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彼女の困惑
しおりを挟む「ヒック……ヒック……」
何をしても泣き続ける彼の涙を拭き取る。
「何がそんなに悲しいの?」
彼の轡を外す。
彼は「ヒック……ヒック……」と涙を流すばかりで答えそうにない。
私は、「はぁ」と短いため息を吐いて、後ろ手で繋がれた彼の手錠を外した。
途端、堰を切ったように彼が、私に抱きつく。
擦り切れる様な声で彼が言った。
「好きです。大好きです。辛いです。苦しいです。一週間なんて言わないで、一生好きにしていいです。俺の体なんて、一生弄んでくれて良いんです。だからお願いします。離さないで」
「……やっぱり悦んでいるの??」
「んぇ?」
「いや、その、嫌なもんじゃないの? こういう風に拘束されるの。少なくとも私は絶対に嫌」
目の前の彼は目を丸くしてこちらを見つめている。まるで、蝶の羽の生えた鴉でも見ているかの様だ。
「えっ。あっ、いや、あっと、その……」
「?」
「俺……ストーカーですよ?」
「そうだね。粘着質で陰湿なストーカーだよね」
「俺、俺、貴方の事大好きなんですよ?」
「そうだね、数年間、私の部屋に幽霊の様に現れて私の睡眠時間をガリガリと削る位には、私の事が好きだよね」
「……すいません」
「いや、まぁ、大事なのはそこじゃぁないよね」
「えっ。えぇ」
彼は、頭を抱えて「うーん」と悩んでいる。頭痛で苦しい思いをしている女性の様だ。
「その、要するに、要するにですよ? 私、貴方に弄ばれ続けるという選択肢を取れるんですか?」
「うーん。どうだろうね。相性次第じゃないかな?」
「相性次第って……」
「だってよく考えてみて。君は私の事よく知ってるかもしれないけど、私は君の事なんて殆ど知らないよ?」
「まぁ、それはその。そうですが」
「君の事何も知らないのに、長く付き合いたいかどうかなんて、分からないよ」
「う“っ。それは……」
「それにさ……」
彼の首に巻かれている首輪に付いた鎖を軽く上に引きあげる。
彼が、「う”ぅっ」と苦しそうな声を上げた。
「ほら、君は苦しそうじゃないか」
真っ直ぐに彼を見つめる視線には、迷いがない。純粋に、高潔に、単純に、彼女は彼の感覚が理解出来ない様だ。
「そういう意味では私は物凄く悪趣味だよね。君のそのちょっと苦しそうな顔にゾクゾクと背筋が踊るのだから」
「あ、あの……えっと……」
少し、皮肉の混じった言葉と表情に彼は慌てる。喉に突っかかったシャケの骨の様に言葉が出ない。
暫くそうして彼女が彼の顔色を窺っていると、彼がやっと詰まった言葉を吐き出した。
「好きです。少しだけ苦しいの、勿論誰にでもそうされて良いって訳じゃないんですけど。貴方に少し苦しくされるのが好きです」
「うーん。本当にそうなの?」
「えっ?」
「そんな気がしない。いや、分かっている。そういう人種が居るっていうのは知ってる。けど腑に落ちない」
「そう……ですか……」
「都合が良すぎない?」
「え??」
「私の為に作られたみたいな存在が降ってくるっていうか、こういう風に側に居るって」
彼は少し考えて、彼女に尋ねた。
「つまり、疑ってるって事ですか?」
「うーん。いや、体は正直だよね。恐らくその感覚があるのは嘘ではないんだろうけどね……」
彼は若干困惑した顔をして、首を傾げる。
彼女が「うーん」と考えてから言った。
「宝くじが当たった時に、本当に自分が宝くじに当たったのかどうか、何回か見返さない?」
「えっ。あ、はい」
「そんな気分なんじゃないかと思う」
「えっ。えっと……」
「いや、もしかしたら、単純に君の事疑ってるだけかもしれない。というか、私がこの状況なら、従順なフリをしておくと思う。相手が騙されるまで、じっくり演技すると思うな」
「そうなんですか……」
「うん。君は、もうそんな演技しなくて良いんだ。一週間したらきっちり帰すよ」
「えっ。あっ。はい、好きです」
「ふふっ。知ってる。因みに私はもう少し肉つきが良い方が好みだから。私が好きならしっかり食べて、鍛えて」
「え、あ。はいっ」
「あとね。おやっさんは良い人かもしれないけど、同僚が良くないから仕事変えるね。口聞いてあげる」
「えっ……え??」
目の周りを赤くしたまま泣きやんだ彼は、かなり困惑していた。
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