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お夕飯の時間(中)
しおりを挟む(彼視点)
自分でも驚いている。
私が、自分の錠を一つ外して、彼女に歩み寄ったことに。
もしかしたら、彼女の不興を買うかもしれない。
嫌われるかもしれない。
いや元々嫌われていて、うっかりすると、この人に殺されてしまうのかもしれない。
それでも――
彼女が唖然としてこちらを向いている。
私の声は、不思議と喉に突っかかる事も無く、驚く程なめらかに口から溢れた。
「手伝わせて下さい」
じっと、大きな瞳が、心の奥でも覗き込むかの様に私を見つめる。
その瞳には威力がある。
迫力がある。
こんな場面になったら、きっと私は目を逸らすだろう。
そう思っていた。
今まで、誰かの目線を避けなかった事などない。
なのに、私は目を逸らさなかった。
(彼女視点)
こう言ってはなんだけれども、私がじっと相手を見つめた時に、目を逸らさない男なんていうのは居た事がない。
冷静というか、静かというか、妙に意思の強い視線を私は向けられた。
思ったよりも……
私は、包丁を一つ男に向ける。
男は、怯まない。
ただ、静かにこちらを見据えている。
水道から流れ続ける水の音が、やけに存在を主張する。
刃先を彼の心臓の前に突きつけ、先端を触れる程度に胸の上を滑らせて行く。
ギリギリの圧力で、肌を傷つける事の無い刃先が、首元まで到達する。
首の急所に、その刃を当てると、彼は、悔しそうな、寂しそうな顔をして――
それから、静かに目を閉じた。
少しして、私は、素早く包丁を動かした。
滑る様に動いた包丁は、彼の首を切る事はなく、代わりに、両手首を繋いでいる、白い包帯を両断した。
「……え?」
少し拍子抜けな男の声が聞こえる。
私は、そのまま包丁を開きの中にしまうと、代わりに大きめのゴム手袋を一つ取り出した。
「聞かなくちゃいけない事が、幾つかある。君は誰なのか、どういうつもりで毎晩私の枕元に立っていたのか、これからどうしたいのか」
彼が、動揺している。
私は彼の手首を強引に掴むと、ゴム手袋を彼の手に被せた。
「君は思ったよりも、意思が強いらしい」
嫌だなぁ、立ち上がると私よりも背が高い。
「それをしたら、洗い物、代わってくれる?」
「えっ。あっ、はい」
「それと、食べる時は、無理矢理にでも私が食べさせるから……」
「えっ?」
「君がどんなに暴れも、嫌がっても、押さえつけて、あの格好させるから、覚悟してて」
「っっ!」
私は、膝の裏を蹴り、彼を膝立にさせる。
のしかかる様に脚で彼の背をそらせ、顎に手を掛けて首を持ち上げると、彼の耳元で囁いた。
「よくも私の平穏で穏やかな睡眠を、邪魔してくれたな」
「っっ!」
彼の強張る身体を感じながら、指を背中に這わせて行く。
彼の体温が高くなり、息が荒くなるのがわかる。
お互い好き者だな、と、私は何となく悟った。
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