫。へぼ。ばか。そんなの知らない。さっきは不意をつかれただけ」
 へぼ、ばか、て……。絶妙にかわいいなコイツ……。目は怖いけど……。
「ふしゃー」
 俺がそう思っている間にも、彼女はじいっとこちらを威嚇するように歯ぎしりしている。
 諦め悪っ! ラッパーとしてはいい素質だが、こっちからすりゃいい迷惑だ。
「うわー、ざくろんスイッチ入っちゃったよ~ん? どうすんのセンセー?」
 韻韻が「ありゃりゃー」とか言いながら俺に問いかけるが、どうもこうもない。約束を守ってもらえれば俺はそれでいい。
 というか、一連の流れのせいで野次馬が集まってきている。「え、ZAKUROがバトルしてたの? しかも負けた? マジ?! 誰によ!?」みたいな声も聞こえてきた。
 さすが、実力があるだけあって、この子にはそれなりのプロップスがあるらしい。
 続々とこちらへ人がやって来る。もう既に軽く人だかりと呼べるだけのものが出来上がってしまっていた。
 なんだかこのままだと面倒なことになりそうだ――そんな雰囲気をバチバチに感じる。
 なので。
「とりあえず学校に来い! 話はそれからだ! じゃあな!」
 言いたいことだけ言って、この場を去ることにした。そもそも長居したくなかったし。
「あ、まて!」
「ばいばあーぃ、センセー」
「逃げんなー! 向き合え生徒と!」
 人混みをかき分け、追いかけてこようとする天鬼。しかしそれをヘッズ達に阻まれている。
 俺はこれ幸いと、捨て台詞を残し、会場を後にした。
「さっきそれは充分にやったろ! またな!」
「首洗ってろー! じっくりー!」
 なんとも気の抜けた大声が、後方で響き渡っていた――。



 
 そして月曜日。
「おはようさーん」
 朝のHRを始めようと教室に足を踏み入れた瞬間、異様な雰囲気が俺を襲った。
 生徒達が、なんというか――陰気にざわついている。いつも通りにただ騒いでいるわけではなく、なんとも不穏な状態でヒソヒソと声を交わしている。
 排他的な、不安気なオーラ。
 それ即ち、普段とは違う外的要因が室内に生じていることの証左。
 そしてその外的要因というのは他でもない、あいつに違いなかった。
 俺は確信と歓喜を伴って、教室のとある一点へ視線を向けた。
 四月に学校がスタートして以来、ずっと空席だったその座席へ――。

 黒髪に青のインナーカラー。
 果たして、彼女は、天鬼ざくろは、その席に座っていた。
 出で立ちが制服ではなく、私服のパーカースタイルなのは大問題だったが、この際それはいい(ちなみにピアスと染髪は、やってる奴こそ少ないが校則違反ではない)。
「おー、天鬼、来てくれたんだな!」
 彼女が素直に約束を守ってくれたことが嬉しかった。学校という場で再開できたことも。
 感動のままに、そんな言葉を口にした。
 すると、俺がいきなり腫れ物である天鬼に触ったことで、教室内の空気が一変する。
 教室中の全員が、俺に対する彼女の返答(アンサー)を聞こうと、耳をそばだてていた。
 が。
「……。」
 無視。
 天鬼は、俺に一切の反応を示すことなく、机の上を睨みつけていた。
 まったく、ここまできて反骨精神をアピールすることもないだろうに。
 そう思い、彼女にもう一度声をかけようと思ったのだが、その手元をよく見ると、彼女はペンを手に、何かを一心不乱にノートへと書き殴っていた。
 何やってんだ? と思い、彼女の方へ歩み寄る。
「……って、マジか、ははは!」
 思わず笑ってしまった。
 周りの生徒が、「え、どうしたんだこのセンコー? イカれたのか?」みたいな目で俺を見始める。やっべ。
 が、しかし、これは天鬼が悪い。
 だってこいつ、何してんのかと思ったらイヤホンしながら(そのせいで俺の声に気づかなかったんだろう)ひたすらノートに詩(リリック)と韻(ライム)書き連ねてるんだぜ? 朝のクラスルームで。
 こんなん笑うしかないだろ。どんだけ好きなんだよ。ラップ。
 昔を思い出す。友達も師匠も俺も、みんなそんなことしてた。
 ……ああ、ダメだダメだ。青くて苦い思い出がまたぶり返してきた。
 コイツは劇薬だ。天鬼を見ていると、まるで高二の頃に好きだったトラックを爆音で流しながら卒業アルバムを読んでいるみたいな精神状態になる。よくない。
 俺はもういい大人。ラップから離れなきゃいけない。こないだのは一度きりの例外だ。
 そう言い聞かせて、ヒップホップの世界で一人キマってしまっているヘッズを叩き起こすべく、俺は天鬼の肩を叩き言った。
「おはよう、天鬼。これからHRだ。HR中はそれ外せ」
「……ん? あ、あんたは!」
 思案げ→神妙→驚愕→お冠……と、コロコロ表情を変えながら、彼女はイヤホンを外し、こちらを仰ぎ見た。
「また会ったな。約束を守ってくれてありがとう」
「はあ? 自分は破ったのに、なにがありがとう?」
「あ?」
 破った?
「明日から来いってアンサーしてきたからあたし、昨日きたよ、ここ。なのにあんたはいなかった。今日はその文句言いにきた」
 え、昨日? 昨日来た? 学校に? 馬鹿なのコイツ?
「昨日は日曜だぞ? 学校やってるわけないだろうが。曜日感覚イカれたか?」
「しらない。ラッパーなら自分で言った言葉に責任もってよ」
 むすっとした顔でそう告げる天鬼。
 言われてみれば、一昨日のバトルで「明日(=日曜)から来い高校」と言った気がする。でもあれはなんかその場の勢いで言ってるわけで、そのへんもう少し柔軟に対応してくれよ……。
 一応謝るけども。
「……むっ、まあ、それは悪かった」
「反省した? じゃ、もっかい戦お」
「は? 何言ってんのお前」
「そのためにきたんだけど」
 当たり前じゃん――みたいな顔で担任教師にガン付ける天鬼。
 だが、知らざあ言って聞かせやしょう、
「学校はバトルする場所じゃねえだろ」
「じゃあ帰る」
 彼女はそう言うと、ノートをしまい始めた。どうやら本当に帰る気らしい。
 マジかコイツ。
 ドン引きしてしまう。生徒達も当然何事かとどよめいている。
 いやー、教室内の空気もだいぶすごいことになってきたな……。
 が、そっちにかまってもられん。
「おい待て、それじゃあ約束が違う」
「あんたも破ったんだからおたがいさまでしょ」
 あたしは何も悪くない、あんたが悪い――そんなスタンスをガンガンにかましてくる。theクソガキアティテュードって感じだ。
 教師として、言い負けるわけにはいかない。
「約束の話とアンサーの内容を同列に語るな。お前は自分で言った、負けたら大人しく学校に来ると。それで負けた。なら守れ。さっき自分で言ったよな? ラッパーなら自分の言葉に責任持て」
「ふん。さすがだね。屁理屈がうまい。でも言わせてもらうけど、あたしはもう大人しく学校には来てるんだよね。だからもう、約束は守り終えてるってわけ。どう?」
 天鬼は一向に引く気配なく、バチバチの顔付きで俺を見据える。
 ならば俺も譲らずに応じよう。
「ほう、お前はそれでいいのか。そうやって詭弁で逃げて自分のバトルの敗北、その後始末にすら真剣になれない。そんなんでリアルなラップが出来るか? ラップにはラッパーの生き様が出る。そんな適当な生き方してるとバトルでも芯のねえ言葉しか吐けねえぞ」
「お説教? 言いたいことがあるならバトルで言えばいいじゃん。なのに逃げてばっかり。言葉だけ。行動で示せてないんだよ。自分の言葉がそのまま跳ね返ってきてるね。説得力がないよ、そのお説教」
 生意気な目付きで俺に食ってかかる天鬼。
 生意気だ。クソ生意気だが、グレずに本気でぶつかってくるその熱意を、少しだけ可愛いなと思ってしまう。愛おしく思う。諦めてない、すれてない純粋な反抗に。
 ただ、甘やかす気はさらさらなかった。
「別に俺は学校に来たらお前とバトルするなんて約束をした覚えはねえ。だいたいお前が俺と何回戦ったところでお前に勝ち目はねえから。もっと成長して出直せ。その為に学校に来て語彙を増やせ知識を学べって話。わかる?」
 もはや、音に乗ってこそいないもののバトルをしてるんじゃないかってくらいのぶつかり合い。他の生徒が完全においてけぼりだが、しょうがねえ。
 そんなことを気にして、この子をまた不登校にするわけにはいかない。
 俺は懸命に彼女の瞳を見つめる。
 どこまでも真っ直ぐな、冷たいのに、炎みたいな熱さも持った瞳を。
 対して、彼女は素朴に、突飛なことを言った。
「なら、勉強すればバトルしてくれるの?」
「そんなにバトルがしたいのか?」
 バトルジャンキー過ぎるだろ。
「とーぜん。負けっぱなしはヤだもん」
 子供か。
「だったらなんだ、えー、あいつ……そう、雪音娜にリベンジしろよ」
「あのヒトとはどうせ次の大会で当たるからいい。でもあんたはここにしかいない。ちがう?」
「……」
 反論できなかった。なにせまあぶっちゃけた話、再戦を拒み続ける俺も中々に子供であると言わざるを得ないし。
 勿論、口喧嘩に勝ちたいだけなら、話を逸らしたり論点をずらしたりすればいい。ただ、この子にそういうことをする気にはなれなかった。
 すると、天鬼は嬉しそうに笑って、
「だんまりなの? てことはあたしの勝ちかな?」
 なんて言って来た。どんだけ負けず嫌いなんだ。かわいい笑顔しやがって。
 ただ、お前が勝ち負けにそうも拘るのなら、一つ一つの結果に対する責任もしっかりと負うべきだ。それだけは伝えなくては――そう思った。
「一度負けたやつが調子乗んなよ? 再戦を望むにしても通すべき筋があるだろ。学校に来いっていう文脈をたった一日数分くればそれでいいと解釈して厚顔無恥を晒す様な輩には誰も憧れねえ。そんな奴のパフォーマンスには誰も沸かねえ。そういう奴は勝つことは出来ても、勝ち続けることは出来ねえぞ」
 正直、鬱陶しいだろう、今のセリフは。説教臭さがぷんぷんだ。
 だが、嫌われても疎まれても、それを大人が言わなきゃならねえ。
 子供にうざがられる、それが俺達大人の仕事だ。
 そう思って、真剣な目で天鬼の目を見る。
 すると彼女は、存外に澄んだままの目でこちらを見返し、言った。
「…………だったら、あんたはあたしに勉強とラップを教える。それであたしが強くなったら、またバトルする。――そう約束してくれるなら、毎日学校にきてもいいよ」
 はあ? なんだそれは?
「ずいぶんと都合のいい条件だな……」
 俺がそうぼやくと、彼女はふふっとなぜか上から目線な態度で微笑み、
「それが嫌ならもう帰る。連れ戻したきゃ、またバトルで負かせば? あたしは別にどっちでもいいし。あんたにリベンジさえできればさ。でも筋を通して、一つ目の方を提案した。かなり十分だと思う」
「そうかよ……」
 まったく、クソ生意気なガキだ……。
 ただまあ、一人の不登校だった生徒が毎日学校に来てくれるっていうのなら――。
 十分だ。おっさんの贖罪よりも、若者の更生の方が大切だろう。
 もしかしたら、その頃には俺なんかどうでも良くなってるかもしれないしな。
「わかったよ。お前が強くなったらバトルしてやる。それでいいな?」
「うん」
 天鬼はクールに整った顔をくしゃっと潰して頷いた。
 そんな美少女が垣間見せたあどけなさを、かわいいと思ってしまった刹那――。
 HR終了を告げるチャイムが鳴った。
 やっべ。
 ふと我に返る。生徒からの目線がクソ痛い。
 この状況どうしよ。
「あー、取り敢えず、天鬼が来てくれて今日はいい日だな! ご覧の通りラップが好きなだけのやばいやつだが、陰湿ないじめとかはするなよ! 趣味が合いそうな奴は仲良くしてやれ! 以上だ! 今日も一日頑張れ少年少女! じゃ、解散!」
 面倒なので、そう宣言して、逃げるように教室を後にした……。




 やがて、放課後。
「小鳥遊、あたし、あのあと、考えた」
 職員室で事務作業をしていると、どこからともなくヌッと現れた天鬼が顔だけを俺の前に突き出してそんなことを言った。
 急に現れた美少女の顔面にやや驚きつつ、受ける。
「おう、どうせ授業中になんだろうが、そこは不問にしとこう」
「たしかに、いまのあたしじゃ、勝てないかも」
 彼女は悔しそうな声音の割には神妙な、よく言えばポーカーフェイスで自己分析。
「そんなこともないと思うけどな」
「じゃあバトルしてくれるの?」
 表情は変えずに、ぐっと、顔と顔がくっつきそうなほどこちらに身を乗り出す天鬼。
 しかしだからといって心の距離が近づく訳でもなく。
「それとこれとは話が別」
「だよね。なら黙って聞いてよおじさん」
「おじさん……」
 おじさん……。
「あたしさ、あんたの弟子になったじゃん?」
「はあ?」
 何を訳の分からないことを。こいつの話は飛び飛びで困惑する。まあ女子高生の会話なんて割とそんなもんといえばそんなもんだが。
「だって……勉強とラップ教えてくれるんでしょ?」
「ああ、さっきからずっと何言ってんだと思ったらそういうことか」
 そういえば朝そんな約束をしてしまったな。勢いで……。
 だというのに、彼女の方は割と真剣なようだ。
 ワンナイトのノリで囁いた愛を、夜が明けても本気にしてくる女みたいで正直だるいな……。いや、いくら思想の自由が許されているとはいえ、生徒にしていい例えじゃねえか……。
「いつになったら教えてくれるわけ?」
「まあ放課後に軽くみるくらいならいいぞ。今みたいな時間なら」
「つよくなりたい」
 彼女はそう言ってまっすぐな目でこちらを見つめた。
「そうか、頑張れ」
 するとまた間髪入れず。
「つよくなりたい」
「……」
 お前は少年漫画の主人公か。
 そう思っていると、彼女はチョーカーの目立つ小首をかしげて。
「……あれ、でももうつよいか。」
「たしかに」
 うらやましいくらいの自己肯定感の高さに、やや引き気味にうなずく。
 が、実際この年齢のJKとしては、彼女は最強と言っても過言ではないと思う。少なくとも、俺の現役時代にはこんなにかませる奴はいなかった。
「これは困った……。つよいあたしがつよくなるにはどうすればいい?」
「さあ……?」
「はあ……。おじさんはつよいんだから知ってるんじゃない? かくしごとはよくないよ。特大の問題よ?」
「うわきもちわりっ。日常生活で急に韻を踏むなよ……」
 一応解説すると、「よくないよ」の母音は「おうあいお」。で、彼女がその後に言った「特大の」の母音も「おうあいお」。さらに、「問題よ」は「おんあいお」でほぼほぼ踏んでるというわけ。
 5文字の韻を意味を通した上でこうぽんぽんぽんと踏むのはそれなりの力量がないとできないことだ。けれどそれをこんな日常会話の中に折混ぜられるのは、ちょっと引く。
 そして、そんな俺の内心など知らずに、彼女はにぱっと笑った。いつものクールさが嘘みたいに太陽めいて。
「さすが、よくきづいたね」
「なんで嬉しそうなんだよ」
「??? ……踏めたらうれしいじゃん、韻」
 最高の笑顔がこちらを向いた。その咲くにはだいぶ早いひまわりに、思わずあたたかくなる。
「ふっ」
「なんで笑うの?」
「なんでもなにも。ふふっ。あはは……!」

 天鬼のわからないと言いたげな顔に、純粋無垢な瞳に、俺は心の底から笑った。笑った。
 そこに懐かしさと、切なさと、ほろ苦さと、哀しみを覚えて。
 そして俺はこうして、そんな彼女の先生になったのだ――。
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