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お夕飯の時間(前)
しおりを挟む(彼女視点)
「へ……?」
震える声と、涙ぐむ瞳。
それを横目に、私はいくつかある餃子をパクパクと口に放り込んだ。
「すごく、おいしい」
さっきまで泣きそうだった目が、僅かに輝いている。
私は、もういくつか、餃子を口に放り込む。
それを咀嚼して飲み込むと、彼の腕を思い切り引き、勢いに任せて椅子に座らせた。
「先に、その手を何とかしよう」
転びそうになりながら、きちんと椅子に座った彼は、驚いて、瞬きをしている。
私は、テーブルの下に置いてある医療用キッドから、火傷や切り傷に効く紫雲膏と、包帯を取り出した。
「手を出して」
「っっ……」
彼が少し震えながら両手を揃えて差し出す。
手の怪我を治療しようとしているのに、掌が下に向いている。
何か勘違いしていないか?
そう思いながら、彼の片手を取って火傷と切り傷に薬を塗っていく。
この薬は、別にしみることもないし、そう怯える事も無いと思うのだが……。
ポカンと呆けている彼。
指に塗られていく紫色の塗り薬を不思議そうに眺めている。
「これは、染料にもなる紫色だから、この手で洗濯物はしちゃダメ」
「は、はい……」
「この色は、カレーみたいに、服についたら中々落ちないってこと」
手に包帯を巻いていく。
指の一本一本が、きちんと使えるように、丁寧に。
一方の手が終わったら、もう一方の手を取って薬を塗り始める。
同じ様に包帯が巻き終わると、最後に両腕を包帯で手錠の様に繋ぎ止め、上にある手錠を引っ掛ける様に伸ばした鎖の先の部分に括り付けた。
「あの……」
「先に洗い物を片ずけてくる。待ってて」
何か言おうとした彼の言葉を、人差し指一つで遮ると、私は、パタパタとキッチンのシンクへ駆けていく。
聞き出さなくてはいけない事は、たぶん沢山あるのだが、その前に……
さぁ、洗い物だっ!!
(彼視点)
「すごく、おいしい」
片手でパクパクと餃子を頬張り彼女に、私は目を見開く。
おいしい……
彼女の声が頭の中で反響する。
不思議と胸が暖かくなる。
不意に、腕が引っ張られる。
転びそうになる位置を計算したかの様に、私は椅子の上へ尻餅をついた。
「先に、その手を何とかしよう」
彼女が、テーブルの下に置いてある箱を取り出した。
包帯と、紫色の薬を取り出しているが、何をしたいのかよく分からない。
「手を出して」
「っっ……」
また錠を掛けられるのだと想像して、おずおずと差し出した私の手を、彼女の柔らかく、しなやかな指がそっと包み、紫色の薬を塗り始める。
私は、不思議そうな顔をして彼女を見た。
「これは、染料にもなる紫色だから、この手で洗濯物はしちゃダメ」
「は、はい……」
「この色は、カレーみたいに、服についたら中々落ちないってこと」
小さな傷や、火傷のある手に、痛くも、しみもしない薬がゆっくりと塗り込まれていく。
それだけで、至福の時間だった。
呆けてしまう。
こんな時間がいつまでも続けばいいのに。
彼女が、薬の上から包帯を丁寧に巻き始める。
片手が終わると、もう一方の手へ。
そしてその手が終わると、彼女は私の手首二つをまとめて包帯でくるくると巻き始めた。
何……を……?
少し強張る腕と身体。
彼女は、そのまま私の手首に巻き付いた包帯を、私の抵抗など感じていないかの様に軽々と頭上の鎖の上に引っ掛けた。
「あの……」
「先に洗い物を片ずけてくる。待ってて」
「洗い物……」
なんとなく、申し訳ない。
少しだけ息をするのが苦しくなる。
食器を洗う彼女の後ろ姿を眺めているだけで、何故こんなに胸が締め付けられる様な気分になるのだろうか。
私は、自分の頭上に簡単に引っ掛けられた、腕の包帯を取り外す。
そして、彼女の横へと歩いた。
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